第十二話「失態の副作用」
先手を打たれたのは完全に俺の失態だ。居ることは分かっていたのに相手を甘く見ていた。
ハルたちが戦っている間に回り込んで始末していれば。今になってそんなことを考えるのは、まだ俺が心のどこかで人を殺すことを躊躇っていたからかもしれない。
殺さずにいられるならその方がいい。
しかしそのせいで俺たちは目の前の冒険者たちに襲われ、命の危機にさらされている。こうなってしまっては下手に動くことができない。
「ハル、あいつらは?」
「あの4人は聖槍っていうパーティの連中。この間の有象無象とはわけが違うわ。先頭で喋ってる男がハンター。後ろで魔法使ってるのがウィザードで、あとはプリースト。それと…ネクロマンサー。大量のアンデッドはあいつの仕業ね」
ハルは振り返らないまま手短に相手の情報を俺たちに伝えた。緊張したハルの口ぶりから状況の深刻さがいっそう伝わってくる。
「9階層の攻略はどうしたの? ジャック」
「実は急遽別件が入ったんだ。そう、お前だよお姫様」
ジャックと呼ばれたハンターの男はおどけた調子でハルを指さした。口ぶりから二人は顔見知りなことが伺えるが、そこに親しい雰囲気は感じられない。
「ステラとの話はついたはずなんだけど」
「だから迎えに来たんだ。一緒に来てもらおうか」
「…そういうこと。最低の勧誘ね……いやだと言ったら?」
ハルの実力を鑑みれば、それを欲しがる冒険者が大勢いることは容易に想像がつく。問答無用で殺しに来られるよりはマシだったかもしれない。
「逆に聞くが、こっちはディレイスペルでいつでも発射準備オーケーなんだ。こいつを撃ったらどうなると思う?」
「そんなのであたしをやれると思ってんの」
「お姫様は良くても、そっちの二人はどうだろうなあ? 噂のアサシンと、それに…」
「その噂が本当かどうか自分の首で確かめたいの? ジャック、いま退くなら見逃してあげるわ」
ハルは強気だが、ジャックの言う通りあの魔法を食らえば俺とノキアは耐えられない。ハルが庇ってくれたとしても、難しいラインだ。
俺たちに向けられている魔法はスキル[魔法]:ノヴァ。光属性最大の攻撃魔法だ。魔法系スキル全体で見てもその破壊力と範囲は圧倒的で、逆に使いどころが限られてくるほどの威力を誇っている。
聖槍のウィザードはそれをスキル[魔法]:ディレイスペルでいつでも放てるように待機していた。
「そいつはありがたいね! さ、アサシン君、やって見せてくれ。ほら、どした?」
ジャックが俺を煽りたててくるが、挑発に乗るわけにはいかない。二人を抱えてシャドウステップで回り込み、混戦状態に持ち込む手もあるがリスクが高すぎる。ハルはともかく今のノキアではしのぎ切れるとは思えない。
ノキアは魔力と精神力ともに憔悴している。今も額に汗を浮かべて何とか立っている状態だ。ノキアを見捨てるわけにはいかない。
「ハル、今は無理だ」
「わかってるっ…」
「いま大人しく従えば後ろの二人は見逃してあげるわ! あっはは!」
先ほどの意趣返しのつもりなのか、ジャックはふざけた口調でそう言った。
「シン、短い間だったけど結構楽しかったわ。……ジャック! あんたたちについていってあげる」
悔しいが、それしかない。暢気に様子見などせず、俺がもっと早く動いていればこんなことにはならなかったかもしれない。しかし今更後悔しても遅かった。
「ごめんなさい、私が…」
「ふんっ」
ノキアの言葉には答えず、ハルは俺たちに背を向けてジャックのもとへ歩いていった。
「言う通りにしたんだから早く止めて」
「ああそうだな、ん? 怪我してるじゃねえか。おいリック、治してやれよ」
ハルは魔物の大群との戦闘で少し怪我をしていた。それを見たジャックは、先ほどまでの剣呑な空気が嘘のように気さくな態度で言った。
そんな様子を遠巻きに見ていることしかできない自分の不甲斐なさが悔しかった。
ハルはそれを嫌そうにしながらも、拒否できずにいる。
「わかった。キュアクレイドル」
「余計なお世……っは…あんたまさか、くっ…死ね。このド腐れ粗チン野郎」
リックと呼ばれたプリーストの男が回復魔法を使った途端、ハルはよろめきだしてそのまま倒れてしまった。
「ハル!」
何の前触れもなく突然起きた事態に俺は思わず叫んだ。しかし既に意識を失ったハルにその声は届かない。
「耐性の高いパラディンを眠らせるために、回復魔法の副作用を使って…」
ノキアの呟きを聞いて、なぜ突然ハルが倒れたのか理解した。
スキル[魔法]:キュアクレイドル。全ての状態を完治させる代わりに、対象を眠らせる。
プリーストの男が使ったのはそんな効果を持つスキルだ。効果は高いが、使い勝手が悪く滅多に使われることは無い。
「子供はお休みの時間だ。いい夢見ろよ。さって、静かになったところでここからが本番だ」
ハルに危険が無いことに安堵する。しかし大人しく従っていたハルをどうしてわざわざ眠らせたのだろうか。
ウィザードは未だに魔法を止める気配を見せない。聖槍は俺たちをまだ解放するつもりはなさそうだった。
「お姫様には悪いが気が変わった。仕方ねえ、仕方ねよな。もう我慢できねえ! ロックオンチェイン!」
「え? ……っ!?」
「ノキア!」
ジャックの雄たけびと共に現れた魔力の鎖がノキアを縛り付けた。鎖はそのままジャックの手元に強引に引っ張られ、ノキアは為す術もなく引き寄せられた。
「はははっ! ちょうど欲しかったんだよ、こういう女が! 一目見ただけで惚れちまったぜ」
「…っう」
ジャックは足元に倒れるノキアの顔をつかんで品定めするように眺めている。一方的で、暴力的な扱い。冒険者というのはそもそも野蛮な生業だ。こういうことはよくある。しかし。
「お姫様もあっさり騙されて馬鹿だよなあ。この俺がこんないい女を放っておくと思ったか? まだケツの青いガキにはわかんねえか!」
体を縛られたノキアは抵抗することもできず、せめてもの抵抗で侮蔑の眼差しを向けている。
しかしそれは、俺に残されていた躊躇いを振り払うのに十分なものだった。
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