第131話 戦場を包む白光、落ちる黒光
戦場での攻防は続く。負の活力の影響が強く、前に突破した時よりも身体にかかる負荷が大きい。動けば動く程に身体が重くなっていく。体力を削られているのだ。
他の皆も疲れが出始めていた。ルーメン・テンプルムの範囲内を維持しつつ、各々孤立しないように立ち回っているからだろう。敵がとめどなく迫ってくるからでもある。
ニクス(さすがにキツイな)
暗黒人の彼でさえこの濃度は厳しい。さすがに気持ち悪さを感じる。一応、負の活力を取り込むか否かは任意で制御できる能力だ。
しかし、取り込まなくても肌に触れる感覚に不快感を覚えた。
耐性のある自分でさえコレなのだ。他の者達はもっと辛いだろう。何とかしてやりたいが、自分にはどうする事もできない。
一方でリーヴェは、他の面々以上に苦戦を強いられていた。
必死に応戦するが敵の勢力が弱まる気配はない。
リーヴェ「はぁ、はぁ、さすがにもう……」
何とかして殺さず戦闘不能にできないか、とこの期に及んで思っている。
戦場であっても貫きたい思いがあった。けれど、それは果たして正しいのか。人殺しをしたくないという甘えだと言われればその通りだ。戦場で何甘えた事を言っているのか、と。
覚悟を決めてきた筈なのに、いざその時が来ると身が竦んでしまう。躊躇ってしまうのだ。
その迷いが、リーヴェの動きを更に鈍らせていた。力を使えば済む事だ、上手くすれば戦場すべてを浄化できる筈。ここに至る前には散々考えた事だ。
けれど、今の彼女は動揺しすぎて思考が回っていなかったのである。
兵士「オラァァッ」
リーヴェ「くっ」
敵の猛攻に押されて後退っていく。すると背中に誰かの背が当たる感触がした。ニクスだ。彼もまた、交戦の最中に移動していきたのである。偶然にも背中合わせの構図になる2人。
リーヴェの目前まで敵が迫る。背後には仲間がいるので避ける訳にはいかない。息が上がり、余裕のない状態で彼が上手く回避してくれる保証はなかった。
迂闊に動けなくなった彼女。剣を構えたまま身体が硬直する。直後、悲劇が起きた――。
兵士「アアァァァ……ガ、ハッ」
リーヴェ「っ!?」
剣をまっすぐ向けられているのに構わず敵が突進してきた。重い感触とともに敵が刃の餌食になる。その重さに腕から力が抜け、下向いた刃から死体が滑り落ちた。
ドバッ、と僅かな砂煙とともに動かなくなる兵士。リーヴェの剣にはべっとりと血がついていた。
赤く染まった刃から目が離せない。意図せず全身が震え、呼吸が上がっていく。喉に何かがつっかえて言葉にならない声が漏れた。
力を失い、崩れ落ちそうになる彼女の身体。辛うじて立っていられるのは背に感じる感触とぬくもりがあるからだ。彼も察してか動かず応戦を続けている。彼の実力がそれを十分に成し遂げていた。
リーヴェ「い、嫌だ……もう、止めて」
リジェネ「ね、姉さん? ダメだっ」
リーヴェの激情に呼応するように、全身を淡い光が多い始める。周囲からも光を集めて徐々に大きくなっていく。その光は予備として腰に下げた「白翼のプラチナソード」からも発せられていた。
彼女の様子に気づいたリジェネが慌てて駆け寄る。ニクスも何かを感じ取り目を見開く。
リーヴェ「止めてくれ――!!」
駆け寄ったリジェネが肩に触れた瞬間。リーヴェの絶叫とともに浄化の光が溢れ上がる。解き放たれた浄化の光は高く立ち上った後、地を滑り戦場全体に広がって行く。
浄化の光に、何故かリジェネとニクスまでもが呼応しているようだった。戦場を満たした光はそこにいるすべての人に及ぶ。
