第二十話「作用する妨害」
一度でもダンジョンに足を踏み入れた冒険者は、もうダンジョンの外に出ることは無い。
ダンジョンで戦い、ダンジョンで眠り、ダンジョンで生活する。
中には己の限界を知り、攻略を諦める冒険者も数多くいた。しかしそんな彼らでさえ、外に出ようと思うものは殆どいない。
冒険者ならだれでも知っていること。
ダンジョンから出て来た冒険者は、全てのスキルを失って二度と使うことが出来なくなる。
スキルを失うということはただ一般人になるということではない。一般人でも多少のスキルは使えるし、身体能力もその恩恵を受けている。ダンジョンを出た元冒険者にはそれすら残らない。命大事さにダンジョンを出たとしても、その先にあるのは何をしても人並み以下の役立たずとして、ただ生きているだけの人生しかない。
最高クラスの冒険者としての誇り、力を失うことへの恐れ。外へ出た先に待つ惨めな生活。様々な思いから、冒険者はダンジョンを出ていくことは無い。
俺も諦めて出ていくつもりは毛頭なかった。踏破するか、あるいは最後まであがいて死ぬか。そういう覚悟を持ってダンジョンへやって来た。
ノキアはそれを承知の上で、ダンジョンから出ていくつもりだ。
確証はない。しかし確信はあった。
ダンジョンに来たということはノキアにも何か願いがあったはずだ。それを諦めて、それどころか今まで培ってきた強さも捨ててまで出ていこうとしているのが俺のせいだとしたら、このまま行かせるわけには行かない。
ノキアの後を追って2階層の扉に向かう。溶岩を迂回大きく迂回する必要があるが、まだ間に合うはずだ。
「居たぞ! こっちだ」
迂回するための方向からは冒険者たちが迫っている。しかし襲ってくる冒険者たちはハイドロウと絶影でやり過ごせばいい。俺はそう判断してすぐさまスキルを使い、構わず走り抜けようとした。
「また消えたぞ!」
「よし、アレを使え」
冒険者たちが何かを周囲に振りまいた。
水…? 無造作に振りまかれた大量の液体は溶岩で熱された地面によって一瞬で蒸発し、蒸気が立ち上った。
蒸気は冒険者たちの周りを薄く包んでいるが、特に何も起こったようには見えない。
何の意味があったのか分からないが、立ち止まっている場合ではない。
俺はそのまま冒険者たちに向かって突き進んだ。
「っ! そこだぁ!」
「!?」
その瞬間、横を通り抜けようとした冒険者の一人が突然俺へ向かって剣を振り抜いた。
予期していなかった攻撃をギリギリで回避する。しかしちょうど後ろにいた別の冒険者に接触したことでスキルが解除されてしまった。
体勢を立て直すため一旦後退する。
思わぬ足止めを食らったことに歯噛みした。
俺を攻撃した冒険者は見る限り普通の前衛職。ハンターのような特別優れた索敵能力があるクラスのようには見えない。仮にハンターだとしてもハイドロウと絶影を使っていれば探知されないはず。
考えていても仕方がない。俺はもう一度スキルを発動した。
しかし冒険者たちは俺の位置が分かっているように視線がぶれない。隠蔽が効かない?
