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第45話 白と黒の邂逅

 医者を見送ったリジェネ達は、リーヴェの横たわる部屋へ様子を見に立ち寄った。

 リーヴェは目覚める気配もなく眠り続けている。呼吸も安定しているようだ。リジェネ達は話をするために別室のほうへ移動する。


リーヴェ「……………」

 

 皆が退室した部屋に1人残ったリーヴェの精神体は、ベッドで眠る自分の姿を見つめていた。

 まず身体に戻れるかを確認する。適切な方法は知らないが、触れてみたり、思いつく限りの手段を試す。が、やはり無理か。もしかして夢を見ている状態に近いのか? うーん、わからん。


 触れる訳ではないが、傍に置かれた剣の上に手を乗せて物思いに耽る。自分が神樹の御子である事、御子が特定のものを浄化する力がある事は思い出せた。

 だが、新たに気になる事が生まれた。記憶にある浄化行為は、今回ほど倦怠感を感じるものではなかったはずだ。疲れはするが倒れるほどではない。浄化の際に力を妨害される感覚があったのも妙だ。


リーヴェ「確かに、生物に対して浄化を行った事はなかったが……」


 力を一定範囲内に広く発揮させるのには苦労したが、今までは膨大な量のマナに対して浄化を行ってきたのだ。確かに神樹という力を使う際の主軸を合わせるものがあって、自分の傍を通過するマナに浄化を行っていたという違いはある。

 今回浄化したマナ、負の活力は、リーヴェがこれまで一度に浄化してきた量に比べれば少ないのだ。


リーヴェ「ならば、浄化とは別に身体へ負荷をかけているモノがある?」


 思い出せた記憶を探るが、思い当たる内容を見いだせなかった。

 そこで事情を知っていそうなリジェネの様子が気になってくる。リーヴェは、仲間達が向かったであろう別室へ移動を開始した。


 落ち着いて話をするべく別室に移動したリジェネ達。各々に好きな場所で楽な姿勢をとる。


セレーネ「お医者さんにも原因がわからないなんて」

ラソン「やはり黒い靄が原因なんじゃないか?」

クローデリア「ですが、リジェネさんは大丈夫そうですよ~」


 3人がリジェネに注目した。リジェネの反応が鈍いので何度か呼びかける。

 頭の中がリーヴェの事でいっぱいのリジェネは驚いた。鼓動が跳ねるのを、深呼吸で落ち着かせ皆に向き直るリジェネ。


リジェネ「な、なんですか」

セレーネ「リジェネは身体平気なの?」

リジェネ「はい、どこも異常はないですが」

セレーネ「良かった。けど、じゃあなんでリーヴェだけが倒れたんだろう」

 

 恐る恐る壁をすり抜けて、リーヴェが部屋に入ってくる。

 意外とすんなり抜けられるんだな。壁を抜けられなかったらどうしようとか、痛くはないのかなとかの不安はあったが。ほっとひと息ついてから仲間達の様子を覗う。


 視点はリジェネ達に移る。

 ラソン達には倒れた原因が過労以外にしか思い至らない。半ば間違ってはいないとリジェネは言った。やっぱり彼は何か知っているようだ。リーヴェもリジェネがどう答えるのか気になって仕方がない。

 リジェネは一度扉のほうに目を向けた。扉の所に何かを感じる。


ラソン「リジェネ、扉がどうしたんだ」

リジェネ「いえ、なんとなく誰かがいるように感じたので」


 不審に思ったラソンが確認に向かうが、誰もいないぞと返された。おかしいな、凄く身近な気配がした気がしたんだが。


セレーネ「それでっ! 話してくれるの、くれないの?」

リジェネ「ちゃんと話します。ですが、これから話すことは他言無用でお願いできますか」

ラソン「ま、ここにいる連中の口はそんなに軽かないと思うぜ」


 「な?」とラソンが全員に同意を促す。他の2人が無言で頷く。全員の同意を見届けて、リジェネはおもむろに話し出した。

 リジェネは初めに、リーヴェが「神樹の御子」という立場だという事を伝える。御子の主な役目は、神樹が正常な状態を保てるように「浄化」というお役目を務めているのだ、と。