浄化が済んだ後、当事者であるリーヴェとリジェネ、ニクスがその場に膝をついた。
リジェネ「な、何が……」
ニクス「くっ……全身に力がっ」
リーヴェ「はぁ、はぁ、はぁ」
酷い脱力感が全身を襲う。どういう訳か、浄化の光は御子以外の2人からも体力を奪っていた。充満していた負の活力が失せ、呆然と立ち尽くす人々。戦意を失った戦場は一気に鎮まり返っていた。
一連の状況を目の当たりにしたラソン達は、膝を折っている面々に視線を向ける。
ラソン「いったい何が起きたんだよ」
クローデリア「兵士の皆さん。全員正気に戻っているようですわ~」
セレーネ「すっごい効力だったわね。御子って、あれだけの力を出せるものなの?」
クローデリア「そんな筈はないと思いますが。もしかしたらお2人にも関係があるのかも」
力の発動直前に2人が触れていた。見ようによっては触れた途端に爆発したようにも思う。2人が持つ何らかの要因が彼女の力に影響を与えたのだろうか。
同じ天空人であるリジェネならば、まだ可能性がないとも言えない。けれどニクスにも影響が出ているのを見える。いったいどういう事なんだ。
釈然とはしないが、とにかく状況から考えられるのはひとつだけ。それは、2人の力が彼女の力を補助・強化したのではないかという可能性である。
リーヴェ「はぁはぁ……やったのか? がっ」
荒い呼吸を繰り返していたリーヴェが顔を上げた。周囲の様子を確認するために視線を流す。
その時、内側から迫る不快感に襲われる。堪えるように口元を抑え身を伏せた。もう片方の腕を地について身体を支える。吐き出すものなんてないのに吐き気がした。
気持ち悪い。何かが這い上がってくる。
いや、少し違うな。言い知れない気配が内側から笑みを浮かべているような、脳裏に囁きかけるような感覚だ。自分の中で得体のしれないモノが暴れ回っている。
心の奥底で警鐘が鳴り響く。コレを解放してはならない、と本能が告げていた。
リジェネ「姉さん!? 大丈夫ですか、しっかりしてください!!」
ラソン「リーヴェっ」
彼女の異変に気づいた仲間達が駆け寄ってくる。
その姿が、彼女の中の力を僅かながらに回復させた。使ったばかりの御子の力が内部で抵抗を始める。必死に食らいつく気配に抗い、数分の後にようやく抑え込む。
苦痛が消え深い息を這い出して体を起こす。リーヴェは心配する皆に疲れを帯びた笑みを浮かべた。
リーヴェ「すまない。もう、大丈夫だ」
リジェネ「本当にもう平気なんですか?」
リーヴェ「ああ」
セレーネ「やせ我慢とかじゃないわよね」
リーヴェ「もちろんだ。自分でもよくわからないが、なんとか踏み留まったよ」
本当だ。本当に自分でも何を抑え込んだのかわからない。
リジェネは尚も確認を求めるが、何度も「大丈夫だ」と答えた。何度目かでようやく納得して見せる。あの感覚が何だったのか気になったが、今はと足に力を込めた。
しかし、上手く踏ん張れずに転んでしまう。他の皆も、すぐには動けない様子だった。すっかり力が抜けてしまっている。
戦争は止められたんだよな。
周囲を何度も確認して戦う気配がないのを感じ取る。完全に放心している軍隊。まだ現実が追いついていないようだ。
ラソン「一時はどうなるかと思ったな」
セレーネ「うん。さすがに危なかったわよね」
クローデリア「あのまま戦い続けていたらと思うと、恐ろしいですね」
微妙な達成感。実感が湧かず、から笑いを浮かべた時。
――シュバァァァ――――ンッ、ドドドドッ!!
