第56話 激流に呑まれた大河
リーヴェ達はキルファンを出立して草原を歩いていた。
本当はもっと実戦経験を積んでおきたかったが、先へ進めなくなってしまうので程々の所で切り上げる事にする。次に目指すのは香水の都コロだ。
そのためにもまず、手前を流れる川アズゥルードへ行かなければならない。この川はキルファンに行く時も通過したが、滝に近づくにつれて流れが速いそうである。
陸続きのテールル村方面へ行く手もあるが、距離が長くなるうえに川を渡らねば王都にいけないのは変わらない。気が向いたら、時間のある時にでも立ち寄れば良いだろう。とにかく今は王都だ。
リーヴェ「そろそろ川が見えてくるはずだが」
リジェネ「あ、あれじゃないですか?」
クローデリア「ルンルン、ルン~♪」
場違いな程機嫌がいい彼女の様子が気になりつつ、リーヴェ達はリジェネが示した方向に目を凝らした。陽が射さないからおかしな表現になってしまうが……暗い。他に比べて異様に暗いぞ。
怪訝に感じながら歩みを進める。次第に馴染みのある音が耳に入って来た。音の正体に気づいたリーヴェは、クローデリアの機嫌が良い理由を察する。
リーヴェ「雨、か」
セレーネ「うわっ、急に降ってきた……て」
――ザザァァ――――!!
物凄い土砂降りだった。約1名以外が悲鳴を上げる。必死で荷物や服を庇うが既に手遅れだ。何よりも視界が悪すぎる。雨に降られる事自体はいいが、川に途端にこれはキツイし怖い。
辛うじて方向がわかる中を慎重に歩き、川から少し離れた場所に数人の人々が立ち往生しているのが見えた。彼らの視線の先には壊れた桟橋と、小舟の残骸が散らばっている。大半が流されてしまったのか、残骸はごく一部のようだった。
ただで際穏やかとは言えない川の流れが、ますます勢いを増している。
セレーネ「酷い……」
リジェネ「まさか、これも天変地異が」
リーヴェ「わからないが、川がこの有様では渡るのは危険だ」
ラソン「せめて雨が降り止んでくれればなぁ」
手で水が目に入るのを防ぎ空を仰ぐ。
クライスの風やクロ―デリアの魔法で、太刀打ちできるものでは到底ない。
蒼き大河アズゥルードは、桟橋から出る鼓小舟以外にも通り抜ける方法がある。
それは天然の浮き島を伝って渡る方法だ。普段の川は流れが速くても浅瀬が多く、魔物にさえ注意していれば大人なら難なく渡れる。子供でも、リーヴェ達くらいなら流されて怪我をする程ではない。
小舟を利用するのは、戦う力のない人々や小さな子供を連れた親子が中心。小舟を出せる頻度や数には限りがあるから、戦える者は基本的に浮き島を使って自力で渡るのだ。
しかし、今の状態では浮き島は愚か小舟すらも利用できない。川の水は、まるで意思でも持っているかの如く荒れ狂っている。
リーヴェ「さて、どうするか」
男性「た、助けてくれー!!」
こちらに走って来る男がしきりに叫んでいた。男の背後には、初めて見る魚型魔物の群れ。
リーヴェ「皆、助けるぞ」
リジェネ「はいっ」
ラソン「おう」
セレーネ「うん!」
クローデリア「ええ」
ほぼ同時に言葉を返し、一行は武器をとって走り出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リーヴェ達が魔法都市キルファンを出立した頃、宝石の町ムーナムではとある騒動が起きていた。
――ピーッ、ピピー! と、警笛の音が町中に響く。騒々しい足音とともに、警官の慌ただしい声が飛び交っている。
警官A「宝石強盗の被疑者が逃走した。各員、捜索に当たれ!」
警官B「被疑者は怪しい力を使う模様。各自警戒せよ」
警官C「現場の調査と目撃証言を探れ、ネズミ1匹逃すな」
まず情報を整理しよう。
未明に町でも有名な宝石店から1つの貴重な宝石が盗まれた。犯人は怪しげな力を用い、潜入から逃走までを行った模様。現在も犯人は逃走中。現状では単独犯らしい。
