第41話 御子のチカラ
未探索の場所は、南奥と西側のしょっちゅう壁崩れを起こす建物の3階を残すのみになっていた。
壁崩れの仕掛けは元々は隠し扉だったが、経年劣化によって壊れているために1度きりの仕様になってしまっている。
結果としてリーヴェ達が通った場所は壁が穴だらけで、考古学者が見たら悲鳴を上げそうなありさまだ。歴史的な遺産だと思うだけに、申し訳ない気がしてくるが諦めるしかないだろう。
戦闘のほうも、装備替えをしたリジェネの動きは大分向上された。槍に比べると装備品の攻撃力が低めだが、リジェネ自身のステータスが攻撃寄りなので気にならない。
むしろ騎乗できない不利を見事に補えるほど、俊敏力に多少の補正がかかっている。短剣の装備ステータスの賜物だろうか。スキルも素早いものが多い。槍は突き以外の動きが割と大振りになるので、短剣のようにはいかないのだ。十分な間合いを取って戦える利点は大きいのだが。
クローデリア「あらぁ? ここの扉、鍵がかかってますわ~」
リジェネ「本当だ、これでは先を確認できませんね」
セレーネ「こっちもよ。押しても引いてもダメ」
ラソン「うお、ごっつい南京錠だな。鍵は……見当たらねーな」
そりゃそうである。おそらく盗賊の誰かが持っているか、安全な場所に保管してあるはずだ。
階段を上がってすぐ右の扉をクローデリアとリジェネが、2人の横の扉をセレーネ、一番奥の突き当りの前にはラソンがいた。道は一本道で左手は窓が連なり、一番奥にいるラソンの後ろ姿もちゃんと見える。
リーヴェは窓から外の様子を覗いた。まだ結構な人数が残っており、目撃情報を頼りに集まってくるのが見える。階段からも次第に声が近づいてくるのが聞こえてきた。
リーヴェ「開けられないのなら長居は無用だ。他の道はあるか?」
ラソン「ここに非常口があるぜ。鍵もかかってない」
リーヴェ「よし、そこから外へ出るぞ」
全員が頷き、合流した後ラソンが見つけた扉を開けて外へ。
扉を開けると先は螺旋階段が続いていた。落ち着いて螺旋階段を下っていく。仲間の疲労も考え、避けられる戦闘はしない。各個撃破もいいが、少数精鋭で挑んだ以上は頭目を無力化して統制を崩すことを優先する。
それでなくても、リーヴェは人と戦うのは苦手だった。相手が誰であれ、戦わなくていいなら戦いたくはない。前の時とは違い、今は仲間もいるし装備や道具も充実している。精神面も前よりずっと冷静だ。
リーヴェ達はやむを得ない戦闘になる度、罪悪感を覚えずにはいられないのだった。
物陰や入り組んだ通路を上手く利用して、最後に残った南奥の一際立派な建物へ侵入する一行。
出来るだけ避けたがそれでも何度か戦闘になり、ここまでの過程でラソンとセレーネのレベルも1ずつ上がった。
黒い靄が濃いほうを目指して進むリーヴェ達。
薄暗い場所を歩いていた時、リーヴェ達目掛けて白刃の輝きが掠める。
セレーネ「きゃあっ」
リジェネ「わっ」
リーヴェ「敵、どこだ!」
反射的に白刃を避ける。今まで感じなかった場所に、強烈な殺気が顕現していた。だがよく見えない。
妖精石の中にいたクライスとエルピスが、壁に油の入った溝があるのを相棒に伝えてきた。2人の声にリーヴェがブリッツ・クーゲルを放ち、効果が切れる前にクロ―デリアが魔法で壁の溝に火をつける。
炎が壁を走り、部屋全体を明るく照らし出す。かなり広い部屋だ。この灯りさえあれば、何度も灯りを灯さなくていいだろう。白刃を振り下ろしてきた敵の姿が露になる。
クルイーク「くっくくく、よく来たな」
盗賊団のボス「クルイーク」が現れた。
クルイークの背後には鍵のかかった鉄格子の扉が見える。さらに奥には禍々しい大きな黒玉が輝いていた。黒玉から黒い靄が発生している。
リーヴェ「あれが靄の発生源か」
クルイーク「おっと、奥の部屋へは行かせねぇーぜ」
