第14話 王都パラムエール
翌日からの道中は、名誉挽回するようなリジェネの活躍が凄まじく快勝が続いた。
前日の鈍足が嘘のようにサクサクと進むことができたのだが、橋に着いた辺りで突然激しい雨に降られてしまう。リーヴェ達は、近くに樹木が茂る場所を見つけて雨宿りをすることになった。
リーヴェ「これは止みそうにないな」
ラソン「ああ、王都まであとちょっとだってのに」
実についていない。今日は意外と調子がよかったのに残念だ。雨さえ降らなければ王都にたどり着けたかもしれない。
しかし、ただでさえ視界が悪い中、本降りの雨の中を進むのは体力を消耗する。一行はやむなくここで野宿をすることにした。川から少し離れた所に場所を移す。
今回は防水性のある布と木々をうまく利用して、焚き火に水がかからないよう野営具を設置した。
暇を持て余したリーヴェは、木陰から雨を弾く草花を見ていたリジェネに話しかける。
リーヴェ「今日のリジェネは頼もしかったな」
リジェネ「本当ですか。嬉しいです」
リジェネがくすぐったそうに照れた。その様子を横目に見てリーヴェも微笑む。
けれどすぐにリジェネの表情が曇り出した。首を傾げてどうしたのかと問いかける。
リジェネ「なんか、こうして雨を見てたら……皆のことを思い出してしまって」
リーヴェ「皆? 天空界のことか?」
リジェネが静かに頷いた。リジェネの口から語られる、空の向こう側に広がっていた世界の話。
1つの国家で成り立ち、これといって大きな争いのない平和な大地だった。今思えば、小さな小競り合い程度で、戦争があったという記録のない世界に生まれたことは幸せなことだったのだろう。
リジェネ「怖いですね、人と戦うというのは。地上界に来て初めて知りました」
リーヴェ「…………」
山賊と対峙した時がまさにそうだった。思い出すと震えがくる。
あちらの世界では魔物としか戦ったことがなかった。あの時は無我夢中で戦ったけど、今思えばとても恐ろしい事だったんだと実感する。リーヴェも同じ気持ちだ。
リジェネ「ダメですね。歩き出したばかりでこんなんじゃ、兄さん達に笑われてしまいます」
リジェネが自分に言い聞かせるように明るい声を出した。リーヴェもそれに乗っかることにする。
ここで少し触れておくと、2人には両親の他に兄が2人と、双子の妹達がいた。兄2人は分家筋になるのだが、諸事情により同じ宮殿内で育った家族だ。
その中でリーヴェは第1王女、リジェネが第3王子である。実際、それほど違いを感じていない。
さあ、王都まであと少しだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
雨宿りを経てリーヴェ達は、とうとう「王都 パラムエール」へと足を踏み入れた。
魔物の侵入を防ぐために、透き通った風の結界が都全体を覆っている。人が通るための大門が西南北にあり、外側には風車が建ち並ぶ。入り口からでも十分に見渡せる町並みは、白と緑で統一されたレンガ造りで非常に美しい。緑に溢れた町並みである。
中でも一番特徴的なのは、都の中心にある高台に建てられた宮殿だ。
西洋風が混ざった丸い卵形をした本殿。その上部は尖塔となっていて風の結界を発生させている。本殿を挟むように東西には高い塔があり、その形状がまるで鳥の翼のようであった。
ラソン「そんじゃオレ、ちょっと用があっから」
都に入るなり、ラソンはリーヴェ達と別行動をしてしまう。
2人は都の入り口に取り残されてしまった。言葉が見つからない。カナフシルトは、比較的広かった風車エリアに待機している。一応、結界の内側だ。
リーヴェ「町を回ってみるか」
リジェネ「それしかなですよね」
土地勘のない人になんの説明もなく行ってしまうなんて、と言いたげなリジェネを連れて歩き出す。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その頃。砂漠の一角では。
娘「ここ、何処よ~」
娘は、絶賛迷子中だった。否、年齢的には「迷子」ではないんだろうが、とにかく迷った。
娘は懐から地図を取り出す。大分使い古されたボロイ地図だ。
娘「えっと……何処だっけ」
よく考えたら現在地がわからないんだった。見ても意味不明だ。
なんで、道が分からなくなる前に地図を見なかったんだろう。ちょっと、当てずっぽうが過ぎた。
目指しているはずの草地がいくら進んでも見えてこない。
娘「う~ん。平原はあっち? それともこっちかな……」
眉を歪ませ、顔を右へ左へと向けて悩む娘。
風で砂が舞い上がる。彼女の問いかけに応える声はない。
――いや、いた。
エルピス『ガルルゥゥ、ガウッ』
テレパシーに近い感じで、石の中の相棒の声が聞こえた。妖精が稀に使う緊急連絡網だ。
首の妖精石が淡く輝き、ぽぅと娘の背後に紅い炎が灯る。
娘は構えたりしない。知っているからだ。これは相棒の妖精が、なにかを伝える時に使う手段だと。そして、今の状況でこの炎が意味するのは――。
娘「こっちなのね、エルピス」
エルピス『…………』
妖精は無言で肯定を示した。なに、いつものことだ。
娘は意気揚々と歩みを再開した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王都パラムエール、ヴァンバオール宮殿の敷地内にある別殿。騎士団本部の対策室。
団長「なにを考えてお出でなのですか、殿下っ」
ラソン「だから悪かったって」
団長「そのお言葉、いったい何度目ですか」
部屋全体に響き渡った騎士団長の太い怒声。その場にいた数人の隊員の肩が跳ねた。反応のほとんどが騎士歴の浅いメンバーだ。ある程度の騎士歴がある者は慣れたものである。