犯人は大胆にも顔を隠しておらず、外見は20代後半~30代全般の男性と判明している。いや顔を隠していないとか、大胆と言うよりはアホだろう。どれだけ逃げ切れる自信があるんだ。
駆け付けた警察の調べによると、盗まれた宝石は「ノアールフォーチュン」と呼ばれる黒に紫の光が宿る宝石だった。サイズは掌でギリギリ掴めるくらい。
紫色の輝きが炎の如く揺らめき、最近になって特殊なエネルギーを放っていることが判明。そのため、研究対象として注目され厳重に管理されていた。
犯行現場を調査したところ、破損物の類は発見されず、ゲソ痕(足跡)も店の内部にのみ。少なくとも、犯行現場で発見されたゲソ痕と一致するものは外部では発見されなかった。
犯人「ふっふっふ、そんなの当たり前じゃないかぁ。地上人じゃぁ、あるまいし」
ん、誰だ? 説明に割り込んできたのは宝石強盗の犯人である。逃走中とは思えない派手な格好をしていた。彼の姿はまるで、ハロウィンで仮装する吸血鬼に似ている。
そんな恰好で犯行に及んだのか、とツッコミたくなる衣装だ。
犯人の男は顎に手を当て、クックッと鼻で笑う。
犯人「見てわからないかい? ボクは浮遊しているのだよ」
男は自慢げに外套を広げ、足元を指で示してきた。確かに足が地面から離れている。自分1人しかいないのに、なぜか会話口調で話す男の姿は実に奇妙でしかない。
犯人「ふふ、奇妙なのはお前達だろう。……貴様らは誰だ? 奴等の仲間、いや……」
急に声のトーンが低くなり、口調に含まれる感情の変化した。敵意、警戒、疑惑、殺意と言った感情が微妙なさじ加減でブレンドされている声と言葉。
物言わぬ虚空に向かって、出てこいだの、高見の見物かだのと言ってくる。
それはまるで、我々に向けられているかのような視線と言葉に感じられた。
犯人「返答はなし、か……気のせいだったのか? だが、この気配」
まだブツブツと言っている。
犯人「ふ、はははは……良いぞ。それでこそ神は……」
警官D「おい、今こっちから妙な声が聞こえたぞっ」
警官E「不審人物発見、応援を呼べ。直ちに取り押さえろ」
犯人「おおっと、見つかってしまったか」
男は心の中で舌打ちした。いやいや、逃走の最中にこれ程怪しい内容の言葉を投げかけていれば、当然いつかは見つかるだろう。
男は急に調子と機嫌をもとに戻して逃走を始める。
犯人「避けられぬ運命。黒き歯車は既に動き始めた、もう止まらない……フハハハハハッ」
男はわざと煙に巻くような態度と行動で、警官達を右へ左へと翻弄し飽きてきたら指を鳴らして消えた。
正確には蝙蝠の形をした光の群れとなって飛び去ったのだが。警官達は、口を緩めたまま空を見上げるしかなかったのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リーヴェ「はぁっ」
ラソン「コイツで最後だ」
魔物に襲われた男を助けたリーヴェ達は、助けた男に駆け寄って怪我の有無を確認した。男は疲れ切った顔でお礼を言う。小さな怪我以外、目立った傷はなかった。
リーヴェが手際よく男の怪我を手当てして事情を聞く。
男性「私にもさっぱり……渡れる場所がないかと捜し歩いていたら、急に襲われて」
青年「ここらでは見かけないヤツだったな。これじゃ、渡るなんて無理だよ」
セレーネ「川に住んでいる魔物ではないの?」
最もな疑問だ。魚なら、川に数えきれない程いるだろう。
だがアズゥルードに出現する魔物は「ヴォルメデューズ」を始め、「ショールトータス」という亀と「ショールプラント」という植物型が主だ。見た目が魚の形をしている魔物はいない。
ちなみにショールプラントは、ムートリーフ王国に出現する個体の亜種である。水の魔法を使い、水に強い事以外は戦い方が同じだ。
さっきの撃退したのは、浮遊する小魚の姿をした奴だった。
旅人「この調子じゃ、さっきの兄ちゃんが心配だなぁ……」
舟頭「今のヤツにやられてねぇと良いが」
リーヴェ「まだ、誰かが魔物に襲われる危険があるのか」
