外伝16‐6話 狂暴の病
リズリット「無事に仲直りしましたね」
リーヴェ「知ってたんですか?」
リズリット「まさか。なんとなくですよ」
手紙で仲のいい友達ができたのは知っていた。
普段の様子も書いてあったから、再会した時の些細な態度や様子で感づいたらしい。
セレーネ「う、嘘でしょ!?」
リズリット「アナ君の人格は話に聞いていましたからね。ずっと元気がないのが気がかりでした」
リジェネ「ですが、それだけでは喧嘩したなんて……」
ラソン「そうそう。体調が悪いとかもあるだろ」
リズリット「だったらあの子まで様子が変なのはおかしいでしょう」
時々意識しているみたいだったし、とも言う。
僅かな情報だけで大体の事情を察したというのか。一行はとんでもないものを見た気がした。この人は本当に凄い人なのかもしれない。
それからは丸一日の間、リズリットとともにめいいっぱい時間を過ごした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リズリットに修行をつけて貰った日から数ヶ月後。
炎の精域全土で奇妙で恐ろしい奇病が流行り始める。特に力が未熟な若者が多く発症した。
炎精人A「ぐっ、グガアァァァッ」
村人「ひぃっ! コイツ様子が……」
急に苦しみだしたと思えば、次の瞬間には身体が弾け獣の姿へと変貌していく。
蹲った同胞を心配して駆け寄った人々を狂気が混乱に陥れる。狂気を帯びた獣の存在が――。
炎精人B「ギャアァァァッ」
娘「きゃあぁぁっ! こっちにも」
村人「に、逃げろー」
次々と発症する若者達。皆、炎精人種だ。
突如として発症した奇病。それは彼らの体内をめぐるマナを暴走させた。理性を失い、獣の姿に身をやつして暴れ狂う。
宿体である身体は弾け飛んでいるので、精霊人本来の身体がむき出しになっていた。その様はまるでいつぞやに大量発生した謎のスライム物体のよう。
ただ、こちらは獣というある程度決まった形を成している。
炎の獣「グルルルッ」
女性「ひっ!!」
逃げる中で躓き倒れ込んだ女性。身体を起こした時には目前まで獣が迫っていた。
間に合わない。殺される。そう覚悟を決めた時、逃げようとした道の先から頭上を通り過ぎて炎が飛ぶ。鳥の形をしたソレは彼女の後方から迫っていた獣に激突した。
青く美しい炎が狂乱した者の全身を包む。神秘的で優しい、儚くも力強くも見える不思議な輝き。揺らめくそれが荒れ狂うマナを鎮めていく。
シューッと獣の身体がもとの人の姿に戻っていった。戻った若者は気を失っている。
リズリット「ご無事ですか?」
女性「あ、貴方様は……」
差し伸べられた手。見上げた視線の先に立っていたのは姫神子だ。
リズリットの手を借りて立ち上がった女性は礼を言って非難していく。直後、別方向から迫ったきたもう1体の獣にも同じように炎を放つ。
攻撃しているというのに、その炎は触れたモノを焦がしも傷つけもしない。助ける事に全力を注いだ力であった。恐ろしい筈の炎が、とても温かく穏やかなものに思えてくる。
村人「あれが、姫神子様の浄化の炎」
リズリット「皆さん足を止めないで。早くお逃げ下さい」
村人「は、い。すみません!」
うっとりと炎に見とれてしまう者達に避難を促す。
そうしながら彼は、浄化を続けつつ原因を探った。懸命にマナの気配を読み辿る。暴走させている何かがマナに紛れているのは気づいていた。
このマナに似た、いや同化した何かの出所は――。
リズリット(やはり元凶はボルキア火山か)
そこに1人の人物がかけて来る。御子装束を纏った女性だ。
神子「姫神子様、数が多すぎて我々だけでは手が足りません!」
リズリット「そうですか。仕方ないですね」
もともと浄化の炎を扱る者の数が少ない。その殆どが神子である。
フランネルのように素質を持つ者もいるが、修行中の者を駆り出すのは忍びない。なにより危険過ぎる。確実に浄化できなければ命を落とす事だってあるのだ。
リズリット「ならば早急に原因を絶つ他ないか」
神子「姫神子様、どちらに?」
リズリット「ボルキア火山へ。貴女方は引き続き皆の救援を」
神子「お1人では危険です。誰かともをっ」
リズリット「そうもいきません。我々の力は希少なのですから」
神子「でもっ」
リズリット「私は大丈夫。1人でも多く助けるために動きなさい」
神子「……はい」
早口気味に進められた会話。強引にでも相手を説き伏せ、リズリットは踵を返した。まっすぐ火山の方角へ歩を進める。
未だ戸惑う気配を後ろに感じて「行きなさい」と強く、だが冷静に告げた。
背後で人が走り去る気配を感じて自身も駆け出す。道中の暴走者を浄化しながら駆け抜け、村を出てすぐに炎で翼を生成して飛び立つ。
すべての決着をつけるためにいざ、ボルキア火山へ!!
