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第17話 謁見を終えて

 案内係の女性に先導され、宮殿の回路を進むリーヴェとリジェネ。

 回廊のすぐ横はそのまま外に繋がっていて、円柱の合間から美しい中庭が見えるようになっていた。中央には立派な白石の噴水がこぽこぽと水をたたえている。噴水の傍にはベンチが配置されており、適度に灯りもあるので全体をある程度見渡すことができた。


リジェネ「なんか、すごい事になっちゃいましたね」

リーヴェ「ああ、だが悪い話でもない」

ラソン「おーい。ちょい待ってくれ」


 2人で歩きながら話していると、後ろからラソンが走ってくる。ラソンに礼をとる案内係に、彼は軽く受け答えを返し、その後を引き受けて女性を下がらせた。


ラソン「2人とも悪かったな。急にこんなこと頼んじまって」

リーヴェ「それは構わないが、いったいどういう経緯なんだ?」

ラソン「ああ、それな……」


 ラソンが2人に数時間前の出来事を語った。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 数時間前、玉座の間に呼ばれたラソン。

 室内に入ったラソンは、王座から少し離れた窓際に立つ国王の姿を見つけた。国王は声に反応してチラリと息子を見たが、すぐにまた外に顔を向ける。


国王「来たか。ラソン」


 これは不安を隠せない表情を他者に見られたくない時にする態度だ。その証拠に、うっすらと窓ガラスに映り込んだ国王の姿は憂いに満ちている。真面目な父は、例え息子相手であっても王として立っている時は毅然とふるまう。

 ラソンにはそれがわかっていたので、気にせず国王に言葉を投じた。


ラソン「父上……いえ陛下、いいかがなさいましたか」

国王「うむ。実は、お前にリヴィエール公王宛の親書を託そうと思ってな」

ラソン「親書、ですか」


 国王が頷く。ラソンに背を向けたまま空を仰ぎ、言葉をつづけた。


国王「お前も知っていると思うが、ここ最近の災害や魔物被害は急激に拡大を続けておる」

ラソン「はい」

国王「このままでは、民が限界を迎えるのも時間の問題。私も手を尽くしたが、もはや一国で手に負える案件ではない」


 魔物の狂暴化は神樹消滅から起きてはいたが、少なくとも近年になるまでは狂暴化もそれほど酷くはなかった。ほんのちょっと魔物が強くなったという具合でしかなかった。これは騎士や兵士を派遣すれば事足りるくらいで、民にも注意を呼びかけ魔物の苦手な物を使うなどをし、魔物に襲われないよう対策もしてきた。


 国王もラソンのお忍びに気づきながら今まで黙認してきたのも、近年の魔物の脅威に対抗するための苦渋の決断であった。我が子を危険にさらすのは忍びなかったが、戦闘の訓練は幼少の頃より徹底してきた。騎士の実戦訓練にも同行させてきたし、魔物の知識も最低限身につけさせた。

 少なくとも、鍛錬を積んでいない一般の民よりはずっと戦えるだろう。すべては民を守るためだ。本人も、自分なりに考えて外を渡り歩いていることも知っている。


国王(若い頃の私のようだな……)


 自分も息子と同じくらい頃は随分とやんちゃをした。目の前で、どこかで傷ついている者がいると知っていて、ジッとなどしていられなかった。そこが本当に似ていると思う。

 国王は気づかれないよう深呼吸をし、ラソンに向き直った。


国王「ラソン。親書をもってオーグラシア公国へ赴き、貴国との協力体制を取り付けて来るのだ」

ラソン「っ! はい!」

国王「では、すぐに同行する護衛の者を手配しよう」

ラソン「お待ちください」


 ラソンは国王の傍まで近寄り、片ひざを折り顔を伏せる。国王が僅かに眉や唇をしかめた。


ラソン「今の時世で貴重な兵を私に割くのはお止めください。同行者の人選、私には信頼に足る心当たりがございます。どうか私に、彼らと交渉する機会をお与えください」

国王「護衛の兵くらいは割く余裕があるのだぞ。その者は、言うほどの逸材であるのか?」

ラソン「はい。もちろんでございます」


 現在この国では、魔物や天災以外にも問題が浮上していた。それは隣国カンディテーレ共和国が、急激に軍備を強化しているという噂が巷で流れていることだ。確証がある訳ではないが、カンディテーレとは昔からそれほど友好的だった訳ではない。


