外伝15‐5話 無命の災厄
時は動き出す。とても大きな影が、各地で蠢きざわめいている。
最初は小さな影だった。力のない存在に過ぎない。けれど、それは時を得て力を増す。
精霊界の各地で異変は起きていた。そこに住まう人々の命運をかけた戦いの始まり。それが今、始まろうとしている。
アネルセリアらと別れた後、一行は不思議な光に包まれた。
眩い輝きの中を当てもなく浮遊する。とても短い時間だったと思う。そして、気がつけば先程とは違う場所に立っていた。
人が大勢いる。容姿からして風精人種みたいだ。ならば風の精域内にある村か町だろう。遠くに見覚えのある森が見えた。あれは風鈴樹の森だろうか。
リーヴェ「此処はシチ村なのか?」
セレーネ「ええ、でも場所が違うでしょ。そうよね」
ラソン「ああ。少なくとも森が見える位置になかったぜ」
村の場所が移動している?
いや、後から移動したのか。それとも――。
村人A「もうおしまいだ」
村人B「まさかカザミツユクサが枯れちまうなんて……」
村人A「ああ、これからどうなっちまうんだろうな」
村人達の噂話が聞こえていくる。
村の中をしばらく歩き回る一行。そして、森へと続く道のある通りに来た時だった。
アネルセリア「アンタ達、また会ったねぇ」
クローデリア「その声はアネルセリア様」
アネルセリア「よう」
偶然にも再会を果たした両者。
一行からしたらすぐの出来事だが、記憶の世界では1年程の時間が経過していた。
アネルセリア「おっと。悪い、今は長話してる場合じゃないんだよ」
リーヴェ「何かあったのか?」
アネルセリア「ああ。……そうだ。ちょっと手伝ってくれないかい?」
リーヴェ「は、はい」
うっかり承諾してしまったが、事情は聞いておかないといけない。
何があったのかを尋ねると手身近に教えてくれる。どうやら現役の精霊王が危険な状況に陥っているらしい。だから風の精域に向かう途中だったようだ。
他にもランパードとフランジュが、それぞれ光と闇の精霊王のもとに向かっているとも。
リーヴェ「なら戦力を分けよう。他の2人も心配だ」
ニクス「それは構わないが人選はどうする?」
リーヴェは瞬時に決断を下す。
ランパードは闇、フランジュは光の方角に向かった。どちらも海越えをしなくてはならない。
ならば、ニクスとルシフェルスは各々移動手段として分散させるべきだろう。そこからバランスよく戦力を分けて……。
リーヴェ「ラソンとフェー兄、クローデリアはニクスと光の精域へ」
4人「了解」
リーヴェ「アルマさんとセレーネ、シャムスはルシフェルスと闇の精域に行ってくれ」
4人「わかった」
それぞれが急ぎ現場に向かうべく動き出す。
一方は飛行艇で、もう一方は竜形態の魔王に乗って。
リーヴェ「残りのメンバーはこのまま風の精殿に向かうぞ!」
全員「おおっ」
各地に行った8人が離脱し、入れ違いにアネルセリア(Lv50)が一時参戦。
彼女を加えた4人は風鈴樹の森へと入っていく。目的地に急ぐ道すがらでこれまでの経緯を聞いた。
始まりは各地の重要な場所に異常が起きた事だ。精霊人を生み出すものが衰弱してしまったのである。新たな命の危機に各地の精霊王が動き出す。
だが、調べても一向に解決策が見い出せなかった。
それでも諦める訳にはいかない。
多くの人々が協力し合って解決を目指していた。
そんなある日、更なる事件が起きる。現役の精霊王達が次々と闇討ちされてしまったのだ。既に炎、水、地の精霊王は討たれ死亡している。彼らを守る事はできなかった。
しかし、悔やんでもいられない。まだ3人の精霊王が残っている。
リーヴェ「それで今向かってるのか」