副団長「団長、少し抑えてください。周りの者に悪い影響がでます」
団長「ゴ、ゴホンッ。殿下」
ラソン「はい」
団長「私は以前から言っていたはずです。ご外出の際は、必ず護衛の者をお連れ下さいと」
ラソン「……けどよ、お忍びで護衛をゾロゾロ連れてける訳ねーじゃん」
団長「今、なんとおっしゃいました?」
目をそらし、小言をたれるラソン。だが、眉間に分厚いしわを寄せている団長の耳は聡かった。続いて振り下ろされた、容赦のない鋭い指摘にグサッと心中を抉られる。今まで以上に怖い気がした。
まあ、こんな時世にこっそり城を抜け出したラソンが悪い。それはラソンも感じているはずだった。
それでも、ラソンにだって譲れないものはある。めいいっぱい意思を振り絞って言う。
ラソン「とにかく、報告は済ませたからな。オレはこれで退出させてもらう!」
言うなりラソンは、素晴らしい反射神経を駆使して対策室から駆け出した。
背後では騎団長の制止の声が聞こえてきたが構うもんか。ラソンは、その足でいつもの場所に向かった。
ラソンは本殿の裏手にある庭園に来ていた。なにかあった時は必ず来るお気に入りの場所だ。
クライスを呼び出して、傍のベンチに腰を下ろす。
綺麗に手入れがされた庭だ。何日かぶりに庭園の景色を眺める。
庭園には、赤や青、黄、白などの花々が鮮やかに咲き誇り、翼を広げた鳥や馬、ダイヤの形にカットされた鑑賞樹が植えられていた。垣根で作られた迷路や白い橋とアーチまである。城内に相応しい広大な庭だった。
ラソン「言いたことはわかるんだけどな……」
クライス『キキィ?』
ラソン「だけど、どうしてもダメなんだよ」
クライス『…………』
書面上で書ききれなかったことを、まず騎士団に報告してきたラソン。
本来ならば、真っ先に報告しなければならい人物が他にいるのだが。正直いって、戻ってきてすぐには会いたくない。ものすっごく気まずいのだ。
もしかしたら既に知っているかもしれない、という身勝手な感情まである。
別に嫌いとか、喧嘩をしているという訳ではないが、なんかこう苦手なのだ。場が持たないというか。
ラソン(まあ、後でちゃんと書面にして提出するけどさ)
ラソン「はぁぁ」
???『キチュゥゥン』
クライス『キククッ』
バサバサバサ、と翼を羽ばたかせる音が近づいてくる。
数秒遅れて、地面を走り、クライスに飛びつく小さな影が現れた。その影がなんなのかを確かめるラソン。
ラソン「なんだ、クルイスじゃねぇか」
黄緑色の鷲精、クルイスである。
クルイスは鳴き声こそ立派に成鳥のものだが、翼はまだ不完全で低空を滑空することしかできない雛だ。コイツがいるということは――。
少年「兄様ぁ」
ラソン「やっぱり、イセスか」
イセス「はい。お帰りなさい兄様」
ぱたぱたと駆けてきたのは、10歳の第2王子イセスだった。ラソンの実弟だ。
一応言っておくと、フルネームは「イセス・M・グリフィード」である。
外見はラソンと同じ丹色の髪を綺麗に切り揃え、年相応の顔立ちと体格で瞳の色は少しだけ濃い。少し走り辛そうなゆったりめの衣服を纏い、左手の腕輪に妖精石がはめられていた。
イセスは、久しぶりに会えた兄に少し興奮しているようだ。
クライスのほうはというと、過激にじゃれてくる弟分を軽くあしらっていた。
パッと見た感じだとクルイスのほうが気性が激しそうだった。同じくらいだった頃のクライスのほうが大人しかったな、と思う。
イセス「あれ。もしかして兄様、また怒られましたか?」
ラソン「う、なぜそれを」
イセス「わかりますよ。兄様がここに来る原因が、大体そうじゃないですか」
言われて思い返してみれば確かにそうだった。
イセスが腰に手を当て、少々困った表情をした。
イセス「騎士の皆がいうことはもっともだと、ぼくは思いますよ」
ラソン「ああ、うん。わかっちゃあいるんだ」
頭ではわかってる。護衛が必要な理由や、自分に堪え性がなくて身体が先に動く質なのも。
だが、無理に自分の性格を曲げるのは嫌だ。けど、弟を見ているとたまに思うことがある。カッコ悪いな、と。
ラソン(いいよな……オマエは)
君主としての才能がみえる。少なくとも俺には。誰に比べられるでもなく、そう思ってしまうラソンだった。
するとそこへ、1人の兵士がやって来た。王子2人に敬礼する。2人もそれに応えた。
兵士「ラソン殿下、国王陛下がお呼びです」
ラソン「わかった、すぐに行く。下がれ」
兵士は再び敬礼をして持ち場に戻っていく。
ラソンもイセスと一言交わし、堂々とした足取りで国王のいる玉座の間に向かった。
兄の背を見つめながらイセスは思う。
兄は自分の信じる通りにやりたいだけだ。よく城を抜け出すけど、執務も、稽古も、その他諸々のこともちゃんとやっているのをイセスは知っている。
イセス(兄様は、己の想いに正直なだけです)
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【タルシス辞典 ムートリーフ王国】
地上界シュピッツヘイムの東に位置する大国。風と勇気の国。
この国の出身者には鳥系の妖精がつき従い、王族の血筋には代々「鷲」の妖精が守護していた。
シュピッツヘイムでは3番目に広い国土をもち、豊かな緑と風車、レンガ造りの町並みが特徴的である。アズガルブ帝国の次くらいに軍事力にも優れており、商業や交易にも積極的だ。現在は、妃を早くに亡くした国王が国を治めている。
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