リジェネ「ただ僕も、浄化によって具体的にどんな手助けをしているのかはわからないんです。マナの汚染を清めることができるとしか」

クローデリア「倒れた原因についてはどうですか?」

リジェネ「御子特有の疲れが出たのは間違いない、と思います」

ラソン「確かに、アレだけの力を使えば疲れるのは当然か」


 素人の目から見ても、黒玉から異常なものを感じていたのは確かなのだ。黒い靄もアラビアンサハル内全域に漂っていた。それが、リーヴェの一太刀から発せられた力が消し去ったのを皆が見ている。

 この話を聞いて気になったことをラソン達が尋ねた。前にも同じような事はなかったのか、と。


リジェネ「僕が知る限りだと……ない、ですね。姉さんは歴代随一の力を持つ御子で、神樹が消える少し前に『力が思うように使えない』と言っていた以外は特に」

リーヴェ(やはり、そうだったのか)

セレーネ「力が上手く使えないって何故だろう?」

ラソン「本人に聞こうにもあんな状態だしな。記憶喪失に含まれてたりも」

リジェネ「最初はそうでしたけど、今は……」


 どっちにしろ当人がいなけらば話が進まない。部屋で眠っている彼女の様子も気になる所だし、他に気になる点はリーヴェが無事に目覚めてからにした。

 クルイークらの到着を待ちながら自由時間をとることにして解散した。


 ※パーティ解散中は、リーヴェ(精神体)も操作することができます。彼女を操作する場合は壁抜けと浮遊は出来ますが、一部の機能や行動が制限されますので注意しましょう。



 再びリーヴェのいる部屋に戻ったリジェネ。

 姉の様子を見て、特に今する事が思いつかず傍の椅子に腰かける。ウエストポーチから呪符の入った入れ物を取り出す。自然と肩から力が抜けて下がった。


リジェネ「どうしたらいいんでしょうか……」


 兄さん、心の中で呟く。今彼が思い浮かべている兄は1番上の第1王子の事だ。第1王子である兄は、王子達の中で唯一魔法の才をもっている。今持っている呪符を作って渡したのも兄だ。

 もしもこの場に兄がいてくれたら、どれほど心強いだろう。頭ではわかっていても、勝手に無理な願望を抱いてしまう。


リジェネ「姉さんは姉さんで大変だし、やっぱり言えないよ」


 あの事だけは、どうしても言えない。リーヴェにも、誰であっても。

 じっくりと呪符を見つめて思案する。


リジェネ「確認は、しておかないといけないよね」

リジェネ(姉さんがこの先もと望むなら、渡さないとだよね)


 この先も、御子の力を使い続けるのなら。

 リジェネは決心が鈍らないのを確認してから呪符を仕舞った。今日はずっと姉さんについて夜を徹するつもりだ。

 リジェネは気合を入れて看病にあたった。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 【開かずの間に潜む女性】

 リーヴェ(精神)は、以前鍵がかかっていて入れなった倉庫へやって来ていた。前に来たときは人気もなく倉庫だったという事で、強引に調べる必要はないと判断しすぐに立ち去ったのだ。


リーヴェ「……何かいる?」


 倉庫から、微弱な紫色の波紋が出ているのが覗える。

 今は精神体だからか、普段見えなかった気配やオーラを可視化できるようになっていた。どちらもあまりに弱かったり、意図的に隠されていたりすると感じ取るのは難しい。

 今ならば、壁を抜けて中の様子を見られるだろう。それに自分の姿を見られる心配は殆どないと言っていい。中が気になったリーヴェは、慣れない所作でそっと壁を抜けた。


 倉庫内はガランとしていた。倉庫と言う割に物が少ない。

 けど、特に変わった様子はないな。


???「あーら、随分と変わった客人だこと」

リーヴェ「誰だっ!!」


 リーヴェはあるはずもない剣を構える姿勢をとり、声のする方を探して振り返った。

 倉庫の入り口から一番遠い場所の、大きな荷物が積みあがった場所に1人の女性が膝を組んで座っている。明らかに足がつかない位置に座り、近くには登れる場所や降りる場所もなかった。どうやって座ったのだろう。


 見た感じだと年齢は2・30代といったところで、顔立ちや髪の色合いは天空人っぽい印象を受ける。具体的に言い換えるなら、髪は白から紫のグラデーションで瞳は空のように青かった。

