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第50話 ガルビィダ湿原を抜ける為に

 ガルビィダ湿原を進むリーヴェ達は、突然の雨で朝から足止めを食らっていた。ここガルビィダ湿原ではよく雨が降ることで知られている。


リジェネ「ついてないですね」

商人「なぁに、ここの雨は短いから午後には止むさ」


 キャラバンの屋根に雨よけの布を通してテントを作り、折り畳み式の机やいすを設置してお茶を楽しむ。交代で見張りをしながら雨が止むのをゆったりと待った。


クローデリア「雨雨ピチャピチャ、ふっふふふ~ん♪」

セレーネ「1人だけ元気よね」

クルイーク「はっはっ、精霊の嬢ちゃんは雨が好きか。良いねぇ、何事も楽しめるってのは」


 クローデリアは雨具も使わずに水が跳ねるのを見て上機嫌だ。身体が雨に濡れるのも厭わずはしゃいでいる。雨に濡れる彼女の髪や頬はより一層艶めいて綺麗だった。


青年「お嬢さん、雨に濡れるのもいいが程々にしておけよ」

女性「ねぇ、旅人さん。雨が止むまで1曲演奏してくれないかしら」

クローデリア「は~い、今行きま~す」


 クローデリアが水溜まりを弾きながら走り寄ってくる。

 泥が跳ねている事は間違いないが、不思議なことに彼女の服には汚れ1つない。テントの下まで来た彼女に近くにいた人がタオルを渡してくれた。身体についた水滴を拭き取って椅子に座り、そっと楽杖器に手をかける。


クローデリア「リクエストは御座いますかぁ?」

女性「そうねぇ、明るい曲がいいわ。気分を上げたいし」


 彼女は笑顔で応じ、楽し気な曲を爪弾き始めた。春に目覚めた動物達が元気よく走り回り、雪解け水が清らかな歌を奏でる……そんな感じの曲だ。

 クローデリアの紡ぎだす音色はいつも透き通っていて心地いい。今回は柔らかさも内包していた。瞼を閉じて、つい聞き入ってしまう。


リーヴェ「自然と優しい気持ちになれるな」

リジェネ「ずっと聞いていたいですねぇ」

セレーネ「同感。クローデリアは本当にいろんな楽器が弾けるのね」

クライス『キキィ~』

ラソン「あ、オマエいつの間に出て来たんだ? ま、いっか」


 気がつくとひょっこり顔を出した妖精達の姿もある。

 皆、彼女の奏でる音楽に惚れ込んでいた。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆


 【サブエピソード28  特別なブレンド】

 雨宿りをしている間の事だ。リーヴェ達は、オーグラシアで喫茶店をしているという男にお茶を入れて貰っていた。


セレーネ「んー、コレすっごく美味しい!」

リーヴェ「独創的だがいい味だな」

リジェネ「? 僕にはちょっとわからないですね」


 子供だねぇ、とセレーネに茶化されて機嫌を損ねるリジェネ。細やかな笑い声が響く中で、雨が止むまでの時間を楽しむ。

 セレーネがお茶を絶賛したのを聞いた男が上機嫌で話をする。


男「こいつを生み出すのに本当に苦労したよ。他では味わえない物にしたくてね、それはもう各地を渡り歩いたものさ」

セレーネ「へぇ、じゃあ珍しい茶葉でも使ってるの?」

男「おーっと、詳しくは言えないなぁ。けど、1国ものでは作れないとだけは言えるかな」

セレーネ「拘ってるのね。わかるわ~」

男「お姉さんもお茶にこだわる人かい?」

セレーネ「違う違う、あたしは料理のほう。正直いってドリンク系とお菓子系は苦手なのよぇ」


 どんどん話が盛り上がって行く2人。料理の話を楽しそうに話す2人を、リーヴェ達も暖かい気持ちで見守っていた。理解できない部分もあるが、聞いているだけでも興味深い。

 話にまったくついていけなかったリジェネがウトウトと船を漕いでいる。今はそっとしておこう。

 セレーネは早くに血縁者を失い、料理は全部おばさんから学んだ。祖母がお菓子作りが上手だったと聞いてはいるけど、実際に教わることはなく死別してしまった。母の作る味もあまりよく覚えてはいない。


