第53話 ヤミに紛れて
リーヴェ達が魔法都市キルファンに到着した頃、アズガルブ帝国の帝都アトラチスタでは。
都内にある天空神樹信教の総本山たる大教会。大司祭の私室に入る1人の男がいた。男は入出早々に大司祭へ礼をとり、話ができる位置まで移動する。
大司祭「敬虔なる子羊よ。化神様を見つけたというのは誠ですか」
シャモ「はい。襲撃の最中、私は確かに見たのです」
大司祭「ほう」
シャモ「翼の有無までは確認できませんでしが、魔の才と人知を超えた清浄な力。容姿も我々にはない美しさをもっておりました」
間違いありません、とシャモは断言した。
報告を聞いた大司祭は祈りを捧げるかの如く両手を組む。各地の信者から得た情報が、間違いでない事に感謝を捧げる。
大司祭「おお……それはまさに、神が我らに伝えたもうた化神様に違いあるまい! 人知を超えた力が、ついに我らの手にっ」
シャモ「大司祭様。これで、我らの願いも聞き届けられるのでしょうか」
大司祭「もちろんですとも。神は信ずる者すべてをお救い下さるのですから」
手を解いた大司祭は、机に置いてあったベルを鳴らして聖騎士を呼ぶ。
このベルはマナ結晶を加工した物である。大司祭の持つ風のベルを鳴らすと、各部屋の炎のベルが共鳴して光る仕組みになっている。鳴らす回数で細かい調整を行い、任意のベルを共鳴させることができるのだ。炎に風を吹き込むと光る、という性質を応用している。
魔法のベルは、キルファンで考案された設計によって作られた産物の1つであった。
聖騎士「何用で御座いますか」
大司祭「敬虔なる子羊によって化身様の行方がもたらされました。直ちにお迎えに上がりなさい……シャモ貴方も同行し、間違いがないようにお願いしますよ」
聖騎士「御意」
シャモ「謹んで、お引き受け致します」
シャモと聖騎士は深々と頭を垂れた後に退室する。足音が遠ざかり静寂が戻ってくると、おもむろに大司祭が非兆しからロザリオを取り出す。銀で出来たロザリオは、翼を広げた天使が十字架を抱え涙を流している様を模していた。
大司祭「黒翼の神よ、貴女様の導きに感謝致します」
ロザリアを掲げて祈りを捧げる。そこへ扉をノックする音が室内に響いた。
丁寧にロザリアを仕舞い、入りなさいと返事をする。普段は持ち歩いているが私室にいる時だけは、何かの拍子に紛失しないよう決まった場所に仕舞っておく事にしているのだ。
大司祭の言葉を待って、翼をもつ男が毅然とした態度で入って来た。相手を見た途端、大司祭の態度が急に恭しいものに変化する。
大司祭「これは使者殿、よくぞお出で下さいました。して、此度はどのような……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【タルシス辞典 ファンゴ・ルチェルトラ】
種族 虫 属性 ‐ 全長 約3.5m 体重 約90.0㎏ 弱点 魔法
ガルビィダ湿原に生息するトカゲの魔物。見た目だけだったら、ウーパールーパーに近い。
汗腺から汗の代わりに泥を表出し全身を保護している。泥膜を纏っている間は攻撃が効き辛い。基本的には奥に住み、時々餌を求めて出没。主食は湿原に生息する魔物や魚類(肉食)だが、非常に大食漢で空腹時は見境が無くなるだけなくしつこい。細長い舌を使って獲物を捕食する。
強力な熱(炎)の魔法で泥を無力化すると……。湿度が高い所でしか生息できない為、湿原からは出ない。
勝てない時は、奴が苦手としている植物の花粉で怯ませてから逃げよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
キルファンについた日の夜。
辺りが静かになってきた頃に、リーヴェはこっそりと宿を出た。
ラソン「ん、なんだ」
静かゆえに聞き取れた物音に気付き、窓から外の様子を覗き込んだラソン。2階の窓から、リーヴェが宿を出ていくのが見えた。女性が1人で出かけるには危険な時間帯だ。
ラソンはリーヴェを追うために部屋を出る。
セレーネ「ちょ、危ないじゃない」
ラソン「悪い。ちょっと急いでるんだ」
部屋から出てすぐに、風呂から上がってきたセレーネと衝突しかかる。セレーネは落ち着きのないラソンに眉を顰めた。
事情を手短に会話して一緒に宿を出る。リーヴェの姿は既に見えなくなっていたが、窓から見た情報を頼りに方向を絞って走った。
けれど、すぐに進む方向が予測できなくなり周囲に視線を巡らせる。
セレーネ「いないね。もう良いんじゃない? 宿で待ってようよ」
ラソン「いや、けどさ……リーヴェはまだ気にしてる筈だろ。変に思い詰めてたりしないか、心配でさ」
セレーネ「うーん。確かに、あたしよりは我慢するタイプだと思うけど」
言い過ぎた? いや、間違った事を言ったつもりはない。それとも別の悩みか何かだろうか。
一応言っておくと、今までの道中でリーヴェだけは夜中に1人歩きする事はしなかった。夜遊びをするという印象も受けない。ラソンやセレーネは自主練などで出歩く事はあったが。
今までやってこなかった事を急にやられると、どうしても気になってしまう。何かあると思ってしまうのだ。
クローデリア「あらぁ? お2人とも、こんな所でどうしたのですか~」
2人「うわっ」
唐突に無警戒だった方向から声がかかり驚く2人。
相手がクローデリアだったのに気づいて安堵する。丁度いいのでリーヴェを見変えなかったかと尋ねた。彼女はつい先程見かけたと言って北側の道を示す。
彼女が示した方角にあるのは「祭街」と呼ばれる昼夜の遊戯場が建ち並ぶエリアだ。
夜は男女の遊び場から、不良が屯しそうな空間、ひっそりと佇むバーなど様々な種類の施設が建ち並んでいる所。
昼間に行けば、ゲーセンに似た趣旨の店や運動ジムのような場所のほうが目立つ。時間帯によってガラリ雰囲気が変わる場所なのだ。
今の時間帯なら当然……。
2人「まさか……」
クローデリア「んん、問題でもあるのですかぁ?」
2人の表情に青筋がたった。
ラソン「なあ、クローデリア」
クローデリア「はい?」
ラソン「天空人の成人年齢って、知ってるか」
クローデリア「わたくしが知る限りだと、20歳だったと思いますがぁ」
あくまで知り合いから聞いた話であるが。
まったく違う想像をし、2人の表情に緊迫したものが含まれた。
セレーネ「急ごう」
ラソン「ああ」
ラソンとセレーネは血相を変えて走り出した。クローデリアも慌てて後を追う事にする。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リーヴェは、路地の奥でひっそりと開店していたドワッフ商会を訪れていた。場所は宿に来ていた客から聞いて知ったのだ。
店に立ち寄ったリーヴェに気づき、地精人種の男性が笑顔を作る。
スコル「いらっしゃませ。何をご所望ですか?」
リーヴェ「すまん、客ではないんだ……そのちょっと頼みがあって」
客ではないと言われてキョトンとなりつつも、嫌な顔をせずに話を聞く姿勢を作るスコル。リーヴェの容姿を見て、妹から聞いていると知人に接する態度に切り替わっていた。スコルはルココの兄だったのか。
リーヴェは湿原での出来事と、過去の恐怖体験についての事情を簡単に話す。本題は、と先を促してくれたスコルに、リーヴェは躊躇いがちに口を開く。
リーヴェ「泥人形を、作ることはできないだろうか……出来れば動く奴を」
スコル「要するに『秘密の特訓』ですね」
リーヴェ「あ、いや……そのっ」
直球で図星をつかれ、あたふたと変な動きをしてしまう。言い辛い事をはっきり言われると恥ずかしい。
反応に困っているリーヴェに、スコルは「泥人形くらい、お安い御用です」と笑顔で答えてくれる。
周りに迷惑が掛からないように、広くて見つかり難い場所へ移動した。できるだけ人目を気にして移動したが、道中でラソン達に姿を目撃されていたことには気づかない。
ちょっとズレた特訓かもしれないが、リーヴェは何かしないと気が済まなかった。
魔物に襲われるのは嫌なので、都市の比較的に人気がない空き地にやって来たリーヴェとスコル。
スコル「準備は宜しいですか?」
リーヴェ「よろしくお願いします!」
適切な距離間を計り、スコルは持っている大きな槌で地面を軽く叩いた。ボコッと土が盛り上がり、空気中の水のマナを吸って泥の人形となる。人型、獣型、虫型などの様々な形のものを作った。
まだ、泥人形は立っているだけだ。大きさは、一番大きいものでも人間の大人くらい。
スコル「どうですか?」
リーヴェ「うっ……まだ、平気だ」
ただ睨み合っているだけなのに、既にちょっと気持ち悪い。鉱石の街ピエスでドロトカゲと会った時を思い出す。やっぱり、あのドロドロとしたモノが苦手だ。
続いてスコルは、生成した泥人形に指示を出してゆっくりと歩行させた。動きを与えてみる。
リーヴェ「ひっ」
スコル「あ、動くとダメなんですね」
立っているだけでも少しは動いていたが、ある程度大きな動きをされると我慢できなくなるらしい。早い、早いぞ自分。これ程早く音を上げていては先が思いやられるぞ。
幸いにもまだ距離がある。リーヴェは落ち着くために、一度瞼を閉じて深呼吸した。ゆっくりと呼吸を数える。
スコルも、まだ泥人形をリーヴェに近づける事はしなかった。リーヴェが再び瞼を開ける。
震える足を這うようにして自分から距離を縮める。まるでフェンシングをするような特徴的な姿勢で、ゆっくりと地上を滑る。
自分でも変な動きをしていると感じなくもないが、身体が勝手にやってしまうのだ。後少しと言う所まで近づき、突きを放つ動きで素早く人形の表面を触る。水を掻くように微量の泥を攫って払う。
リーヴェ「…………」
やっぱり気持ち悪い。
リーヴェは触ると同時に後ろへ飛び退ってしまった。勢いよく息を吐きだし、荒めに呼吸を繰り返す。いつの間にか呼吸を止めてしまっていたようだ。手を激しく振り、付着した泥を振るい落とす。額には汗が滲んでいた。
何もしていない泥人形を相手に、近づいて触るだけでこんなに苦労していては戦うなんて……できるのだろうか。しかも、湿原や過去に対峙した奴はもっと大きいのだ。
また遭遇する可能性だってあるのに。
リーヴェ(気が遠くなりそうだ……)
スコル「リーヴェさん、ちゃんと触れましたね。……大丈夫ですか」
リーヴェ「ああ、なんとか」
どっと疲れたような気がして、倒れ込むように座り込むリーヴェ。
彼女の様子を見たスコルが泥人形をいったん仕舞って傍に座った。ひと言ふた言声をかけながら、相手の気持ちが落ち着くのを待つ。
スコル「そういえば。僕、リーヴェさんの話を聞いて気になった事があるんですけど」
リーヴェ「うん?」




