第16話 国王からの依頼
リーヴェ「この資料を見る限りだと、神樹の異変と連動して何事かが起きているように感じるが……」
果たして本当に関連性があるのだろうか。まったく無関係とはさすがに思えないが、かといってここに記載されている現象すべてが神樹ひとつのせいとは考えれなかった。
ただ、それでも心の底、端には罪悪感に似た申し訳なさがひっそりと横たわっている。なぜ自分がそう思うのか、知っていたはずなのに思い出せない。自分の中に問題の答えがあるのではないか。もしそうなら思い出さないと。
リーヴェ(ダメだ……考えても、これ以上はわかりそうにない)
念のため、リジェネが持ってきた他の書物にも目を通してみる。
内容としてはこうだ。
「新訳 神樹天命論」は神樹は魂の行き来に関係していて、自分達が死んだ後、神樹を渡って神々の世界へ行き天命を授かって生まれ変わる、というものだった。解釈や仮設を述べているような内容。
「童話 神樹と天使さま」は、タイトルを見ればわかる通りおとぎ話だ。神樹と神々についてを、子供向けに着色してお話にしたものだ。
「セフィロトの星名鑑」はセフィロトと呼ばれる星々の詳細を載せた辞典。セフィロトと呼ばれる星々にもそれぞれに個別の名称があり、なにを司っているのかとかを地上人なりに解釈したもののようだった。
でもなんか、この個別の星名を見ていると、妙にイラっとするというか「違う」と叫びたくなる衝動を覚えた。なぜだろうと、よく考えてみる。
リーヴェ(あ、そうか。セフィロトと呼ばれている星、この星の位置にあるものを知っているからだ。例えば……)
リーヴェ「なあ、リジェネ。この名鑑の『ポスタリア』と呼ばれてる星、ここって確か『マルクト』だよな?」
リジェネが少し身をかがめてリーヴェの持つ名鑑をのぞき込む。
リジェネ「そうですよ。商業都市マルクトです」
なにか思い出したのかと問われ、そうではなく今ある記憶の裏づけをしたかったと答えた。リジェネがちょっとガッカリする。
再び名鑑の絵図を眺めて記憶をなぞっていく。
キアル=産業の町ホドニア、ロアーラ=知恵の塔ヴィアンコクマー、スパロース=癒しの街エケブラール……うん、間違いない。道理で違うと思う訳だ。ここに書いてある抗弁も地上人の認識や願望の投影で、リーヴェ達にとっては普通の町や施設、谷などである。
確かに特別な役割がない訳ではないが、名鑑に書かれている内容とは別物だ。簡単に言ってしまえば「勘違い」である。
目を閉じれば、ぼんやりとでも故郷の情景が頭に浮かぶ。リーヴェは懐かしさに尾を引かれながらも、残った1冊の書物「守護天神話」を手に取った。
リーヴェ「これは……神々についての創作か」
リジェネ「どれどれ、ああ確かに。そんな感じがしますね」
でも、と2人は同時に思った。
リーヴェ「まるで魔物図鑑だな」
リジェネ「本当にどこかにいそうな気がしてきます」
2人は同時に声を発していた。互いの言った言葉に驚く。
言葉は違うが、同じ意味合いの解釈を言ったからだ。つまり2人とも、実物がどこかにいるような気がしたのだ。
しばし無言が続く。
リジェネ「と、とにかく。今ここで得られそうなモノはこのくらいですかね?」
リーヴェ「そのようだ」
リーヴェは席をたつ。それぞれに持ってきた書物を手に持ち――。
リジェネ「いくつか持って行きたい気もしますね」
リーヴェ「私達は旅をしてるんだ。借りていく訳にいかないだろう」
リジェネ「はい……」
なんとなくだが、「守護天神話」と「学術的観点からみた近年の神樹明滅現象」は今後も持ち歩きたいと感じた。すぐには必要なくても、どこかで必要に感じるかもしれない。感じないかもしれないが。
もしも必要になった時に、手元にないのは惜しいと感じたリーヴェとリジェネだった。
書物をもとあった位置に戻した後、静かに国立資料館を出た2人。
ゆっくりと階段を下っていくリーヴェの耳の横を、すり抜けていく小さなマナの光。その時。
――御子よ。早く……はやく、我を…………けて……れ。我を…………せよ。急げ、……よ。
リーヴェ「…………っ!」
今のは。リーヴェは勢いよく振り返る。
途切れ途切れではあったが、確かに聞こえた。不明瞭で、神秘的な、男とも女とも判別がつかない不思議な声だった。
助けを求めているように感じた声に、胸騒ぎを覚え、神樹のあったであろう左手上空を見上げる。マナの光以外、なにもない真っ暗な空。柔らかい風に髪が遊ばれる。
空を見上げたまま、右手を胸の前で握るリーヴェ。まるでなにかに誓いでも立てるようなその姿を、リジェネは悲痛と不安が入り混じった面持ちで静かに見つめていた。
静寂を断ち切ったのは、鎧を着た兵士の重い足音だった。
それぞれで想いを巡らせていたリーヴェ達は、足音の響く階下に視線を下ろす。視線を向けた先には、王宮のものと思われる階級章を下げた数人の兵士達がいた。2人は並んで頭に疑問符を浮かばせる。幸い、この辺りはあまり人気がなかったので大きな騒ぎにはなっていない。
一人の兵士が2人の前に進み出る。
兵士「リーヴェ殿、およびリジェネ殿であるな」
リーヴェ達が肯定を示した。
