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第十話「ひゃう!?」

 4階層に何度か挑戦し、ようやく踏破したある日のこと。俺は役場で受付のスライムから一枚のカードを受け取った。

 星を象ったシンボルが刻まれた、このダンジョンの中で通貨として使われているカードだ。


「ここにいる冒険者は大体がレベルカンストしてるでしょ? 魔物を倒してもマナが無駄になるから、それを溜め込むようにできてるの。だからここではマナがお金の替わりね」


 ハルの説明を聞いてなんとなく仕組みは分かった。受け取ったカードをよく見てみると0という数字が刻まれている。魔物を倒せばカードが余剰分の経験値を吸い取って、この数値が自動的に増えるようだ。何かを買う際はこのマナを支払うことになる。

 しかし、この仕組みを作った人には何の得があるのだろう。


「ステラの人たちは、なんでマナなんか集めてるんだ?」

「スライムにでも食わせてるんでしょ。これだけ居るんだからいくらあっても足りないんじゃない?」

「あはは、それもそうだな」


 言われてみればその通りだった。この街で働く大量のヒトデスライムたちを育成しようと思えば、膨大なマナが必要になる。おそらく既に最大レベルの召喚士本人からしてみれば、安全にマナを得られるこの方法はかなり効率がよさそうだ。

 外に出て街の通りを歩きながら1人で納得していると、ハルがまたノキアに食って掛かっていた。


「あんた、ずっと一緒にいたくせになんでこんなことも教えてないわけ?」

「聞かれなかったからよ」


 しかしノキアは気にした様子もなく淡々と返した。それがさらにハルの神経を逆なでしてしまったらしい。

 ハルは道のど真ん中ということも構わず、ノキアの正面に回り込んだ。


「はぁあ!? 聞かれなかったらあんたは何にも喋れないお人形さんなの?」


「あなたにそこまで言われる筋合いは無いわね。少なくとも今まで彼は困ってはいなかったわけだし。支払いは私がしていたのだから問題ないでしょう」


「あんた、男をダメにする女ね」


 往来の中で言い合いを始めた二人は冒険者たちに好奇の視線を向けられる。多くは元々有名な銀髪の少女に対する視線だが、中にはノキアの体つきをなめる様に眺める者や、俺を見てひそひそと何かを話している者もいた。


 俺は無意識のうちに被っていたフードをさらに目深に被りなおした。ハルは全く気にした様子は無いが、ノキアは視線を避ける様に帽子を深く被って俯いた。


「あなたがそう思いたいならそれで構わないわ。実際の私とは関係ないもの」

「なにそれ、ホントむかつく!」

「目立つからこの辺でやめよう? …あはは」





「誰かさんが真面目に戦わないせいで予定よりかなり遅れたけど、ようやく5階層ね」

「いったい誰の事かしらね」


 露骨な皮肉をこともなげに返されたハルは逆にむっとしていた。ノキアは相変わらず冷めた表情だが、少しだけいつもより固い顔をしていた。


 ノキアにはなんだかんだずっと一緒に付き合ってもらっているが、彼女はあくまで一緒にいるだけ。それなのに4階層の攻略では結局最後まで当然のように戦わせてしまった。ノキアは俺たち3人の中で魔物に対しての攻撃力が最も高い。それに少し甘えすぎたかもしれない。


「あはは、焦らずにもう一人くらい仲間を探してからでもいいんじゃないかな」

「心配しないで、シン。低層なんてあたしとこいつだけで余裕よ。よ・ゆ・う」


 言葉を交わす度に衝突するハルとノキアだったが、魔物との戦闘ではヒュドラとの戦い以降、そんな不仲を感じさせない連携を見せていた。 そもそもが二人とも相当な実力を持っている。性格の相性はどうあれ、お互いのクラス特性を理解して的確な動きを行うことは造作もないことだった。


「5階層は、遺跡なのか」

「どちらかというと墓ね。ここ、アンデッドしか出ないから」


 5階層は今までとは打って変わって、人工の建造物を思わせるフロアになっていた。周りは不気味に暗く、空気は淀んでいる。確かにアンデッド系の魔物が出そうな雰囲気だ。


「どこからでも出てくるから……言ったそばから出たわね」


 ハルの視線の先、吹き溜まりでぬかるんだ地面から人骨の魔物が這い出してきた。強力な魔力を帯びて青く染まったスケルトン種。3体のスケルトンロードと、それに守られるリッチ。


「なんだかパーティみたいだな。あはは」

「生きてたらシンの出番だったわね。さっさと片づけましょ」


 ハルとパーティを組んでから今の所、他の冒険者から襲撃されたことは無い。上に行くほど目を付けられるという話だったので、低階層ではそれほど警戒する必要はないのかもしれない。

