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帝国特務隊シリーズ

帝国特務隊 ~上司である皇女様はクソッタレ共の撲滅をお望みです~

長編版→ クビになった帝国軍人と道具扱いの第四皇女 スタートしました。


 ・ 4年前



 ローベルグ帝国が南への侵略を開始してから2年。


 南部にある荒野には戦争の前線を支える帝国第一軍の駐屯地が設立されていた。


 南部の地は日中は日差しが強い。季節としては夏である現在は特に厳しい。


 戦争特有の緊張感と死への恐怖。すり減っていく精神に加えて体力的にも削られていくという地獄のような戦場であった。


 夜になった今でも蒸し暑さは変わらない。

 

 駐屯地内に設営されたテントの中には日中前線で戦い、夕方になって交替するべく撤退してきた兵士達が10人ほどいた。


 寝苦しい毎日であるが、少しでも寝て体力を回復させねば生き残れない。


 帝国軍兵士達は各々用意した水枕等を用いて、簡易ベッドの上で寝息を立てていた。


 ただ、まだ寝ていない者が2人いた。


「ロイド、起きてるかい?」


「ああ」


 昼間の激闘で疲れているはずなのに、寝付けなかった2人の男は寝ている仲間を起こさぬよう小声で話し始める。


「もうすぐ終わるね」


 この地獄のような日々もあと少し。


 次の攻撃目標である王都を陥とせば終わりだ。ようやく泥と血に塗れた地獄を抜けられる。


 綺麗な金の髪をした男性は隣に寝ている相棒へと顔を向けるとニコリと笑う。


「ロイド、君は戦争が終わったらどうするんだ?」 


「わからん。お前は?」


 金髪の男性が口にした問いに対し、ロイドと呼ばれた赤髪の男性は仰向けで目を瞑ったまま答えた。


「城に戻っても厄介者扱いされるだけさ。軍に残ってどこかの国境警備の任務も良いかもね」


「クソッタレな人生だ。同情するぜ」


 苦笑いを浮かべながら答えた金髪の男性。彼に対して相変わらず目を瞑ったまま、ため息を零しながらロイドはいつもの調子で返した。


「本当だね。自分でもそう思う。だけど、僕は生きると決めた」


「…………」


 金髪の男性は真顔に戻ると、顔をテントの天井へ向け直して呟く。


 彼の事情を深く知るが故に、ロイドは何も言う事は無かった。


「そうだ。帝都に戻ったら僕の――」


 金髪の男性が再びロイドへ顔を向け、言葉を口にした時。外から何かが爆発するような音が響いた。


『敵襲ー! 敵の攻撃だァァッ!』


 爆発音の後、テントの外からは男の叫び声が聞こえた。同時にカンカンカンと金属を叩く音も。


 どうやら敵軍は夜の闇に紛れて帝国軍へと攻撃を仕掛けてきたようだ。


 先ほどまで話し合っていた金髪の男性とロイドがベッドから勢いよく飛び出すと同時に、寝ていた仲間達も反射的に目を覚ました。


「おい、準備は!? ヘイ! カーティにズボンを履かせろ!」


 ロイドは金属製のヘルメットを被り、ベッドの脇に立てておいた魔導長銃を手にすると敵の襲撃に慌てふためく仲間のサポートをするよう別の仲間へと告げる。


「死ぬなよ」


 いち早く準備を終えたロイドは相棒である金髪の男性と、いつも通りの『約束』を交わす。


「君こそ」


 そして、共にテントから飛び出していった。 



-----




 ・ 西部訛りの男



 ローベルグ帝国帝都にある帝都憲兵隊本部にて。


 憲兵隊のトップである憲兵隊司令官の執務室に1人の男が呼び出された。


「お前はクビだ」


「は?」


 たった今、クビと通告された男の名はロイド。


 彼の容姿を一言で表すのであれば悪人顔である。


 常に眉間には皺が寄って不機嫌そうな表情。瞳の奥には猛禽類が獲物を狙うような、相手の動きを観察していると思わせる鋭さが窺える。


 帝国には珍しい赤色の髪も他人からは挑発的な色だと称される事が多い。


 彼は帝国軍第一軍に所属して前線を支えていた兵士であったが、終戦後には帝都の治安を維持する警察機関としての役割も持つ帝都憲兵隊へ転属された男であった。


「おい、どういう事だ? 俺がクビ?」


 豪華な革張りの執務用椅子に座る憲兵隊司令官に対し、目を更に鋭くさせて。


 彼が吐き出した言葉通り、表情には納得いかないといった怒りの感情が浮かぶ。


「理由を教えろッ! 安い娼婦とファックしすぎてナニの病気が脳にまで達したか!?」


 ロイドは拳を司令官の執務机に叩きつけながら、相手の顔を覗き込むように睨みつけた。


「違うッ! その目付きと不敬な態度ッ! 貴様の西部訛りも頭にきているがなッ!! 今回の件は残念な事に別件だッ!」


 ロイドの言葉使い――帝国西部に住む者達が使う独特な言葉やスラングを西部語、もしくは西部訛りという――や態度にも司令官は嫌気を感じていたようだ。


 特に気に食わないのは西部訛りだろうか。この司令官のような生粋の帝都育ちからは西部訛りを『下品』で『不快』とする者も多い。なかでも身分の高い家の出身は特に。


 が、クビの原因はそれらの要素ではないと言う。


 司令官は鼻の下にあるカイゼル髭を撫でると執務机の上にあった木箱から葉巻を取り出して火を点けた。


 司令官は葉巻の香りを楽しんだあと、ロイドの顔面にわざと当たるよう煙を吐き出した。


「先日、シャターン伯爵を逮捕しただろう? あれは誤認逮捕だった」


「はぁ?」


 司令官が口にした人物、シャターン伯爵は一言で言えば『成金のクソ野郎』である。


 シャターン伯爵は元々は国一番の大商人であったが、戦時中に商人として国に大きな貢献をしたという理由から爵位を得た。


 長く戦争を続けていた帝国は常に金欠状態。金欠の帝国に金や物資を提供し、資金面や物資補給の面で貢献して戦争を勝利に導いた。


 そりゃあもう、金と物をつぎ込んだ。一足飛びどころか二足三足飛びで伯爵の地位を与えられるくらいには。


 所謂、金で爵位を買ったと称される人物である。


 正当派の貴族からはそんな悪評が噂されるシャターン伯爵だが、今年になって特に羽振りが良くなった。


 戦争中に金と物を国につぎ込んで、支払いの代わりに爵位を得た彼が。爵位を得た事で商売の信用度が上がり、利益が拡大したのかと思われていたのだが……。


「あのクソ野郎は麻薬組織の頭だったじゃないか! 証人もいたはずだ!」


 最近帝都で流行していた大量の不審死と人の狂乱事件。


 捜査を進めるとこれらは帝都の裏側で秘密販売されていた麻薬に行きついた。


 中毒性の高い麻薬は、医療目的以外での使用や国に認可されていない組織が販売する事を帝国法で禁止されているが、裏でコソコソと違法に売り捌く組織がいると判明したのだ。


 帝国の裏側でジャンキー共を増殖させ、不審死やハイになったジャンキー共が暴力沙汰を起こすなど。流行していた事件の詳細はそんなところ。


 帝都の治安を維持する憲兵隊に所属していたロイドは捜査を進め、遂にクソッタレジャンキー共のパーティ会場を発見。


 売人役として活動していたマフィアを確保して裏で組織を操る親玉を聞き出した。すると、売人の口から飛び出たのがシャターン伯爵。


 彼は帝国が侵略した南部にある元他国から麻薬を密輸し、帝都で販売する事で資金を得ていた。


 なぜ、彼が麻薬という物を売り始めたのか。それは3年前に終わった戦争が原因という一言に尽きる。


 現在、帝都の内情はボロボロである。


 家や職を失ってスラムに落ちるしかなかった一部の庶民、侵略した他国の民による暴動、帝国民による元他国民への差別行為、戦争を起こした帝国への批判、従軍経験者達の心的障害……などなど。


 挙げればキリがないほど、領土拡大の代償として得た負の遺産を国内に抱えている。


 終戦したものの、帝国には辛い現実を味わっている者が多い。戦争によって繁栄した者などごく僅かだ。


 そんな辛い現実から逃げ出したい者達、金を貯め込んでいる怖いもの見たさで冒険する貴族家の若者を餌として、自分が爵位と引き換えに失った金の回収に走ったシャターン伯爵。


 証人から証言を得たロイドは帝国法に則ってシャターン伯爵を逮捕した。当然ながら、帝都にある帝城の法務部と目の前にいるクソヒゲ司令官から認可を得た行動である。  


 ロイドには全く非がない。むしろ、お手柄と言ってもいいのだが……。


「証人なら獄中で死んだ」


「ワッタファック!?」


 司令官の一言にロイドは怒りで鋭くなっていた目を見開かせると今日一番の大声を上げた。


 驚くロイドに対し、司令官は葉巻の煙を吐き出すと拳を机に叩きつけて怒りを露わする。


「それに! お前の集めた証拠を精査したら全てデタラメだと判断された!」


「はぁ!? 何を言って――」


「シャターン伯爵は誤認逮捕で相当お怒りだ! 彼は軍部にも出資しているんだぞ! 憲兵隊の予算にも響く! 私の給料にもな!」


 ロイドが反論するのを封じるように、司令官の怒声が一段大きくなって部屋の中に響いた。


「ハッ。そういう事かよ」


 彼の言葉を聞き、ロイドはようやく事態に合点がいったようだ。


 今の帝国は腐っている。終戦後、貴族達が利権を得ようとした結果は賄賂の横行。むしろ、賄賂を渡すのが普通な状況になってしまった。


 ロイドの進めた捜査を承認した法務部と司令官が態度を急変させた理由はシャターン伯爵による賄賂が原因なのは明らかである。


 合点がいけば簡単だ。ロイドは目の前にいる司令官が口に咥えた葉巻に注目した。


 帝都ブランドの中でも一等級とされる高級葉巻。受け取った賄賂で購入したか。


「お前をクビにせねば伯爵の機嫌が直らん。よって、本日付けで貴様を解雇する。軍からも籍が抹消されるだろう」


 ようやくクビの理由が判明した。


 なるほど。クソッタレ共が乳繰り合った結果か、と納得したロイドは黒い軍服の右肩に縫われていた『憲兵隊章』を無理矢理引き千切る。


「ケツの穴みたいな顔面してる野郎が偉そうに命令する組織なんざこっちから願い下げだッ! テメェの鼻の下に生えてんのはケツ毛か!? 口からクソの残り香みたいな匂いさせやがってッ!! ファックッ!!」


 引き千切った憲兵隊章を机に叩きつけ、ロイドは司令官に背を向けた。


「貴様ッ! なんだその態度はッ! 戦争帰りの死にぞこないめッ!」


 最後まで不快な態度を取り続けたロイドに司令官が怒声を上げるが、ロイドは振り返らずに中指を立てながらもう片方の手で部屋のドアノブを掴んだ。


「シャターンのケツでも舐めてろ! ファックユーマザーファッカー!」



-----



 ・スカウト

 