兵士「国王陛下より、そなた等をお連れするよう賜った。ともに来てもらおう」
2人「えっ」
リーヴェとリジェネは、驚愕を隠せないまま兵士達に連れらて行くのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
同刻、シュバルツブルグの執務室。
陛下「くくく、既に運命は動き出した……布石は上々……」
アルフレド郷「陛下、宜しいでしょうか」
執務机の前に座り、なにやら奇妙な独り言を呟いていたルシフェルス陛下は居住まいを正した。ひとつ咳払いをする。
陛下「入れ」
アルフレド郷「失礼致します」
アルフレド郷が厳かな姿勢で入室した。足音を響かせながら机前まで歩いていく。
陛下の前まで歩み寄ると、この国式の左腕を胸の前で水平に横たえる敬礼をした。陛下が手を軽く振って礼を解くよう指示。礼を解いたアルフレド郷が毅然とした声音で進言した。
アルフレド郷「恐れながら、陛下。先遣部隊の指揮系統の人選は、本当にアレで良かったのですか」
陛下「不満でもあるのか?」
アルフレド郷「いえ、そういう訳では。ただ、あの組み合わせに若干の不安要素がございます」
先遣部隊自体は先立って派遣していたが、後になって指揮系を幹部貴族から選出することになったのだ。それ自体はいい。会議に参加できる貴族の誰かを指揮官として配置すれば成功率も上がるはずだ。
問題なのは人選、配置された2人の指揮官のほうだった。それが誰なのかはこの場では省く。
なによりアルフレド郷が危惧しているのは、この重要作戦の一環に「彼」を組み込んでいいのかということだ。「彼」は、この数年に渡り練られてきたこの作戦にずっと批判的だった。少なくとも、本作戦に指揮系の一部を委ねることに疑問と不安を感じえないアルフレド郷である。
陛下「何、奴には監視をつけておる。それに所詮、大したことは奴には出来ぬだろうがな」
アルフレド郷「確かに。申し訳ございません、陛下に私事で意見を申しました」
陛下「よい。話はそれだけか?」
アルフレド郷「いえ、実は別の案件が……」
アルフレド郷は、つい先ほど進展のあった案件をルシフェルス陛下に報告するのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王都パラムエール、ヴァンバオール宮殿。玉座の間。
リーヴェとリジェネはこの国の国王、名をシュヴェアート・M・グリフィード陛下に謁見していた。
同じ室内にはラソンの姿もある。
国王「此度は、突然の呼び出しに足労させた。まず、少々不躾な対応となったことを謝罪する」
表をあげよと言われ、リーヴェとリジェネは顔をあげた。王座に座る国王を見上げる。
王の傍らには、護衛の名目で白い鷲精のクレエトスが付き従っていた。
シュヴェアート王は今年で41歳になった、西洋風のイメージがピッタリとくる男性だ。
頭に王冠を戴き、赤いマントに落ち着いた色合いの衣服を纏っている。右手には白い妖精石のはまった指輪をつけ、髭をゆったりと蓄えていた。
髪は赤みを帯びた茶色で、瞳の色は深い黒。肌はラソン兄弟とあまり変わらない。
ここで少し触れておくと、彼の亡き王妃でありラソン達兄弟の母は、美しい金の髪と色素の薄い茶色の瞳をしていたという。
こうしてみると、国王はラソンほど目立った特徴のない顔立ちだ。似てはいるが。
2人が静かに王の言葉を待っていると、十分な間をおいてから厳かな声が降りてきた。
国王「さて、単刀直入に言おう。本日、我が息子ラソンにオーグラシア公王宛の親書を持たせた。そなた等にはその護衛を頼みたい」
リーヴェ「私達に、ですか」
国王「うむ。息子たっての望みだ。すまぬが、頼まれてはくれぬか」
2人はラソンをチラリと見やる。ラソンは王に見えないよう頼むと訴えてきている。少し申し訳なさそうだ。
なぜそんな話になったのか疑問はあるが、2人は互いに視線を交わした後、王に視線を戻す。断る理由も思い浮かばなかったのでこう告げる。
リーヴェ「わかりました。その命、謹んでお引き受け致します」
国王「おお、そうか。引き受けてくれるか」
国王は続いて「ならば、こちらから幾分かの支度金を渡そう」と言い臣下に目配せした。
臣下がそこそこ大きな袋を持ってくる。リーヴェは恐る恐る差し出された袋を受け取った。緊張が手から伝わりそうだ。
袋は見た目よりもずっしりと重かった。コレ、結構入ってるんじゃないのか?
本当に貰っていいのか、と国王を見つめるリーヴェ。
国王「よいのだ。護衛を引き受けてくれる以上、こちらも最大限の配慮をせねば失礼というもの。この金品で、装備など必要な物を整えるとよい」
リーヴェ「あ、ありがとうございます」
国王「うむ」
これは是が非にでも成し遂げなければならない。
王の言葉が終わり、2人は退場を許されて玉座の間から退出した。その場に残るラソン。
国王「ラソン、わかっておるな。あの者達を巻き込んだのはお前だ。その事を忘れず行動しなさい」
ラソン「はい。承知しております……父上」
ラソンもまた、父である国王に会釈を返してその場を後にするのだった。