 しかし何もせずに眺めているわけにもいかないので、万が一のことを考えて警戒しておく。

 スキル:デモンズセンス。

 このスキルは自分を中心に、全方向、障害物を無視して存在する人属の位置を把握することができる。罠や魔物、地形把握には一切使えないが、あらゆる隠蔽、妨害を超えて人だけは確実にとらえることができる効果を持つ。

 今確認できるのは二人だけ。前線で戦うハルと、隣で身構えて動かないノキアだ。


「あれ。ノキア、大丈夫?」

「え? ええ。大丈夫よ」


 魔法を打ち込む時間は十分にあったはずだ。しかしノキアはまだ詠唱さえしていない。どこかそわそわした様子で視線をさ迷わせていた。


「こっちは大丈夫じゃないっての! 早くしてよ!?」


 ノキアの魔法をあてにしていたハルは、かなり強引に攻めている。ハルならそれでもしばらくは大丈夫だとは思うが、早く倒すに越したことは無い。しかしノキアは動かない。

 まさかハルの言動を腹に据えかねたノキアは、ついに戦意を無くしてしまったのだろうか。いや、いくら何でも彼女はそんな子供ではない。


「バードレスくん。お願いがあるのだけど、いいかしら」

「俺に? もちろんいいけど」


 戦いでは役に立たずとも、俺にできることがあるのならなら何でもするつもりだ。なによりノキアから何か頼みごとをすることなど、初めての事だった。命の恩人の頼みを断るはずがない。


「じゃあ、隣で私を見ていてくれるかしら」


 何の意味があるのかさっぱりわからないが、これ以上時間をかけるわけにはいかない。こうしている間もハルは一人で戦っているのだ。


「あはは…これでいいかな?」

「もう少し近く。もう少し……ええ、そのくらいで。絶対にそこにいて、目を離さないで」

「ちょっと! 人が戦ってるっていうのになにやってんの!?」


 振り返ったハルがこちらの様子を見て怒声を上げている。


「えっと、あはは…」


 ノキアの言う通りにした結果、俺はノキアのすぐ後ろに立たされていた。帽子のつばが俺の体にぶつかるほど、ノキアは目と鼻の先だ。帽子からノキアのにおいを感じて思わず目を逸らしそうになるが、目を離すなと言われたのだから離すわけにもいかない。

 端正な顔立ちも、ローブを押し上げる胸のふくらみも、そっと息をつくしぐさも、どこを見てもノキアの魅力的な美貌が視界に入ってくる。


「何もいないわね? 本当?」

「あはは、本当だよ。俺しかいないから」


 詠唱を始めたノキアの再三の確認に答える。詠唱とは言っても魔力を使ったスキルを使用する際に必要な儀式の為、必ずしも呪文の言葉は唱える必要はない。魔力で構成された魔法陣がノキアの周囲に描かれ、完成する。


「…ブレス・オブ・ドレイク!」


 地面から燃え上がった炎が、まるで咬み砕くようにスケルトンロードをまとめて飲み込んだ。



 スケルトンとの戦いは少し苦戦はしたものの、ノキアが魔法で攻撃を始めてからは形勢はあっという間に決した。

 しかし問題はここからだった。


「ちょっとどういうつもり!?」


 俺たちのもとに戻ってきハルは怒り心頭だった。ハルには俺たちが後ろでいちゃいちゃしていたように見えたらしい。たぶん誰が見たってそう思う。

 やましいことは無かったことをどうにか説明し、ハルは渋々引き下がった。しかし誤解を解く中で気になることがあったらしい。


「あんた…」


 ハルはノキアと向き合った。やはり何か言わないと気が済まないらしい。しかしハルの顔はみるみる緩んでいき、口は釣りあがっている。


「もしかしてお化けが怖いの? …ぷぷっ」


 言い終えたハルはけらけらと笑っていた。たしかに5階層に入ってからノキアの様子はおかしかった。何度も背後を確認したり、いつもより表情が硬かったり。


「? 変な勘繰りはやめてちょうだい。そんなことあるはずないでしょう」


 しかしノキアはしれっとした顔でハルの言葉を否定した。こうして見ているといつも通りのクールな彼女にしか見えないが……


「ちょっと! 上!」

「ひゃう!」


 ハルの突然上げられた大声に、ノキアは体を大きく震わせてその場で縮こまった。もちろん上にもどこにも何もいない。


「ねえシン聞いた? ひゃう! だって。ひゃう」

「うん、まあ…苦手なものくらい誰でもあるよな。あはは」


 いつもなら言い返すノキアは何も言わない。ただ、耳まで真っ赤に染めて恨みがましい目でハルを睨んでいた。

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