 クソッタレ組織をクビになったロイドは同僚に別れを告げると憲兵隊帝都本部の建物から外に出た。


 着の身着のまま。黒い軍服を着たロイドの両手には何も無い。特に持ち出す物が無かったから、というのもあるが。


 憲兵隊をクビになり、軍からも除籍される彼が軍服を着る日は今日で最後。


 たった今からファッキン無職人生の始まりである。


「さて……」


 明日からどうするか。実際問題、それが悩みの種である。


 現在の帝国は就職難である。終戦以降、戦地となった元他国領土や国境付近の帝国領ならば日雇い仕事や力仕事を中心とした土建作業等の仕事もあろう。


 と言っても、帝国の地方治安維持政策の一環として侵略された他国民を帝国民として受け入れた際、優先的に仕事を与えるという政策がなされた。


 これが元々の帝国民による他国民への批判と差別に繋がっているのだが。 


 その理由もあるが、終戦から3年も経てば復興自体はかなり進んでいる。今更地方に行っても職があるかどうか、保証は無い。


「帝都で仕事、か」


 ならば、華の都である帝国の中心地である帝都で仕事を探すか。


 それも難しいと言える。


 ロイドは空を見上げた。青く晴れた空には白い雲と魚のような形をした物が浮かぶ。


 魔石を専用の炉に入れてエネルギーを抽出し、浮力と推進力を得た飛行船だ。


 飛行船の後部にはいくつもパイプがあって、そこから白い煙がゴウゴウと大量に排出されている。


 空を見上げていたロイドは視線を戻し、帝都の大通りを見やる。


 大きな道には飛行船と同じく、排気パイプから白い煙を吐き出す車が走っていた。


 これら、白い煙を出す物は魔導具と称されている。


 ただ、魔導具という名は総称であって細かく分類すると多種多様。


 多くの荷物や人を地上運搬する魔導車。物資の輸送だけじゃなく、他国の上空まで侵入して空から攻撃を行う飛行船。


 帝国軍兵士1人1人が携帯する魔導銃や魔導剣、魔導杖といった兵器類。

 

 帝国が周辺国家に喧嘩を売って勝利を収めたのも、この魔導技術のおかげと言えるだろう。


 先ほどロイドの前を通り過ぎて言った魔導車の行く先。帝都南東エリアに続く大通りの先には長い煙突を生やした大きな建物がいくつも建ち並ぶ。


 南東エリアに建ち並ぶ建物は帝国の繁栄を支える魔導具の生産を行う工場、魔導工場である。


「帝都には魔導技師の仕事しかねぇだろうな」


 今の帝国で最もホットな就職先であり、人手不足と言われるのは魔導具を生産する技師。魔導技師と呼ばれる職業だ。


 魔導技術の成長著しい昨今、戦時中の軍人よりも給料が良い。最近の庶民ママは子供に勉強して魔導技師になれ、と言うだろう。


 今後は魔導技師による技術と生産力が帝国を支えると言われ、一度就職すれば安定して食うに困らないだろう。


 ただ、高給取りで人手がいないのには訳がある。素人が独学で学べるほど安い技術じゃない。


 しっかりと専門の学び舎で勉強をして知識を得なければ就職できないからだ。


 対し、ロイドは10年以上前に始まった帝国の領土拡大政策と戦争で青春と学びの機会を潰した者の1人。


 帝国西部に住んでいたロイドが、当時行われた募兵キャンペーンに乗っかったのが17の頃。そして、運良く長い戦争を生き延びて今に至る。


 ロイドは今年で27になる。10年も前線で兵士をやっていて、学んだのは人を殺す術やそれに付随する知識。


 魔導技術の知識など戦争参加者であったロイドは持っていない。今更学ぶにも遅すぎる。


 さて、明日からどうするか。振り出しに戻った次第であったが……。


「もし」


 悩むロイドの真横から声がした。振り返ると、そこに立っていたのはメイド服を着た女性。


 背丈は160センチ程度、顔は帝国人らしい彫りの深い顔。髪の色は茶髪でこちらも帝国では珍しくない。


 前髪は真っ直ぐ切り揃えられ、長い後ろ髪を三つ編みにして。


 一見どこにでもいる庶民の娘といった具合であるが、着ているメイド服の種類が問題だった。


 全体的な色は黒く、白いボタンと白いエプロン、頭の上にはホワイトブリムを乗せて。


 国家の旗にも使用されるベースカラー、黒色を基調としたメイド服を着用することが許されるのは『皇族』に仕える者のみである。


「あんた――」


「ご主人様より、ロイド様をお連れするよう命じられました」


 今日は言葉を遮られる事が多い。


 ただ、今回の相手は憲兵隊司令官なんて()()じゃない。もっと上どころか、最上位からのお誘いである。


 自分の名を知っている、という疑問に対しても相手が国の最上位であれば頷ける。強制力の含まれるお願いに対しても。


「……了解した」


 ロイドはメイドが手で指し示す高級仕様の魔導車へと歩き出す。少々早足でロイドを追い抜いたメイドが後部座席ドアを開けて彼を中へ誘った。


 黙って後部座席に座ったロイドと遅れて運転席に乗り込んだメイドはバックミラー越しに目が合う。


 相手はロイドの表情を確認したのか、それとも本当に後方を見ただけか。


 真相は不明であるが、メイドがキーを回した魔導車は内部機構の歯車が回り始めて「カチャカチャ」という音を鳴らしながら大通りを北側へ向けて進みだす。


 ロイドは既に行先が分かっているのだろう。皇族所属のメイドが運転する魔導車が帝国の北側へ向かうとなれば、目指すは帝城に決まっている。


 彼は黙ったまま窓から道行く人々を眺め、到着を待った。


 スイスイと道を進んで行く魔導車は、やはり帝都北側最奥にある帝城を目指していたようだ。


 目の前には門番が守る帝城門が見えた。メイドは魔導車のライトを点灯させるレバーを何度か引いて、所属している者が知る合図を門番に出した。


 それを見た門番は門を開け、魔導車を城の敷地内へと入れる。進入の際にチェックも無く、魔導車に取り付けられたナンバーと先ほどの合図で既に問題無しとされたのか。


 感心するように鼻を鳴らしたロイドはこのまま城の入り口まで行くのかと思っていたようだが……。


 魔導車は敷地内に進入すると目の前に聳え立つ城へは向かわず、すぐに右折して城を迂回するように走り出した。


「城じゃないのか?」


「はい」


 ロイドの問いには必要最低限の応答しかせず。どこに向かうかは明確にしない。


 嫌な予感がする。そう思っているかの如く、ロイドの顔には苦々しい表情が浮かんだ。


 結局のところ、魔導車が目指した先は城ではなく。敷地内にある別の建物――皇族の一員が住む屋敷の1つであった。


 城に住むのは皇帝と次期皇帝だけ。


 現在の帝国には皇帝の子が3人いるが、一番上の長男である皇子は正式に次期皇帝と指名されていて、城に住んでいるようなので除外される。


 残りは2人の娘。第三皇女殿下と第四皇女殿下であるが、第三皇女は同盟国に留学中で不在のはず。


 となれば、ロイドを呼び出した人物が誰なのか消去法で判明する。


 車を降りたロイドはメイドに屋敷の中へと案内された。こちらです、と案内されたドアの先にいたのは――


「ごきげんよう。急な呼び出し、申し訳ありません」


 腰まで伸びていそうな銀色の長い髪と色気を醸し出す褐色の肌。ぱっちりと大きな目にある瞳はエメラルドのように美しい。


 容姿はまさに皇女と称するに相応しい。


 白いブラウスに短いネクタイを付けて。タイピンは皇族を表す黒曜石を加工した物。ブラウスの下には男を虜にしそうな大きな果実が隠れているのが一目でわかる。


 太陽の光が差し込む窓をバックに、銀の髪をキラキラと輝かせながら執務机の上で手を組みながらニコニコと笑う1人の美女。


 ローベルグ帝国第四皇女。アリッサ・ローベルグであった。


「あー……。申し訳ないが、呼ばれた意図が掴めないのだが……ですが」


 突然連れて来られたロイドは精一杯の敬語を駆使して問う。憲兵隊の司令官に告げたような下品さを隠し、失礼のないように努めた。


 そりゃそうだ。相手は国のトップである皇族のお姫様。一歩間違えば首が飛ぶ。物理的に。


「本日、貴方をお呼びしたのはスカウトをする為です。憲兵隊をクビになったのでしょう? ああ、それと。敬語は不要ですよ。西部訛りを出しても結構です。その方が喋りやすいでしょう?」


 生粋の帝都生まれからは下品と言われる西部訛りを良しとするとは。さすがはお姫様、心が広い。


「いえ……」


 と、素直に信用はしちゃいけない。一言喋った瞬間に首が飛ぶ可能性もある。ロイドは迷わず「お構いなく」を選択したが。


「本当に大丈夫ですよ。私の母は西部出身ですし。口から硬いクソを垂れるようなまどろっこしい表現をする帝都語(ひょうじゅんご)の方が面倒です。人前では控えますけどね」