アネルセリア「ああ。これ以上やらせる訳にはいかないからね」
精殿を目指し森の中を駆け抜けていく。
遠くで大きな音が聞こえた。既に戦いが始まっているのか。
更に足を速めて現地へと向かう。しかし――。
全員「…………っ!?」
たどり着いた時にはもう、風の精霊王は打ち倒されていた。
それと思しき女性が謎の黒い物体に刺し貫かれる瞬間を見る。間に合わなかった。その場に居合わせた神官達も驚愕と絶望の入り混じった顔で見上げている。絶命した王の姿を。
女性の身体が光の粒となって霧散し、世界の溶け込もうと散る。しかしそれを黒い物体は妨げ自身に吸収してしまう。
アネルセリアの脳内に似たような光景がフラッシュバックした。
水の精殿での出来事だ。自分達の王もああして吸収されてしまったのである。思い出した瞬間、己の中に沸々と怒りが込み上げてきた。
アネルセリア「このっ、クソがぁぁ――っ!!」
リジェネ「あ、アネルセリアさん」
リーヴェ「1人では危険だ」
アルラート「こうなっては止む得ない。我々も行きますよ」
リーヴェ「ああ」
武器を構えて立ち向かう。謎の黒い物体へ。
膨張したり縮小したりする黒いもの。アレは生物なのか?
意志があるのかもわからない不気味なそれに迫る。近づくにつれ、底知れない恐怖を感じた。
呆然とする神官らの間をすり抜け、奴の直ぐ傍まで接近した一行は攻撃を放つ。
だが、敵は寸胴な体躯に反して素早かった。伸縮自在らしい身体を生かして回避する。そして、そのままこちらには目もくれずに飛び去った。
奴の身体が黒い粒子となり風に乗って浮かび上がる。
アネルセリア「待てっ。逃げるな!」
リジェネ「カナフ、撃ち落として」
アルラート「お前もです。ラペーシュ」
上空にいた2頭が飛び去ろうとする黒い粒子を捕らえんと動く。
森の中では身動きが取れないから別々に移動していたのだ。乗り手がいない状態で善戦する龍と天馬。だが引き留める事はできなかった。西の方角へと逃げ去られてしまう。
アルラート「やはり粒子状では厳しいか」
リジェネ「すみません」
アネルセリア「くっ……」
悔し気に拳を握るアネルセリア。
一行を責めはしない。ただ守れなかった無力感が心を苛む。
これで4人の精霊王がやれれてしまった。残る2人は大丈夫だろうか、とリーヴェは通信機を手に取る。呼び出し音の後でニクスが応答した。状況を説明してから向こうの様子を聞く。
同じようにリジェネもセレーネと通信していた。
リーヴェ「そうか、わかった。光の精霊王は無事だ」
リジェネ「闇もです。なんとか間に合ったみたいですね」
危ない所だったらしいが間に合ったらしい。
間一髪のタイミングで救援に成功したと報告が入る。聞いた感じだと、両者の襲撃時間は殆ど同じのようだった。
撃退した黒い物体が同じように飛び去ったらしい。ニクスは東側、セレーネは北西のほうに飛んで行ったと言っていた。
仲間達は護衛のために引き続きその場に残るという。
アルラート「皆の話を総合すると、黒い物体は中心に向かたみたいだね」
リジェネ「そこって確か」
アネルセリア「ニーファバオムがある場所。……師匠!」
通信を切って思案を巡らすリーヴェ達。
4人の精霊王を抹殺し、2人は仕留め損ない、逃げた先にはニーファバオム。
嫌な予感は収まる所か増していく。まさか、次の標的は木の守護者ではあるまいか。
アネルセリアは冷や汗を掻く。自分達の師は決して弱くない。だけど精霊王がやられたのだ。必ずしも打ち倒せるという保証はなく、相当の強さを持つ何かだという事は明白だった。
守護者が、ニーファバオムが危ない。もう誰かが死ぬのなんて御免だ。
