第十五話「アクセラレーション」
「やっと諦めたか。手間取らせやがって」
息が上がり、動きの鈍った俺をジャックが見下ろしている。
冒険者の身体能力は、魔力によって底上げされている。
壁を砕く魔物の攻撃を耐えられるのも、硬い鱗を切り裂けるのも、単純な移動速度さえ。魔力による恩恵はすべての冒険者の根幹を成していた。
戦闘で魔力が尽きるということは、それらの恩恵がすべて消えるということ。それは冒険者にとって死と同義だった。
「こんなところで負けるわけには…いかないんだ」
俺はジャックを睨みながらも、意識はそこには無い。
魔力を開放するかどうか。そのことで頭はいっぱいだった。
ここには大勢の冒険者たちが居て、俺たちの戦いを傍観している。もしここで俺が魔族であることを知られたら……
「簡単には死なせねえ。まずは手足を切り落として、それからたっぷり時間をかけて殺してやる」
しかしその間もジャックは容赦なく俺へと剣を振るう。
何をやってるんだ俺は。今はもう、そんなことで悩んでいられる状況じゃない。
迷うな、戦え!
ジャックが振り抜いた剣は俺の頭上を掠め、虚しく宙を切り裂いた。
その時の風圧で被っていたフードがめくれ上がった。そして前に躱した勢いで、フードは完全に脱げた。
「けっ、まだそんな余力が……なっ、お前まさか」
ジャックは空振った剣をすぐさま引き戻して俺へ向き直った。しかし再び俺の姿をとらえたジャックが追撃してくることは無かった。
立ち止まって睨みつけるジャックの目は、俺の髪へと注がれていた。
濃密な魔力の気配。魔力を帯び、青く染まった頭髪。
魔族。
周りで傍観していた誰かが呟いた。やがてそれは周りの冒険者たちにも伝播していく。
侮蔑、嫌悪、恐れ、憎悪。
様々な感情の視線が俺へと注がれる。それらは総じて好意的なものではない。
「あ? 魔族だろうが何だろうが、てめえはもう死ぬんだよ!」
その騒然とし出した場の空気を、ジャックは一蹴した。
俺が魔族と知ったジャックは、そんなことに興味はないとばかりに剣を振り上げた。ジャックにとって俺は、既に狩られることの決まった獲物でしかないらしい。
「どうして魔族がそう呼ばれているか知ってるか?」
「おらぁあああ!」
ジャックは俺の問いかけに答えず、猛然と剣を振り下ろした。魔力の尽きかけた相手へと向けられる雑な攻撃。
俺はその攻撃を危なげなく回避した。ついでとばかりに2、3度その腕を切りつけておく。
「ぐっ!?」
「あはは…魔力と、最も近い種族だからだよ」
魔族の持つ魔力の総量は人間とは比較にならないほど多い。その高密度の魔力が飽和し、髪を青く染め上げる。
俺たち魔族はそれを抑えることで人間に紛れて生きてきた。
だがそれももう終わりだ。多くの冒険者たちに見られてしまった。俺が魔族だという噂はすぐにダンジョンの街に広がるだろう。
しかしここまで盛大に晒してしまうと、いっそ清々しい気分になりそうだった。
解き放たれた魔力は湧き上がり、力が溢れてくる。ついでに被りっぱなしだったフードも無くなって視界も良好だ。それともう一つ、スキルツリーにも変化を感じていた。
まずはこの戦いを切り抜ける。後のことはそれからだ。
*
「おらっ! おらぁあ! クソッ、なんで魔力が尽きねえっ!?」
「あはは…」
負けることはないが、勝つこともできない。そんな拮抗が続いていた。
魔力を開放したことで、俺の動きは最初に比べても良くなっている。とはいえジャックがプリーストの支援を受けている限りは焼け石に水だった。
向こうのプリーストの魔力が尽きるのが先か、開放した俺の魔力が尽きるのが先か。あるいはハルかノキアが目を覚ませば……
このまま続けれはいずれ決着はつく。しかしそれがどちらの勝利で終わるのかは分からない。
