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第十七話「ノキアの決意」

 どうして私は、まだここにいるんだろう。

 全てを諦めたはずなのに、心のどこかで未練がましく。

 気づいた時にはがんじがらめに縛られて、今もこうして身動きが取れなくなっている。


「魔族…」


 ふと自分の口から零れた聞くに堪えない単語に気分を悪くする。

 いつも泊っている人気のない宿の一室に戻って来た私は、帽子を置いてベッドに腰かけた。鏡に映る自分の顔が嫌で、すぐに立て掛けられていた鏡を伏せた。


 私はいつもそうだ。

 誰かが私を必要としていると見れば、適当な言い訳を並べて馬鹿みたいに手を貸そうとする。

 ダンジョンにやって来たのだって、その延長線に過ぎなかった。私にはどうしても叶えたい願いも、それほど強い意志があったわけでもない。ただ、偶然出会った人たちに乞われてしまったから。

 ノキアの力を貸してほしい。

 そんな風に言われて断れるはずもなかった。

 必要とされるのが嬉しかった。でもそれ以上に嫌われるのが怖かった。


 そんな私にも願いはあった。それは普通では絶対に叶わない願いではあった。けれど、叶うならそうなりたい。その程度でしかなくて。

 こんなところに来てまで願うようなことでも無かった。


 それに気が付いた時には一人になっていた。

 そして一人になって、もう終わりにしようと思っていた時に彼と出会った。シンというアサシンに。

 誰かの役に立っている実感さえあれば誰でもよかった。だから私は、自己満足の承認欲求を満たすため、困っていた彼に声をかけた。

 その結果が今、最悪な形で私をからめとっている。

 もう、嫌。


 扉を叩く音が聞こえた。

 こんな時間に、それ以前に誰も通りかかることのないこんな宿でノックをされることなんて滅多にない。

 いるとすれば、スキルで常に私の居場所を把握している彼だろうか。今まで一度も尋ねられたことなんて無かったが、今日は少し不自然な動きをしていたかもしれない。

 もしかしたら、疑われているかも。

 そう思いながら扉を開けると、そこに居たのは見知らぬ女性だった。


「こんばんわぁ、きれいなお姉さん。あなたがノキアちゃん?」


 馴れ馴れしい態度の女性だ。服装や体つきから見て、おそらく後衛の魔法職。ハルクライアのように特別有名でもない私のことを知っているようだし、今のところ怪しいところはないが気を付けておいた方がいいかもしれない。


「そうだけど、あなたは?」

「やっぱりっ。綺麗な人だって聞いてたから間違いないと思ってたんだ。私はミレイ。よろしくね」


 それに私は、こういう女が苦手だ。

 ミレイと名乗った女は私の顔を覗き込んでしげしげと眺めている。そのしぐさ一つ一つが可愛らしく、様になっている。


「それで、こんな夜更けに何の用? 要件があるなら早く言ってちょうだい」

「そうそう! 私たちね、あなたを助けに来てあげたの」

「……は?」


 助けに来た? 何のことかわからず思わず首をかしげた。しかしすぐに今の自分の状況で思い当たる節があったことを思い出す。


「魔族に脅されてるんだよね。怖かったよね? わかるよぉ」


 シンが魔族であることを冒険者たちに知られた日、私もその場でシンに従うことを約束させられた。だから私は魔族に脅されて無理矢理従わされているように見えていたのかもしれない。

 実際あの日からそうなったから、あながち間違いではないけれど。

 でもなぜ、無関係で見ず知らずの彼女がそんなことを。

 ミレイは何も言わずにいた私が怯えているように見えたのか、自信を見せるように胸を張って見せた。


「心配しなくても大丈夫、あの魔族のことならよく知ってるの。ていうか私たちも騙されてたんだ。魔族だってわかった時に殺そうとしたけど逃がしちゃったの。だから取り逃がした責任感じちゃって」


