第十六話「戦いの結末」
ダンジョンで死んだ冒険者の遺体はその場に残らない。死ねばその体はマナに分解され、ダンジョンに吸収される。
3階層にあるダンジョンの街は、街ではあるが当然ダンジョンの中だ。
物言わぬ骸となったジャックの体はマナの光に変わっていき、やがて血だまりだけを残して跡形もなく消えていった。
俺はそれを無感動に眺めていた。
これまでもそうだったが、自分でも驚くほどに罪悪感を感じない。ジャックも、今まで殺してきた何人かの冒険者も、別に極悪人というわけではなかったと思う。冒険者として駆け上がり、一流となってダンジョンに挑んだ。多分俺とそう変わらない人たちだ。
人としての好き嫌いはあれど、それが殺されて当然なんてことはない。
それなのにこんなにも平気でいられるのは。それどころか、むしろスッキリしている俺がいる。
もしかすると俺は、自分で思うより遥かに人間を嫌って、いや憎んでいたのかもしれない。……違う。俺は自分たちを殺そうと襲ってくる敵と戦っただけだ。やらなければやられる。だから……
周りで傍観していた冒険者たちは、固唾をのんで俺を見ていた。
しかしそこにあった感情は侮蔑でも嫌悪でもない。恐怖だ。
残るはあと一人。
俺はジャックの仲間のプリーストを探した。
「く、来るな! ひいいいいいっ」
しかしプリーストは俺と目が合った瞬間、仲間を殺された怒りもプライドもかなぐり捨てて、脱兎のごとく逃げ出した。
対人特化スキルという力を得て、自分が追われる側ではなく追う側になっていたことを今更ながら実感する。もう魔族であることを隠して回り道する必要はない。この力で俺は、ダンジョンを踏破して願いを叶えるんだ。
俺は逃げ出したプリーストを追いかけようと一歩踏み出して、そこで足を止めた。
プリーストがいた場所。そこには立ち上がってこちらを見るノキアとハルの姿があった。
「……」
「シン、あ…」
「何も言わなくていいっ!」
何か言いかけたハルは、俺の剣幕をみて口をつぐんだ。それでいい。そのまま何も言わないでくれ。
今の二人の瞳は、今まで俺を映していた時とは全く違う。不安げな、何か得体のしれないものを見たときのような、硬い視線。当然だ。今まで一緒にいた相手が実は魔族だったなんて、そんなことになれば誰だってそうなる。
”今までずっと仲間のふりして俺たちを騙してきたんだよなあ?”
”よく平気な顔でヘラヘラとしていられたものだな”
”きもちわるっ”
以前ジョゼたちに言われた言葉を思い出す。
きっと彼女たちも同じだ。俺が魔族だと知って軽蔑するか、さっきのプリーストのように恐怖し逃げ出すか。
この二人からそんなことを言われたくはなかった。
……違う、もう人間相手に何かを思うのはやめよう。
いいじゃないか。もうどうしたって取り返しはつかないんだ。どう言い募ったところで俺が魔族である事実は変わらないし、魔族が忌み嫌われる種族であることも変わらない。
魔族である俺に、仲間なんていない。
「二人には、このまま俺の前からいなくなられては困るんだ。俺がダンジョンを踏破するための戦力として」
俺は淡々と告げた。
もう相手を見て配慮はしない。どう思われても関係ない。邪魔する者は殺して、必要な者は従わせればいい。
だから俺は、何も言わず黙ったままの二人の顔を見ることなく、必要なことを続ける。
ジャックとの戦いで傷ついた俺の体からは、いまだに血が滴っていた。手を払うと、腕から流れ指先にたまっていた血が飛び散った。
俺はその血が二人にかかったことを確認して、スキルを発動させた。
「レッドサイン。……二人にはこれまで通り一緒に戦ってもらう」
血のかかった顔をひそめたハルが、耐えかねて口を開いた。
「あんたねぇ! こんなこと…」
「もし逃げたらどこまでも追いかけて殺すから……二人とも、よろしく。あはは」
もう会話をするつもりはない。俺はハルの言葉をさえぎって一方的な要求を二人に突き付けた。
沁みついていた愛想笑いで、きっと俺の顔は醜く歪んでいるだろう。
ハルは絶句し、こぶしを震わせて俯いた。
「……わかった」
続いてノキアを見ると、彼女は何も言わず小さく頷いた。
*
「終わったわ」
