第十三話「終わりの始まり」
ノキアを捕まえたジャックは、俺の存在など歯牙にもかけていなかった。
ハルもノキアも捕らえられ、俺は一人。向こうは四人。そのうえ必殺の魔法はいつでも俺に放つことができる。圧倒的優位に立っているジャックたちにとって、もはや俺などいても居なくても変わらない存在だった。
「なんていう名前なんだ? なぁ、黙ってねえで教えてくれよぉ」
「あなたみたいな野蛮人に、話す口は持ち合わせていないわ」
しかしそれは、あいつらから見た状況だ。彼らは俺のことは噂に聞いた程度で、それも眉唾だと思っている節がある。完全に侮られている今なら、付け入る隙は必ず見つかるはずだ。
ノキアには悪いが、彼女が捕まったことは反撃の糸口になる。今はもう少し我慢してくれ。
ジャックの手がノキアを容赦なく抱き寄せる。ノキアはそれを拒もうと身をよじるが、その抵抗は虚しくねじ伏せられていた。
「クククッ、いい目だ。それにわがままを言うのはこの口か? それなら…」
「ジャック、用が済んだなら早くしてくれ」
「おいおいリック、そうカリカリすんなよ。飽きたらお前にも回してやるから。ネルソン、この女も丁重にお連れしろ」
プリーストに急かされ、ジャックはエスカレートしそうになっていた手を引いた。
ノキアを押し付けられたネクロマンサーは、召喚したスケルトンにノキアを拘束させた。眠ったままのハルも同様に、スケルトンに抱き上げられて運ばれていく。
スケルトンに体を抑えられたノキアは、どうにか冷静そうに振る舞っていた態度を一転して大きく体を震わせた。
「ひっ…!」
「なんだそんな顔もできるのか。今夜は楽しめそうだなァ!」
その表情を見たジャックは、怯えるノキアとは反対にその顔を楽し気に歪めていた。
アンデッドと男たちに囲まれたノキアは、最後に縋るような目で俺を見た。しかし俺はすぐにでも飛び出したい気持ちを抑えた。今飛び出したところでどうにもならない。
ノキアの視線に気づいたジャックが、思い出したようにこちらを振り返った。
「そうだそうだ、この俺としたことが忘れる所だった」
「あはは、忘れてくれてもよかったんだけど」
そう言ってジャックはウィザードに合図した。
「そう言うなよ。こんないい女を紹介してくれたアサシン君にはこいつをプレゼントだ。遠慮せず受け取ってくれぃ」
そしてジャックの合図を受け取ったウィザードから、魔力の奔流が溢れた。それと同時に俺の目の前に現れた光の粒が、膨大なエネルギーを飽和させて膨らんでいく。次の瞬間には、俺どころか周囲の地形ごとまとめて消滅の光に包まれるだろう。
ジャックたちは勝利を確信し、完全に油断している。
ここしかない……!!
ーーシャドウステップ。
そして、薄暗い遺跡は光に包まれた。
再び薄暗さが戻った時には、俺たちがいた場所は何もかも跡形もなく消し飛ばされていた。
一仕事終えたプリーストがため息をついてジャックを咎める。そこにはもう周囲への警戒は殆どない。
「まったく、予定に無いことを」
「ご褒美もなしにこんなことやってられるかよ、なあトーマ君? 黙ってないでお前も何か…」
ジャックはいつものこととその言葉を聞き流し、仲間に同意を求めた。
しかし話を振られたウィザードは返事をしない。
それを疑問に思ったジャックが振り返り、続いてプリーストとネクロマンサーも振り向いて……弛緩していた空気は一気に凍り付いた。
ーー一撃追放。
ウィザードの首が、ごとりと音を立てて地面に落ちた。
「は……? おいおい、なんの冗談だ?」
ジャックは茫然と呟きながらも、染み着いた動きで武器に手をかけた。しかし3人とも突然の出来事に反応が遅れている。俺は一番近くにいたプリーストを見据えた。
スキルを使っていない相手に一撃追放は使えない。しかし防御力の低いプリーストなら、通常の攻撃スキルでもダメージを与えられるはず。
「シャドウステップ……ヴェノム…ぐっ!」
「来ると、分かってぇ!!」
しかしジャックはプリーストの後ろに回り込んだ俺を正確に捉え、片手剣の薙ぎ払いで吹き飛ばした。
「っ…ハイドロウ」
地面に手足をついて衝撃を受け切り、後退しながら隠蔽スキルを発動する。
今の攻撃で左腕が折られた。このまますぐに戦いを続けるのは厳しい。ひどくなる痛みをこらえ、立ち上がる。
「…ハンターの俺から隠れられると思うなよ」
本来ならハイドロウの使用中は俺の姿を認識することができなくなる。しかしジャックにはそのの効果がまるで効いていなかった。その目は確実に俺を捉えている。
ハンターのスキルの効果か。獲物を確実に仕留めることが目的のクラスであるハンターには、単純な隠蔽スキルでは効果が無いらしい。
俺はすぐに瓦礫の陰に移動し、鞄から取り出した回復ポーションの栓を噛んだ。
そう言えば、ハルと会ったときもハイドロウは効果がなかった。その時の会話を思い出す。
”本気で気づかれたくなかったら……”
あの後俺はスキルツリーを確認し、もう一つの隠蔽スキルを構成していた。
スキル:絶影。
このスキルはハイドロウのように相手から見えなくなるような効果は無い。しかし。
武器を弓に持ち替えたジャックが俺の隠れた瓦礫めがけて矢を放った。光を纏ったその矢は瓦礫に着弾すると同時に爆裂し、遮蔽物になっていた瓦礫を粉々に粉砕した。
すかさずジャックは近づいて俺の姿を探すが、そこにはもう何もない。
「ジャック、奴は?」
「逃げやがった。アサシン風情がよくも…それよりトーマは?!」
「ダメだ、蘇生できない…!」
「なんだと…どういうことだ、クソッ! 許さねえ、絶対にぶっ殺してやる!」
怒りの矛先を見失ったジャックは足元の瓦礫を踏み砕いた。
その様子を俺は物陰から見ていた。俺は逃げていない。ハイドロウと絶影を使い、ずっと身を潜めていた。
絶影は探知スキルの無効化するスキルだ。ハンターがどれほど追跡に長けていても、それはスキルによるものだ。自分のスキルに絶対の信頼を置いているハンターなら、探知できないなら俺がスキルの範囲外まで逃げたと考えるのが自然だった。
そして俺が逃げたと判断したジャックたちは、ハルとノキアをスケルトンに運ばせ立ち去っていった。
「あはは…それはこっちの台詞だ。ジャック」
誰も居なくなった廃墟に、飲み終えたポーションの瓶が転がった。
まだ何も終わっていない。俺はここで退くつもりはなかった。ここで逃げればハルとノキアがどんな目に遭わされるか、たやすく想像できる。
だから、本当の殺し合いはこれからだ。
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