「おらぁ! しねえええええ魔族うううう!!」
他の冒険者たちを押しのけて飛び出してきた男が容赦なく襲い掛かって来た。
大ぶりの攻撃を回避する。俺の隠蔽スキルがなぜか効果を発揮していないことは間違いなさそうだった。
襲い掛かって来た冒険者が地面に食い込んだ剣を持ち上げて俺を睨んだ。
「死んでモーゼスに詫びろやああああ」
「あはは、またお前たちか。しつこいな」
俺が最初に殺した男の仲間だ。もう一人の仲間の姿も後ろに見えた。
これ以上隠れても無駄のようなので諦めて愚痴をこぼす。この程度の攻撃なら食らう心配はないが、今はこんなことに時間を取られている場合じゃない。
シャドウステップを使えば、様子を伺っている冒険者のところまで行くことは出来る。一瞬隙ができてしまうが、それを繰り返して一か八か、冒険者の集団を抜けるしかないか。
「どういうわけか知らんが、おあつらえ向きの環境だな」
後ろに控えていた男がこちらに向かってまたあの水を大きな瓶ごと投げつけて来た。地面で砕けた瓶の中身が蒸発する。
「っ…なんだ、これ」
その蒸気を吸い込んだ途端、急に体の調子が悪くなった気がした。肌に触れただけでもピリピリした痛みを感じる。
毒かとも思ったが、対峙している男は平気な顔をしている。
それにこの感じ、体に作用していると言うより魔力をかき乱されているような気持ち悪さを感じる。
「魔族には本当によく効くみたいだな。聖水ってやつはよぉ。……お前ら手ぇだすんじゃねぞ! こいつは俺がやるぁあああ!!」
体の動きが悪くても、目の前の男の攻撃は回避する。
聖水。さっきから蒸発させていた水はそういうことか。
魔族の魔力と反発する聖水の蒸気が充満しているせいで、魔族である俺だけが影響を受けている。隠蔽が見破られたのも、魔力の働きが聖水の魔力で妨害されていたからだろう。
「こんな時に厄介なものを……」
この状態でもスキルを使うことは出来るが、いつもより発動に時間がかかって隙が大きくなってしまう。シャドウステップで誰か冒険者の後ろに飛んだとして、その隙を見逃してくれるほどここにいる冒険者たちは甘くない。
しかしこのまま足止めを食らい続けるわけにもいかない。
「てめえが魔族だって聞いた時、俺ぁ! 思わず! 納得しちまったんだよぉ!」
俺が反撃してこないことで余裕があるのか、攻撃を繰り返す男が何か語り出した。
「モーゼスを! 殺して笑ってたのもっ、人殺しのスキルなんかを! 使ってるのも、全部!」
攻撃を弾いて一度大きく距離を取った。相手は喋りながら攻撃していたせいで相当息が上がっている。
行くなら今しかない。
「許せねえって思ったよ。やっぱり魔族は生かしておいちゃいけねえってよ」
「…なんでそうなる。恨むなら俺を恨めよ」
俺はスキルで移動しようとした足を止めた。
こいつは俺への恨みで今まで襲い掛かってきていたはずだ。それなのにどうして魔族そのものへの話になっているんだ。
問答している暇はないのに、そんな思いからつい言い返してしまった。
しかしここで言い合いを始める意味なんかない。もう行こう。
シャドウステップ。
俺は今まで戦っていた男から視線を外し、後ろから様子を伺っていた冒険者の背後にワープした。
さらにそこからシャドウステップを使うため、対象を探す。近くにいた冒険者が突然現れた俺に驚きながらも攻撃をしてくる。それを回避しながら、できる限り孤立していて後ろにいる相手を瞬時に選び再びスキルを発動した。
ちょうどよく後方の離れた場所に一人だけ冒険者が居たことで、一気に移動することが出来た。
何とかなった。ここまでくればもう……
その瞬間、冒険者の背後に回った瞬間に、その冒険者に俺は手首をつかまれた。
「なんで、なんでなんでなんで……っ!」
ぶつぶつと何かを呟く冒険者の手を振り払おうとするが、微動だにしない。
相手は俺より明らかに小柄なのに、圧倒的なパワーで掴まれた腕は振り払うために動かすこともできなかった。
そこで遅れて気づいた。俺はこの手を知っている。
ハッとして相手を見る。小柄な体、パラディンの装備、そして銀色の長い髪。
見間違えるはずなどない。
「ハル……」
「な・ん・で……助けに来ないのよおおおおおおおおおお!!」
ハルはその顔を怒りに染めて、俺を地面に叩きつけた。
評価してね