 お姫様からとんでもない単語が飛び出した。


 それに、今は人前じゃないのかと問いたくなったのか、ロイドはグッと我慢するような表情を見せる。


「タバコ、吸いますか? 西部の方は好きでしょう?」


 ダメ押しとばかりに紙巻きタバコまで取り出す皇女殿下。リラックスさせようとしているのか、それとも追い詰めているのかまるで分らない。


「西部の一流ブランドですよ。……フゥー」   


 皇女殿下は高級仕様の紙タバコに火を点けて、慣れた態度で一服し始めるではないか。


 美しい容姿と高貴な生まれにはミスマッチ、随分とワイルドな一面をお持ちである。


「……一本頂こう」


 愛煙家のロイドも美味そうに吸う彼女を見て遂に折れた。この辺りが愛煙家の弱いところか。


「ふふ。ようやく観念してくれましたか。口調もいつも通りで結構ですからね」


 執務机に近寄ったロイドが紙巻きタバコを一本手に取ると、アリッサは金色のライターに火を点けてそれを差し出す。 


 皇女殿下直々に差し出してくれたライターの火を使って点けたロイドは肺に煙を送り込んだ。


 さすが高級品。いつも吸っている三等級とはまるで味も香りも違う。


「さて……。ああ、そこら辺の椅子を適当に持って来て座って下さい」


 アリッサは部屋の隅にあった椅子をタバコを挟んだ2本の指で指し示す。ロイドは口にタバコを咥えると、言われた通りに椅子を運んで腰を降ろした。


「西部者同士の確認ができたところで、本題に入ろうと思います。といっても、先ほど申し上げたスカウトの件なんですが」


 ニコニコと笑うアリッサは煙を口から吐き出した後にロイドを呼び出した理由について話し始めた。


「現在の帝都は腐っていると思いませんか?」


 と、彼女が口にしたのはシンプルな一言。


「まぁ……。そう思う」


 いつもの態度で問いの答えを返すと、アリッサは満足気に頷いた。


「でしょう? 貴方がクビになった原因。シャターン伯爵の麻薬販売を筆頭に帝都にはクソのような輩が蔓延っています。嘗ては華の都と呼ばれた帝都も今ではクソ溜めですね」


 戦争が終わった途端、帝都の貴族達は利権の確保をし始めた。己の保身、欲望を満たすための金を得る為に。


「お父様の執事曰く、昔の貴族は違ったそうですよ。下々の為に働き、庶民の模範となるように努めたとか」


 ただ、変わってしまった。原因は戦争だ。


 戦争の発端は領土を拡大して資源や土地を得るため。だが、それは帝国に住む人々が裕福に暮らせるようにと望んだから。


 加えて、戦争を起こす前の帝国は周辺国家に東西南北囲まれた国であった。いつ侵略されて、領土を奪われるかと帝国人は恐れていたそうで。


 それらの不安を取り除き、同時に国民の生活を豊かにするべく領土拡大政策が考えられたそうだが……。


「最初は理念通りだったのでしょう。ですが、勝ち続ける間に変わってしまった。欲に囚われてしまった」


 簡単に言えば、上手くいきすぎた。


 最初に宣戦布告した国に勝って酔ってしまったのだろう。他国に勝つ優越感、獲得したご褒美は人の欲望を刺激する。


 もっと、もっと。帝国貴族達は次第に理念など忘れて、己の利益の為に動き出す。


 特に欲望が膨れ上がるタイミングが悪かった。最初の勝利から数年後、別の国に宣戦布告した頃から現皇帝の体調が悪くなって伏せがちになってしまった。


 皇帝も持ち堪えてはいたものの、戦争後期になると病状が更に悪化。戦争指揮はおろか、国の行く末を決める執務すらできなくなってしまう。


 戦争の指揮権は軍部に移り、国に対しての決定権はまだ若い第一皇子へと移行したのだが……。


 当時まだ未熟だった皇子は内部に巣食う敵と味方の区別を間違えた。


 やがてそれは派閥となって、皇族派と反皇族派といった具合に二分される。


 反皇族派の筆頭は軍部の最高責任者。戦争を勝利で終わらせた者だ。


「俺のおかげで戦争に勝ったじゃん。俺ってばサイキョー! 権力者としてブイブイ言わせてもよくね?」


 と各所に影響力を振り撒いて皇族制度を廃止したいと影でお気持ち表明までしている始末。


 皇族が排除された先にある利益へ群がるハイエナ貴族共の勢いもあって、アリッサの説明によると帝城内部の勢力図は反皇族派がブイブイ言わせているようだ。


 よって、現在の皇族は半分お飾りのような状態である。


 発言力の強い反皇族派の貴族が「YES」と言えば、それが押し通ってしまうのが現状。更に賄賂も添えれば完璧である。


 といっても、全てがそうなる訳じゃなく、ギリギリのところで完全支配は免れているようだが。


「国内は欲深い貴族に支配されているようなものです。そのうち、皇族は消えてなくなってしまいかねない」


 フゥーと煙を吐き出したアリッサは「やれやれ」と他人事のように首を振った。


「それと俺を呼んだ理由に何か関係が?」


 彼女と同じく、煙を吐き出したロイドが問うとアリッサはまたニコニコと笑い始めた。


「ロイドさん。貴方は優秀じゃないですか。経歴を見ましたよ」


 そう言ったアリッサは執務机の引き出しからファイルを取り出した。開かれたファイルの中には憲兵隊に所属してからロイドが逮捕した人物等の情報が記載された報告書が。


「配属されて3年。その期間でこれだけの人数を逮捕したのは非常に素晴らしく、優秀な人材であると私は貴方を評価しています」


 ロイドが逮捕した人数は100名以上。ただ、相手は小物がほとんど。大物となれば帝都の裏側を牛耳っていた闇組織の幹部だろうか。


 当人は誇れる事じゃない、と感じているようだがアリッサはそれを素晴らしいと言った。


「ただ、大物を逮捕しようとしたら今回のようになってしまった。原因は貴方に後ろ盾が無かったからです」


 クビの原因となったシャターン伯爵の逮捕。ただの憲兵隊所属隊員がやったからダメだった。


「つまり?」


「私と組めば怖いもの無し。私と組んで帝国を支配しようとするクソ共をブタ箱に送りませんか?」


 後ろ盾という意味では最大級か。なんたって皇族だ。


 が、先ほど彼女自らが語った事と少し矛盾する。


「皇族は半分お飾りなんだろう? あんたはともかく、俺は刺されるじゃねえか」


 彼女自らが語った事だ。皇族は国のトップでありながら、貴族の意見が押し通される。


 城にいる次期皇帝の第一皇子が苦戦しているのであれば、更に権力が低い第四皇女の力など及ばないのではないか。


「確かにそうです。ですが、建前は用意しましたよ」


 ニコニコと笑うアリッサは引き出しの中から更に1枚の紙を取り出した。


 受け取ったロイドが内容を確認すると――


「皇族直属特務隊?」


「はい。正確には皇族全員ではなく、私が指揮権を持つのですが。しかし、設立の決定権を持つお父様とお兄様の連盟、皇族派の貴族からの承認を得ています。賄賂を受け取っている法務部と軍部の指揮系統からも外れた組織を設立しました」


 所謂、皇族を守る近衛部隊のようなものだろうか。


 独立した指揮系統、この場合は第四皇女であるアリッサが直接動かせる特殊な部隊となる。


 このような処置を取れば横槍を入れられる隙も無いし、賄賂漬けになっている組織からの圧力も受けない。


 第四皇女であるアリッサが管理しているという建前にもなるし、皇族直属ともなれば後ろ盾という概念もバッチリである。


 何より、現皇帝の名が入っているのが重要だ。


 先ほどの説明にもあったが、例え貴族がブイブイ言わせていても現在の最高権力者は皇帝だ。貴族が表立って意見や批判を言えるほどの力はまだ無い。


 いや、まだそこまで及んでいないからこそ特務隊を設立したというべきか。


「どうですか? これで後ろ盾は完璧でしょう? 現皇帝であるお父様の名がありますからね。これは最強最高の印ですよ」


「いや、俺は庶民出身だし。俺が刺されて死んでも影響無いだろ?」


 最もな意見である。皇女であるアリッサが襲われたら大問題に発展するが、有象無象のロイドが死んだところで「お気の毒でしたね」と言われるがオチである。


「…………」


「…………」


 ロイドの問いにそっと視線を逸らすアリッサ。


「ファック! お断りだ! なんで戦争で生き延びたのに帝都で命張らなきゃなんねえんだ! 顔面にクソ塗りたくった成金野郎共に殺されるくらいなら、どっかの戦場で傭兵になってケツに魔導弾食らった方がまだマシだぜ!」


「待って! 待って下さい! 愛国心は無いんですか!」


 部屋から出て行こうとするロイドを追いかけ、アリッサは彼の腕を取った。その豊満な胸に彼の腕を押し当てて上目遣いで問うが……。


「あるわけねえだろ! クソみたいな戦争を続けた国に! しょうがねえから住んでいるだけだ!」


 ファックユー! マザーファッカー!


 中指を立ててキレるロイドには皇族の色仕掛けは効かなかった。


 加えて、愛国心なんてものは彼が持ち合わせているはずもない。むしろ、ロイドと同じように思っている国民は多いだろう。


 忠誠心を揺さぶる言葉もロイドには効かない。  


 故にアリッサは次の手段に出る。


「……もうすぐ冬ですよね。帝都の冬は厳しいですよ。職を失った貴方は家賃を払えるのでしょうか。寒い中、放り出されてしまうんじゃ?」


「…………」


 アリッサの意見は当たっている。無職となれば今住んでいるアパートの家賃は……貯金を切り崩しても精々、2ヵ月がいいところ。


 2ヶ月後ともなれば冬真っただ中である。帝国の冬は厳しい。酷い時は外に置いてある水樽が凍っていた、なんて日も。


 そんな状態で家無き男になれば死は確実だ。


「お金、欲しいですよね。特務隊になれば憲兵隊の時よりも給料良いですよ」


「シィィィットッ!!」


 金に負けた。貧しさに負けた。


 戦争には勝ったのに、戦争当初にアホウ共が掲げていた「国民が豊かになるため」とやらの理念はどこへいったのやら。


 まさに彼は被害者である。


「ふふ。では、参加という事で。ああ~。優秀な人を確保できて良かった~」


 タンタラタ~ン、と踊りのステップを踏みながらくるくる回るアリッサはニコニコと笑いながら執務机に戻る。


「さぁ、お祝いしましょう」


 そう言って、ロイドに新しいタバコを差し出した。


 観念したロイドは皇女様直々に火を点けてもらい、2人は揃って白い煙を吐き出す。


「では、私達で帝都に蔓延るクソッタレ共を撲滅致しましょう。今日から私達は仲間です」


「……分かった」


 本当に大丈夫だろうか。自分の人生はどこに転んでいくのだろうか。


 行く先が不安になるロイドがため息を零す一方で、アリッサは相変わらずニコニコと笑っていた。



-----



 ・ 狙う相手、武器の支給



 クビになり、第四皇女にスカウトされた翌日。


 ロイドは再び城の敷地内にある第四皇女が住む屋敷へ赴いた。というよりは、昨日の別れ際に来いと命令された。


 恐ろしいのは特務隊にスカウトされた日、帰宅する際から城の門番に止められなかった事だ。


 それどころか「ああ、第四皇女様の」と門番が既にロイドの所属を知っていた事である。


 いつ通告したのか。心当たりがあるのは彼女のメイドだ。ロイドが観念したのを知って門番へ情報を渡して、今後通れるように手続きをした……と考えるのが妥当か。


 皇族に仕えるメイドは超一流、という噂は間違いではないのかもしれない。


「それで……。仕事は何を?」


 相変わらずニコニコと笑いながら執務机の上で手を組むアリッサに、椅子に座って足を組むロイドは特務隊としての仕事内容を問う。


「最初に追う事件はこれです」


 引き出しから出したファイルを手渡され、中身を読むと……。


「人身売買か」


「ええ。憲兵隊に所属していた時、噂を聞きませんでしたか?」


「聞いた。帝都のどこかで元他国民の人身売買が行われているってな」


 帝国法で人身売買は禁じられている。違法・合法などは存在せず、人を売買すること自体が禁止されているのだ。


 奴隷なんて制度も無いし、そんな行為は以ての外である。


 だが、悲しい事に帝都の裏側では帝国との戦争で負けた国の人間を捕らえて売買しているという噂が流れていた。


 売買された人間がどうなるかは……様々である。


「貴方がクビになった原因である麻薬販売。シャターン伯爵の件とも関わっていると思うんですよね」


 アリッサは白紙を取り出すと羽ペンで「麻薬組織」「人身売買」と文字を書き、それぞれを丸で囲む。2つの単語の間に線を引いて、関連しているんじゃないかという推測を強調した。


「麻薬は元他国領から仕入れていたのでしょう? 麻薬の密輸と一緒に人も運んでいる……とは考えられませんか?」


 終戦後、侵略して得た土地は帝国の領土となった。


 3年経った今でも戦争での遺恨は消えず、元他国民と帝国軍の間には深い溝がある。


 元他国民の暴動、反抗組織による軍への攻撃、他国領へ仕事にやって来た帝国民への暴行。戦争が作り出した溝は埋まりそうにない。


 よって、帝都周辺や元国境沿いなどには帝国軍の検問所が敷かれている。


 禁止されている麻薬の密輸と人身売買に掛けられる人の輸送。それらが別々に運ばれるとなると見つかる確率が高くなる。


 検問をバレないよう突破する、リスクを増やさないように同時に運んでいるのでは、とアリッサは推測したようだ。


「軍人が賄賂を貰っている可能性は?」


 ロイドの推測は検問を担当している軍人共が賄賂で見て見ぬフリをしている、という推測を口にする。


「それも捨てきれません。でも、全員が腐っているとは思いたくないのが本音です」


 帝国は腐敗しつつあるが、それでも全員が正気を失っているとは思いたくない。


 アリッサは皇女らしい本音を告げる。 


「どちらにせよ、元他国領から流入しているのは間違いないでしょう。麻薬組織の件を調べた時、密輸ルートはわかったんですか?」


 シャターンの件で調べた事が使えるかも、とアリッサは言った。


「確保した証人はルートまで把握していなかった。シャターンが組織の頭である事が分かって逮捕したんだが……」


 ロイドとしてはシャターンを捕まえた事で事態の全貌が掴める、と思っていたようだ。


 が、その前に証人はあの世へぶっ飛んで行ってしまった。今頃は神様か悪魔のケツにキスしている頃だろう。


「シャターンはしばらく鳴りを潜めるんじゃないか?」


 繋がっていると仮定しても、シャターン側から人身売買へ繋がる痕跡を調べるのは難しそうだ。


「でしょうね。人身売買の件を追えばシャターンも一緒に豚箱へぶち込めるかもしれません。ほら、悪党って食い扶持が被らないようにするのが定番でしょう? 人身売買を行っている者はシャターンの件も把握しているかも」