リーヴェ達が黒玉に目を向けると、視界を遮るようにクルイークが立ちはだかる。どの道、鍵がないので戦うしかない。リーヴェ達は手を添えていた武器をとり、戦闘態勢を整えた。
こちらの敵意を感じ取ったクルイークの腕輪が妖しい光を放つ。
クルイーク「うおおおおー!!」
ラソン「な、なんだ!?」
リーヴェ「奴の様子が変わった?」
目視できるほどの強力な黒いオーラが彼を包んでいる。
クルイークの全ステータスが大幅に上昇した。引き換えに、彼の瞳からは理性が殆ど失せている。本能のままにサーベルを振り回すクルイーク。素早いリーヴェとセレーネは回避を、ラソンとリジェネは受け止めて防御した。
ラソン「ぐっ、お……重い」
リジェネ「がぁっ」
リーヴェ「リジェネ!」
防御しきれずに吹き飛ばされ、壁に背を強打するリジェネ。胸を押さえ激しくせき込む。リーヴェが駆け寄って素早くヒールをかけ、セレーネが攻撃で敵の体勢を崩させラソンを助けた。
ラソン「サンキュ」
セレーネ「どういたしまして。皆! 防御は極力避けてっ」
全員「了解」
ラソン「回避は得意じゃねーけど、しゃーねぇよな。翼閃斬っ」
リジェネ「てぇーい、やあっ」
クローデリアが仲間の攻撃に合わせてバフをかけ支援。
ラソンが攻撃を躱しながら精風刃を中距離から連射する。距離を詰めすぎなければ、ラソンでも回避することができた。けれど、あまり離れすぎては壁役としての役割を果たせないので、距離の調節が難しかった。
リジェネは幻爪刃を使用。残像が残るほど素早く動き回っての10連撃だ。確率でマヒを付与できるスキルだが、今回はかからなかった。直後に破霊斬で消費した分のMPを回収する。
クルイークは防御をほとんどしてこないが、代わりに物理攻撃には強いようだった。いや、どちらかと言えばHPが高いのか。HPを半分削るのに時間がかかる。
セレーネ「連蹴乱舞! 火十連撃っ、今よ」
ラソン「おう、烈風断滅砕」
リジェネ「月流閃」
リーヴェ「エルメキア・ランス」
月流閃は、刃にマナを纏わせて回し切りをし、波紋状の刃を飛ばす光属性の範囲技だ。射程は短い。
セレーネに隙を作ってもらい、一気に畳みかける。よし、ようやく半分まで削ったぞ。
クルイーク「ゔおおぉぉー! 死ねやー!!」
リーヴェ「なにっ」
敵が禍々しいオーラを纏わせた刃で、強力な範囲攻撃+俊敏力デバフを繰り出した。続けて確率で衰弱を付与する攻撃もしてくる。
クローデリアを除く、前衛に出ていたメンバー全員に攻撃が命中してしまう。中距離にいたリーヴェも、2撃目の射程にギリギリ入ってしまっていた。オーラが刃の射程距離を僅かに伸ばしている。
クローデリア「大変、アコール・メドレー」
クロ―デリアが即座に、各種デバフに対応した接続曲を奏でた。魔法陣は3重円の中に薔薇の花が大きく描かれた図だ。足元の魔法陣から出現した花弁が彼女の周りを優雅に舞う。
味方全体のデバフ(呪い以外)がすべて解除された。
ラソン「サンキュ」
リーヴェ「助かった」
他2人「ありがとう」
敵の大技が終わり、攻撃の手が緩んだ隙をついてリーヴェ達の反撃が再開される。
少しずつ確実に敵のHPを削っていく。HPがある程度減るごとに、強力な範囲攻撃とデバフを放ってくるのが厄介だ。
しかも付与してくるデバフは毎回異なり、攻撃力、防御力、俊敏力の3種類をランダムに繰り出す。衰弱のほうは、レッドゾーンになった直後にもう1度放ってきたのみだ。
リーヴェ「後もう少しだ。皆、気を抜かずにやるぞっ」
全員「おー!!」
疲れはあるが、終わりが見えてくると不思議とやる気が出てくる。
敵の攻撃を掻い潜り、連携して攻撃を加えていく。味方の治癒も状況に応じて分担し、的確にサポートしていった。自己バフができる者は、そちらも駆使してダメージを上げていく。
