第38話 謎の声、再び
盗賊団のアジトを目指して砂漠を進むリーヴェ達。
地図と情報の確認に飛ばしたクライスの働きで、正確な位置を掴んでから町を出立した。目的地である「アラビアンサハル」は、オアシス沿いに逆時計回りで行った先にある。途中でヌアビス霊園の傍を通り抜けなければならず、アンデットの遭遇率は他よりも高い。
一行は、クライスに上空から敵の接近を監視して貰いながら道中を進んだ。
首都の裏手から緑地帯を突っ切ればいいと、地図を見た限りでは思うかもしれないがそれは無理だ。距離的にはどっちにしろ大した差はないうえ、首都裏手の緑部分は軍の演習場は施設群があるエリアで当然壁がある。
昔はアラビアンサハルのすぐ近くまでオアシスがあったが、少しずつオアシスが縮小し現在の場所に都を移動したという歴史があった。後から渓谷側にもう1つオアシスが湧き出した、というのも大きな理由だ。
水のある所に町ができるのはどこでも一緒だが、砂漠の町では特に大事なことである。
セレーネ「あーもう、どうしてこんな場所にアジト作ったのよ!」
リーヴェ「文句を言うな。盗賊にも事情があるのだろう」
リジェネ「そうですよ……きっと廃墟でも物がある場所のほうがアジトを作りやすかったんじゃないですか?」
クローデリア「熱いですぅ~、お水~お水に浸かりたいですぅ」
ラソン「小舟が使えたらな……」
オアシスの傍には一応小舟がある。しかし水はアンデットを防げないし、他の魔物も水辺を求めてやってくるので小舟で近道にするのは難しい。不安定な足場で戦うのは危険だ。
ボーン系は水中に沈んでしまうが、アンデットは呼吸をしていないので問題なく活動できる。だが、マギサ以外のボーン系は攻撃手段がなくなるので脅威にはならない。それ以前に、ボーンは率先して多種に寄ってはこないのだ。
問題なのはコールファンテのほうである。奴らは人に向かっていくうえに、水中でもある程度は泳げてしまう。深さが足りなければ、ほぼ確実に襲ってくるのだ。
この国では貴重なオアシスの水が汚れるのを避けるために、夜間での水辺作業は禁止されていた。アンデットは呪いを持っている個体が多いので、通常の生物の比ではない被害となるだろう。
唯一水場での戦闘で不利にならないのは、種族特性によって水中戦闘が可能なクローデリアだけである。
海がない地上界では航海するような大船はほとんどない。大船があるのは川移動がある他の3国だけだ。食用魚がいる訳でもないオアシスで大船は使う意味がないのだ。
――御子……は……、早く、浄……。我を…………せよ。
リーヴェ「っ、また」
リーヴェ(前に聞こえた声だ。この声はいったい)
リーヴェは足を止め、周囲に視線を向ける。左右に首を回して声の主を探した。
しかし、誰もいない。自分達だけである。リーヴェの様子にラソンが気づく。
ラソン「どうした、なにか見つけたのか?」
リジェネ「姉さん、具合でも悪いんですか」
リーヴェ「なんでもない」
セレーネ「本当? 無理しちゃダメよ」
ラソンの声に反応し、他のメンバーも気づいて振り返った。浮かない顔のリーヴェを心配する。
自分でも説明できない感覚を伝えるのは難しいし、体調も悪い訳ではない。無用な不安を抱かせまいと、リーヴェは平常通りの様子で返答した。
リーヴェ「風の音だったようだ。本当になんともない」
ラソン「なんかあったら言えよ」
クローデリア「皆さんの言う通りですよ~。こんなに暑いんですもの、気を付けないと~」
リーヴェ「ああ、ありがとう」
きっと気のせいだ、と思うことにしたリーヴェ。今は盗賊団が優先だ。
リーヴェ達は再び、目的地を目指して歩き出した。
野営時での夜。
皆が寝静まった頃、見張りをしていたリーヴェは町で拾った指輪を眺めていた。
リーヴェ「…………」
いろんな角度から壊れた指輪を観察する。
拾った直後は確かに黒かった宝石。何度確認しても、今は透明な白だ。
リーヴェ「やはり、今はなにも感じないな」
リーヴェ(魔法的なモノが施されていた形跡はあるが……)
あの黒い石に感じたモヤモヤは、今の石には感じなかった。宝石の中にあった何らかの力が消失したから、だろうか。マナ結晶とも違うようだし、普通の宝石にしか見えない。
でも、何故だろう。酷い胸騒ぎを感じる。
リーヴェ「これは……なにか……」
適当な言葉が思い浮かばない。自分が感じたモノが明確に何かわからないからだ。言葉にする以前の感情か、感覚か、そんな感じである。
――御子よ、心せよ。この先に…………が。
リーヴェ「は、誰だ。お前はいったい……」
ラソン「ふあぁぁ、リーヴェ誰と話してるんだ?」
リーヴェ「っ、あ、ああ。ラソンか」
驚かせないでくれ、というリーヴェにラソンは眉をひそめて言った。
ラソン「じきに交代の時間だろ。最初に皆で決めたじゃないか」
リーヴェ「え、ああ、そうだったな」
リーヴェは、言われて時刻計を確認する。確かに交代の時間になっていた。
ラソンは伸びをして身体を起こしている。彼に目覚し効果のある飲み物を手渡す。リーヴェの手から飲み物を受け取ったラソンが、焚火を囲むように腰を下ろした。
湯気の出ている飲み物に、息を吹きかけてから口をつける。のどを潤してほっとひと息をつくラソン。
ラソン「で、独り言か? やっぱり、ここんとこ変だぞ」
悩みなら相談にのるぞ、と優しく声をかけてくれるラソン。
リーヴェ「いや、悩みという訳ではないんだ。ここのところ、妙な気配を感じたような気がして」
ラソン「妙な気配? 魔物とは違うのか」
リーヴェ「違う、と思う。不吉な感じではないから」
ラソン「そっか、なんなんだろうな……天空人特有、とかかな」
どうなんだろう、もしそうならリジェネに聞けばはっきりするのだろうか。最近のリジェネの様子を思い出そうとするが、意識がそれていたこともあり見落としがあるかもしれない。
念のためラソンに、最近のリジェネが自分みたいな反応をしていたかを確認してみる。だが、リジェネの様子に気になるものはないと言われた。
なら、自分だけがこうなのだろうか。考えてもわからない。
リーヴェ「はぁ……」
ラソン「ま、元気出せって。とにかく、今日はもう休んだほうが良いぞ」
リーヴェ「ああ、そうするよ」
話を聞いてくれたことに礼を言って、リーヴェは女性用のテントに向かっていった。旅の人数も増えて、今ではテントを複数使っている。
その頃、テントの中にいたリジェネは膝を抱えて項垂れていた。
偶然にも2人の会話を聞いてしまったのだ。昼間から気になっていたことに間違いはなかった。
リジェネ(昼間の様子はもしかしなくても……やっぱり、戻ってきてるのかな)
喜ばしい事なのだろうけど、ずっと望んでいた事だけど。でも。
リジェネ「まさか、思い出したのかな。……あのことも」
リジェネ(だったら嫌だな。姉さん)
姉さんはきっと、全ての鍵を握っている。早く思い出して欲しいと思う反面で、思い出して欲しくないと思う事もある。僕はどうしたらいいんだろう。
もし全てを思い出して、それで……また、あの時が再来したら。
リジェネ(その時は、僕が)
僕が、やらなければ。皆に、家族に代わって生き残った僕が。
リジェネは震える身体を抱え、その時が来ない事を願いながら不安な夜を過ごした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【サブエピソード25 純粋な疑問】
砂漠を歩いている最中の事だ。
サボテンA「ボボーン♪」
サボテンB「ボヨボーン♪」
サボテンC「ボーンボン♪」
クローデリア「いや~ん、どうして追いかけてくるのですかぁ」
来ないで~、とサボテン群団から逃げ回るクローデリア。
サボテンのほうは、別に襲ってくるわけでもなくただ彼女の後をついて来るだけだ。
セレーネ「あはは、完全にごちそうを強請る子供ね」
リーヴェ「クローデリア、今行くっ」
クローデリア「ああ~ん、あっちへ行ってぇ」
リジェネ「ダメですよ、水を上げちゃあ」
サボテン、いやアイルカクタス達は飛んでくる水に大はしゃぎだ。クローデリアは完全に冷静さを欠いている。彼女を助けようと奮闘するリーヴェとリジェネだが、カクタスらは全然相手にしない。
アイルカクタスは基本的に防衛目的以外で戦いを挑むことはしないのだ。
ファラ砂漠の生態系は、日中に活動するものと夜行性とで大分性格の傾向が区別できる。日中の生物は魔物であろうと温厚な気性が多く、夜行性は好戦的で人をよく襲う種類が多い。
カクタスらは、水をもっとくれとばかりにクローデリアへ殺到していた。
ラソン「にしても、あの見た目で男女がないのか」
セレーネ「全然そうは見えないけどね」
精霊人に性別はないが、彼女は完全に女性体形だ。
セレーネほどではないが胸だってあるし、バランスのいい体形をしている。でも本体はどんな感じなんだろう。ラソンとセレーネはスライムっぽい事くらいしか知らない。
ラソン「性格的にみても、性別をつけるならゼッテー女だよな」
セレーネ「ラソン、変な意味はないよね」
ラソン「失敬だな。仲間をそんな目で見たことなねぇぞ、オレ」
セレーネ「ならいいけど」
リーヴェ「ラソン、セレーネ。2人も魔物を追い払うの手伝ってくれっ」
リーヴェがこちらを睨んでくるので、2人も武器を構えて加勢する。
時間はかかったが、無事カクタスらを追い払うことに成功した。安全を確保できたので気になっていた疑問を口にするラソンとセレーネ。
2人の疑問とは、精霊人の宿体と本体についてだ。宿体と本体は同じ姿形をしているのだろうか。
クローデリア「この身体は、わたくし用にオーダーメイドして作りしたわ。本体の持つ力を最大限に使えるように特殊な方法を用いて作りますの」
本体と宿体の姿形は同じだ。彼らの宿体には他にもいくつかの機能が備わっている。
例えば言語の発声を助けたり、実態が曖昧な彼らが物に触れるのを助ける役割があった。言語の発声は宿体を介して聞き取れる音に変換しているのだ。
精霊人は、基本的に精霊言語という特殊な発音の言葉を使っている。
クローデリア「わたくし達も一般で使われている言葉を話せますが、発声器官が皆さんと少し違うので発音しづらいのですぅ」
テレパシーを使って意思疎通をすることも可能だが、こちらは精霊人以外の人相手だと酔ったりしてしまう人もいるのだ。精霊人との相性が悪い人だと、頭痛や眩暈など体調にまで影響が出てしまう場合もある。
だからこそ、出来るだけテレパシーでの会話は控えたいのだとクローデリアは説明してくれた。
精霊人もいろいろと大変なんだな、と感じたリーヴェ達である。