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第十八話「わかってる」

 俺は追跡しているノキアの反応がある場所へ急いでいた。

 屋根伝いにまっすぐ走ることでかなり近づいたが、もし普通に道を進んでいたら迷っていたに違いない。

 この辺りは街の中でもずいぶん奥まった人気のない場所のようで、路地も細く入り組んでいる。ノキアはいつもこんなところに宿をとっていたのか。思えば俺は彼女のことを何も知らない。


 何かと世話を焼いてくれる割に、どこか距離を取っているような態度で自分のことはあまり話さない。クラスはウィザードで、あまり感情を表に出さない。分かっているのはそのくらいだ。

 ダンジョンをどう攻略するかに意識が行き過ぎて、そんなこと考える余裕もなかった。

 しかし何の見返りもないのにいつも助けてくれていた彼女に対して俺が行った仕打ちを考えれば、今更そんなことを考えても無駄だと気づき自嘲する。

 そんなことを考えていると、突然轟音が鳴り響いた。音の鳴った方向は俺が向かっている先。ノキアがいた場所から煙が上がっているのが目に入った。


 俺はそれを見てさらに足を速めた。

 その場所にたどり着いた時には、すでにノキアは反対方向へと離れていった後だった。追われて逃げているのかどうなのか、状況までは分からない。

 代わりに居たのは、見間違うはずのない見知った冒険者たちだった。


「ミレイ、こちらも早く回復してくれ」

「わかってるからもう少し待ってよ! こっちだっていっぱいいっぱいんだからさあ」

「くそっ、ウィザードだからって油断しすぎた」


 ジョゼたち賢者の詩の3人が、傷だらけになって地面に座り込んでいた。

 いつもなら静まり返っているであろう人気の薄い古びた宿は半壊し、その前は散乱した瓦礫と穴だらけの地面でめちゃくちゃになっている。まるで激しい戦いの後のようだ。

 そのジョゼたちのもとに別の冒険者たちが駆け寄って行った。俺のすぐ近くを通り過ぎたが、隠蔽スキルを発動している俺は近づいても気づかれることはない。


「おい何があった? 女はどうした」

「ああ、逃げられたよ」

「お前らウィザード一人に後れを取ったのか?」


 冒険者たちはやる気のなさそうな声でジョゼたちを嘲笑している。ジョゼも他の冒険者たちも雇われただけなのか、俺を襲ってきた冒険者ほどの必死さはない。

 俺は彼らの話を聞き流しながら通り過ぎようとした。ノキアはうまく逃げたようだが、まだ追われている可能性もある。こいつらに構っている暇はない。

 馬鹿にされたジョゼが顔を真っ赤にして何か言い返しているが、そんな言葉をゆっくり盗み聞ぎするつもりはない。


 ノキアは今もまっすぐにどこかへ向かって移動している。俺は後を追った。


 ウィザードのノキアとアサシンの俺の移動速度は、俺の方が遥かに早い。

 ノキアにはすぐ追いつくことが出来た。

 もう彼女のうしろ姿は見えている。しかしノキアは誰にも追われている様子はない。ただどこかを目指してまっすぐに走っている。しかしこの先にはもう転移扉しかない。

 俺は声が届くところまで近づいた。


「ノキア!」


 声をかけると同時に隠蔽の効果が消え、ノキアが俺の存在に気づいた。するとノキアは振り返らずにそのまま足を止めた。

 動きを見る限り怪我はしていないようだが、俺に気づいているはずのノキアは立ち止まったまま動こうとしない。

 ノキアがいるのは、2階層へ続く転移扉の前だった。


 そういえばノキアと初めて会ったのは、2階層だった。なぜこんなところに逃げていたのか、何か理由でもあるのだろうか。いや、追われている様子は無かった。ノキアが逃げようとしたのは襲ってきた冒険者ではないと思う。

 俺が歩を緩めて近づくと、それまで立ち止まったままだったノキアが言った。


「それ以上近づかないで」

「あはは…助けに来たつもりだったんだけど」


 そんな台詞を言いながら、我ながらよくそんなことが言えると思った。そもそもノキアが襲われたのは俺を狙った行動の一部でしかない。そして何より俺自身がノキアを縛っている。助けてほしいのはむしろ俺からだろう。

 だからノキアの拒絶は正当だ。しかしそれは重々承知の上で、俺は俺の目的のためにノキアとハルに従うことを強制した。ノキアが拒んでも解放するつもりはない。

 俺は立ち止まってノキアの背中に話しかけた。


「あはは、どさくさに紛れて俺から逃げるつもりだった?」

「わかっているならこのまま行かせてくれないかしら」

「悪いけどそれは出来ない」

「……」


 どこへ行くつもりか知らないが、たとえどこに行ったとしてもレッドサインで追跡し続けるだけだ。ノキアもそれを分かっているからこうして会話に応じているのだろう。


「……あなたなんかに、関わらなければよかった」


 ノキアの言葉にショックを受ける資格は俺にはない。それでも勝手にショックを感じてしまうのだから仕方がない。俺が魔族だと知られた時点でいつかこういうことが起こることは分かっていた。

 今までは運よくそれが先延ばしに出来ていただけだ。それがわかっていても、わざわざ聞きたくはなかった。


「最初に絡んできたのはノキアの方だろ…」

「最初だけよ。それなのにそのあと図々しく頼み込んできたのはあなたじゃない」


 思わず口をついた反論に、ノキアは真っ向から反論してきた。確かにその通りだが、それを受け入れたのはノキアじゃないか。俺が魔族だからって全部俺が悪いと思われるのはさすがに癇に障る。


「魔族で何が悪いんだよ」

「魔族であることが悪なのよ」


 まるで当然のことのようにノキアは言った。しかしそれは意外でも何でもない。この世界で生きていれば自然と分かることだ。それでも面と向かって言われて黙っていることは出来なかった。


「あはは…なんだよそれ。俺だって別に好きで魔族に生まれたわけじゃないんだよ…っ! 俺がノキアに何かしたか? むしろ守ったじゃないか。俺が魔族の力を使ったのも、二人を助けようとしたから。なのに…!」


 何を言っても無駄だということは分かっている。それでも一度堰を切った口からは抑えていた言葉が溢れてくる。


「わかってるわよそんなこと!!」


 一瞬誰が叫んだのか分からなかった。ここにはノキアしかいない。しかしそれがノキアの言葉だと理解するのに少し時間がかかった。

 今までも叫び声を上げたこと自体はあった。5階層の魔物に驚いて。しかしノキアが怒声を響かせたことなんて、今まで一度もなかったから。


 ただ、それ以上に何より、叫びながら振り返ったノキアの姿に俺の意識は完全に飲まれていた。

 ノキアの姿というよりはその髪の毛に。ノキアの髪は短めで、その色は薄茶色だったはず。

 それが今は常夏の海のように碧く、風に揺らめいていた。

よろしくね

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