 よって、新しく人身売買の件から探れば。密輸ルートを共有している可能性、協力し合っている可能性もあり得る。


 そうなれば麻薬組織に関係しているシャターンの実情も何か知っているかもしれない。


 ロイドにとっては意趣返しになる、とアリッサは笑ってみせた。


「別に憲兵隊をクビになった事に未練はねえけどな。ケツの穴みたいなアホウに命令されるのも嫌気がしていたし」


「そのケツ穴野郎も繋がっていて同時に引っ張れるかもしれないですね」


 更には同じく賄賂を受け取ったであろう法務部の人員も。成功すれば芋づる式で何人も逮捕できるだろう。


「武器はありますか?」


「いや、憲兵隊を抜けた時に備品係に返却した」


 憲兵隊本部から出る前に軍服以外の備品は全て返却するよう言われた。その中に軍で採用している魔導銃と呼ばれる武器も含まれていた。


「これは使えますか?」


 アリッサが執務机にある一番下の引き出しから取り出したのは見た事がないタイプの魔導銃であった。


 帝国で生産されている魔導銃には様々なタイプがあるが、憲兵隊や軍で採用している小型魔導銃(魔導拳銃・魔導短銃とも呼ばれる)に比べるとやや大きくてゴツいがフォルムは似ている。


 全体的に四角いイメージの銃でバレル部分も円形ではなく四角くて長い。


 本体中央には魔導銃から発射する弾のエネルギー源となる魔導カートリッジ(弾が込められたマガジンのような物)の差し込み口が中折れ式となっていて、軍で正式採用されているグリップの下から差し込むタイプとは違うようだ。


「私が契約している工房で作られた物でして。新しい魔導弾生成術式であるマグナム式という新技術を採用した魔導拳銃です。試作品ですが、従来品よりも性能は高いそうですよ」


「ふぅん」


 アリッサの説明を聞きながら、ロイドはマグナムを弄り始めた。


 セーフティの位置、握った時の感覚、カートリッジリロードのやり方等の使用方法に加えて、バレル内に刻まれている魔弾加速術式やカードリッジの差し込み口にある魔導弾生成部の術式仕様など……。


 術式部分は魔導技術の知識を持ち合わせていないロイドが見てもチンプンカンプンであるが、使用方法は現状生産されている魔導拳銃に共通している部分は多い。


 従来品の魔導拳銃に新技術を加えたカスタム品と言うべきか。


 各部確認を終えて、部屋の壁に銃口を向けながら片手で構えてみせる。


「ナイス。作ったやつに会ってみたいね」


 彼が魔導銃を使用する際に最も重視するのは己の手にフィットするかどうか。


 思ったよりも手に馴染む。


 憲兵隊で正式採用されている拳銃よりも重いが、従来品の「軽さ」に違和感を感じていたロイドにとっては丁度良かった。


「いつか会わせますよ。変人ですけどね。ああ、そうだ。高威力な分、人に撃つ時は注意して下さい。簡単に殺しちゃいますよ」


 アリッサは銃をお気に召したロイドに苦笑いを浮かべながら言った。  


「ハッ。人なんざ魔導銃で撃たれたら簡単に死ぬ。いくらでも見てきた」

 