空から黒く凄まじい光線が戦場に降り注いだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
同時刻、首都近くで戦場の様子を傍観していた人影。デリス郷だ。
傷ついた身体を引きずってやって来た彼女は、戦闘を停止している状況に驚愕を示す。まさか本当にやってのけるとは。でも――。
デリス郷「今からじゃ、間に合わない……」
上空から降り注がんとする光を見上げる。
この位置だと自分もギリギリ巻き込まれるだろう。自業自得だな。仕方ない、これも自分の運命だ。
ベリーニ郷「アレイシア!!」
デリス郷「はっ!?」
黒い光の手前、こちらに向かってくる影が視界に写る。翼を広げて飛んでくる彼の姿が。
紛れもない。あれは、あたくしの一番好きな人。ずっと会いたかった。ここの所、ずっと会ってなかったから。
でも、どうしてここにいるの? 貴女は帝国に捕まっていると聞いていたのに……。
デリス郷「ルーシル」
無意識に手を伸ばして呟いた。涙で視界が歪む。
言わなくちゃいけない。逃げて、早く引き返してと。そして――。
口を開くも言葉が出ない。動く事を忘れた身体はただ手を伸ばすだけ。光はもうそこまで迫っているというのに、自分が逃げるという発想は彼女にはなかった。
必死に飛ぶベリーニ郷の翼が、光の一部に当たって傷を負う。光に触れた場所が霧散して消える奇妙な傷だ。でも痛みは感じた。最高速度で飛び続け体力の限界も近い。
それでも彼は速度を緩める事なく飛び続ける。必死に彼女のもとを目指す。
――シュバァァァ――――ンッ、ドドドドッ!!
次の瞬間、デリス郷の身体は光の着弾範囲の外へ突き飛ばされていた。代わりにベリーニ郷の身体が光の飲まれて消えていく。
跡形もなく消滅する直前、彼の懐から空色の淡い光が見えた気がした。
デリス郷「いやあぁぁぁぁぁっ!」
そこにあったすべてを攫って光が消える。
たった今まで、目前にいた筈の人物を思い出す。彼は、自分を庇って消えてしまったのだ。自分の所為で死なせてしまったのである。大事な言葉を何一つ伝えられないまま。
戻って来た現実の静けさの中、1人残された彼女の悲鳴が辺りに響き渡った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
少し時間を戻し、黒い光を前に動けない一行。
頭の中では「逃げる」や「避難させなきゃ」の言葉が思い浮かんでいるに、咄嗟に身体が受けてくれる命令は立ち上がるのみ。思考も目の前の状況を前に流れ出していってしまう。
戦場の兵達も空を見上げて唖然とするばかりであった。
逃げる、という思考が抜け落ちてしまっている。いや、わかってはいるんだ。身体が動いてくれないだけで。
成す術もなく立ち尽くす人々に、けたたましい音を上げて光が降り注ぐ。禍々しい光は地を抉り、着弾した場所の人々を容赦なく消し去っていった。人が煙の如く消えていく。
たった一発だけだったが、それは戦場にいた生存者の多くを攫っていった。横たわる死者も例外ではなく消え去っている。
光の後に生じた黒い靄が、スーッと何処かに飛んでいく。
リーヴェ「…………」
ラソン「なんだよ、今の。何が起きたってんだよっ」
セレーネ「嘘。あんなにいた人が消えて……」
クローデリア「いやぁ――!!」
ラソンが辛うじて張った風の結界が解けた。直撃しなかった事もあり、何とか無事だ。着弾範囲にいなかった人々もあんぐりと目の前の惨状を凝視している。
戦場に降ってきた光。あれはいったい何だったんだ。知らない。あんなの魔法にだって存在しないものだ。魔法じゃないとしたら平気か。だとしたら何処から、誰が……。
必死に思考を回すが要領を得ない。なによりも目の前の光景が酷すぎる。
だって、今までそこにいた人々が形もなく消えているのだ。人が何も残さず消えるものか。リーヴェは、目の前で起きた出来事が信じられなかった。