アネルセリア「すぐに木のもとに行くよ」
リーヴェ「もちろんだ。リジェネ、アネルセリアさんを」
リジェネ「はい。ちょっと失礼しますね」
アネルセリア「え……おわっ」
リジェネが彼女を抱えて飛び上がり、寄ってきた白龍の背に乗せる。リーヴェとアルラートも自身の翼で上空に上がり天馬に騎乗した。
この人選にしておいて本当によかった。不測の事態を想定して騎乗できる仲間を選んでおいたのだ。これなら移動もかなり楽になるだろう。距離的にもこの程度なら迅速に向かる。
そうして彼らは空を行き、逃亡した黒い物体を追った。
ニーファバオムのもとまで来たリーヴェ達はあまりの惨状に絶句する。
一面に広がる炎と黒い跡。炎自体は周囲のものを燃やしている風でない。この黒い跡は焦げ跡とは明らかに違っていた。
水辺周辺の草木が枯れ、触れるだけでボロボロと塵のように崩れていく。
リーヴェ「酷いな」
リジェネ「そんなに時間は経ってない筈なのに……」
アルラート「先程よりも力が増してるのかもしれないね」
アネルセリア「師匠! 返事をしてくれ、師匠っ」
悲惨な光景の中で必死に叫ぶ。
姿が何処にも見えない。もしや既にやられてしまったのか。
いや、まだ諦めるのは早い。彼が守護者である以上はそう遠くに行っているとは考え辛いな。だとすれば何処かで今も戦っているかもしれない。
微かな希望を胸に秘め、辺りを探し続け、この場所には地下がある事を思い出す。
皆でまとまって巨木の近くまで駆け寄った時――。
激しい地響きとともに、ニーファバオムが震え下から光となって消滅していく。それと同時に地面が下から大きく崩れ出した。下から何かが出てくる。
リーヴェ「なんだ。いったい何がっ!?」
地面から突き出した黒い棘。続いて触手、胴体と這い出してきた。
間違いない、さっきの奴だ。やっぱり此処に来ていたのか。咄嗟に飛び退り、現れた敵を鋭く睨みつける。
一方で黒い物体は光となったニーファバオムを吸収した。よもやマナの木まで取り込んでしまうとは。ますますヤバい状況になってしまった。
フランジュ「アリー!」
アネルセリア「フランジュ、来てくれたのか」
フランジュ「ええ。それにしてもこれは……」
炎の翼を広げて空から飛来したフランジュ。彼女が纏う裾の長い衣服がふわりと広がる。
彼女が着地するのと同時に、一行の傍の地面に魔法陣が浮かび上がった。そこからランパードが姿を現す。これはルシフェルスの即席ゲートか。
脅威を前に合流を果たす3人の精霊人。この後、王となる者達だ。
集結した彼らの視界には黒き存在。
そして、その向こうに現れた1人の人物の姿。地下から酷い怪我をした守護者だった。師の姿を見つけ、駆け寄ろうとするも黒い物体が邪魔で行けない。
致命傷を受けているのか、守護者は地上に出た所で座り込んでしまう。既にうっすらとマナの乖離が始まっていた。その口が何かを告げている。
守護者「にげ、ろ……」
殆ど声にならない言葉。唇だけが言葉を形作っていた。
たった一言だけを告げ、守護者の身体は頽れ消滅する。そして彼の光は例の如く謎の存在に吸収されてしまった。
ランパード「なんという事だ」
フランジュ「そんな……いやぁぁぁっ!」
アネルセリア「嘘だろ。畜生、ちくしょぉぉ―っ」
リーヴェ「アネルセリアさん」
かける言葉がない。苦痛の滲む顔で涙を堪える3人。
今度は逃げる様子のない敵。無数に伸びる触手が周囲のものをなぎ倒していく。気配から感じる脅威も増し、無茶苦茶に攻撃を繰り出しているように見えた。
コントロールがおぼつかないのか、今の所は一行に攻撃が当たっていない。