男「で、このお茶ができた訳だよ」

セレーネ「すっごい冒険をして来たのね。お店にはもう出してるの?」

男「それは、これからさ」

セレーネ「そっか、好評だといいね。あたしは好きだし、応援してる」

男「ありがとう」


 ごく自然に「いずれ飲みに行く」という話になる。

 旅に出て、料理の話ができる人で出会えたことを素直に喜ぶセレーネである。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 キャラバンの人々と楽しいひと時を過ごしている間に雨は過ぎ去り、おき去りにされた雫が葉をつたって音を立てる。湿った空気の匂いを肌に感じながら、ゆっくりと移動を始める一行。どこからかカエルの声が聞こえてくる。

 危険を回避しつつ進み、あと少しで湿原を抜けられるという所まで来た。


御者「どうどう、こりゃあ参ったな」

リーヴェ「どうかしたのか?」

御者「前を見てみなよ。奴らだ」


 キャラバン隊の足が唐突に止まる。御者に進行方向を示されて目を向けるリーヴェ。

 前方の通り道をカエルの姿をした魔物の群れが塞いでいた。全長は約1.0mで、体色は青に白の水玉模様がある「ギフトフロッシュ」と呼ばれる魔物だ。


 御者や商人の話によると、ギフトフロッシュは強力な毒袋を肩の後ろ辺りに持っている。仲間意識が強く、1匹が攻撃を受けると離れた所にいる同族が一斉に襲い掛かってくるのだそうだ。おまけに強い刺激を与えると舌にある管から毒を飛ばしてくる。

 奴の毒は微量でも即死する可能性のある危険な物だった。


クルイーク「厄介なヤツが出たな」

クローデリア「戦いますかぁ? 今わたくし、と~ても調子がいいですわよ~」

セレーネ「ダメよ。うっかりキャラバンの人に当たっちゃったら不味いじゃないっ」

リジェネ「他の道を迂回してはどうでしょうか」

御者「いいや、湿原のこっち側は分かりづらい沼地が多い。下手したら沼に沈んだまま戻れなくなるぞ」


 魔物の群れから十分に距離を取って相談する一行。相談の合間にも、クルイークの仲間達が魔物の動向を監視し適度に報告してくれる。魔物達はまったく動く気がない。

 まあ、魔物も野生に変わりはないのだから仕方のない事だが。


リーヴェ(戦わずに通り抜ける方法、か)

リーヴェ「ギフトフロッシュの気を引いている間に通り抜けてはどうだろうか」

クルイーク「気を聞くってーと、餌をやるとかだよな」

セレーネ「あの魔物、何食べるの?」

商人「主に淡水魚ですね。ここの沼に生息してる」

ラソン「魚か……釣り竿とかあるか?」


 生憎釣り竿をもっている人はいなかった。ただし、ここにはリーヴェ達以外にも頼れる人々が大勢いる。皆の知識を繋ぎ合わせ、持っているモノや近くで見つけたものを使って即席の竿を作り出した。強度とか細かい所はちょっと自信がないが、今は魚が釣れればそれでいいと思う。

 エサは湿原で適当な虫をクルイーク達が集めてきてくれた。


セレーネ「ぎゃー、ウネウネ虫!!」

ラソン「セレーネ静かにしてくれ。上手くつけられ……うわっ」

セレーネ「びゃあぁぁっ」


 折り曲げた針に餌をつけようとしていたラソンの手から虫が滑り落ちてしまう。驚いた拍子に近くに置いていた箱をひっくり返し、中に入れていた虫が脱走。セレーネの悲鳴が更に過激になる。

 さすがにこのままでは釣りにならないので、セレーネに戻るよう促して脱走した虫をかき集めるラソン。


リーヴェ「大丈夫か?」

ラソン「ああ、ちょっと逃げられちまったが問題ないだろ」

リーヴェ「悪い」

ラソン「別に謝る程のことじゃないだろ」

リーヴェ「だが……」

ラソン「ま、謝るんだったらセレーネにな」


 騒ぎを聞き、距離を取って釣りをしていたリーヴェが様子を見に来た。

 魔物がいるので2人1組で釣りをする事になったが人選を間違えてしまったようだ。話には聞いていたはずだが、リーヴェはセレーネの苦手な物に対する認識が薄かったのである。完全に失念していた。