「あー……。足を撃ったら穴が開かずに千切れるって書いてありますよ」


 アリッサは銃の仕様書に書かれた一文を指差しながら言った。


「あ、そう。ご親切にどうも。貴族が飼ってる重装備兵も余裕でぶっ殺せそうで安心だ」


 ロイドは肩を竦めながら腰ベルトの背中側に魔導拳銃を差し込んだ。


「じゃあ、人身売買の情報を聞きに行ってくる」


 武器も手に入れた。ようやく捜査開始である。


 ロイドはそう言ってアリッサへ背を向けようとしたが……。


「ええ、行きましょう」


 何故か彼女も立ち上がるとロイドに近寄って来た。


「トイレか?」


「もう済ませてありますよ。最初はどこに行くんですか?」


 返答に嫌な予感を感じたロイドは深呼吸をした後に問う。


「……付いて来る気?」


「ええ」


「正気か? あんた、お姫様だろう? あんたに何かあったら俺のクビが物理的に吹き飛ぶ!」


「大丈夫ですよ。気にしないで下さい。それに、もう分かっていると思いますが特務隊のメンバーは今のところ私と貴方だけです」


「ファックッ! そんな気がして聞かなかったのに!」


 薄々そんな気はしていた。屋敷の中にはメイドしかいない。他のメンバーが出入りしている痕跡もない。


 といっても、お姫様が捜査に同行する理由にはならないが。


「あはは。じゃあ、行きましょう! 貴方の捜査方法を知っておく事も上司の勤めですからね!」


 だが、彼女は退く気がないようだ。部屋のドアを開けて、外に待機していたメイドを連れて廊下を進み始めた。


「何しているんですか! 行きますよ!」


「……最悪だぜ」


 ロイドはため息をつくと彼女の後ろ姿を追いかけ始めた。



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 ・ 情報収集



 アリッサのメイドが運転する魔導車に乗り込んだ2人は、ロイドが憲兵隊に所属している頃から使っている情報屋の元へと向かった。


 場所は帝都の南西にある一画。帝都に住む中~低所得者向けのカジノや風俗店が集まった区画である。


 まだ昼間だというのに酒に酔った男達がフラフラと道を歩き、魔導車の前に飛び出して来るようなクソッタレな場所。


 他にも道には半裸の女性が男を誘惑するような仕草と目線を送り、店へと誘っているような下品な場所。


 総じて言える事はお姫様が来るような場所じゃない。


 目的地である店の前まで到達するとロイドはメイドに車を停車させ、後部座席の隣に座っていたアリッサへ顔を向けた。


「おい、本当に付いて来るのか?」   


「ええ。どういった場所で情報を仕入れているのか興味があります」


 ロイドは情報屋のいる店をチラリと見た。木造の建物に掲げられる看板は昼夜問わずネオンがギンギンに光り、店名をチカチカと点灯させる。


『バニー・バニー・プレイ』――略称、BBP。


 所謂、女性とニャンニャンする風俗店である。


 ロイドは再びアリッサへ視線を戻すと、もう一度問う。


「正気か?」


「ええ」


 お姫様を風俗店の中へ連れ込む。城の者に知られたら重罪にならないだろうか。


 ロイドは不安で喉が渇いてきたのかゴクリと唾を飲み込んだ。ただ、どれだけ問うてもアリッサは退かないだろう。


「ヘイ。俺は悪くないからな」


 彼は運転席に座るメイドへ念押しした。この件をどこかに漏らすとしたら彼女しか考えられない。


 彼女はロイドの言葉に答えず無言だったが無言は承諾とした。むしろ、承諾であってくれと祈るしかできない。


 ロイドが車から外に出るとアリッサとメイドも彼に続く。


 3人は風俗店の中へと入って行った。


 風俗店入り口にある重いドアを開けると、中はソファーや毛皮の絨毯が敷かれたホールが。


 いくつも置かれたソファーの上には白色のバニーガールコスチュームを着た女性が。毛皮の絨毯の上にもバニーガールコスチュームの女性が絡み合うように寝そべって。


 ホールの先には大きな階段があって、2階へと続いている。ホールを囲むように作られた2階はいくつものドアがあった。


 ホールにいる女性の中から目当ての娘を選び、2階にある個室で……というシステムのようだ。


 ただ、ロイドはホールで「私を選べ」と言わんばかりの誘惑的な目線を向ける者達に用は無い。


 彼はホールの右手側にある無人のバーカウンターへ寄ると、カウンターをコンコンと叩きながら目的の人物を呼んだ。


「ヘイ! アルミラージ!」


 彼が名を呼ぶとバックヤードから1人の女性が現れる。


「ロイド?」


 彼女も他の女性達と同じくバニーガールコスチューム。だが、色は金色だった。


 後ろで束ねた長い髪も金色で、髪と合わせた色から他の者達とは違うと容易に窺える。


 ホールで待機する娼婦達よりも少し年上か、容姿や雰囲気からはロイドと同年代くらいと推測できる。


 酒瓶とグラスを持って現れた彼女は、手に持っていた物をカウンターに置くとクスリと笑った。


「1週間ぶりかしら? 憲兵隊を止めて、私の店に女の子を紹介する職でも始めたの?」


 彼女はこの店のオーナー。子兎を纏める親――いや、姉兎か。


 カウンターへ両手をつきながら豊満な胸の谷間を強調するよう、やや前屈みになって。相手の心や考えを見透かすような目線をロイドに向ける。


「酒とツマミをくれ。手短に。今日は1秒でも早く店を出たい」


 ロイドはアルミラージの言葉は無視して、後ろに控えるアリッサ達を親指で示しながら早く本題に入りたいと態度を示す。


「まぁ、そうよね。皇女様を風俗店に連れ込んだなんて知られたらぶっ殺されるでしょうし」


 私もね、と言いながら肩を竦めた彼女はグラスに酒を注ぎ始めた。


 皇女として顔を公表しているアリッサを本人だと見抜くのは容易だ。皇族所属の証を着るメイドまで連れているのだから。


 だが、除籍されて1日しか経っていないロイドの情報はどこから得たのか。


 彼女は確かに優秀なのだろう。彼が言っていた情報屋とは彼女に違いない、と彼女を知らぬアリッサもやり取りで察したようだ。


「それで? 今日はどうしたの?」


「憲兵隊を辞めたから商売でもしようと思ってな。人が欲しい。忠実で、何でも言う事を聞く人間が、な。心当たりは?」


「う~ん。そうねぇ」


 ロイドは聞き事を言葉の包み紙で何重にも巻いて問う。


 いつも通りのやり取りなのか、言葉を受け取ったアルミラージのリアクションも普通に見える。


 注いだ酒をロイドの前にズラす間、彼女の頭の中では情報を検索しているのだろう。


「帝都西側に行けば知っている人に出会えるかもね」


 彼女も答えも明確な組織名は告げない。密告とは違う、というスタンスなのだろうか。


 加えて、彼女はカウンターの下からツマミを取り出して小皿に置く。


()()()()()?」


「YES」


 小皿には殻が剥かれたピーナッツが5粒。


 ロイドは「ハン」と鼻を鳴らすとピーナッツを2粒摘まんで口に運んだ。


 咀嚼した後にグラスに注がれたブランデーを飲み干すと、懐から1万ローベルグ札を2枚取り出してカウンターに置く。


「サンクス」


「また来てね。今度は遊びに」


 慣れたやり取り、お互いに分かり合っているような自然な流れ。


 振り返ったロイドの目には「はぁ~」と感心するように口を半開きにしたアリッサの姿が映った。


「なんだ?」


「いえ。こういった場所によく遊びに来るのですか?」


「男なら普通だろう」


 アリッサの問いに平然と答えるロイド。なるほど、と頷くアリッサ。


「私の場合だとあちら側に紛れて情報を得る方が良さそうです」


 アリッサはホールにいる女性達に目を向けて、とんでもない事を言い出した。


「馬鹿言え。無理だ」


 皇族であり皇女の彼女が娼婦に紛れる。想像しただけでゾッとするが、そもそも温室育ちの彼女には紛れる事すら無理だろう。


 醸し出される雰囲気に品があり過ぎる。紛れるとしても、ここじゃなく高級娼館……と言いたいが、そちらでも彼女の持つ品を持て余すか。


 だが、否定された彼女はムッとした表情で反論し始めた。


「できますし」


「無理だ。あんた、ここがどんな場所か分かってんのか? あんたには程遠い場所だぞ」


「はぁ? 子供扱いしないで下さい。私の事、何歳だと思っているんですか? とっくに成人してますけど? 目にクソ溜まってんですか? 男の扱いも知っていますけど?」


 否定された上に子供扱いされた、と感じたアリッサは更にムキになり始めた。


 どうやら彼女は頭ごなしに言われる事が我慢ならない様子。


「ハッ! 馬鹿言ってんじゃねえ!」


 男の扱いも知っている、と大層な事を口にしたアリッサを鼻で笑うロイド。


「あの人よりも上手くできる自信ありますし!」


 アリッサはホールのソファーでこちらを見ていた女性を指差して言った。


「はぁ? それこそ何も分かってねえ! あいつの口の中に1日で何本のナニが吸い込まれてるか知ってんのか? あっちはプロ、あんたはアマチュア。背伸びしてんじゃねえ!」


「背伸びなんてしてませんけど! 城でそういう事も教育されますし!」


「ワッタファック!? テメェん家は娼婦養成所かよ! クソッタレな野郎共が増え――あいたッ!?」


 白熱していく2人のやり取りだったが、ロイドの後頭部に何か硬い物が当たった事で中断される。


「ヘイ! お二人さん! 痴話喧嘩なら外でやってよね!」


 後頭部を抑えたロイドが背後を振り返ると、そこには酒瓶を持ったアルミラージの姿が。次はこれを投げつけるぞ、という意思表示と共に。


「……すまん」


「失礼しました」


 ロイドは迷惑料として更に1万ローベルグ札をカウンターに置くと、アリッサを連れて店の外へと出て行った。




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 ・ マフィア



 アルミラージから情報を得たロイドは運転手のメイドに帝国西エリアへ向かうよう指示を出した。


 大通りを通って西エリアに侵入して数分。建物と建物の間にある路地の前で停まるよう言った。


「次は絶対に付いて来るなよ」


 停車した車から出ようとするロイドは、アルミラージの時と同じように着いて来ようとするアリッサを手で制する。


「ええー。どうしても?」


 止められたアリッサは風俗店とは違って真剣な表情を浮かべるロイドを茶化す。が、彼の表情は変わらない。


「マジでダメだ。怪我する可能性がある」


「どういった場所なんです? それくらい聞いても良いでしょう?」


 アリッサの問いにロイドは目を逸らさず口を開いた。


「相手は帝都西側を牛耳るマフィアだ」


「マフィア、ですか? さっきの会話でどうやってマフィアだと分かったんです?」


「西側、それとピーナッツ」


 ロイドは会話の中にあったヒントを告げる。それだけでどうやって? と首を傾げるアリッサ。


「2年前、ピーナッツバターの容器に手製の麻薬を入れて売っていたマフィアだ。当時のボスはくたばったが、息子が新しいファミリーを形成した」 


 帝都の裏側界隈では有名な話でもある。憲兵隊に所属しながら様々な情報源を持つロイドもその事実は知っていたし、捜査にも加わっていたからだ


 故にピーナッツがヒントならば、この有名なマフィアの話を指すというわけである。


「最近は大人しくしていると思っていたがな」


 ただ、代替わりして以降は麻薬の販売に手を出していない。


「その跡取りが人身売買で一儲けしていると?」


 アルミラージとのやり取りに合点がいったアリッサは「なるほど」と頷きながら問う。


「野郎共だけでやっているとは思えない。規模も縮小したから、恐らくはバックに大物がいる。マフィア自体は小間使いか兵隊程度だろう」


 だが、ヒントは得られるはずだ。


 後ろ盾が誰なのか、誰から指示をされているか。それらが分かれば捜査は次へ進む事ができる。


「待ってろ。分かったな?」


 だから、付いて来るな。そう意味を込めて念押しするとロイドは1人で車から降りる。


 奥へと続く路地の前に立ち、後ろを振り返ってアリッサが下車していない事を確認してから進み始めた。


 建物が密集する間の道を進む事、10分程度。ロイドは目的の建物へと到着した。


 中を窓ガラス越しに窺うと、1階がバーのような内装になっていて誰もいない。


 マフィアの事務所は上の階だと知っているロイドはドアノブに手を掛けて捻ると鍵は開いていた。


 一瞬だけ何かを考えるかのように固まったロイドだったが、ごく自然な動きでドアを開けて建物の中へと侵入する。


 バーの奥に階段を見つけ、我が家のような態度で上へあがる。足音を隠すことも、身を隠すこともせず。


「おい、お前誰だ?」


 そんな自然な態度で2階に上がれば、上にいたマフィアの男に当然ながら見つかる。


 相手は白いシャツとグレーのジャケット。下もグレーのスラックスに茶色の革靴。帝国で大人の男が身に着ける服装としては標準的な恰好である。


「お前、軍人か?」


 対し、ロイドは軍服である。特務隊に決まった制服が無く、出勤時は憲兵隊時代と同じく軍服を身に着けていた。


 マフィアの根城に軍人が現れた。となれば、マフィアの男は魔導拳銃を抜く。この時代のマフィアからしてみれば当然の行動だと言えよう。


 特に相手が軍人であろうと1人と分かれば態度も大きくなる。その証拠に、廊下に立っていた男の左手側にある部屋からもう1人男が現れた。


 追加で登場した男も同じように魔導拳銃を抜き、


「ここは軍人の来る場所じゃないぜ」


 と、大きな態度を見せる。


「ああ? こっちは不動産の内見に来ただけだ。聞いてた話と違う。壁紙の色もだ。もっと上等な場所だって聞いたぜ?」


 銃を見せて脅すマフィアに対し、ロイドは肩を竦めながら言った。


「はぁ? どうでもいいから出て行け!」


 ロイドの態度が癪に障ったのか、マフィアの男は魔導拳銃を持った手で払いのけるようなジェスチャーをしながら声を荒げた。


「おうおう、落ち着けよ。カリカリしていると損するぜ?」


「ああ!? どういう――おわああッ!? ぐっ!?」


 マフィアの男が応えた瞬間、ロイドは飛ぶように一足で相手との距離を詰める。魔導拳銃を持っていた手を叩き、顎にフックをぶち込んで1人を昏倒させた。


 ロイドの早業に呆気に取られていた相方の男が我に返って、ロイドへと銃口を向けるが時遅し。


 男の手首を掴んで捻り上げ、手に持っていた魔導拳銃を空いている片手で華麗に奪い取る。


「テメ、あああああ!!」


 銃を奪われた事で両拳の前で構えてファイティングポーズを取った男だったが、ロイドは相手の膝を踏みつけるように蹴って脚をへし折った。 


「ああああッ!?」


 脚を折られた男は廊下に崩れ落ち、悲鳴を上げる。


「ヘイ。ラークはどこにいる?」


「ああああ! いてえ! いてえええ!!」


「ヘイ! ラークはどこだ!?」


「いてええよおおお!!」


 マフィアの男は折られた脚の痛みに悶絶するばかりでロイドの問いに答えない。    


 チッ、と舌打ちしたロイドは奪い取った拳銃で男の無事だった右足を撃ち抜いた。


「ああああああ!!」


 銃口から発射された魔力の弾は男の足を貫通して消え失せる。貫通した膝から血が溢れ出すと、悲鳴を上げていた男は穴の開いた膝を手で抑え始めた。


「さっさと答えた方が良い。さもなきゃケツの穴が3つになる」


「おい、何の騒ぎだ!?」


 膝をぶち抜いたロイドは銃口を男の肩に向けて叫ぶ、すると背後から叫び声が聞こえた。


 振り返れば知った顔。


 マフィアのボスは出かけていたようで、ロイドが登ってきた階段の前で部下の惨状に目を見開いて驚いた表情を見せた。


「ヘイ。ラーク。会いたかったぜ」


 そんな驚くラークへロイドは満面の笑みを浮かべつつ、両手を広げながら出迎えた。


「……何の用だ。ロイド」


 相手もロイドを知っていた。当然だ。憲兵隊だという事もあったが、ロイドは裏側の人間にとっては有名人。というよりは、彼等のような組織からすれば要注意人物と言うべきか。