行けと言われ、1つ頷いて走り出した神子。
彼女は近くまで来ていた同僚らに姫神子の言葉を告げつつ思う。この状況では人手はもちろん、火山に1人向かったあの人の身が危うい。
いくら強大な力を持つ姫神子と言えど、たった1人で原因に立ち向かうなんて……。
神子・男「フランネルならあるいは……」
神子A「えっ」
神子B「そうね。あの子なら己の身も守れる強さがあるし素質も持ってる」
神子・男「ああ。遠方で修行中と聞いているが、どうにか報せを送れれば」
神子A「私が行きます!」
私ならフランジュ様のように炎の翼で空も飛べる。
そう言った彼女の瞳を見て皆が頷いた。火山へ援護に行って欲しいと伝えてくれ、と頼まれる。むろんそのつもりだと神子は伝えて魔法を行使した。
炎の翼を広げ、急ぎ空を駆ける。目指すは地の精域がある方角。それを見届けると同時に他の神子らも動き出した。各々に役目を果たすために――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
数時間後、地の精殿。フランネルは今日も授業を抜け出していた。
しかし、運悪く外に出た瞬間をランパードに見つかってしまう。今までになかった最大の不覚。まだ日が高い内からこってり絞られていた時だった。
空から急速に近づいてくる人影が見える。ただならぬ気配に2人とも怪訝な顔で空を見上げた。物凄い砂煙を上げて飛来物が着地。煙が薄れて見えた姿は神子装束だ。
フランネル「これは火斑の装束。親父んトコの……」
神子「はぁ、はぁはぁ。フラン、ネルさん、どうかっ」
フランネル「お前どうしたんだよっ」
ランパード「こりゃあ、只事じゃねぇな。ボロボロじゃないか」
突然の事態に素の言葉遣いが出てしまうランパード。
本来ならば丁重に歓待すべきだが、どうやらそうも言ってられない状況のようだ。咳き込む身体をそっとさすり、衣装を汚す砂を払い落とす。
一方でフランネルはあまりの事に呆然と立ち尽くしてしまった。我に返って手前に膝を折り介抱する。
異変を感じ取り、ぞろぞろと殿内から神官らが顔を出した。
一行とアナも駆けつけて現状に戸惑う。これはいったい何があったんだ。皆が困惑でざわめき合っている。それをランパードが鎮め、白湯を持ってくるように指示した。
神官が1人中に戻っていく。そして、すぐさま用意された白湯を神子に差し出した。渡された飲料を口に含む。
フランネル「おい、急用なんだろ。何があった」
神子「はい。実は、本日未明から各地で謎の奇病が発症して……」
一行は彼女から詳しい事情を聞く。
突然変貌を遂げた者、一度倒れた後に暴走を始めた者。それらが各地で暴れ回っているという。そして浄化の炎でしか鎮静できない事も……。
神子「お願いです。どうか力をお貸しください!」
フランネル「けど、浄化の炎はまだ……」
神子「お願いです。このままでは姫神子様がっ」
フランネル「えっ。親父がどうしたってんだ!?」
神子「はい。実は原因を鎮めるべく1人向かわれてしまい」
最初は遠慮していた彼もある人物の名を聞き血相を変える。
1人で原因を鎮めに行っただと。あの人の強さは自分がよく知っている。だが、いくらなんでも無謀だ。相手がどんな奴かも知らないのに。
そこへ更に現地のドワッフ商会からも報せが届く。幸いにも行商人達は無事だが、依然として被害は続いているらしい。嘘偽りなく一大事だ。
フランネル(まだ収まってねえ? なら親父は……)
リズリットが現地に向かってから時間は経っている筈である。
それでも事態が変わっていないという事は何かがあったのだろう。嫌な予感がした。とても不吉な予感が――。
フランネル「場所は何処だ。すぐ行く!」
