第二十一話「待ってたんだけど?」
俺は圧倒的なパワーにより為す術もなく背中を地面に打ち付けた。
いきなり現れたハルにいきなりこんなことをされて頭は混乱しているが、呆けている場合ではない。ノキアは今も歩みを止めていないだろうし、ここには俺を殺そうと襲ってくる冒険者もいる。
何か考える前にまずは立ち上がろうとしたものの、それすら阻まれた。
ハルが引き倒した俺の上にそのまま馬乗りになって来た。全く遠慮のない行動に肺に溜まっていた空気が一気に外に押し出される。
さらに彼女は俺の胸ぐらをつかみ上げた。間近に迫ったハルの顔は、やはりかなり怒っているようだった。
「相変わらず酷い面してるわね」
「ごめんハル、今は話をしていられる状況じゃ…」
「うるさい。あたしの質問に答えて」
話をしていられる状況じゃない。そう言おうとした俺の言葉を遮って、ハルは据わった目でそう言った。
しかしハルの大声でこちらに気づいた冒険者たちが押し寄せてきているのにゆっくり話なんてできるわけがない。
「冒険者たちが…」
「サンクチュアリ! これでいいでしょ? さ、答えて」
パラディンの持つ最強の防御スキル、サンクチュアリ。このスキルによって現れた光の壁が俺とハルの周囲を包み込み、襲い来る冒険者たちとの間を完全に隔てた。突破しようと試みる冒険者もいるが、光の壁はびくともしない。
ハルに退く気は一切なさそうだった。どうやら逆に話をせずに済む状況ではなさそうだ。
ハルの質問は、おそらく最初に言っていたこと。
ハルを助けに行かなかった理由?
「ハルも襲われていたのは分かってたけど、一人でも大丈夫だと思ったから、かな。全員襲われてたら普通に考えてウィザードのノキアが一番危ないだろ?」
「そう。まあそうよね。そんなことだろうとは思ったけどあたし、ずっと待ってたんだけど?」
「そうなんだ? …あはは」
ハルも今夜あったことの大体の予想はついているはずだ。だからそのことには納得しているようだが、待っていたってなんだろう。わからないのでとりあえず流しておいた。
「なに笑ってんのよ…」
「あ、いや。別に笑ったわけじゃ…あは、は…ぐっ」
しかしハルは、流したつもりの俺の態度がよほど気に入らなかったらしい。俺の愛想笑いに顔をしかめ、胸倉をつかむ拳にさらに力が入った。
「あたしが雑魚相手にだらだら戦ってあんたが助けに来るのを待ってたのがそんなにおかしい!?」
「おかしいとか以前にそんなの知らない…」
「ああ知らないでしょうね! あんたはあの巨乳女に夢中であたしのことなんかどうせ眼中にないんでしょ!?」
おかしい。どうしてハルはこんな態度なんだ。
怒っているとか、行動が良く分からないとかそういうことではなく。
どうして魔族である俺とこんなにも普通に話をしているんだ?
まるで、俺が魔族だと知る前と同じように。
「ハル」
「なによ」
「ハルは、俺が魔族だったこととか、二人を無理矢理戦わせたこととか、何も思ってないのか?」
「思わないわけないでしょ! スキルで四六時中追跡されたり脅されたりして喜ぶ馬鹿がどこにいんのよ? 時間が経てば気持ちの整理つけると思って待ってみてもずうううっと辛気臭いし。ホント、最低だわ」
俺はハルの意思を無視して、勝手な都合で一緒に戦うことを強制した。それだけでも最悪なのに……
「でもあんたがしたことは、それだけじゃないでしょ」
そうだ、俺は魔族で……
「あんたは…シンは、あたしを守ってくれた」
「……え?」
ハルの顔は、いつの間にか笑顔になっていた。頬を染めて、楽しいような恥ずかしいような、そんな笑顔に。
やがてハルは俺の上から離れて立ち上がった。それにつられて俺も立ち上がり、ハルを見た。
「あたしがこんなこと言うの、変?」
「いや、そうじゃなくて」
「あたしだって誰かに守って欲しいって、少しは思うわよ。でもそんな人はどこにもいない。いつもあたしは誰かを守る側」
パラディンは常に戦いの最前線で仲間の盾になるのが役割だ。その中でも突出した実力を持つハルを守れるような冒険者はそうは居ないだろう。それにこの性格だ。いくら小柄な女の子とはいえ、ハルを守ろうなんてなかなか思えるものではない。
「でもシンは、守ろうとしてくれた。ううん守ってくれた。それがあたしは嬉しかった」
「スキルのおかげで…」
「そんなの言い出したらキリがないでしょ! あたしはそう思った、それでいいの! 茶々入れないで」
ハルははっきりと断言した。そんな風に思ってもらえていたなんて、思いもしなかった。できることが限られているなりに、できることを全力でやろうとはしていたが、自分の仕事が十分に果たせているとは到底思えなかった。
それでも俺のやったことの結果が、憎まれることだけじゃなかったことに救われた気持ちになった。
「それと、魔族だっけ?」
「…ああ」
「まあ、なんとなく大変そうだし、隠したい気持ちはわかるわ」
身構えていた俺に対して、ハルはついでのようにそう言った。それどころか、俺の髪に手を伸ばしてそれをなんでもなさそうに眺めている。
「ま、待ってくれ。ハルは魔族を嫌ったりしないのか?」
「なに? 嫌ってほしいの?」
「そうじゃないけど」
「ならいいじゃない。あたしの国ではそういうの気にしないのよ。あ、でもその後やったことは最っ低なんだから、間違えないでよね」
信じてもいいのだろうか。またジョゼたちのように突然裏切られたりしないかと思うと、何の保証もないハルの言葉を素直に受け入れることが出来ない。
しかしハルがこうして俺と話をしているのは事実だ。そもそも相手がどう思っているかの保証なんてしようが無い。
なにより一度は話を聞くことすら拒んだ俺に、再び手を差し伸べてくれるハルを信じたかった。
「ありがとう、ハル」
「なにそれ? まずは自分のやったことを謝んなさいよね」
「あはは…ごめん。いろいろと」
「ふん」
そっぽを向いたハルの顔が本当にいつも通りで、なんだか俺はそんなことに安心感を覚えていた。
ハルは人間なのに俺が魔族だと知っていても気にせずに接してくれた。魔族と知られてからの関係で壁を作っていたのは俺の方だったんだ。
勝手に拒絶されると思い込んで決めつけず、あの時話をしていたら。ハルともっと早く分かり合えていたかもしれない。
ノキアとも。
いや、まだ遅くないはずだ。
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