第11話 クエスト
地下からの生還を無事に果たしたリーヴェ達は、補給を兼ねていったん「鉱石の街 ピエス」に戻ってきていた。
リーヴェ「ラソン。こちらの魔物は処理したぞ。そっち、手伝うか?」
ラソン「いいや十分だ。こっちももう片付く」
ラソンがタイニーモールの最後の1匹にとどめを刺す。
実はジャイアント・ヴェルスモールが死に際に放った地震は思いのほか被害が大きかった。坑道内のほとんどの通路が使い物にならなくなったのは言うまでもないが、予期せぬ揺れに驚いた地下の魔物達がこぞって地上に現れた。
結果として奴らが逃げた先にあったこの町は魔物に襲われることとなり、リーヴェ達はその討伐を依頼されたのである。偶然町に来ていた戦士達の協力もあって、死傷者は軽傷者だけで済んだ。
ラソン「ふぅ、後は穴を埋めるだけだな。……にしてもスゲー数」
リーヴェ「かなりの手間だが、地道に埋めるしかないな」
ラソン「だな……」
リーヴェ(リジェネのほうは、上手くやっているだろうか)
リーヴェは町の中心に目を向けた。
二人が今いるのは町外れの比較的柔らかい土壌のエリアだ。その地質のせいもあり、ボコボコとハチの巣を彷彿させるほどに無数の穴、穴、穴である。気の遠くなる数の多さだった。
しかしいつまでも呆けている訳にもいかないので、「やるか」と互いに声をかけて作業に取り掛かる。
一方でリジェネはというと―。
リジェネ「どうぞ。追加の薬を届けに来ました」
シスター「ありがとう」
リジェネは教会のシスターに会釈をし、次の現場に移動していく。
リジェネは今、魔物被害で困っている人達の救助や物資の運搬、散乱物の整理などを手伝ってあちこちを走り回っていた。
カナフシルトにも、別行動で物資の運搬を手伝って貰っている。それに重い物を持ち上げるには龍である彼がいてくれると非常に大助かりだ。晶鱗飛龍は、重い物を持ち運ぶのが非常に優秀な龍でもある。
まあ、風圧で逆に建物などを傷つけないように注意が必要だが。
リジェネ「お待たせしました。手伝います」
男性「おお、頼むよ」
若者「んじゃ行くぞ。せーのっ」
町の主だった商店が立ち並ぶ大通りにたどり着く。
見事に倒壊した屋台や街路樹を、町の屈強な男衆に混じって元に戻したり、片付けたりの作業を繰り返す。この町の被害は人々よりも物に集中していた。露店販売していた食糧なんかは特にひどい。
それから丸1日中駆けまわって、リーヴェ達は町中の依頼をこなし続けた。
その夜、一人になったラソンはこっそり城へ町の被害状況の報告書とともに、救援要請をクライスに運ばせた。普通に送るよりもずっと早いからだ。いくら彼らが逞しくても、復旧は大変な作業なうえ、なによりも失われた食料などは戻らないのだから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【サブエピソード09 お疲れ様クライス】
クライス『ククルゥクルゥゥ』
ラソン「よーしよし、よく頑張ったな。どうだ、気持ちいいか」
大急ぎで城と町を往復して戻ってきたクライスをラソンが丁寧にねぎらう。
彼は今、宿屋の一室にいる。窓際に設置された小振りのソファに腰かけ、膝にクライスを乗せていた。同じ部屋ではリジェネが眠っているので、出来るだけ静かにを心掛ける。
まあ、そう簡単には起きないだろうが。
クライスの乱れて汚れた羽を綺麗にして整え、翼が傷まないよう細心の注意を払いながらマッサージをする。クライスは妖精なので、普通の鳥のように手入れをするのではなく、人にするようにやって大丈夫だ。それでも人よりずっと小さく敏感なので、可能な限りそっとやらなくてはならない。
クライス『クルゥゥ、クックゥ』
クライスがまた、先ほどと同じように舌を巻いたような鳴き声を上げた。
これは気持ちいい時に出す声だ。うん、大丈夫。クライスは目を細めて、のびのびとくつろいでいる。
ラソン「ふあぁぁぁ~」
ラソンは大きなあくびをかいた。夜も大分更けている。
ラソンも今日は一日中動き回っていたので、実は今にも倒れそうなほど非常に疲れている。
それでも、クライスにはここのところ大分無理をさせたのでまだ眠る訳にはいかない。きちんと労わなければ、いくら幼少の頃から一緒だったとはいえ、見限られてしまうかもしれなかった。それは困る。
見た目ではわからないかもしれないが、ラソンとクライスは同い年である。妖精は契約主と一緒に、同じ速度で育つからだ。そこも普通の動物とは違う。
でも、信頼関係を築くには普通の動物とさほど変わらない。
必死に眠気と戦うラソンだが、それはなかなかに難しいことで思わずうとうとと首を振ってしまった。
クライス『クルルゥ?』
ラソン「ん、ああ悪い。危うく眠っちまうトコだったぜ」
クライスは寝てもいいよと言っているようだが、まだまだ甘え足りない様子も垣間見せていた。いつもの様子と違い、まるで雛みたいな仕草のひとつひとつが可愛い。めっちゃ上目遣いを使ってくる。
たまにこういう姿を見せるからいけないんだよなぁ、とラソンは思った。
うっかり眠らないように世間話をしながら手を動かす。クライスも相槌を打ってくれた。
ラソン「そういやさ。今日の魔物討伐の後の、穴埋めの時のアレは面白かったよな」
クライス『クルルゥックゥッ、ク』
ふたり揃って小さな笑い声をあげる。あの時のことを思い出したのだろう。
そんなこんなで話していると夜はますます更けていく。
ラソンはそのまま気が付くと眠ってしまった。クライスもその日は妖精石に戻らず、彼の傍に寄り添って眠った。翌朝、眠るふたりにそっと毛布が掛けられていたことは言うまでもない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【タルシス辞典 妖精と妖精石】
地上界には「妖精」という独自の生物が存在している。彼らには大きく分けて四種類存在し、生まれた国ごとに特徴が分かれていた。ムートリーフ王国=風&鳥系、カンディテーレ共和国=地&犬系、オーグラシア公国=水&魚系、アズガルブ帝国=炎&猫系だ。王族などの個体は中でも上位に位置する。
妖精は契約者とともに生まれ、同じ速度で育つ、いわば半身であり守護者なのである。
彼らが家として用いる媒体「妖精石」は対応する妖精と同色であり、契約者と妖精を繋ぐのを助けるアイテムだ。これを通してスキルなどを用いることができる。実は契約前の妖精石は無色透明だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その晩、ラソンの夢の中では今日の出来事がリプレイされていた。
魔物の残党を討伐した後の穴埋め作業時のこと。
現場にはリーヴェとラソンをはじめ、討伐に協力していた戦士や町の住人がちらほらと来ていた。とはいえ、エリアが広くて互いの間隔がかなり離れているため人の目を気にする必要はない。
わざわざ人の目を気にするといったのは、これから起こるハプニングを重ん図ってのことだ。そう、それは穴の大部分を埋め終えた頃、突然起こった。
リーヴェ「……あ」
背後のほうで、不自然な途切れ方をした声が聞こえた。
ラソンは怪訝に思って、声が聞こえたほうを振り返る。
ラソン「あれ、リーヴェの奴どこ行ったんだ?」
さっきまで割と近くで作業していたはずだ。穴も大部分を埋め終えたので、まさか落ちるとは考えにくいんだが。いや、それ以前に普段の彼女からはちょっと想像しづらい。さすが姉ということもあるおかげで、普段から落ち着いていてミスをするような感じがしない。
でも、まさか―。
ラソン(けど、なんかあったら大変だもんな……)
ラソン「クライスー、リーヴェを探してくれ」
クライス『キキィー』
クライスに指示を出してから、ゆっくりと足元を確認しながらリーヴェの姿を探す。
ほどなく、クライスがなにかを見つけたと合図を送ってきた。現場に駆け付ける。
ラソン「リーヴェ~。お、いた。どうやら無事っぽいな」
リーヴェ「無事じゃないっ」
ラソン「そ、そうだよな。ごめん」
リーヴェはすり鉢状の大きな穴にハマっていた。
土の水分が多く、かなりドロドロ状態だ。彼女は必死に這い出ようともがくが、足場が滑って進めずにいた。かなり豪快に滑りまくっている。
ラソンはすり鉢状の穴を見つめて、脳裏になにかが引っかかった。
ラソン「んー、なんだっけなコレ。どこかで見た……読んだ気が」
リーヴェ「ラソン!? 考えるのは後に……っ!」
ラソンが記憶を手繰っていると、リーヴェの足になにか動くものが触れた。
なにかいるぞ、と瞬時に感じ取ったリーヴェが顔を真っ青にした。必死にラソンを呼ぶ。
彼女の切羽詰まった声音に気づいたラソンも、はっと意識を目の前に戻す。
ボコッと穴の中心が盛り上がった。そこから覗いたものを見たラソンが素っ頓狂な声をあげた。
ラソン「あっ、思い出した。コレ、ドロトカゲの巣だ」
リーヴェ「ドロ、ト、トカゲ?」
ラソン「そう、コイツは魔物じゃねーんだ。図体はデカいが草食で大人しくて、湿った土に巣を作るんだぜ。……まぁ、畑の近辺に出現したら駆除指定なんだけど」
いや、今はそんな解説はいいんだ。早く助けて欲しい。なんかこのトカゲ、泥まみれで……その。
―ベロンッ。
リーヴェ「ひゃあぁぁっ」
そんな泥まみれの舌を伸ばすな!!