「お前、最近は『人』売ってんだって? 水臭えじゃねえか。俺に隠し事なんてよ」


 魔導拳銃を片手に肩を竦めるロイド。銃は構えず、軽い態度で問うが彼の目はラークの挙動に注目していた。


 相手が銃を抜こうものならすぐにぶっ放す。そんな態度が見える。


「……知らねえな」


「本当に?」


「本当だ! ――あああああっ!?」


 本当だ、とラークが返答した瞬間、ロイドは彼のふとももを撃ち抜いた。


 まだラークは銃を抜いてもいなかったのに。


 部下達と同じく廊下に崩れ落ちるラーク。そんな彼に歩み寄ると、ロイドはラークの腰にあった魔導拳銃を奪い取ると撃ち抜いたふとももを踏みつけた。


「本当に?」


 奪い取った魔導拳銃のカートリッジを抜き、床に放り投げる。これでゆっくり話を聞けるだろう。


「ああああッ!! クソッ! クソッ! これだから嫌なんだ! テメェは、クソッ!!」


 踏みつけられたラークは悲鳴と共にロイドへ悪態を連発。裏側の人間からしてみれば関わりたくない人物ナンバーワン、それがロイドである。   


 何故かと問われれば、この現状を見れば一目瞭然。


 ロイドのやり方は少々過激だ。必要とあらば相手が銃を抜く前に躊躇いもなくぶっ放す。


 しかも、元軍人で最前線を生き抜いた男ともあれば人の体に穴を開ける技術は一流である。


 小物連中が相手になるわけがない。


「さっさと吐いた方が身のためだぜ。歩けなくると便所に苦労する」


「クソ! 言う! 言うから! シャターンだ! それと憲兵隊の一部が絡んでる! 他は知らねえ!」 


 悶絶するラークの口から飛び出たのは、ロイドを憲兵隊から追い出した貴族の名前。


「シャターンに憲兵隊? 麻薬だけじゃなかったのか?」


 まさか、もう一度シャターンの名を聞くとは。しかも、今度は古巣まで深く関わっているようだ。


 ロイドはラークに詳細を問う。


「麻薬の密輸も人身売買も同じ組織から依頼されてる! 指示を寄越したのはシャターンだ! 憲兵隊はアイツを守ってる! あとは知らねえ!」


 麻薬の密輸と販売。人身売買。それらは同一組織の仕業とはラークは吐いた。


 つまり、アリッサの推測は当たっていたようだ。


 だが、そうなるとロイドは気になる事は1つ。


「テメェ、前に聞きに来た時は違うって言ったよな? 東側の野郎共を売って、テメェは知らんぷりってか? ああん!?」


「麻薬の担当は東の連中だった! 俺達は関わってねえ! 嘘は言ってねえだろ!」


「そういう問題じゃねえんだよ、ファックユーマザファッカー!」


「ああああああッ!!」 


 クソッタレな言い訳を聞いたロイドは踏みつける足に体重を掛けた。ラークの悲鳴が廊下に響くと、階段を登る足音が聞こえてきた。


「すごい状況ですね」


 階段を登って来たのはアリッサとメイド。廊下に転がる穴開き男達を見て、アリッサは笑ってみせた。


「そうだろ? SMプレイ中だ」


「そういう趣味が?」


「コイツがな」


 アリッサの問いにロイドは顎をしゃくりながらラークを指し示す。


「ところで、情報は?」


「今、聞いているところだ。ヘイ、人身売買をしているファッキンプレイスはどこだ?」


 アリッサの問いに対し、ロイドはラークへ銃口を向けながら話の続きを再開した。


 勿論、足に体重を掛けて。お望みのSMプレイ再開である。


「西エリアにあるバーの地下! スウィーティー・ドランカーの地下だ!」


「直近の販売日はいつだ?」


「今夜! 今夜だ!」


 ラークの返答を聞いたロイドはようやく足を彼のふとももから外した。


「だとよ」


「上々ですね」


 良い事を聞けた、とロイドとアリッサは2人揃って頷き合う。


 もうここに用は無い。


「また会おうぜ、ラーク。次は撃たれないようにな」


 階段を下る前にロイドはラークへ手を振って別れを告げた。


 しかし、3人で下の階へと降りるとそこには衝撃的な光景が。


「オウ、ファック! 何だこりゃあ!?」


 下の階には刃物で斬られた男が2人ほど転がっており、建物の外にある路地には5人ほどの男達が転がっていた。


 どれも黒いジャケットとスラックス。マフィアに所属する人間だと一目でわかった。


 どいつもこいつも腕や足から血を流し、辺り一面血の海である。


「貴方が踏んでいた人が建物に戻って行った数分後、この人達も戻ってきたので足止めしておきました」


 足止め、とあるように転がっている男達は死んでいない。呻き声を上げて痛みに耐えているようだ。


 転がっている者達の足には切り裂かれた後、もしくは突き刺されたような跡がある。確かに足止めにはなっているが……。


「アンタが?」


 アリッサがやったのか? とロイドが問うが彼女は首をふるふると振って背後に控えるメイドに顔を向けた。


「彼女が」


 この惨状を作り上げたのはメイドだと言う。


 ロイドは黙ったまま控えるメイドの顔を見て「マジかよ」と呟いた。


「アンタんとこは暗殺者がメイドも兼任してんのか?」


「皇族のメイドは優秀なんですよ。彼女は特に」


 ふふんと胸を張るアリッサ。豊満な胸が揺れるが、ロイドはメイドに目を向けていたので見逃した。


 賞賛された本人は綺麗なお辞儀をするだけ。一言も言葉を発さず、ただ頭を下げた。


「娼婦養成所と暗殺者養成所が併設されているとはね。おっかねえ家だぜ」


 ロイドはそう言いながら首を振った。



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 ・ 現場突入



 今夜、人身売買の取引が行われる。

 

