第137話 それぞれの思惑
一行がコボル郷と戦った最奥の間を離れた後。静まり返ったこの場に下り立つ者がいた。
風になびく外套を振り乱し、崩れ去った機械片の前に膝を折る。散乱した中から小さな部品を取り出した彼は口端を釣り上げた。
ホレスト郷「あったあった」
彼の手に握られているのは本当に小さな部品。変換した活力を圧縮収納しておく物だ。どうやら誰にも見つからずに済んだようである。
この部品、かつて彼が強盗した宝石が素材になっている物。部品1つで、兵器の様々な機能を助ける働きもあった。
ホレスト郷「せっかくボクが奔走したのに。こんなにしちゃって」
本当に使えない連中だ。まさか、コボル郷まで敵にやられるとは。これはますます手を考えないといけない。
ホレスト郷「どこかの誰かさんは裏切るし、他の幹部たちも役立たずばかり……」
使えなさ過ぎて笑えて来るよ。
頭を抱えて高らかに笑い乱れた。しかしすぐに冷めてしまう。
懐に部品をしまい込み、兵器の傍らで息絶えた男を見下ろす。暗く鋭い視線。所詮彼も、英雄に倒される小物でしかなかった。とどめを刺したのは別の人物だったけど。
でも、ボクはそうならない。なってたまるものか。
ホレスト郷(悲願を果たすまで終わらせない。もっと、もっと……)
ああ、必ず成し遂げてみせるよ。
こんな世界、許しちゃあいけない。絶対に、絶対に。
僅かに肩を笑わせて彼は思いに浸った。遠い日を懐かしむように、けれど寂しそうな瞳は狂気を帯びて世界を笑う。
ずっとこの時のために準備をしてきた。長い間ずっと、待ち焦がれていたんだ。だから絶対に失敗したりしない。否、させない。
ホレスト郷「さーて、次の手に移ろう」
アレを手に入れないとね。こうなったら手を下すまでだ。そのために、一度暗黒界に戻らないといけないな。
はぁ、まったく面倒だよ。余計な手間でしかない。
ホレスト郷「でもしょうがないよね。小鳥ちゃん、望む通りに踊ってくれないんだから」
ホレスト郷(やっぱり歴代随一の力は侮れない、か)
次の目的を定めホレスト郷は再び浮かび上がる。不気味で凶悪な笑みを浮かべたまま、彼は真っ暗な空の闇に消えていくのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
暗黒界、魔王領。忍者の里ククイに設けられた隠し部屋。
辛くも逃げ延びたホッヴォ郷とシャンヌは、身の安全を確保するために今は誰もいない忍者の里に身を寄せていた。さすが忍衆が暮らす里だけあって、至る所に仕掛けや隠し部屋が存在。その内のひとつを勝手ながらも拝借して生活していた。
里の住人には後でちゃんと言っておかないといけない。でも今は気軽に出歩くのは危険だった。
ホッヴォ郷「お待たせ。食料を調達して来たわ」
シャンヌ「ありがとう。そ、外はどんな感じだった?」
慎重に部屋まで戻ったホッヴォ郷は、待機していた幼馴染に出迎えられる。彼女の傍にはごちゃごちゃした機械の部品が散らばっていた。あり物で何かを作ろうとしていたようである。
いつも通りの様子に安堵を覚えながら調達してきた食料を渡す。
ホッヴォ郷「外は相変わらずよ。追っての類は見当たらなかった」
シャンヌ「……そう。ごめんね、サーちゃん」
ホッヴォ郷「別に気にしないで。好きでやってるだけだから」
世話を焼くのは自分の意思でやっている。強制されたからじゃない。狙われているのは、どちらかと言えばシャンヌなのだから下手に動かれても困る。
こういっては何だけど、シャンヌはあまり戦闘が得意じゃない。弱いとは言わないけど幼馴染の中で最も貧弱だ。少なくても彼女単体で見れば。
ホッヴォ郷(むしろ、この子について来るモノのほうが怖いのよねぇ)
でも、今はそれらはない。つまり彼女は戦力外だ。せいぜい逃げるのがやっとだろう。
シャンヌ「…………」
ホッヴォ郷「…………」
シャンヌ「……ニクス君は無事かなぁ」
長い沈黙の後、唐突に彼女が呟いた。自分の事よりも他人の心配が先か。全然変わらないわね、とホッヴォ郷は思った。