 釣りを再開しよう、と促されて元の場所に戻り釣りを再開する。後でセレーネにちゃんと謝ろう。



 数時間後、釣りを終えたリーヴェ達が互いの成果を報告する。

 素人もいたので数は少なかったが、4・5匹は確保することができた。


リジェネ「釣りって結構難しいんですね」

ラソン「まあな。少ないが、これだけいれば十分なんじゃないか」

リーヴェ「上手くおびき寄せられればいいが」

クローデリア「それで、誰が囮をするんですか~?」


 全員が一斉に静まり返る。

 リーヴェ達が望めば、クルイーク達にお取りを頼むこともできるだろう。戦力を分けるという選択肢もなくはない。だが――。


リーヴェ「私達でやろう」

ラソン「おう、オレ達なら多少の事なら切り抜けられるしな」

リジェネ「強力な毒を吐いてくるのは、こ、怖いですけど」

セレーネ「別に戦闘する訳じゃないし、当たらなきゃいいのよ」

リジェネ「簡単に言わないでくださいよ!」


 ごめん、とセレーネが謝る。別に油断している訳ではない。セレーネだって怖いからこそ、大したことではないと思いたいのだ。

 リーヴェ達は必要な行動を確認した後、クルイークらにキャラバンを任せて配置についた。


 準備ができた事をよく見て判断し、合図とともに釣り竿に使った竿の先に魚を取りつけて魔物の群れに向かって放る。


魔物「ゲコゲコッ」

魔物「ゲコ~!!」

リーヴェ「よし食いついた。逃げるぞ」


 魔物の反応を見計らって移動開始。つかず離れずの距離を保てるよう走る速度に注意を払う。

 魔物の群れが離れていく。距離を取って待機していたクルイーク達とキャラバン隊が慎重に動き始める。出来るだけ音をたてないように気を配り湿原の外を目指す。


クルイーク(無事に帰って来いよ)


 問題の場所を立ち去る際に、クルイークは一行と魔物達が去って行った方角を見返しながら心中で呟いた。湿原を抜けた先でリーヴェ達が来るのを待つことにする。



リジェネ「凄い勢いで追ってきますよ」

ラソン「アイツら意外と素早いな」

クロ―デリア「走りづらいですぅ」

セレーネ「足元に気を付けてっ」

魔物達「ゲコゲコゲコ~」


 足元の悪さと視界の狭さが相まって、逃走劇はなかなかに厳しいものとなっていた。

 相手は足に水かきをもっていて動きが滑らかなのに対し、リーヴェ達は足を取られそうになるのを必死に堪えながら走り続ける。姿勢を崩しそうになるのを避けるために無理な姿勢になる事も多く体力を使う。


 10分も走り回れば、十分に息が上がる。キャラバンからは距離が離れた。どこかに隠れらる場所はないかと視線を動かすリーヴェ。

 視界が悪くて見づらいが、進行方向の右横に隠れらそうな穴が見える。穴の周囲には豊かな茂みや木々。


リーヴェ「皆、あそこに隠れよう」


 返事はないが気にしない。声に出す余裕がないのだろう。

 必死に走ってリーヴェが示した穴に身を隠す仲間達。リーヴェが竿を振り、先の道に竿ごと餌を放り投げた。すぐにリーヴェも姿勢を低くして茂みに隠れる。魔物の群れは迷わず餌につられて行く。

 出来るだけ遠くへ飛ばしたつもりだが、魔物が引き返してこないとも限らない。しばらく茂みの隙間から様子を覗う。

 魔物の群れは見えない。


セレーネ「行ったみたいね」

リーヴェ「そのようだ」


 念入りに観察し、警戒はしつつも穴や茂みから出るリーヴェ達。


クローデリア「後は戻るだけですね~」

ラソン「さすがのオレも風呂に入りたくなってきたぜ」


 べっとりとした汗が気持ち悪い。ラソンの言葉に全員が同意を示す。セレーネがぱたぱたと服に風を通す仕草をし、ラソンとリジェネが急いで目を反らした。

 クローデリアがさり気なく注意を促して止めさせる。


魔物「ゲコッ、ゲコー!?」

全員「っ!!」


 魔物の声が聞こえてきて戦闘態勢をとるリーヴェ達。

 しかし、現れたのはギフトフロッシュではなかった――。

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