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第138話 悪夢

 声が聞こえる。世界が軋む音。大地の悲鳴が、聞こえてくる。

 いつだったろう。いつからこんな事に……。

 願えば願う程、祈れば祈る程、流れ込んでくるこの不安感は。……いったい何?


 ――バチッ、バチチ……。

 視界を埋める炎。激しく燃え盛る赤。崩れた建物の残骸と、立ち上る煙。人の姿は見えない。


???『忌々しい』


 どこからか声が響く。


???『苦しい……なぜ、なぜっ』


 抑揚も歪で、ノイズにも聞こえる。脈絡ない感情の波。

 どこから響く声? どこにいる?


???『……は望んでいる。私は……から産み落とされた』


 天高くそびえる神樹。明滅する光。遥か上に輝く球。

 見ているだけで悪寒が走る。強烈な衝動が渦巻き、囁きかけていた。


???『これは望み。すべての、すべての?』

男の声「さぁ、望みを叶えるんだ。遠慮する事はない」

???『ん?』


 混乱する意識に声がかかる。楽し気で怪しい声音。

 声の主はどこだ。周囲を見回しても姿が見えない。幻聴か?


男の声「どうした。戸惑っているのかい」

???『っ!?』


 すぐ近くで響いた声。反射的に背後を振り返る。すると、眼前に怪しく光る双眸があった。ゾッとするような視線だった。


男の声「迷うな。ボクの言葉に耳を傾けるんだ」


 重くのしかかる声に意識が魅せられていく。

 その後の事を見る前に、視界は黒く染まって消えた。



リーヴェ「はっ」


 悪夢にうなされたリーヴェは飛び起きる。べっとりと嫌な汗を掻き、激しく脈打つ動悸に胸を押さえた。肩で息をして震える身体を抱くようにして抑え込む。

 宿屋の一室には彼女1人しかいない。今回は別々の部屋を取ったのだ。


リーヴェ(またこの夢だ)


 あれから何度目になるだろう。戦場全体を浄化したあの時からだ。

 他にも似たような夢ばかり見るようになった。あの日殺した人の夢。聞こえてくる悲鳴。夢だけでなく、弱っていく世界の感覚が流れ込んで意識を苛んでいく。本当に最近は夢見が悪い。

 呼吸を整えたリーヴェは、顔を洗いたくて洗面所に向かう。暗い中を進んで鏡のある洗面器の前に立ち――。


リーヴェ「っ!?」


 水を出そうと手を伸ばす前に、ふと気になって顔を上げると鏡に映り込む影が……。自分のすぐ後ろにモヤモヤとした人のような輪郭。真っ青な自分の顔。鏡に映る自分にも恐怖を覚えてしまう。

 全身の血が冷えて下がっていく感覚がした。次の瞬間。


リーヴェ「きゃあぁぁぁぁっ!!」


 動転して勢いよく尻もちをつく。後退しようとして足をもつれさせたのだ。部屋の扉が激しくノックされる。しかし、扉は鍵がかかっているので開かない。


リジェネ「姉さん。どうしたんですかっ」

ラソン「リーヴェ、扉を開けろ!」

セレーネ「2人ともどいてっ」

2人「えっ」


 ドンッ、と凄まじい音を響かせて扉が開く。まさか強行突破するとは。

 しかしリーヴェはガクガクと震えたまま気づかない。ずっと鏡に目を向けたまま固まっている。只ならぬ様子を感じ取った皆が血相を変えて駆け寄った。

 リーヴェの身体を何度も揺さぶるが反応がない。


アルラート「リーヴェ!」


 意を決したアルラートがリーヴェの頬に平手打ちした。じんわりとしみる痛みが彼女を正気に戻していく。おもむろに頬へ手を伸ばし、ぎこちない所作で首を回した。皆と視線が合う。

 震えて上手く動かない口で「皆」と零す。徐々に瞳が潤んでいき、スッとアルラートの胸に飛びついた。


 涙は、まだ流れていない。滲んでいても零れないように堪えている。幼子のように泣きわめくのは嫌だった。押し殺した嗚咽が部屋中に響く。

 アルラートは震える身体を優しく抱き留めて背を擦っていた。


セレーネ「ちょっとどうしちゃったのよ」

ラソン「リーヴェ……」


 仲間達が心配そうに見守っている。酷い怯えようだ。いったい何があったのだろうか。


アルラート「怖い夢でも見たのかい?」

リーヴェ「うん。少し……」


 弱弱しい声音が肯定を示す。抱き着いた相手の衣服を強く握りしめて必死に恐怖と戦う。自分でも驚く程に、心は弱かった。

 時間をかけて宥められながら、リーヴェは気持ちを静めていく。落ち着きを盛り戻した頃、そっと身体を離して仲間達を見上げる。皆も酷い顔だ。すっかり心配をかけてしまった。

 申し訳ない気持ちに駆られ、頼りなく謝罪の言葉を口にする。その姿は普段の彼女とはかけ離れていた。


クローデリア「無理もないです。あんな事があったばかりですから……」

ラソン「そうだな。オレらだって人の事言えねーし」

セレーネ「うん。悪夢くらい見ちゃうよね」


 その日は落ち着くまで傍についていて貰い夜を過ごす。

 翌朝、昨晩の事を思い出して赤面してしまうリーヴェ。気が動転していたと言っても、幼子の如く抱き着いてしまったのは相当に恥ずかしいようであった。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 【サブエピソード65  今朝の調子は?】

 悪夢を見た後の朝、普段通りに支度を済ませて朝食のために宿の食堂へ向かう。否、正確には普段通りじゃなかった。

 なんとか眠りについて朝を迎えたリーヴェは、自分が酷い顔をしてないかと何度も鏡を確認しに行った。そして鏡に近づく度、変な力が入って嫌になる。鏡に対してビクビクしている自分に情けなさを感じたからだ。

 その所為でいつも以上に時間がかかり今に至る。


リーヴェ(はぁ、気まずいな……)


 食堂には既に全員が集合しておりこちらに手を振ってきた。全員平常通り、と思いきや少し疲れた様子だった。ますます気が引ける。皆は隠しているがそれとなくわかってしまった。


 いや、1人だけ平常通りに見える奴がいるな。そう、ニクスだ。相変わらず彼は、疲れを感じさせない安定した所作だった。優雅にお茶を頂いている。ポーカーフェイスにも程があるぞ。

 リーヴェは思わず唾を飲み込んで緊張しながら席につく。ここまで緊張するとは情けない。


セレーネ「そういえば今朝の調子はどう?」

リーヴェ「……えっ、なに?」

セレーネ「だから調子はって」

リーヴェ「え、ああ。だ、大丈っ」

セレーネ「あっ」


 大丈夫と言いかけて噛んでしまった。恥ずかしい。居たたまれなくなって身を縮めてしまう。1人を除いた全員の視線が突き刺さる。思わぬ所で注目を集めてしまった。

 ラソン達も、まるで小動物を見ているような心地にさせられる。目を離したくても離せない。

 全員が固まっている最中に、唯一お茶を楽しんでいたニクスが口を開く。


ニクス「おい」

セレーネ「え、あはははっ。そうよね、大丈夫そうでよかったわ」

ラソン「だ、だな。気にしなくていいぞ」

リジェネ「そうです。誰にでもありますよ!」

リーヴェ「う……うん」


 微妙な空気が流れる。なんだろう、このわざとらしさは。いったいどういう会話をしているんだ、と自問自答をしてしまう一同。

 くそぅ、非常に辛い。全員が同じような事を感じていた。こうなってくると、唯一平常心を保っているニクスが羨ましくなってくる。

 居たたまれなさから逃れたくて彼のほうへ視線が流れてしまう。


ニクス「…………」


 実に落ち着いた態度でティータイムしているな。食事も大方済ませてしまっているようだし、全然慌てている様子も動揺している素振りも見せない。

 いったいどういう精神力をしているんだ。動きが洗練されている辺りはまさに貴族だった。


 じっと彼の動きを目で追う。自然とニクスが持っているカップに視線が向いた。

 今日は紅茶か。どうやら彼は、コーヒーよりも紅茶のほうが好きらしい。ともに行動する時間が増えた事で少しずつわかってきた。

 さすがに出された物へ文句を言う質ではないが、割とこだわりがある様子で彼が作るモノにはそれが表れている。たまに頂くドリンクは本当に絶品だ。


ニクス「なんだ?」


 カップを置いたニクスが皆へ振り向く。

 注目しすぎたため、少し不機嫌そうに眉をしかめていた。慌てて目を反らす。


リーヴェ「あ、いや。すまん」

ラソン「オレも……」

3人「…………」

アルラート「銃を扱うからかな、君は本当に落ち着いているね」

ニクス「別にそんな事ない」


 比較的に安定した声音で言ったアルラートに、ニクスも平然と返答した。

 微妙な空気が未だ漂う中、黙々と食事を再開した一行である。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 ここで少し、アートルム神殿跡を出た後の道中を話しておこう。

 行きと同じくホバーホイールを使って首都ラ・パルタまで戻った。移動自体は非常に快適だったのだが――。


セレーネ「まさか、主都の入り口で止まっちゃうなんて……」

ニクス「機械だからな。壊れる時は壊れる」

アルラート「確か砂が大量に入ってしまったんだよね?」

ニクス「ああ、見た目以上に酷くてな。本格的に整備しないと無理そうだ」


 落ち込む面々。できるなら今後も利用したかった。

 しかし砂漠という環境は機械には厳しかったようで、きちんとした設備の所で念入りに整備する必要が出てしまった。だからこそ戦場には投入しなかったのか。

 いくら砂漠用に改良していたとしても防ぎきれるものではない。結果的にまた徒歩での移動を強いられる事となる。まぁ、そこはいいのだ。慣れているから。



 話を戻して、主都ラ・パルタの宿屋を後にした一行。

 少し元気がなかったのも振り払い、気を取り直して目的に足を向ける。いつまでもぎごちないのは辛いので互いに「終わり」にして歩き始めた。別に喧嘩していた訳でもないし。


ラソン「さてと、どっちに行く?」

リーヴェ「王国か、それとも帝国かだな」

リジェネ「どちらも同じくらいの距離がありますよね」


 どちらを選んでも変わりはなさそうだ。

 リーヴェは寝不足で少しクラクラする頭を懸命に働かせる。頭痛がしないだけマシだろう。

 皇帝はもう国に帰っただろうか。王国側の様子も気になる。そういえば、成り行きで置いてきてしまった代表はどうなっただろう。今の今まですっかり忘れていたが、探したほうがいいのか。

 次から次へと気になる点が上がってしまう。リーヴェは眉間にシワを寄せた。


リーヴェ(皆の意見を聞いてみよう)


 困った果てに思い至った彼女は皆に意見を求める。自分が思った事を伝えて返答を待った。

 仲間達はリーヴェの話も踏まえて再度考えを巡らせる。代表の事は皆も気になっていたらしく、目的を決めかねてしまう。そこへアルラートが提案した。


アルラート「代表の捜索は私が引き受けよう。空からなら早く発見できるだろうしね」


 提案を受けるなら彼とはここでお別れだ。確かに身軽になって空から探せれば早く見つかるかもしれない。生死の確認も兼ねるからできれば早いほうがいいだろう。


リーヴェ「わかった。ルー兄、頼む」

アルラート「了解」


 これで問題がひとつ解決した。

 ニクスがアルラートと話があるようで席を外す。ニクスとアルラートがパーティから外れる。2人は議事堂方面へと歩いていった。

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