 そう情報を得たロイド達は一度屋敷へ戻って着ている服を着替えた。


 敵のど真ん中に侵入する際、さすがに軍服ではまずい。


「どうです?」


「なるほど、完璧だ」


 アリッサが用意した服はラーク・ファミリーが着ていた服と同じ物。


 白いシャツにグレーの上下。ロイドとアリッサは揃って同じ服を着て、更にグレーの帽子とサングラスを身に着ける。


 どこからどう見てもマフィア。ラークの一味と同じ格好である。


 ラークが率いる組織をあまり深く知らぬ者なら騙せるだろう。会話でボロが出なければだが。


「じゃあ、行きましょうか」


「もう何も言わねえが、頼むから怪我しても俺のせいにするなよ」


 当然のように着替え、当然のように現場へ向かおうとするアリッサをロイドは止めようとしない。


 諦めた、と言った方が正しいか。首が物理的に飛ばぬよう念押しはしたが。


 準備を終えた2人は車で現場付近に移動して徒歩で現地へ向かう。その途中、ロイドがアリッサに質問を投げかけた。


「おい、メイドを置いてきて平気なのか? アンタの身を守るんじゃ?」


「さすがにメイド姿の彼女を連れて歩いては不審がられるでしょう? 離れて護衛してもらっていますから大丈夫です」


 そう言われ、ロイドは周囲に目を向けた。


 が、いない。メイド服姿の女性などどこにもいない。


「プロですからね」


 ロイドは「メイド」と「暗殺者」どっちの、とは聞けなかった。


 再び西エリアまで魔導車で移動した3人。


 車を降りて、人身売買が行われる場所であるスウィーティー・ドランカーのネオン看板を見つけたロイド達は店の中へと入る。


 店の中には男が3人。


 そのうちの1人はバーカウンターの奥にいたマスターだ。彼はグラスを磨きながらロイド達をチラリと見るだけ。


 残り2人は軍服の男。テーブルの上には酒の入ったグラスが置かれ、彼等もマスターと同様にロイド達へと視線を向けるが、こちらは口を開いた。


「ラークんとこのか。いつも通りやれ」


 軍服の男が顎で店の奥を示した。行先を示してくれるとは有り難い。


 ロイドとアリッサは黙って店の奥へ行き、先にあったドアを開けると地下へ続く階段を見つけた。


「軍服でしたね。しかも、憲兵隊のワッペンがありました。知り合いですか?」


「ああ。元、な。司令官の子飼いだよ」


 男達の腕には憲兵隊のワッペンが縫い付けられていた。


 ロイドの言う通り、司令官を補佐する役職に就いている者達だ。噂では司令官の実家に所属する私兵だという話もあるが。


「脅威になりますか?」


「いいや。ただのアホウだ」


 変装する自分達に気付かず、ボディチェックどころか本当にラークの一味かも確認しない。


 しかも行先まで教えてくれる。とんでもないアホウ共である、とロイドは鼻で笑った。


「まぁ、司令官も絡んでいると分かって良かったじゃないですか」


 憲兵隊をクビになって良かったじゃないか、と現状を肯定するアリッサ。


「まぁ、そうかもな」


 憲兵隊にしがみついていたとしても、お先は真っ暗だったかもしれない。トップが賄賂を受け取るばかりか、人身売買に加担しているのだから。


 そういう意味ではアリッサの下に付いた方がマシか。


 小声で話をしながら階段を下ると、またドアがあった。


 ドアの先にはかなり広いフロアがあり、奥には()()を並べるであろうステージが。


 ステージ上には誰も立っていないが、フロアの中には既に多くの人で溢れていた。


 天井に取り付けられた照明の光が洋服の装飾に反射して、キラキラと光らせる成金特有の恰好をした貴族風の者。   


 その貴族風の者を護衛しているであろうスーツ姿の男。


 胸の谷間を惜しげもなく見せながら動物の羽で作られた扇子を持つ貴族夫人らしき女性。


 出来るだけ身を晒したくないのか、フード付きのローブを身に着けて頭まで隠す者。


 人種、恰好は様々であるが、この場にいる全員に共通しているのは顔の目と鼻の部分を隠すオペラマスクを装着している事だろう。


「ハッ。クソッタレの見本市かよ」


「確かに。この場にいる全員が帝国の癌と言える者達でしょうね」


 フロアの端っこに移動した2人は全体を見渡しながら呟いた。


 ざっと見て50人以上はいるだろう。この場にいる全員が人身売買に関わっている。


「さて、どうする? さすがに2人で全員を逮捕できないだろう?」


「ええ。ですので、大元を抑えます。シャターンを探して捕まえましょう。できれば、参加者の名が乗っている帳簿とかも手に入れば良いのですが」


 よって、ターゲットを絞る。


 まずはシャターンの確保。同時に参加している者達の名を把握できれば万々歳。


 騒ぎを起こせば参加者達は逃げ出し、聡い者であれば帝都から逃げ出すかもしれない。


 よって静かに事を成す、と決めた2人はフロアの奥にあるステージ裏を目指して歩き出した。


 フロアの端っこを歩き、ステージ脇の暗幕で仕切られた向こう側へ入り込む。


 すると、檻に入れられた人がたくさんいた。 


「なるほど、確かに人身売買だ」


 檻に入れられ、手枷足枷を嵌められている者達。人種も様々、ヒューマンを筆頭にエルフやドワーフといった異種族まで。


 男女問わず、年齢問わず。全体としては女性が多いが、幅広い商品のラインナップが取り揃えられていた。


「異種族は南部の国から連れて来られたのでしょうね」


 大陸の南、帝国が最後に侵略した王国には異種族が多数住んでいた。勿論、帝国にも異種族の国民はいるが全体数としては少数と言える。


 少数故にいなくなれば気付かれる。だが、戦争が起きた元他国だった地から消えたとしても不審には思われまい。 


「ヘイ」


 檻の中で項垂れる人々を見ていたアリッサの脇をロイドが肘で突いた。


 彼が顎でしゃくった先には部下に指示を出しているであろう、椅子に座ったシャターンの姿があった。


「相変わらずの成金野郎だ」


 豚の魔物が二足歩行しているような、ブクブクと太った体。首と顎の境目が分からないほどのダルンダルンな肉。


 身に着けている服には宝石が散りばめられ、指には金で作られた指輪がいくつもはめられて。


 髪は香付きのオイルを塗りたくってベタベタになったオールバック。葉巻を加えてゲスな表情を浮かべるシャターンは成金貴族の典型と言えよう。


「どうやって捕まえるんです?」


「アイツの周りに人がいなくなるまで待つ。そしたら、銃を突き付けて外に誘えば良い」


 簡単だろ? と言うロイド。


 だが、こういった時にアクシデントは付き物だ。


「シャターン様。ラークが何者かに襲撃されました。運搬を担当する人員がいません」


「なにぃ? ん?」


 シャターンの傍に一人の男が近寄って、ラークファミリーの人員が欠員になっている事を告げる。


 恐らく、購入された者はラーク達が運び出す手筈だったのだろう。


 その報告を受けた際、シャターンの目がロイド達の方へ向く。


「あれはラークの一味では?」


「まさか。奴等は赤毛の男に全員やられたと情報が……」


 と、報告していた男もロイド達を見た。


 男の目にはロイドの姿。ラークファミリーと同じような恰好、サングラスと帽子を被っているが帽子からロイドの特徴的な赤い髪が漏れ出ている。


 彼等の話し声はロイド達の耳に届いていない。だが、こちらを不審がっているのは仕草で読み取れた。


 ロイドとアリッサは顔を見合わせる。


「バレたんじゃないですか?」


「かもな。アンタがお姫様だってバレたんじゃねえか?」


 シャターン達の挙動を窺いながら相談し合う2人。話し声が聞こえなかったせいもあるが、ロイドはバレた原因がアリッサにあると苦言を漏らす。


「どうしましたかな?」


 このタイミングで更に見知った顔が追加される。なんと憲兵隊の司令官だ。


 シャターンと報告に来た男から話を聞くと彼もまたロイド達の方へ顔を向けた。


「あの男は……。おい! お前! こちらに来て、帽子とサングラスを外せ! おい! 誰かこちらに来い!」


 司令官は魔導拳銃を抜くとロイド達へ銃口を向けた。


「やっぱりアンタがお姫様だとバレたんだ」


「そんな馬鹿な……」 


 司令官が呼んだ仲間は皆、憲兵隊のワッペンを付けた者達だった。


 唯一身元不明なのは鋼の鎧を身に着けた大男。


「アイツ、ロイドだ!」


「憲兵隊をクビになったのに何故!」


「どこかの組織に拾われて、我々を逮捕しに来たんじゃないのか!?」


「ラークをやったのもヤツか!」


 さすがは元仲間。上の階にいたアホウと違ってロイドの変装を見抜き、正体を見破った。


「殺せえええ!」 


 ボスのシャターンも自分を逮捕した男、ロイドだと分かると殺意を剥き出しにして命じる。


 彼の命令に従って、司令官を始めとする男達は魔導拳銃をぶっ放し始めた。


 ロイド達は慌てて身を屈める。ロイドはアリッサの手を掴んで駆け出すと、近くにあった厚い天板がはまるアンティークテーブルを倒して遮蔽物にした。


「誰が私のせいでバレたって!? お姫様以上に人気者のようですね!!」


「悪いな、俺がイケメン過ぎたせいだ!」


 テーブルに隠れながらアリッサは皮肉を込めて叫ぶ。対して、ロイドはバツの悪そうな表情を浮かべながら言い訳を口にした。


 静かに事を成す、なんて計画はおじゃんである。


「反撃して! マグナムは!?」


 飛んで来る魔導弾はテーブルに遮られるが、いつまでも耐えられない。着弾音に恐怖したアリッサがロイドに反撃するよう叫び声を上げた。


「今やるところだ! 黙ってろ!」 


 ロイドは腰からマグナムを抜くとテーブルの脇から先を覗き込む。


 鋼の鎧を着た大男がドスドスと近寄って来るのが見えた。どうやら弾の雨に動けぬ2人を拘束しようとしているようだ。


 まずは大男を処理しようと、ロイドは狙いを付ける。


 いつも魔導銃を撃つように片手で狙いを定めてトリガーを引くが――彼はマグナム発射時に起きた想像以上に強い反動に負けてしまう。


 腕ごと天井に跳ね上がり、上体までもが少し仰け反ってしまった。


 天井に撃ち出された弾は天井に穴を開け、威力の程を見せつけるが敵には当たっていない。


 撃ち終えたマグナムの銃身からブシューと冷却用の煙が排出される。


「ファック! なんだ、こりゃあ!?」

 

 初めて撃ったマグナムの反動に驚くロイド。まさか、ここまでじゃじゃ馬だとは。従来の魔導拳銃とは全く違う使用感と仕様に声を上げる。


「ヘタクソ! それでも従軍経験者ですか!」


 そんなロイドに罵詈雑言を浴びせるアリッサだが、ロイドの耳には届いていなかった。


 彼は今度こそ当てようと、しっかりと構えてトリガーを引く。


 ドガン、と響く激しい発射音。同時に生成・排出されるマグナム魔導弾。猛烈な反動を腕で制御したロイドは2発目は真っ直ぐ飛ばす事に成功した。


 マグナム魔導弾を放たれた大男は鋼の鎧に絶大な信頼を置いていたのだろう。全く避ける素振りは見せていなかった。


 確かに彼の身に着けている鋼の鎧は特別製で、従来品の魔導銃から放たれる魔導弾ならば被弾しても精々ヘコむ程度で終わっていただろう。


 だが、放たれた弾は特別製。


『高威力なので人なんて簡単にぶっ殺してしまいますよ』


 先日、アリッサが言った通りである。


 マグナム魔導弾は鋼の鎧を突き破り、中にあった大男の腹部に大穴を開けても威力は衰えず。さらには背中側の装甲すらも突き破って。


 2メートルはあろう身長の大男がくの字に折れて、吹き飛ぶほどの高威力。


 しかも、大男を貫通した弾は更に後ろにいた司令官の胴に着弾。弾を喰らった司令官の胴体が吹き飛んで、彼の上半身がミンチに変わった。


「ホーリィシットッ!?」


 ロイドは本気で驚愕しながら、ブシューと冷却用の煙が噴き出すマグナムと弾が飛んで行った先を何度も行ったり来たりさせる。


 意図せぬタイミングでクビを通告してきたケツ穴野郎を殺害したロイドだったが、今の彼にそんな事を気にしている余裕は無かった。


 彼が驚きの声を上げた理由は、やはり威力についてだろう。


 拳銃サイズでこの威力。この世界では「まだ技術的に不可能」と言われていた魔導大砲の小型化を成功させたような代物が彼の手に握られている。


「言ったでしょう? 特別製だって!」


「こんなモン、人にぶっ放せるか! 見たかよ! あのケツ穴野郎が一発でミンチに変わりやがった!」


「大丈夫ですよ! 今は正当防衛! 何人ミンチにしても罪には問われません!」


 帝国法により殺人は罪である。戦争を起こした国が何言ってんだ、と思われるがそう決まっているからしょうがない。


 従軍経験者で他国の人間に銃を撃ってきたロイド。人を殺す事に躊躇いは無いが、人がミンチになるのを見るのは別である。


 ロイドの感覚としては人体に穴開けて、血が噴き出るくらいなら許容範囲。


 ある程度『まとも』であれば誰でもグロい物を見るのは躊躇うだろう。


「さぁ、ロイドさん! 残りもミンチにしてやりなさい!」


「それがお姫様の言うセリフかよ!?」


 最もな意見である。このお姫様はイカれているのか否か。今はそんな事を考えている暇は無いが。


「クソッタレ! もう知らねえからな!」


 ロイドはマグナムを構え、3発目を撃った。威力もとんでもないが、弾速も凄まじい。


 撃たれたと思ってから躱せるような代物じゃない。弾を受けた者は例外なくミンチに変わる。


 4発目、5発目……と撃ち終えた途端、マグナムは冷却用の白煙を銃身から噴き出してウンともスンとも言わなくなった。


 所謂、弾切れである。


 従来品の魔導拳銃ならば1カートリッジで10発は撃てよう。だが、マグナムは5発で弾切れである。


 魔導拳銃が弾切れを起こした場合、魔力がカラになったカートリッジを抜いて新しい物を装填するのだが……。充填されたカートリッジは生憎渡されていない。


「それも特別仕様って事で」


 ニコリと笑うアリッサ。


 何か言いたげにアリッサの顔を睨みつけながらワナワナと体を震わせるロイドだったが、結局は何も言わず諦めて敵を覗き見た。


 残りは4人。


「クソッタレ!! 結局はこうなんのかよッ!!」


 怒りの声を上げながらロイドはテーブルを乗り越えて走り出す。一番近くにいた憲兵隊の男に向かって走り出し、相手が銃を撃つギリギリでスライディング。


 足で相手の足を払い蹴り、床に転がした。ロイドはすぐに起き上がって、転倒時に後頭部を強打して悶絶する相手の顔面に全力で右ストレートを叩き落とす。


 男の手にあった銃を奪い、後ろ側にいた男へ振り向き様に魔導拳銃を撃つ。


 撃った弾は敵の腹部に当たった。ロイドは腹部に命中した男へ向かって走り出し、崩れ落ちそうだった男の胸倉を掴んで持ち上げる。


 その瞬間、残り2人の男達が銃弾を放った。それを予測していたロイドは持ち上げた男の体を肉盾にして銃弾を防ぐ。


 肉盾になった男を肩で支えつつ、肉盾男の脇の下から銃口を出して残り2人に向かって銃を撃つ。


 どちらも足に当たり、2人の男は床に片足をついて崩れ落ちた。


「終いだ! クソボケ!」


 片方の男には顔面に蹴りを。続けざまに、もう片方の男の顔面には銃のグリップでぶん殴る。


 はぁはぁ、と肩で息をするロイドは片付けた男達を見下ろした。


「ブラボー! さすがはロイドさん!」


 ニコニコと笑ったアリッサがパチパチパチ、と拍手を送った。


「はぁ、はぁ……。お前、マジで……」


 そんな彼女に対し、ロイドは「いつかぶん殴るぞ」と言いかけてやめた。


「それよりもシャターンを追って下さい」


 アリッサが指差した先には開けっ放しになったドアがあった。


「アンタは?」


「私は証拠を探します」


 ここに残って証拠を探す、と言った瞬間に暗幕の向こう側からメイドが現れた。


 彼女の守りは大丈夫、そう言わんばかりにメイドがお辞儀をした。


「そうかい」


 スーパーメイドがいるなら平気か、とロイドは素直にシャターンの後を追う。


 開けっ放しになっていたドアの先へ進むと薄暗い通路が続く。


 水道の配管が左右に張り巡らされる中、奪った銃を構えて襲撃に備えながら進むと先に梯子が見えた。


 それと、ケツ丸出しの下半身。


「ぐううう! 抜けん! 抜けん!!」


 なんという事でしょう。豚の化け物のように太ったシャターンは梯子の先にあった出入口に腹がつっかえて抜けられなくなっていたのです。


 しかも藻掻いて無理矢理通り抜けようとしたせいか、シャターンの履いていたズボンがズレて汚いケツが丸出しである。


 何とも滑稽で馬鹿みたいな話だ。だが、彼にはお似合いのオチかもしれない。


「アホか、あいつ……」


 さすがのロイドも呆れる。


 無防備になっているケツの穴に魔導弾をぶち込んでやろうとも考えたが、生きたまま捕まえねば尋問が出来ない。


「ハロー? 生憎、ここでケツを出されてもケツプレイ可能な風俗嬢は出払ってるぜ」


 ケツ丸出しのシャターンに近づいたロイドは彼のケツ肉に往復ビンタをかます。


「こら! 止めんか! 抜けん! 助けろッ!」 


 足をばたつかせながら叫ぶシャターン。ロイドはシャターンの足首を掴み、思いっきり下に引っ張った。


「ああああ~!?」


 ズボ、と抜けたシャターンは下に腹から落ちて苦痛の声を上げる。


 痛みを我慢する声を上げ、ようやく彼はロイドの顔を見て存在を認識する。


「き、貴様は!?」


「ヘイ。シャターン。寂しかったぜ?」


 シャターンの顔面に銃口を向けたロイド。そんな彼を見て、シャターンは精一杯の虚勢を張るように笑った。


「は、はッ! 憲兵隊をクビにされた事への仕返しか!?」


 どうやらシャターンはロイドが職を失った事への恨みを晴らしに来たと思っているようだ。


 そんな的外れの質問にロイドは声を上げて笑った。


「ははははッ! 俺が? 憲兵隊に未練があると? 馬鹿言うなよ!」


 一頻り笑ったロイドの声が止むと、身を震わせたシャターンが問う。


「じゃあ、何で!?」


「あー……。金? 冬を越す為だな。帝国の冬は寒い。知ってるだろ?」


 まだ半笑いで顔には笑顔が浮かぶロイドはアリッサと組んだ理由を正直に話した。


「誰に雇われた!? その雇い主の倍額払う! だから――」


 シャターンは命乞いをするように叫ぶが、ロイドが「シィー」と人差し指を立てながら言葉を遮った。


「理由は金だが、何より俺は死にたくないんでね。()()()()()()()()()