淹れたばかりのお茶で喉を潤しつつホッヴォ郷は答える。
ホッヴォ郷「彼なら大丈夫よ。私達の中で一番頑丈だもの」
仲間もいるみたいだし、とつけ足してシャンヌを安心させた。彼女はすぐに不安に陥るから早い段階で安心させておく。
しかし、ニクスの話が上がった事でホッヴォ郷の表情が曇った。脳裏に過るのはあの時の事。
シャンヌ「サーちゃん?」
心配そうにこちらを見上げてくる。そんな彼女に苦笑いを浮かべながら答えた。
ホッヴォ郷「私、彼に酷い事を言ってしまったわ」
落ち込んだ声。表情も重く、目を合わせようとしない。
シャンヌは必死に言葉を探した。彼女の様子につられてこちらも表情が沈む。シャンヌが言葉を探している間に、彼女は手で顔を覆いながら嗚咽を零した。
ホッヴォ郷「あんな事を言うつもりはなかったのに……」
シャンヌ「サーちゃん。お、落ち着いて」
ホッヴォ郷「ニクスが気にしてるの知ってて、私っ」
シャンヌ「…………」
言葉が思い浮かばない。2人とも事情を知っている。自分達はよく似た痛みを持っていて、歳もそれ程離れていなかったら自然と仲良くなった。
幼い頃を共に過ごした記憶。同じ町で過ごした時間は短かったけど楽しかった。その後も交流は続き、アカデミーで再会した時は驚いたものだ。
3人は士官学校ではなく分野に溢れた一般のアカデミー出身である。
そういえば、アカデミーで再会した彼は大分雰囲気が変わっていたっけ。
後でその理由を知った時は本当に衝撃だった。今でもはっきりと覚えている。なのに――!!
ホッヴォ郷(言ってしまった。勢いに任せて)
最悪だ、とホッヴォ郷は自分に思いを投げつけた。最低な女だと心底思う。
シャンヌはゆっくりと言葉を探して慎重に口を開く。
シャンヌ「サーちゃん、ちゃんと謝ろう?」
ホッヴォ郷「許してくれるかしら」
シャンヌ「だ、大丈夫。ニクス君だってちゃんと話せばわかってくれるわ」
ホッヴォ郷「本当に?」
シャンヌは力強く頷いた。ここで自分が弱気を見せてはダメだと必死に奮い立たせている。
シャンヌ「信じよう。きっと許してくれるよ」
ホッヴォ郷「う、うん……」
承諾しはするものの、彼女の表情はまだ迷っているようだった。視線を反らしたまま黙り込んでしまう。そんな幼馴染に言葉を渡せない。言葉を引き出しては引っ込めてしまう。
どうやっても上手くできる気がしなかった。それでも。
シャンヌ「わたしもっ!!」
ホッヴォ郷「っ……」
シャンヌ「わたしも一緒に謝る、から。だからっ」
ホッヴォ郷「いいの、わかってる。……すべて終わったら謝るから」
シャンヌ「そんなのダメ!」
初めて見る剣幕にホッヴォ郷は驚く。彼女がこれ程声を荒げるなんて珍しい。興奮気味で歩み寄り、拳に力を込めて言い放つ。今言わないといけないんだ、と。
今までにないくらい勇ましい幼馴染の言葉に励まされ、ホッヴォ郷は席を外すと言って部屋を出て行った。立ち去る背中に「頑張れ」と気持ちを投じるシャンヌである。
通信をするために里の外に出たホッヴォ郷。隠れ家の近くで通信機を使うのは避けたほうがいい。周囲に人がいないかを念入りに確認し、荷物の中から取り出した通信機を操作する。
しばらく待つと、聞き慣れたニクスの声が聞こえた。普段と変わらない声にほっとする。否、少しだけ元気がないか。体調でも悪いのか、と確認してから話を進める。
ホッヴォ郷(ふぅ……うん、大丈夫。大丈夫よ)
話す前に深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
ホッヴォ郷「あ、あの。あの、ね……ごめんっ」
ニクス「っ!?」
ホッヴォ郷「あの時は本当にごめんなさい!」
ニクス「あの時? ……ああ、別にもう気にしてない」
意図せずとも声が震えてしまう。
思い出したらしい彼の声は変わらない。普通に受け答えしている。驚く程感情を隠すのが上手い。3人の中で一番若いのに。