 彼女たちが何者か、少しだけわかった。彼女はシンが元いたパーティの人間に違いない。

 少しだけ顔に出さないように警戒を強めると、ミレイの横から二人の冒険者が現れた。


「魔族のアサシンは元々俺たちのパーティにいたんだ。あんな雑魚俺たちにかかれば楽勝だぜ」

「ご安心を。お嬢さんは我々が守ります」

「ちょっと二人とも、びっくりさせるから私が話を付けるまで出てこないでって言ったじゃん」


 ミレイは姿を見せた二人を押しのけて、努めて私を安心させるように振舞っている。

 3人とも、こうして見ていると悪い人には見えない。シンから何も聞いていなければ、そう思っていたかもしれない。

 もしかすると、この3人は本心から今の私を心配してくれているのかもしれない。けれど、なんだかそれがとても滑稽に見えた。


「彼が、雑魚? 今の彼はあなたたちの知っているただのアサシンじゃない」


 彼がどれほどの実力があるかはっきりとはわからない。それでも部類として強いか弱いかは、なんとなくわかる。彼らは弱い。


「何とかってパーティを壊滅させたんだっけ? ダンジョンの冒険者も大したことないな」

「さすがにアサシン一人にやられるってことは無いでしょ? きっとノキアちゃんともう一人が頑張ったんだよ。ね?」


 この人たちはまだ自分たちが強者だと思っているようだ。

 ダンジョンの冒険者が、自分たちよりはるか先からここで戦い続けているということを、外と中の違いをまるで理解していない。

 ダンジョンの外でどれだけ名声を得たのか、褒めたたえられたのか知らないが、そんなものはここにいる冒険者たちはとうの昔に通り過ぎている。


「申し出はありがたいけれど…」


 何もわかっていない彼らの話に乗るわけにはいかない。

 そう言おうとした時だった。ミレイの後ろにいた大柄な男が付け足すように言った。


「まあ俺たちは保険で、本命はとっくにやつを殺してるだろうがな。アッハッハ」

「ちょっと、ジョゼ」

「それは、本当なの?」


 彼の話が本当なら、これは彼らの独断ではなく、誰かが組織立って動いているということになる。

 私の問いかけにミレイは観念したように言った。


「気を悪くしないでね。本当はあなたを捕まえるように言われてたんだけど、見ての通り私たち3人じゃない? ちょうどあと一人仲間を探してたから、せっかくだし勧誘しちゃおうって思って」


 彼女の話が本当だとすると、今シンは別の冒険者と戦っている可能性が高い。

 それなら、今なら。


「だから、良かったら私たちと…………」

「ごめんなさい。私…っ!?」


 ちくり。

 ミレイが私の手を握った瞬間、何かしびれるような痛みを感じた。

 その瞬間、ミレイは私の手を振り払った。

 ミレイは手をぬぐいながらまるで汚物でも見るような目で私を見ていた。いきなりの豹変に戸惑う。しかしこんな目を向けられたことは過去にもあった。それは。


「ありえない。こいつ、魔族なんですけど」

「っ!? …どうして」


 こんなにも唐突に、自分が魔族であることを知られてしまった。

 ダンジョンに入ってから今まで、誰にも明かさず隠し通してきた私の秘密を。シンが魔族だと知った後でさえ、隠してきたのに。

 ミレイは黙ってごしごしと手をぬぐい続けている。

 後ろの二人は、敵意をむき出しにして武器に手をかけていた。


「なんでまた魔族なんだよ。俺たち呪われてるんじゃないのか?」

「ミレイが潔癖でいつも手に聖水を塗っていて良かった。でなければまた汚らわしい魔族に騙されるところだった」


 そこに先ほどまでの柔和な表情は無い。代わりにあるのは魔物を退治するときと同じ態度だった。

 私は後ずさりながらなぜ魔族だと気が付かれてしまったのか理解した。


「聖水…」


 先ほどの手の痛みはそういうことだったらしい。

 聖水に込められた力と、魔族の強い魔力は互いに反発する。古くから使われ方法ではあるが、余程魔族を忌避する地域でなければ今時ここまではしない。

 おそらくシンも、気づかない間に同じ方法で知られていたのだろう。


「もぉ最悪。なんで私たちばっかりいつもこんな目に遭うの?」

「元々この女を引き渡せば仲間を紹介してもらえるという話だった。そっちに期待しよう」


 態度を豹変させたミレイたちはこのまま力づくで私をどこかへ連れていくつもりらしい。

 私の足で逃げられるとは思えないし、魔法を使っても詠唱中にやられてしまう。

 ああ、もしかしたらあの時のシンもこんな気持ちになっていたのかもしれない。

 私は今度こそ、すべてを諦めた。

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