周囲を警戒していた俺に、無表情のハルが言った。
戦いを終えたハルとノキアに怪我はない。ノキアの顔色は悪いが、それもここまでだろう。
俺たちは今、5階層を踏破し6階層へ続く扉の前に立っていた。
攻略は順調に進んでいる。
さっきまで近くに他のパーティが居たが、俺の姿を見て引き返していった。街中でジャックと戦ったことで、俺の噂は瞬く間にダンジョンの冒険者の間で広がっていた。
噂の詳しい内容は知らないが、あれから他の冒険者に襲われることはなくなった。それどころかさっきのように俺を見るなり避けていく。
邪魔をしてこないので都合がいい。
俺が魔族だと知られたことは、結果的には攻略を順調に進ませることになった。
「……」
念のため周囲を確認している間、ハルもノキアも何も話さない。ただ黙って俺の指示を待っている。
あれ以来俺は、ハルともノキアとも会話らしい会話をしていない。
俺たちの間にあるのは、事務的な報告だけだった。
「あはは。二人ともありがとう、それじゃあ行こうか」
そう言いながら俺は青い髪をかいた。
もう俺はフードを被っていない。魔力を制限して魔族であることを隠すつもりもない。その方が他の冒険者への牽制になるから。
だから、これでいい。
ダンジョンを攻略さえできれば、他はどうだっていい。もう立ち止まることはできないんだ。
自分にそう言い聞かせて、俺は転移扉に足を踏み出した。
「じゃあ今日はこれで解散しよう。二人ともお疲れ様」
街に戻ってきて、ハルとノキアにそう伝える。
ノキアは元々あまり表情が変わることは無いタイプだったが、今はそれに輪をかけて無表情。ハルは口を引き結んでつまらなそうにそっぽを向いている。不敵な笑みで場を仕切ろうとすることも、ノキアの言葉に噛みつくこともない。
そもそも二人の間にも会話はなくなっていたので噛みつくような機会も無い。
俺の言葉を聞いた二人は、無言のまま俺の前から去っていく。こんな光景も何度目かになれば慣れてくる。
もう二人の言い合いを仲裁することも、何気ない会話をすることもない。
全て、自業自得だ。これは俺が招いたことだ。
ふと、ノキアが立ち止まってちらりと俺を見た。ハルはそれを一瞥したものの、不機嫌そうな表情を変えることなく去っていった。
ノキアは俺を見て何か言いたそうにしているように、見えなくもない。
「あはは、どうかした?」
「…いいえ」
こんな些細な会話とも言えない会話でさえ、この関係になってから一度もなかった。なので内心少し驚きながら、少しだけ何かを期待しながら声をかけたが、ノキアは首を横に振って去っていった。
別に、だからと言ってどうということは無い。俺はお喋りをするためにダンジョンに来たわけでは無いんだ。ノキアにはウィザードとしての役割さえ果たしてもらえればそれでいい。
言いたいことがあるなら言え、なんて、そんなことが出来ない環境を自分で作っておいて言えるはずもない。
結局、俺は去っていくノキアが見えなくなるまでその場に立ち尽くした。
*
本当に、これでよかったのだろうか。
もしくは、
「本当にこのままでいいのか」
一人になって、宿の寝室に転がる度にそんなことを考えている。
考えたところで全く意味はない。良かったかどうか。そんなことは考えるまでもなく、悪かった。しかし俺が魔族だということを知られないまま、ジャックとの戦いを乗り切ることは出来なかっただろう。だから良いか悪いか、そんなことは関係なく避けられなかった現実だ。
その後の、俺が二人にした仕打ちは……必ずしも避けられなかったわけでは無いかもしれない。
いや、ハルとノキアを脅して従うように強制したのは、はっきり言って完全に俺の都合だった。
ダンジョンそのものを攻略するうえで、俺のスキルは殆ど役に立たない。魔物と戦うための戦力が絶対に必要だった。
魔族であることが知られた俺にはもう、誰かと好意的な関係を築ける芽は無い。なら、戦力として十分以上だということが既に分かっているハルとノキアにそのまま居てもらった方が都合が良かった。
それと……ついこの間まで普通に話をしていた二人から、拒絶の言葉を聞きたくなかった。
そんな気持ちが膨れ上がった結果が現状を作り出していた。
このままでいいかどうかなんて、もうどうしようもない。俺がダンジョンを進むためには、もうこの方法しかない。今さら後には引けないんだ。
「あはは…軽蔑されて当然だ」
魔族だから嫌悪され、迫害される。
今まではずっとそう思っていたし、実際そうだったと思う。
だけど今は、
「俺みたいなやつが魔族だから……」
俺に対しての当然の評価だった。
やめよう。これ以上考えてもむなしくなるだけだ。
毎夜毎夜考えては堂々巡りに陥る思考を断ち切って、明日に備えてもう寝よう。
そう思った時、周囲にいた冒険者たちの動きが不自然なことに気づいた。
念のために発動していた探知スキル:デモンズセンスの範囲内に入った冒険者が、俺の泊まっている宿に入ってきた。それだけなら別に泊まりに来ただけの可能性もあるが、その冒険者と同行していた別の冒険者が向かいの建物の屋上からこの部屋の様子を伺っている。
よくよく見れば、俺以外の他の部屋に泊まっていた冒険者たちが、まるで示し合わせたかのように全員いつの間にかいなくなっていた。俺が部屋に入った時には何人かはそれぞれの部屋にいたはずだ。
やがて俺がいる部屋の前で立ち止まった冒険者から、膨大な魔力が膨れ上がるのを感じた。
そして、突然部屋の扉が一瞬にして粉々に砕け散った。扉を消し飛ばした爆風はとどまることを知らず、そのまま部屋もろとも巻き込んで吹き飛ばてしまった。
自分がいた部屋が跡形もなく崩壊していくのを横目に、俺は巻き込まれる直前に窓から路地に飛び出していた。
着地すると同時に別の冒険者が猛然と迫って来た。
担がれた大剣が振り下ろされる。
「モーゼスの仇ぃいぃ! マイトクラッシャアアアッ!!」
迫る冒険者の野太い発声により発動したスキルは周囲一帯の地面を抉り、一瞬にしてその場にクレーターを作り出した。
俺はその攻撃も後ろに跳ぶことで回避する。
そして着地したところで、周りを冒険者たちに囲まれていることに気づいた。
しかし俺は落ち着いてスキルを発動した。
「ハイドロウ、絶影」
「消えたぞ! 早く探せ、絶対に逃がすな!」
「ダメだ、何処にも反応がないぞ!?」
俺を囲んでいた冒険者たちが、必死にスキルを使って俺を探すが見つけることは出来ないようだった。
厄介なスキルを使われる前に身を隠しておかないと、ジャックの時のように窮地に陥りかねない。しかしこの状態になってしまえば、追跡能力に優れたハンターでもこの状態の俺を見つけることは出来ないはずだ。
直接攻撃を仕掛けてきた男が、俺を取り逃がしたことで悪態をついている。その様子を俺は近くの建物の屋根から見下ろした。
人数は6人ほど。何人かは見覚えがある。以前ハルを襲っていた冒険者たちだ。
俺を襲ってきたのはあの時俺が殺した仲間の復讐だろうか。だとしたらまた襲ってくる可能性が高い。ここで始末しておいた方が……
「落ち着け、まだ終わってない」
「馬鹿野郎! あんな奴らが役に立つと思ってるのか!?」
「片方はともかく、もう片方は大丈夫だ。ウィザード一人捕まえられない奴らならダンジョンに入れないさ」
その話を聞いて、攻撃に入ろうとしていた意識を引き戻した。
もう片方、ウィザード。
俺はレッドサインで常に追跡できる状態の二人の反応を確かめた。いつもならもうとっくに二人とも眠っている時間。それが今は両方とも移動している。
俺だけでなく、二人も襲撃されたと考えるべきだ。
「女を人質にすれば、あのアサシンも出てこざるを得ない」
「魔族だぞ? 女なんか見捨てるに決まってるっ」
「その時はその時だ。また別のやり方を考えればいい。あのアサシンは、必ず殺す」
俺が聞いているとも知らず、冒険者たちは当然のようにそんなことを言っている。
嫌な汗が背筋を撫でた。
ハルはおそらく一人でも大丈夫だと思う。俺を襲った連中と同じ規模なら、彼女は難なく耐えることが出来るだろう。少なくとも、すぐにやられてしまうということはあり得ない。
だがノキアは。ただでさえ耐久力の低い後衛のウィザードが一人で多人数に襲撃されて無事でいられるだろうか。
俺はすぐさまノキアの元へと飛び出した。
してね