 白っぽい髪は天空人によく見られる色だが、白金色などは地上人にだっている。だが彼女の場合は、毛先のほうが紫に変化しているので少なくとも地上人ではない。肌は黄褐色。

 女性は威圧的な視線を送り、優雅に足を組み替えて口を開く。


???「そうねぇ、とりあえずアティスとでも呼んで頂戴」


 相手が名乗って来たのでリーヴェも名乗り返す。

 アティス、奇妙な人物だ。彼女の輪郭は曖昧で、時より別の姿が被って見える。倉庫から発せられていたのが、抑えられた彼女の気配によるものだとわかった。とても人のものとは思えない気配だ。

 あれこれと考えを巡らせていると、アティスがリーヴェから何かを感じ取った仕草を見せる。


アティス「貴女、御子ね」

リーヴェ「………………」

アティス「ふふ、隠しても無駄よ。あたしには解るんだから」

リーヴェ「……私が御子だったとして、貴女になんの関係がある?」


 アティスが高い笑い声をあげた。リーヴェの警戒が増す。


アティス「確かにそうね。でも、御子と言うのモノは本当に碌でもないものよ」

リーヴェ「貴女に決められる事ではないだろう」


 彼女に、御子の何がわかるというのだろう。天空人だと言うのなら、多少は知っていてもおかしくはないが、それでも御子本人にしかわからない事もある。こんなことを言われる筋合いはなかった。

 少々ピリピリし始めるリーヴェを他所に、アティスは悠然とした態度を崩さない。リーヴェは怒りを鎮めようと努めながら彼女の様子を覗った。感情的になり過ぎてはいけない。


アティス「そんなに怒りに燃えて良いのかしら? 貴女は御子なんでしょ」

リーヴェ「…………」


 いちいち逆なでする言い方をしてくるアティス。

 初対面の相手にここまで言われるのは正直不快だが、だからと言ってこちらまで態度を荒げてはダメだ。会ったばかりの相手に掴みかかるなんてはしたない事はリーヴェにはできない。

 落ち着け、落ち着くのだ。


アティス「うふふ、御子って不憫ね。……歴代の御子も、皆そうやって」

リーヴェ「ん?」


 小声で言った後半の言葉とともに、アティスの瞳に悲壮と陰りが宿る。

 一瞬だけ見せた切ない表情に毒気を抜かれてしまったリーヴェ。知らぬ内に全身から余分な力が抜けていく。彼女もまた、訳ありの様子だった。

 ポカンと突っ立っているリーヴェを見下ろして、アティスは再び毅然とした態度に戻る。


アティス「さ、もうお帰りなさい。御子、せいぜい足掻くと良いわ」

リーヴェ「待て、まだ話が」


 アティスがリーヴェに向けて右手をかざす。

 言い終わる前に、リーヴェはアティスの不可視の力によって外へ弾き出された。



 リーヴェを追い出し1人倉庫に残るアティス。

 退屈そうに足をぶらつかせながら、先程の邂逅思い返してクスクスと笑った。


アティス「ふふ、まさかこんな所で同類に会えるなんてね」


 すぐに笑みを引っ込めてため息をつく。随分と感情の起伏が激しいようだ。

 御子なんて、碌なものじゃない。御子だったために失うものもあるし、苦しめられる事もある。御子なんてなければ、あの人は。


 地上界(こちら)に来て、ことさらに感じた。

 地上人(アーシィアン)なんて勝手だ。だから、御子にはそれを思い知らせてやるの。御子の役目なんてやるだけ無駄、この世界に、人々に救う価値なんてない事をあたしが教えてあげるのよ。

 当代の御子よ、せいぜい足掻くと良いわ。どの道アレは、そう長くは持たないだろうけど。


アティス「はぁ、あの人の気配も何処かへ行っちゃったし……あたしも行こっかな」


 ふぁさっと黒いマナの翼を出して高い積み荷の上から飛び降りる。危なげなく地上まで降りて行き、足が地につくと静かに翼を仕舞う。

 乱れた髪や服を整えてから、アティスは人知を超えた力を用いてフッと姿を消したのだった。

 以前投稿した「タルシス辞典」の地上人のルビが、シの所をスと間違っていたのに気づき修正いたしました。

 正しくは「アーシィアン」です。混乱させてしまってごめんなさい。

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