リーヴェが旅人に尋ねると、少し前に1人の青年と会ったそうだ。青年は旅人に魔物について聞いた後、1人で川の流れを遡るように歩いて行ったという。青年の外見について聞けば、黒装束を全身に纏って大きなリュックを背負っていたらしい。
なんか、どこかで見た事のある特徴だな。リジェネとラソンも同じように感じたらしく、一行は青年が歩いて行った方向を聞いて歩き出す。
襲われている可能性がある人を放置なんてできないし、もしも知り合いだとしたら尚更心配だ。魔物がどれだけいるかわからない急がなければ。
どうか、無事でいてくれと祈るリーヴェ達である。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【サブエピソード31 習慣と好き嫌い】
リーヴェ「………………」
ある日、料理当番を任されたリーヴェは肉類を前に手を合わせて祈りを捧げていた。
彼女の行為を見ていたセレーネが独り言を漏らす。
セレーネ「前から思ってたけど、リーヴェって肉や魚を調理する時必ず祈るよね」
ラソン「オレの記憶でも、会った時からずっとそうだったぜ」
セレーネ「習慣?」
リーヴェ「ん、ああ。購入したものでも、間接的に殺生していることには変わりないからな」
思えば最初からずっと、身体が自然に食となった命に祈ることを覚えていた。言っておくが、肉や魚以外にもちゃんと祈っている。ただ鮮度の管理で使う直前に祈るようにしているから、周りが見ていない時とがあるというだけだ。
御子としての記憶が鮮明になるにつれて、何故その行為に至るのかがわかってきた。
リーヴェは御子として、惑星に生きる全ての命を愛おしく思っている。この想いがあったからこそ、自分は今まで御子としてやってこれた。
私の力が、間接的にでも生きる者の助けになっていると信じて。
セレーネ「へぇ、そうだったんだ。リーヴェは食事の好き嫌いもないし、料理する身としては嬉しいよ」
リーヴェ「? 確かに好きな味はあるが、嫌いなものは……特にないな」
どれも命だ、嫌いになれる訳がないと思うリーヴェ。生きる上ではどうしても殺生は避けられない。だからこそ、しっかりと身にしなくては。
リーヴェの気持ちにどこまで気づいているかは不明だが、セレーネはリーヴェの返答に思わず笑顔になった。
セレーネ「偉い。あたし、たくさん食べる人も好きだけど、好き嫌いしない人はもっと好き!」
リーヴェ「あ、ありがとう」
当たり前の事をしているだけだから、相当に照れ臭い言葉だ。反応に困る。
セレーネ「それに比べて……」
セレーネは、離れた所で野営具の設置をしているリジェネとラソンを横目で見た。いつの間にかラソンはリジェネの手伝いに回っている。
視線に気づいた2人がこちらに、気まずい視線を向けた。話が聞こえていたらしい。目が合った途端にわざとらしく視線を逸らす。
ラソン「オレは別にないだろ」
セレーネ「嘘。キウイ残してるトコ、ちゃんと見てるんだから」
ラソン「仕様がねーだろ。見た目変だし、食べても気持ち悪いし……」
ラソンがセレーネに言い訳していると、こっそり退散を試みていたリジェネにセレーネが気づく。逃すまいと引き留めるセレーネ。
リジェネ「ぼ、僕はちゃんと食べてますよっ」
セレーネ「どの口が言うのかな~。ペペローネにトマトと、野菜の食いつきが悪いのは誰かしら?」
リジェネ「うぐっ、だって苦いんだもん」
セレーネ「だからって、お肉ばかり食べて良い事にはならないわよ!」
彼女が言ったペペローネとはピーマンの事である。セレーネVSリジェネ&ラソンの口論が炸裂。
しかし、数で優位のはずである2人が明らかに劣勢だった。旅をしている関係上、料理人の立場は強い。完全に弱みを握れている体で項垂れる2人。すっかり絞られたようだ。
食に関する説教を終えたセレーネは、好き嫌いをなくしてやるぞーと意気込んで叫ぶのであった。