MP残量がキツくなってきたセレーネが炎照球を敵に放る。相手が人という事もあり、敢えて直撃を避け武器に当たるように投げた。爆発と衝撃で攻撃のタイミングを乱され、ラソンとリジェネに向かっていた刃が反れる。
リジェネ「隙あり」
ラソン「でりゃぁぁ」
クルイーク「ぐああぁぁぁっ」
刃の軌道をすり抜けた2人が、残りわずかな敵のHPを削りきった。HPが1になったクルイークが地に倒れ、目に見えていた禍々しいオーラが消失する。
リーヴェ達は、見事クルイークを撃破した。クローデリアがLv32になった。
ラソン「リーヴェ、これを」
ラソンが倒れた男の懐から鍵を探り出し、リーヴェに投げて渡す。
昏倒しているクルイークを仲間達に任せ、リーヴェは奥の扉に走っていく。鉄格子を探り、見つけた鍵穴に鍵をさして奥へと進んだ。入室の際、先に敵が待ち構えていないことを確認する。
リーヴェ(よし、誰もいない)
気配も探るが大丈夫のようだ。ゆっくりと慎重に足を進める。
奥へ進むほどに靄が濃くなり、思わず袖で口元を覆う。別に吸い過ぎても死にはしないが、天空人の身体に害があることに変わりはない。こんな所で意識でも飛んだら十分に大事だ。
――御子、負の活力を浄化せよ。汚染されたマナを正常な状態に戻すのだ。
リーヴェの中では絶えず、この言葉が繰り返されている。ラソン達に力の一端を発揮した時から聞こえていた言葉。最初はぼんやりとだったが、今でははっきりと身に刻まれている、自分が成すべきことだ。
リーヴェには、黒玉から負のエネルギーが溢れ出しているのが感じ取れた。まずは発生源たる玉を何とかしないと始まらないだろう。少しずつ、御子に関する記憶が蘇ってきている。
そうだった、御子の力とは……。
リーヴェ「…………」
リーヴェは黒玉に手をかざし瞼を閉じる。内に宿る力を感じ、呼びかけ、引き出す。
彼女から暖かい光が溢れ始め、黒玉を含めた辺りに広がっていく。しかし――。
リーヴェ(っ、力が上手く定まらない)
光が明滅し、強弱が不安定になった。一定以上に広がって行かない。
何かに邪魔されている? 力が思うようにならない。
リーヴェ「はぁ、はぁはぁ」
リジェネ「姉さんっ」
ラソン「おい、大丈夫なのかよ」
セレーネ「止めた方がいいんじゃない?」
苦しそうに呼吸を乱すリーヴェの様子に、仲間達の間で動揺が走った。
見ていられなくなったラソン達が止めに入ろうとするのを、リジェネの声が制止する。
リジェネ「姉さん、白翼のプラチナソードを使って下さい!」
リーヴェ「え……」
リジェネに言われて持っている剣に視線を向けた。サブ枠に装備していた初期からの剣は、リーヴェの御子の力に反応して淡く輝いている。光は弱いながらも脈打つように波うち、持ち主にその存在を伝えていた。
リーヴェが剣を引き抜いて先ほどと同じように力を使うと、弱かった剣の輝きが強さを増していく。不安定だった力を、上手く集め高めてくれているのがわかった。この剣には、こんな機能があったのか。
どうして今までは反応しなかったのだろう。もしかして、気づいていなかっただけなのか。
リーヴェ「これなら……」
リジェネ「今こそ、浄化を!」
リジェネの言葉に周囲が驚愕している中、頷いたリーヴェが黒玉に向き直り剣を構えた。
御子の力を帯び、光り輝く刃を振り上げ……気迫とともに振り下ろす。
リーヴェ「はっ」
――キンッ。
小気味よい金属音とともに黒玉にヒビが入り、次の瞬間には真っ2つに割れた。中に入っていた黒いモノが消失し、玉は透明な白に変色する。
刃に宿っていた御子の力が、光の波紋となって周囲にスッと広がっていく。光が通過する際、人々に憑いていた汚染マナの穢れも一緒に取り除いた。同時に彼らが身に着けていた黒い宝石が、次々と砕けていく。
投稿が遅くなりすみません。
暑さと情報や設定の整理などで頭がやられてました。
本当にごめんなさい……。