俺は勝負に出るため、自らの有利を捨てて一度距離を取った。
「舐めるなよガキが!」
ジャックは荒く叫びながら武器を弓に持ち替えた。
距離を取れば俺の攻撃は届かない。しかしジャックには弓がある。そのうえ足に巻き付いた鎖で俺の動きは妨害されてしまう。
「くたばれ亜人!」
「っ!」
それをわかっていながら距離を取ったのは、スキルツリーを構成するためだ。
魔力を開放したときに感じた最も大きな変化。それはスキルツリーに、新たなスキルが現れたことだった。
個人のクラス適正や、種族によってスキルツリーに違いが現れることはある。今まで俺はずっと魔族の力を抑えていた。そのせいで本来あるべきスキルを見つけることが出来ないでいたのかもしれない。
俺は高速で迫る矢の雨を、立ち止まって最小限の動きで回避した。
「!? …舐めやがってっ!」
スキルツリーを構成するためには意識を深く集中する必要がある。それは今のような戦闘中では致命的な隙となってしまう。
それでもやるしかない。俺をなぶり殺すつもりのジャックが急所を狙って来ない、今のうちに。
ほとんど無意識に矢を避けながら、俺は意識をスキルツリーに沈めた。
スキルツリーの最深部。そこにあるスキルは当然、一撃追放。そこで終わりだったはずの枝が、今は横に伸びていた。そこから横に伸びる枝をたどる。
その先に現れた新たなスキル。その名は……
ジャックの放つ弓矢を、俺は回避し続けていた。しかし意識を欠いた回避は完全ではなく、徐々に傷が増えていく。
そのさなか、眠っていたハルが身をよじった。まどろんだ瞳が薄く開かれる。
「あれ、あたし……っ! シン!?」
「…もうやめだ。終わらせる」
目覚めたハルの叫びは誰にも届かない。
そして、いくら矢を射てもキリがないと判断したジャックの雰囲気が変わった。
今までの絶え間ない攻撃とは違う、長い溜め。
引き絞った弓に、強い魔力が渦巻いていく。
「肉片にしてマンティコアの餌にしてやる。…トレンシャルジャベリン!!」
ジャックは膨大に膨らんだ魔力の塊を、空に向かって打ち上げた。
そして放たれた魔力の矢は無数に分かれ、巨大な槍の姿となって降り注ぐ。
スキルの構成を終えた俺が見たのは、そんな光景だった。
ーーアクセラレーション。
俺は降り注ぐ槍の雨に、自ら飛び込んだ。
しかし槍は一つも掠ることなく地面に突き刺さっていく。俺は無数の槍をすべて回避しながら、驚異的なスピードでジャックに迫った。
スキル:アクセラレーション。その効果は瞬間的な身体能力の超加速。今の俺にはすべてがスローに見える。
ジャックは刹那の間に目の前まで迫った俺を見て、ギリギリ反応している。
「ッ!?」
俺はそのままジャックの背後に回り込んだ。それを先読みしていたジャックは、わずかに遅れたものの、ほぼ同時に振り返ろうとした。しかし、もう遅い。
アクセラレーションにはもう一つ、重要な効果があった。
それはこのスキルの発動中、一撃追放の発動条件のうち二つ目の条件を相殺するというもの。二つ目の条件は、対象から俺の意識が外れていること。その条件を無視できる。
それはつまり、奥義スキル発動直後、人間であるジャックの背後を取った時点で。
「終わりだ、一撃追放…!!」
超加速した短剣の閃きが、ジャックを通り過ぎた。
「なん…………ご…ぇっ」
ジャックは遅れて振り返り、何かを言おうとした。しかしその口から零れたのは言葉ではなく血塊。そしてそのまま頭はずり落ちていき、続いて体が地面に頽れ、血だまりに沈んだ。
この惨状を目にした冒険者は、誰ひとりとして声をあげる者はいなかった。
「嘘……」
静まり返った空気の中で、ノキアのかすれるほど小さな呟きは風に消えていった。
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