 嘗て友と交わした約束を口にして。それに皇族を裏切って死にたくない。それは口にしなかったが。


 ロイドはシャターンを立たせると、背中に銃口を押し当てる。


「ヘイ。ズボンを履け。粗末なモンを出してると下手すりゃその場で殺されるぞ」


 これから行く先は皇族の前。最高位の高貴な者に()()列罪なんてしようものなら、ロイドの言葉通りヘタすればその場で殺される。


 ロイドはシャターンを連れて来た道を戻って行った。


 戦闘があったステージ裏まで戻ると、アリッサの姿を見つける。彼女は軍服を着た男と話していたが、ロイドの姿を見つけると話していた男と共に歩み寄ってきた。


「連行して下さい」


 シャターンの前まで来ると一緒に着いてきた軍人に告げる。軍人はシャターンの両手に鎖付きの手枷をはめると外へ連れて行った。


「良いのか?」


 ロイドは連れて行かれるシャターンの背中を見ながらアリッサに問う。  


「ええ。彼等は信用できます。お兄様の兵なので」


 それがどう信用できるのか、ロイドには分からなかったが彼女が良しとするなら良い。


 むしろ、興味無さそうに「あっそう」と一言言うだけだった。


「ご苦労様でした。集まっていた人は逃げましたが、顧客リストは手に入れました」


 アリッサは手に持っていた革カバーの手帳を見せる。中には人身売買に参加していた者達の名が書かれているようだ。


「あとは私が済ませておきますから、今日は帰って結構ですよ」


「そうかい。んじゃ、そうさせてもらう」


 フゥ、と疲労の籠った息を吐いたロイドはアリッサの脇を通って行った。


 アリッサは振り返って彼の背中を見つめる。ニコリと笑って、振り返りもしないロイドに小さく手を振った。



-----



 ・ それぞれ



 外に出たロイドの目に映ったのはシャターンの犯行に加担していた憲兵隊員が軍人に連行されていく姿だった。


 連行している軍人達の詳しい所属は不明であるが、黒い軍服を着た者が同じ格好をした者達を魔導車に押し込む姿はなかなか見物だ。


 捕まった憲兵隊員には見覚えがある。どれも司令官の命令に忠実だった者達や素行が悪く影で噂されていた者達だった。


 一部の憲兵隊員が捕まり、司令官が死亡した事で憲兵隊が浄化されるかは分からない。ただ、もうロイドには関係無い話だ。


 たくさんの魔導車が停車している脇をすり抜け、ロイドは帰路に着く。


 家は東エリア、ここから反対側だ。徒歩で中央エリアを突っ切りながら、途中で酒を買って。


 東エリアの奥にある、少々治安の悪い区画。独身用として乱立された木造1階建ての小さな家が彼の城だ。 


 鍵を開けて中に入ると。帝都に住み始めてから3年は経つというのに家の中には最低限の家具しか置かれていない。


 魔導冷蔵庫、テーブルと椅子、1人用のベッド。ベッドの隣にある小さなサイドテーブルと照明。たったこれだけ。


 あとは読みかけの週刊誌や本、帝都新聞などが置かれているくらいか。  


 いつでも移動できるように物は最小限に。最悪、置いていける物ばかりといった具合に。


 最前線でそう習ったからか、未だにその習慣が染み付いているようだ。


 ロイドはテーブルに鍵を放り投げ、買ったばかりの酒瓶を置くとさっそく蓋を開けて飲み始める。


「ふぅ……」


 酒瓶を呷ったロイドは椅子に座ると、テーブルの上に両足を乗せてリラックスムード。


 酒を飲みながら彼は軍服の内ポケットに手を入れた。


 最悪、全て捨て置いて行っても良い。そう考えている彼にとって唯一例外なのはいつも持ち歩いている白黒写真だった。


 白黒写真に写るのは軍服と金属製のヘルメットを被って銃を持つ10人の男達。 


 写真にはロイドの姿もあって、横にいる男と肩を組んでいた。


「チッ。関わらねえと思っていたのに、関わっちまった。きっとお前の仕業だろう? お前は俺に色々と押し付けすぎだぜ」


 ロイドは写真の中で自分と肩を組む相棒の顔を見ながら小さく呟いた。


 あの地獄のような日々の中にあった仲間との日常。死体が転がっているような場所で、冗談を交わしながら笑い合った楽しい時間がひどく懐かしい。


 この写真に写る者の中で今も生きているはロイドを含めてごく僅か。


 相棒だった男の顔に再び視線を落とし、彼は小さくため息を吐いた。


「でも、約束しちまったからな……」


 地獄の日々の中得た思い出を思い浮べながら、彼はいつものように眠くなるまで酒を飲み続ける。



---



 一方、第四皇女であるアリッサはドレス姿に着替えて帝城へと赴いていた。


 向かう先は皇帝の執務室。病気で寝たきりになっている皇帝に代わり、今は次期皇帝とされる第一皇子が使っている場所である。


 皇帝が使う部屋――執務室、玉座に加えて衣食住を行う場所。その全てが城の最上階に存在する。


 初代皇帝曰く、偉い者は高い位置にいなければならないという考え方のようで。


 目的地である執務室は最上階の最奥に存在しているのだが……。


「まったく、面倒な場所にありますね」


 尋ねる者にとっては面倒極まりない。


 5階まである城の階段をひたすら登らねばならぬし、登った後も馬鹿みたいに長い廊下を進まなきゃならない。


 加えて、城のルールとして正装が義務付けられる。


 アリッサが自分の屋敷に戻って女性の正装とされるドレス姿に着替えたのも、これが理由だった。


 面倒な場所、面倒な仕来り、面倒な身分。


「本当に面倒」


 アリッサはこの場所に来る度に、全てを捨ててしまいたいと思っているのか。心の底から嫌悪するような表情を浮かべる。


 だが、捨てられないのが現状。いや、捨てさせてくれないと言うべきか。


 一生外れない枷、もしくは呪い。彼女は世話係のメイドに自分の立場をよくそう表現する。


 廊下を進むアリッサの目に皇帝執務室を守る2人の軍人が映った。


 すると、彼女はゆっくり歩きながら頬を触って揉み解す。先ほどまでの固い表情が消え、彼女の顔に笑顔が戻った。


 その笑顔を維持したまま、扉の前へ向かって軍人へ要件を告げる。


「ご苦労様。兄上へご報告に参りました」

 

「ハ。どうぞ」


 扉を開けられ、中へ通される。だが、部屋の中には更にもう一枚の扉。


 加えて、扉の脇には皇帝を補佐する補佐官が2人。補佐官用の机に書類を山積みさせた2人がアリッサの入室に気付く。


 だが、会釈しただけで立とうともしない。仮にも皇族に対して、と思うが正しい反応だった。


 特に気にする様子もないアリッサは奥に続くドアをノックして名を告げる。すると、中から「入れ」と短い男の声が聞こえた。


 ドアを開け、アリッサはようやく兄――次期皇帝となる男と相対する。


「何の用だ」


 綺麗な金髪と切れ長の目。他者を見下すような表情。自分とは違い、病気で寝たきりになっている皇帝から受け継いだ容姿。


「例の件です。終わりましたのでご報告に参りました」


 兄妹へ向ける視線とは思えぬほどの冷たい視線を受けながら、アリッサは綺麗なお辞儀をして用件を告げた。


 頭を上げた後、手に持っていた手帳を兄の執務机に置く。彼女が置いた手帳、それはシャターンが持っていた顧客リストだった。


 兄は無言で手帳を手に取って中を見始めた。パラパラとページをめくる度に険しかった表情が更に険しくなっていく。


 小さな声で「こいつまでもが……」と兄が漏らしたのをアリッサは聞き逃さなかった。


「納得して頂けましたか? ()()()()()使()()()があると」


 アリッサの言葉を聞き、第一皇子は手帳を読むのを止めて彼女の顔へと視線を向ける。


「良いだろう。貴様の結婚は延期にしよう。特務隊の設立も正式に認める」


「ありがとうございます」


 お辞儀するアリッサ。兄が見ていないのを良い事に、彼女の顔には自然な笑みが浮かぶ。


 といっても、2秒程度で表情を正して顔を上げた。


「国の為に、これからも励ませて頂きます」


 兄から特務隊設立を認める『本物』の書類を受け取ると、人受けするような愛想のよい笑みを浮かべた。

 

「ああ。下がれ」


 兄は相変わらず見下すような表情でそう言って、アリッサの退室を促す。


 アリッサにとっては好都合。約束も果たされたので、この場にいる必要性は皆無だった。


 皇帝執務室を退室し、城の階段を下って中庭へ向かう。中庭の入り口で待っていたのはアリッサのメイドだった。


「終わったわ。無事にね」


「左様でございますか」


 メイドの脇を通ったアリッサは中庭を通って自分の屋敷へと向かう。


 自分のテリトリーである屋敷の中に入ると、彼女の漏らす独り言の数は更に加速する。


「豚と政略結婚させられるのは阻止できたけど、これからが肝心だわ」


 兄の立場を固める為に上位貴族と皇族を結びつける為の道具になる事は避けられた。


 先ほどの執務室にいた補佐官がアリッサへ雑な態度を見せたように、皇帝となる第一皇子以外の子は全て帝国繁栄の為の『道具』である。


 彼女は道具として、皇族派の有力貴族へ贈られる貢物になる事を回避すべく一連の行動をしてみせた。


 自分が有能である証明をして、兄への忠誠心も少しは演じて見せられただろう。


 つい先ほどまで保留状態だった特務隊も正式に結成された。


 だが、彼女自身が言うようにこれからが肝心である。


 常に有能であると、貴族への贈り物として終わらせるのは惜しいと思わせなければ。


 兄の立場を盤石にするために帝国の癌を滅している、と証明しなければならない。


「ちょっとでもあのファッキンマザーファッカーを喜ばせていると思われるのが癪だわ」


 しかし、1つでも間違いを起こせば側室の子であるアリッサの人生など一瞬で握り潰されてしまうのが現状だ。


 媚び諂ってでも時間稼ぎをして、こちらも手を整えなければ。


 アリッサは自室に到着すると両手を広げる。メイドが近づくとアリッサの着ていたドレスの留め具を外していき、ドレスが床に敷かれた絨毯に落ちた。


「お召し物は如何致しますか?」


「もう出かけないから楽なものを」


 メイドの問いにアリッサが答えると、用意されたのはバスローブのような簡単な服だった。


 袖を通して紐を結ぶだけ。確かに楽だ。


 現在の帝国貴族が持つ考えからは、屋敷に引き籠る状態だったとしてもあり得ない服装であるが。


 脱いだドレスを持って退室していくメイドを見送ると、アリッサは自室にある机に近寄った。


 机の引き出しを開けて一枚の白黒写真を取り出す。


 白黒写真に写るのは軍服と金属製のヘルメットを被って銃を持つ10人の男達。


「私は絶対に自由になる。そうでしょ、兄さん」


 帝国の道具になんてならない。自由を得るためならば最悪は帝国なんて――


 白黒写真に写る肩を組んだ2人組を見て、決意を口にした。



読んで下さりありがとうございます。


流行とは外れていると思いますが、お付き合い頂きありがとうございます。


こういった洋画っぽいノリを混ぜた話は受け入れられるのだろうか。

また、本文では主人公が西部訛りとして英語の表現を用いていますが、この辺りが受け入れられるかどうかも含めて実験的に書いてみました。

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