神子「はい。姫神子様はボルキア火山です」
フランネル「火山だな。おしっ」
フランネルは腕を軽く回して気合を入れる。
今すぐ火車をかっ飛ばして向かう。そう思い、魔法を遣おうとした時。
アナ「ちょっと待って。僕も行く」
フランネル「はぁっ!? お前、火山だぞ。あそこはかなり危ねぇ場所だぜ?」
アナ「なら、尚更行かないとね」
リーヴェ「私達も協力するぞ」
アルマ「もちろんだ。是非、行かせてくれ!」
他の仲間達ももちろんだと頷く。中でもアルマの熱意が尋常じゃない。
危険だと止める漢に、一行は空が飛べたほうがもっと早く着くぞと提案した。うぐっと僅かに身を引くフランネル。確かに早く着くに越した事はない。
それぞれの力強い視線を見つめ、数秒だけ逡巡した後に覚悟を決めた。
フランネル「わかった。後で吠え面かくなよ」
全員「おうっ」
決意は固まった。さあ出発だと思ったら、今度はランパードに引き留められる。彼は懐から小さな青い宝玉のついた首飾りを取り出す。
ランパード「こいつを持って行きな。お守りだ」
アナ「これは何ですか?」
ランパード「前にセリちゃんから貰った水泡の光珠さ。水の結界で守ってくれる」
リジェネ「あ、そっか。今回クローデリアさんがいないんだった」
ラソン「危ねえ。場所は火山なんだもんな」
フランネル「ほーう。お前らって案外不便な身体してんだ」
セレーネ「当たり前でしょ。あんたが特殊なのよ」
アナ「ありがとう、お借りしていきます」
ランパード「ああ。気をつけるんだぞ」
アナが首飾りを受け取り身に着ける。
フランネル(Lv50)とアナ(Lv50)が仲間に一時参戦。
これで準備完了だ。一行はフランネルらを連れ、召喚した赤龍・フラムに乗り飛翔した。リジェネだけはカナフシルトに乗って並走する。
障害物が一切ない空中。山だろうが川だろうが関係なく突き進みボルキア火山へ飛ぶ。巨大な龍の力強さのおかげで到着までそう時間はかからなかった。まっすぐ最短距離を行けたのも大きい。
アルマ「火山が見えて来たぞ」
アルマ(ここにあの人がいる)
アルマは密かに拳に力を込めた。内に煮え滾る程の熱が宿る。
この当時、自分は行けなかった。あの日は朝からフラムがざわついていたのだ。勝手に出てきて、しきりに炎の精域を見て。
それで偶然にも薬品の受け取りで近くに来ていた行商人に情報を教えて貰い知ったのである。
だが事情を知っても行く事はできなかった。当時の彼女はもう守護者だったから。とても歯痒かったのを今でも覚えている。
ふたりにとってリズリットは恩人だったのに……。
リーヴェ「それで火山のどの辺なんだ?」
フランネル「ちょっと待てよ。えっと……火口だ! このまま火口へ向かってくれ」
アルマ「了解だ。フラムッ」
瞬時に炎のマナの流れを読み、一番怪しいと感じた場所を示す。
アルマの指示で火口まで降りていく。熱気と煙を噴き、大きく口を開けたそこへ慎重に入り周囲を探った。目的の人物の姿は、原因は何処にあるのか。
熱と煙で揺れる視界の中を慎重に降下し続ける。
やがて眼下に広い岩場と溶岩の海が見えてきた。溶岩とは別にチラチラと炎も見える。そして近づくにつれて異様な光景であると認識できた。
足場となりそうな広く平らな岩場が近づく。着陸は止めておいたほうがいいだろう。フラムに尾をつけて貰ってそこを伝って着地する。
フランネル「――ッ」
リーヴェ「こ、これはっ」
ちらついていたのは黒く淀んだ青炎だった。
怪しく輝くマナが周囲を漂っている。岩場は所々が黒ずんでいて、亀裂から炭の如く黒焦げた結晶が鋭く突き出していた。触れないほうがいいと直感が警鐘を鳴らす。
周囲の惨状に目を奪われる一行。その中でフランネルはただ一点のみを凝視していた。