 そんな状況で兵を同行させることはおろか、大人数での移動で刺激するのは得策ではないと感じた。ラソンとしては、少人数で旅人を装って移動したいのだ。

 当然国王も承知のはずであるが、立場上は親書を持たせた者を護衛もなく送り出す訳にはいかないのだろう。国王は黙して検討する。


国王「よし。では、その者を宮殿(ここ)に呼ばせよう。おい」

側近「はっ」


 側近が国王の言葉に応じ、ラソンからリーヴェ達の特徴や名前を聞いて退出していく。未だに姿勢を崩さないラソン。


国王「いつまでそうしておる。立ちなさい」


 ラソンがゆっくりと起立した。


国王「今回はお前の要望通りとしよう」

ラソン「ありがとうございます」


 ラソンは国王に礼をして退出しようと歩き出す。部屋を出る直前、ラソンの背中に国王が控えめな声を投じた。


国王「常々言っているが、私の前では膝まで折る必要なはい」

ラソン「……申し訳ございません。気を付けます」


 ラソンは一言応えて、玉座の間を退出した。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 壁に背中を預けて簡潔に語り終えたラソン。争いが起きる可能性があるという隣国との内情を聞き、目を伏せるリーヴェ達。中でもリジェネの反応は少し違っていた。


リジェネ「じゃあ、ピエスで聞いた話は本当のことだったんですね……」

リジェネ(どうして……どうして地上人は……)

ラソン「リジェネ、知ってたのか。立場上、確証のない事を率先して言う訳にもいかなくて……言い出せなかった」


 すまん、と謝るラソン。リーヴェもリジェネも返す言葉が浮かばない。


リーヴェ「ふぅ、今はこの話保留にしないか」

リジェネ「姉さん」

リーヴェ「まだ確証はないんだろう。なら、今は私達にできることをするんだ」


 気にするなとは言わない。だが、捕らわれていては進めないとリーヴェは思っていた。リーヴェの言葉に、2人も強引に状況を呑み込んだようだった。

 気持ちを切り替えたラソンは、2人が都でのことを聞いた。国立資料館でのことをラソンに話す。


リーヴェ「ラソン、頼みがあるんだが」

ラソン「なんだ?」

リーヴェ「学術的観点からみた近年の神樹明滅現象と、守護天神話という書物を持っていないだろうか。あったら貸して欲しいのだが」

ラソン「いいぜ。守護天神話なら持ってるし、もう1冊も確か弟が持ってたはずだ」


 快く承諾を得て、リーヴェ達はまずラソンの私室へと向かう事となった。



 ヴァンバオール宮殿は全体を通して3階建て+屋上になっている。

 左右の塔は5階建てで、中央の本殿とは別に、騎士団本部兼兵舎として設けらた別殿と脇に隣接する厩舎と車庫・倉庫。本殿裏手の庭と本殿の中心に噴水付きの中庭があった。中庭のちょうど真上には屋上部分の四方から渡り回廊が伸び、そこから細い尖塔が高くそびえている。


 空中回廊の間には透明な板が張られ、尖塔はかなり特殊なつくりをしていた。具体的には尖塔内部の中心に、結界を生み出している風のマナ結晶が棒状に伸びている。この結晶の恩恵もあって、下に十分な数の柱もなく塔が建っていられるのだ。要するに結晶の力で半ば浮いているのである。

 特に尖塔が建っている位置と噴水の位置が重なっているから、ここに柱の類があると景観が悪くなるという理由で今の造りになったと思われた。


リーヴェ「ここがラソンの部屋か」

ラソン「まあ、入れよ。少し荒れちゃいるがな」


 ラソンの私室は宮殿の2階、東側南寄りに面した奥の突き当りにあった。

 ここ本殿2階は主に王子達の私室があるフロアである。3階が王と妃の私室があるフロアで、1階が使用人や食堂、浴室、奥に玉座の間などの主要な施設が密集している。2階にも一部使用人の部屋があるが、これは王子達になにかあった時に備えての配置でもあった。客間も主に2階に集中している。


リジェネ「わぁ、僕家族以外の方の部屋に入るのって初めてでドキドキします」


 リジェネは、初めて友達の家にお邪魔したような軽い興奮状態だ。リーヴェはその辺りの感情には鈍いようだった。

 ラソンの部屋は落ち着いた青系の壁や布、白の家具で統一されていた。

 東に壁際に天外付きのベッドが置かれ、入り口脇には調度類や鑑賞樹などが一定の間隔を保って配置されている。本棚はベッド横のスペースに文机と並んで置かれていた。窓際には寛ぐためのソファーと低いテーブル。全体的にスッキリとした印象の室内だった。


ラソン「えーと、どこだっけかなぁ」

リーヴェ「…………」


 ドタバタと本棚をひっくり返しているラソン。

 自分がどこにしまったのか忘れてしまったのか、使用人が片付けたからわからないのか知らないが凄い音がした。本棚は割と大きく、収められた蔵書数も相当ある。机の上にも数冊積みあがっているし、床やタンスの上にもいくつか置いてあった。

 どの書物にも大量の付箋が張られており、何度も読み返している感じだった。ラソンは見た目よりも読書家のようだ。整理整頓は苦手そうだが。


ラソン「あった。ほれ、守護天神話」

リーヴェ「ありがとう」


 リーヴェは貴重品「守護天神話」を手に入れた。


リジェネ「これ、随分読み込んでるんですね」

リーヴェ「本当だ」


 渡された書物を見ると、ページの端からたくさんの付箋が覗いていた。

 ラソンが照れ臭そうに指で頬をかく。


ラソン「ソレ、単に取り忘れてただけ」


 どうやら、読みこんでいたのは随分前のようだった。


 続いてリーヴェ達は、反対側の突き当りにあるイセスの私室に行った。扉をノックする。扉越しに返答があり、しばらくしてから扉が開く。ラソンが声をかけたので、自分から出迎えたのだろう。


イセス「お待たせしてすみません。どうかされましたか? 兄様」

ラソン「ちょっと頼みがあるんだが、今いいか」

イセス「どうぞ」


 イセスが一行を室内に招き入れる。

 イセスの私室は、ラソンの部屋の色違いで緑系と白で統一されていた。彼と初対面のリーヴェとリジェネがそれぞれに自己紹介をする。イセスも丁寧に自己紹介を返した。


ラソン「イセス。オマエ確か、神樹明滅現象の学術書を持ってたよな」

イセス「はい。それなら所持していますが」

リーヴェ「イセス王子、申し訳ないのですがその本をお貸し願えないでしょうか」


 少し気になることがあって旅に持って行きたいのだと伝える。もしかしたら、この世界を救う手掛かりになるかもしれないのだと。リーヴェが「お願いします」と頭を下げると……。


イセス「わかりました。少々お待ちください」


 イセスが目当ての書物を取りに移動する。ラソンは彼に付き添って、その間にオーグラシアへ行くことになったことを伝えていた。イセスの表情は少し寂しそうだった。

 イセスの部屋はラソンの部屋に比べて綺麗に整えられていたので、思いのほか早く1冊の書物を手に戻ってくる。


イセス「どうぞ。返却のことはあまり考えなくて大丈夫ですよ。何でしたら差し上げます」

リーヴェ「だが、それでは……」

イセス「お気になさらず。その本の内容はすべて暗記していますので」


 年齢の割にサラっと凄いことを言っている気がする。大人びて見えるが彼はまだ幼い。なのに、彼が渡してきた書物はリーヴェでもちょっと意味がわかりづらい難解な内容のものだ。


リジェネ「本当にいいんですか王子」

イセス「はいっ」

ラソン「こういう時のイセスの言葉はマジだぜ」

リーヴェ「でしたら、お言葉に甘えさせていただきます」


 3人はイセスに改めて礼を言う。彼も笑顔で応じてくれた。

 リーヴェは貴重品「学術的観点からみた近年の神樹明滅現象」を手に入れた。

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