本当に年下なのかって疑いたくなる時が時々ある。
ホッヴォ郷「本当に可愛くないわね。でも、ちゃんと謝っておきたかったから」
ニクス「ああ、わかってる」
ホッヴォ郷「……ありがとう」
一言礼を言って通信を切った。思いのほかあっさりと許してくれたものだ。心の内ではきっと傷ついた筈なのに、彼は強いと何度も思う。自分もあんな風に強くあれたら――。
ホッヴォ郷(ダメダメ。こんなんじゃあ、アルフレド様に近づくなんてできないわ)
憧れの人。あんな風に凛々しくて強くなりたい。
自分でもこれが恋心じゃないのは知ってる。ただ純粋に慕っているだけだ。本当に自分の心に残る人達は強い人ばかりで困ってしまう。自分が凄く弱く感じてしまうのであった。
再びシャンヌのもとに戻ったホッヴォ郷。
すっきりとした顔で幼馴染の出迎えを受け入れる。そして数分後。
ホッヴォ郷「ちょっと止めてよ。あの時の話なんか……」
シャンヌ「でも、だってサーちゃん可愛かったもん」
ホッヴォ郷「んん~っ」
言葉に表せない感情が溢れてくる。あんなの黒歴史だ。今でも誰にも見られたくはなかったと思っているくらい。
シャンヌ「だけど、おかげでサーちゃんと出会えました」
ホッヴォ郷「そっ、それは……そうだけど」
あれはまだ少し幼かった頃、訳あって実家を離れ「職人の都 フラル」に身を寄せていた。
フラルはエルヴ領の西にある港もある町だ。すぐ近くに森があり、海岸と平原に囲まれた大きな都市。少し東に行けば白銀の世界が広がってるなんて嘘のように、比較的暖かい気候の場所でもある。
そう、エルヴ領は暗黒界の東側に位置する、殆どが雪に覆われた寒冷の大陸だ。
歳は幾つくらいだったろうか。ああ、私が12歳くらいの時だ。
あの日も、日課の海水浴で海に1人来ていた。ちょっと事情があってフラルに来てからずっと通い詰めていたのである。それこそ毎日のように。
サリナ「ゴホッ、ゴホッ……じぬかと思った」
そう、あの当時の私は猛烈に泳げなかった。海蛇人種のくせに一度も泳げた試しがないなんて恥でしかない。おまけに厄介だったのは――。
サリナ「くしゅっ! は、いけない。風邪を引いたら洒落にならないわ」
本当に洒落にならない。万が一にも引いてしまった場合は確実に長引く。当時の彼女は身体まで弱かったのである。
急いで持って来たタオルを手に取ろうとした時だった。
シャンヌ「…………」
サリナ「はっ!?」
目の前に1人の少女が立っていたのだ。無言のままこちらを凝視している。完全に見られた。
サリナ(嘘でしょ。この季節、こんな所に人が来るなんてっ)
大いに動揺した。今のこの辺りは人気がないと聞いていたのに。今まで一度も人に会わなかったのに、と。
見た所、少女は9、10歳くらいだった。歳が近いとか、また厄介な。大人も嫌だが、子供は容赦がないからもっと嫌だ。ここでも噂が流れてしまう。実家みたいになるのは絶対に御免だ。
当時のサリナは実家での風当たりがきつかった。
理由は簡単。海蛇人種のくせにまったく泳げず、歌も下手。おまけに身体まで弱くて、日頃から「役立たず」と訴える視線の中で育ってきた。
特に厳格だった祖父母からの風当たりが厳しく、周りから見ても委縮しているとわかる程であったのだ。見かねた使用人が療養も兼ねてフラルに連れてきてくれたのが、ちょうど8歳の頃。
怯えて動けないサリナ。何も話さない少女に視線を向けられず、じっと堪えるしかない。
少女が動いた。何かされる、そう覚悟した時。スタスタと少女が走り去って行く。
サリナ「え……」
サリナ(どういう事。まさか、逃げられた!?)
ますます不味いではないか。早く止めないと実家でのアレコレがここでも起きる。
しかし、思うように身体は動いてくれなかった。寒気が酷い。震える足は何度も砂上を滑り、気がつけば全身砂まみれだった。焦れば焦る程に進まない。
そこへ少女が戻って来た。1人の少年を連れて。
サリナ「あ、ああ」
サリナ(増えてる! 更にややこしい事に!?)
