第十九話「広がる断絶」
ノキアから目が離せない。
どのくらいそうしていただろうか。もしかしたら一瞬だったかもしれない。時間も今置かれている状況も忘れてしまうほど、俺にとっては衝撃的だった。
自分以外の魔族を見たのはいつぶりだろうか。冒険者になって以来、初めてだ。
もしかしたら気づかないうちにすれ違っていたりしたかもしれない。しかし俺も含めて魔族はその正体をひた隠しにして生きている。だからたとえ近くにいたとしてもお互いに知ることは無い。
ノキアが魔族だった。
こんなにも近くに同族が居たことに、嬉しさよりも驚きの方が大きかった。
「まさかノキアが魔族だったなんて…全然気が付かなかったよ。あ、あはは…」
それでも自分と同じ仲間に出会えて嬉しくないはずがない。きっとノキアも同じ気持ちのはずだ。俺が魔族だと知って驚いて……どうして打ち明けてくれなかったんだ?
そこで自分がしでかしたことを思い出す。いきなり脅されて、言い出せるはずがない。
もしもあの時、俺が勝手な思い込みで一方的に対話を諦めていなければ。ノキアとはこんなギスギスした関係にならずに済んだんじゃないか? それどころか、同じ価値観を持った仲間としてパーティを組むこともできたんじゃないか?
今にして思えばノキアが常に一定の距離を取って頑なにパーティを組むことを拒んでいたのも、自分が魔族だということに負い目を感じていたからに違いない。深入りして自分の正体を知られることを恐れる気持ちは、突然ジョゼたちに拒絶された俺にはよくわかる。
だけど同じ魔族と分かった今なら。
俺は慌てて言葉を重ねた。
「今までのことは謝るよ。本当にごめん。あの時は無我夢中で余裕がなくて、でもお互い魔族だって分かったんだし、虫のいい話だけどこれからは……」
「魔族同士協力しましょうとでも言いたいの?」
「そうだね、あはは」
「なら、スキルを解除してくれないかしら」
俺が言いたかったことを代弁するノキアのいい方にはどこか棘を感じたが、彼女の言う通り追跡スキルで縛り続けていて言う台詞ではない。
ノキアの要求に特に疑問を持つこと無く、俺はレッドサインを解除した。
ノキアからしてみれば何の変化も感じないだろうが、俺の手元に現れた術式を見て解除されたことを確認したようだ。ノキアの顔にはほんの少しの安堵が見えた。
それを見て、なぜだか俺も肩の荷が下りたような気分を感じた。割り切っていたつもりだったのに、心のどこかでまだ罪悪感を感じていたのかもしれない。
レッドサインを解除したことで、同時に発動していたハルへの追跡も消えている。許してもらえるとは思えないが、ハルにも謝らないといけない。
ハルとはもう一緒に戦うことは出来ないだろうが、それでもこれでやっと隠しごとの必要ない仲間を得ることが出来るなら構わないと思えた。
「ねえ、あなたは魔族のことが好き?」
不意にノキアはそんな質問をしてきた。
「こんなにも疎まれ、憎まれる種族が、好き?」
「当たり前だろ」
忌み嫌われているとはいっても、それは人間からの一方的な迫害だ。どれだけ嫌われていても、憎まれていても、自分で自分を否定するようなことはあり得ない。
そもそも好きとか嫌いとか以前に、自分自身が魔族であることは覆しようのない事実だ。
あまりにも当然のことすぎて、ノキアがなぜこんな質問をしてきたのかわからない。
ノキアの青の髪が風になびいて顔にかかる。彼女はそれを鬱陶しげに振り払った。
「そう……私は、魔族が大嫌いよ」
そう言ってノキアは空に向かってスキルを放った。
「インフェルノ」
俺は咄嗟に後ろに飛びずさった。その直後、空から赤く輝く炎の雨が降り注いだ。
炎は止むことを知らず降り注ぎ、ノキアと俺を隔てるように周囲一帯を溶岩の海に変えていく。今まで涼しい夜風が吹いていた場所が、一瞬にして肌を灼く熱気に包まれる。
「ノキア、どうして!」
俺はてっきり、ノキアとは同じ魔族だから、自分と同じように考えていると思っていた。奇跡のようなめぐりあわせで出会えた魔族同士、協力してダンジョンを攻略できると。そして踏破して、魔族の居場所を作るという願いを……
「いま言ったでしょう。私は魔族が大嫌い。あなたも…私も!」
降り注ぐ溶岩は留まることを知らず、さらに広がっていく。ノキアとの距離は、俺が後ずさる度に広がっていく。
ノキアは魔族でありながら魔族が嫌いだと言った。
魔族が嫌いだから、俺のことも、自分でさえも嫌いだと。
根本的に俺とは考え方が違う。自分以外の魔族と話したことなんてほとんど無かったから、魔族の中でもそんな風に思っている者がいるなんて考えたこともなかった。
「いたぞ! あそこだ!」
ノキアにかける言葉が見つからないでいると、後ろから冒険者たちが向かってくる音が聞こえて来た。
前方は火を噴く溶岩に囲まれ、後方からは俺を狙う冒険者たちがもうすぐやってくる。
「あはは、溶岩はこのためか」
「やっとお別れね。さようなら」
ノキアは俺を足止めすることに加えて、冒険者たちに居場所を知らせるためにこの魔法スキルを使ったのだ。
このまま他の冒険者たちの相手をすれば、その間にノキアは行ってしまう。
なんとなく、今のノキアの言葉はもう二度と俺と会うことが無いと確信しているような感じがした。俺が冒険者たちに殺されると考えているとは思えない。むしろあの顔は、全てを諦めたような、そんな顔だった。
どちらにしても、このまま行かせるわけにはいかない。
すでにノキアは背を向けて2階層の扉に向かって歩を進めていた。
だが、足場がなくても俺には相手の背後にワープするスキルがある。
「シャドウ……っ!」
使えない。ノキアを対象にしてシャドウステップを発動することが出来ない。
「マナミラージュ。来ると分かっていれば、対策をするのは当然でしょう」
絶影のようなジャミング効果のスキルか。溶岩の暑さで視界が揺れているのかと思っていたが、ノキアを見ようとすると彼女の姿だけぼやけて見える。
俺が追ってこれないことを確かめたノキアは背を向けて再び歩き出した。
「待て、ノキア! どこに行くんだ」
「…わかるでしょう?」
それだけ言ってノキアは転移扉の中に消えていった。
ノキアが向かったのは2階層。その先にあるのは1階層、そしてさらにその先にあるのは。
ダンジョンの出口。
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