リーヴェは必死に手で振り払おうとする。ドロトカゲ的には、ただジャレているだけだ。客をもてなしているだけである。
だが、リーヴェにはそんなことは当然伝わらない。
リーヴェ「ひっ、ら、ラソン。早くっ、早く助けて!」
ラソン「わかってるって。ほら、手ぇ伸ばせ」
―ベロ、ベロンッ。
リーヴェ「い、やぁぁー」
ラソン「ちょ、う、動くなよ。ち、力……入んな、助けられねーだろっ」
トカゲ1匹に翻弄される彼女の動きが、反応が、あまりにも面白すぎて笑い転げそうになるラソン。笑いを堪えながら、踏ん張って引き上げようと試みる。穴の周囲の足場がぬかるんでいてやりずらかった。
こうなったら。
ラソン「クライス、て……あれ」
クライス『キィ……』
ラソン「あ」
クライスは随分と距離をとって静観していた。そういえば、クライスはドロトカゲ系が苦手だった。……風に煽られて泥が跳ねるから。でも、今は。
ラソン「クライス~、頼むっ。手伝ってくれ~」
ラソン(泥で汚れるの、嫌いだって知ってるけど)
クライス『キキィ……』
だが、クライスは動こうとはしなかった。
リーヴェ「ラソン……」
ラソン「ああ~っ、ちっくしょ――!!」
なめんなよっ、泥なんぞにオレは負けねぇぞー。
結局、相当の時間をかけてなんとか1人でリーヴェを引き上げることに成功した。まさか、ドロトカゲ1匹にここまで苦戦するとは、2人とも思いもしていなかった。
リーヴェ「はぁ、酷い目にあった」
ラソン「オレも」
クラシス『キキッ』
2人ともすっかり泥まみれでへたり込んでいる。息も絶え絶えだ。
クライスも傍によって、少し申し訳なさそうにしている。手伝いたかったが、泥が苦手なものは苦手なのだ。戦闘以外で汚れたくはないという気持ちが勝ってしまったクライスである。
ラソン「にしてもオマエ。魔物で似たようなの倒してたのに、なんでアレはダメなんだよ」
リーヴェ「私にも、わからない。どうやら苦手だったらしい」
なんだかわからんが、背筋がゾゾっとしたのだ。改めて、自分でも驚いている。
それってつまり、身体が覚えてるってやつか? 本能的に拒絶したということかもしれなかった。
まあ、確かにトカゲは、トカゲでも泥まみれだったし、別のなにかに見えなくもなかったが……。でもやっぱり、ラソン的にはトカゲはトカゲでしかなかった。
ようやく息を整え、立ち上がる2人。
ラソン「とりあえず、風呂にでも入って来いよ。残りはオレがやっとくからさ」
リーヴェ「しかし……いや、ありがとう。そうする」
ラソン「おう」
彼に送り出され、トボトボと歩き出すリーヴェ。だが、数歩進んだところで足を止めた。ラソンが首を傾げる。
リーヴェ「このこと、誰にも言うなよ」
リーヴェが振り向いた。その顔は僅かに赤らんでいて、いつもよりどこか艶っぽい。騒動続きで忘れそうになるが、確かに彼女は年頃の女性だ。
しかも、すっごい美人なのだと改めて突き付けられた瞬間だった。
ラソン「お、おう」
これは、泥まみれでなければかなりヤバかった。今のでも相当の破壊力だ。普段しない表情なだけに凄まじいものを感じる。
生返事しか出ないラソンを尻目にリーヴェは歩き去っていく。
ラソンはただ、呆然と立ち尽くすしかないのだった。
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