どうしよう。こんな明らかに溺れてましたと言わんばかりの体で、目撃者が増えるなんて想定していない。願えるなら時間を巻き戻したい、意識を飛ばしてしまいたいよ。
少年は自分より大分年下のようだった。6歳ぐらいだろうか。
見つめてくる2対の瞳。辛い。そうだ、何か弁解を。弁解を言わなくては。
サリナ「べ、べ別に何でもないのよ。ちょっと転んだだけなのよ! そう、溺れてたなんて全然……あっ」
サリナ(しまったぁ――!! 自分から暴露してどうするっ)
外見で種族なぞすぐにわかる。終わったわ、と燃え尽きた顔になるサリナ。穴があったら入りたいと本気で思った。今思えば、相当に面白い顔を晒していた事だろう。
死を覚悟した戦士の如く、相手の反応をただ待つしかなかった。少年がゆっくりと近づいて来る。後から少女もそっとついて来ていた。年下の少年の背に隠れるようにして。
瞼を閉じて刑の執行を待つ。生きた心地がしなかった。少年が膝を折る気配がする。
そしてそっと労わるように、手で頬を挟み込んで顔を合わせさせた。次の瞬間、少年がニカッと笑う。今の彼からは想像もつかないくらい、明るく無邪気な笑顔だ。今では殆ど笑わないのに。
ニクス「気にすんな。それより風邪ひくぞ?」
サリナ「へっ?」
少女が置いてあったタオルを拾って少年に手渡す。
受け取った彼はサリナを優しく拭き始めた。タオルを渡した後、少女はまた少年の背後に隠れる。彼女が自分以上に怯えているのが見て取れた。
ニクス「今の海水は冷たいだろう。無理しちゃダメだぜ」
サリナ「変じゃないの?」
ニクス「何が?」
サリナ「だって私、海蛇人種なのよ! それなのに泳げないって……」
思わず問いかけてしまった。我ながらバカだ。わざわざ自分で傷を抉りに行くなんて。でも、今更後悔しても遅い。既に発言してしまったのだから。
胸が締めつけられる思いで身構えるサリナ。しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。
ニクス「種族なんて関係ないし恥でもない。弱点の1つや2つ、誰にでもあるさ」
俺にだってあるしな、と彼はまた笑った。
落ち着きを取り戻した所で改めて自己紹介を行う。実は結構見掛ける事があったような……。これが、サリナと2人の出会いだった。
過去の話で若干緊張が緩み、肩の荷が下りたみたいで気持ちに余裕ができた。その所為か、ある疑問が脳裏に浮かぶ。
ホッヴォ郷「そういえば、ここへ来るときに取りに行ったアレは何?」
シャンヌ「あ、アレは……」
彼女の様子が明らかに変わった。オドオドと落ち着きがない。
実は忍者の里に行く前に、一度ハレスティアーノ領の領主邸に立ち寄っていた。理由はある大事な物を持ちだすため。中身が何かまでは知らないが、余程大切な物だと伺える。
危険を冒してでも持ち出したかった物とはいったい?
シャンヌが視線を滑らせる。持ち出した例の物は、彼女が使っている寝台の下に隠してあった。随分と大きなケースだ。抱えて持ち出せるくらいとはいえ、相当に大きい。
危ない物じゃないだろうか、と心配するホッヴォ郷の様子にシャンヌが折れた。か細い声で言う。
シャンヌ「これは……預かり物です。ニクス君からの」
ホッヴォ郷「ニクスの? それはどういう事?」
嫌な予感がするのは気の所為だろうか。
その思いを察してか知らずか、気弱な彼女は更に言葉を紡いだ。
シャンヌ「ごめんなさい、詳しくは言えないんです。でも! もしもの時はっ」
シャンヌ(もしもの時は、必要になるかもしれない)
ホッヴォ郷「シャンヌ?」
シャンヌ「…………」
沈黙を返される。どうしても譲れない事のようだ。無理に聞き出すのは止めておこう。しかし、これだけは聞いておかなくては。
ホッヴォ郷は意を決して口を開く。
ホッヴォ郷「それは、今すぐどうにかなるモノではないのよね?」
シャンヌ「うん。少なくてもケースに入っている限りは」
ホッヴォ郷(ということは、直接触れなければ問題なさそうね)
ホッヴォ郷「わかったわ」
それ以上は触れなかった。口にしたのは別の言葉だ。
ありがとう、ただそれだけ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆




