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第130話 恐ろしい影が見下ろす中で……

 首都ラ・パルタに到着した一行。普段は南側から入れない都市だが、チャンドラッヘらが利用した裏口の鍵が開いていた。そこを通り議事堂の敷地内を突っ切って町に出る。

 ここまでロクに兵士とは遭遇しなかった。だが町に入るまでは数回、魔物と遭遇。おかげでリーヴェがLv44、ニクスがLv46になる。魔物は燃え盛る炎から逃げてきたようだ。


 町中は半ば火の海になっていた。

 北側から中心に戦火が飛び火し、次々と家屋や木々に燃え移っている。幸い熱砂の牙らが避難させてくれていたおかげで人の被害はない。

 それでも、大変な被害が出ている事は変わりなかった。早く止めないと人々が暮らす場所もなくなってしまう。


セレーネ「そんな……町がっ」

ラソン「……この辺りで戦闘した兵は、全滅みたいだな」


 所属を問わず死した兵が道端に横たわっている。おそらく数は前線程ではないだろう。それでもかなりの数だ。

 燃える町並みを見て、消火したい気持ちを堪えて先を急ぐ。まずは現況を止めないと。


リーヴェ「とにかく今は戦場を目指そう」


 でも、感情のままに突っ走ってきてしまったから具体策を考えていない。移動中もずっと考えていたが思いつくのはひとつだけ……。


ニクス「向かうのはいいが、具体的にどうする気だ?」

リジェネ「まさか姉さん……」

リーヴェ「……っ、今は行くしかない」

リーヴェ(私が、私がやらないとっ)


 戦場の兵らが様子。あれがもしも、チャンドラッヘらと同じように何かによって操られているとしたら……自分の力が役立つかもしれない。

 それでもリーヴェには力がある。ここにいる誰もが使えない力を持っているのだ。だから自分にしかできない。自分がやらないと。

 だが、それで本当に効果があるのか。リーヴェは使命感と不安を胸に抱えて走った。戦場が近づくにつれ、ますます気持ちが高まって行く。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 【サブエピソード62  悪い癖】

 前線へ向かう最中、リジェネは姉の背中を見て表情を曇らせた。少しだけ距離をとって走る。すぐ隣ではラソンが並走していた。

 移動中の防衛も兼ねて、彼はいつも全体の中間辺りを走っている。前にも後ろにも行けるように。


リジェネ「…………」

ラソン「どうかしたか。大丈夫?」


 唐突に彼から声がかかる。

 視線は前方を向けたまま、そっとこちらに意識を向けていた。リジェネも前を見据えたまま答える。


リジェネ「いえ、特には。大丈夫です」

ラソン「そうか? オレにはそうは見えねーぞ」

リジェネ「…………」

ラソン「オレは言えない事か」


 ほんの少し肩を落とす気配がした。咄嗟に「違う」と訂正する。そして言い辛そうに――。


リジェネ「ただ、悪い癖が出たなっと思いまして」

ラソン「悪い癖? 誰の」


 薄々察してはいたが敢えて聞く。


リジェネ「姉さんです。多分また、考えていると感じて……自分がって」

ラソン「ああ、なるほど。確かにそういう所あるな」


 不思議なくらい素直に納得してしまうラソン。ここまで一緒に行動してきて、そう感じる場面がちらほらあった気がするからだ。

 リジェネは同意を示す仲間の気配に、力のこもった声音で言う。


リジェネ「本当にそうなんです。いつもいつも自分がって強がって……心配してるこっちの身も知らないで無理して」

リジェネ(ましてや今は、戦場すべてを浄化する気でいる。そんなの無茶だ)

ラソン「…………」

リジェネ「僕もいけないんだ。僕にもっと力があったら……そうしたらっ」


 こんな事ならもっと。もっと兄さんに教えて貰うんだった。本気でやるべきだったと後悔する。今更遅いとわかっていても後悔してしまう。


リジェネ(そりゃ、どんなに頑張っても浄化はできないけど……)


 天空人だからこそできる事が。魔法の才能がないとか些細な事なのに、苦手意識がある所為で全然上達しない。これじゃあ、教える側も嫌になるというモノだ。

 グルグルと考え込んでいるリジェネに、ラソンの呼びかけが何度もかかる。ようやくそのひとつに気づいて顔を向けた。


ラソン「あのな、そこまで思いつめる理由があるんだろうけど。さっきの言葉にはお前も含まれてっからな」

リジェネ「え?」

ラソン「自分がって奴。アレ、お前も似たようなもんだぞ」

リジェネ「そんな事っ……」


 ない、と言いかけて口ごもる。なんでだろう。はっきり言いきれない。

 ごもごもと言葉を詰まらせる彼に、ラソンは小さな笑い声を零した。面白いから笑っている声ではない。少しで緊張を解くような、不安を軽減させようとするような感じだった。

 そこは、やっぱり年上のお兄ちゃんだと思う。


ラソン「まぁ、こんな状況じゃ無理するなってのが無理だけどな」

ラソン(皆、少なからず無理してる。オレも踏ん張らねーとっ)

リジェネ「ラソンさん」

ラソン「挫けねー程度に引き締めろ。絶対、生き抜くんだからなっ」

リジェネ「は、はい!」


 まっすぐ前を見据える彼に、リジェネは力を貰ってはっきりと声を張った。激戦区はもう、すぐそこまで迫っている。



         ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 戦場、激戦区に到達したリーヴェ達。

 そこは火の海どころではない最悪の現状だった。亡き骸の山、風に乗る煙、異様な匂い。想像を絶する惨状が目の前に広がっている。

 負の活力である黒い靄が充満する中、視界に写るだけでも激しい戦闘が繰り広げられていた。敵味方が入り乱れ、視界の悪さも相まって身動きがとり辛い。


リーヴェ「こ、これはっ……」

リジェネ「気持ち悪い……です」

ラソン「コイツは想像以上だぜ」


 充満する活力と、濃度を増した戦場の空気に当てられ口元を抑える2人。仲間達も虫唾が走る思いを感じて表情を歪める。覚悟はしていたつもりだが、やはり程度が違い過ぎた。全身に悪寒が走り震え上がるのを必死に堪えた。


 リーヴェが「ルーメン・テンプルム」を使用。皆も魔法の影響下に入って行動した。この魔法なら、まだ影響を受けていない者を守れるだろう。

 しかし、それでも天空人の2人には特に厳しい環境である。気を抜けば、意識を手放してしまいそうだ。足に力を込めて踏み留まる。


セレーネ「ねぇ、ニクスが弾に込めてた薬で薄められないかな?」

ニクス「状態異常を癒す薬か。……やってみよう」


 彼が弾を装填して中空に発砲。破裂した球から気化した薬が範囲内に広がって行く。

 薬の効果を確認するため、セレーネらがリーヴェ達に視線を投じた。


セレーネ「どうかな?」

リジェネ「……ダメです。一瞬でも薄くなった感じがしません」

ニクス「効果なしか」


 元々毒を取り除くものだからな、と発砲した当人は落胆した様子を見せない。少しでも効果が出れば、という期待もありはしたがやはり難しいようだ。これでは魔法を使っても同じ事だろう。


兵士「はあぁぁぁっ」

ラソン「ぐっ。皆、気をつけろ! コイツら見境いがねぇ」


 立ち往生していた一行を、負の活力に踊らされた兵士らが襲った。

 咄嗟に応戦しながらリーヴェは焦りを覚える。目の前に広がる光景。血を吸って赤く染まった砂塵、数えきれない死体に狂気に満ちた兵士達。もはや敵だけでなく、王国や公国の軍まで影響を受けていた。

 直視し難いものの数々に視界が歪む。


リーヴェ「く、こんな……」

リジェネ「姉さん、前!」

リーヴェ「はっ」


 前方から敵。咄嗟に剣を構え攻撃を防ぐ。

 自分よりも大きな男の力は強く、砂上を踏みしめる足が砂を巻き込んで僅かに後退。ずっと受けているのは無理だ。

 リーヴェは一瞬だけ力を強めて弾き返す。即座に後退、距離をとった。肩で息をする。狂気を帯びた瞳がリーヴェを狙う。怖い。圧倒的な危機感。


リーヴェ「もう……」

リーヴェ(止めて)

兵士「ガハハハハッ! 死ねぇ」


 刃がぶつかり合う音。


リーヴェ「嫌、だ」

リーヴェ(こんなのは……嫌だっ)

兵士「死ね、死ね死ね。敵、皆死ね――!!」

リーヴェ「……っ」


 上手く回らない思考。話も通じなさそうな敵の形相と殺意。戦場とはいえ、あまりにも様子が異常すぎる。相手の狂気に気圧され普段のように動けない。

 鈍る剣先や足さばきに敵が容赦なく攻め込む。仲間達も苦戦していて助けに入る余裕はない。



 ちょうどその頃。戦場を遙か上空から眺める人影があった。

 遠眼鏡を用いて血生臭い争いを見ながら笑っている。


ホレスト郷「アハハハハッ! 大変そうだねぇ」


 宙に浮かんだまま腹を抱える勢いで笑い転げていた。スポーツ観戦するように楽し気で、また愚かな行動に走る人々を嘲りを覚える。

 実に最高の気分だ。本当にいい気味である。もっとやれ、と叫び出したくなる程に高揚していた。


ホレスト郷「あ~、お腹痛い。さて……御子はどうするのかな?」

ホレスト郷(早くしないと皆死んじゃうよ♪)


 空中でごろ寝をする、だらしなさ全開の姿勢で言う。

 強風が吹く中でクルクルと遠眼鏡を危なげなく回して、覗いたり笑い転げたりを繰り返していた。文字通り高みの見物をしている彼は、不敵な笑みを浮かべてリーヴェを見下ろす。

 彼からしたら早い所力を使って欲しいというもの。でも、もう少し戦いを見ていたい気もする。真下で人間達が見苦しく争い合う姿は滑稽で実に愉快だ。


ホレスト郷(そうそう。もっと見せつけてやりなよ……奴らにっ)


 忌々しく、憎たらしい奴らに!

 この醜くく歪んだ世界を見せてやりたいよ。

 そして、その醜さに花を飾ってプレゼントしたいものだ。


ホレスト郷「見ているかい? お前達は間違っていたんだよ」


 虚空に向かって笑いを含んだ言葉を投げつける。誰に向けたモノなのか、それは彼にしかわからない。心底楽しそうに笑う彼の声は、それでもどこか寂しそうだった。切なさを帯びている。隠していても含まれる感情。

 しかし、その思いを汲み取る相手も、問う相手も彼にはいなかった。


ホレスト郷「……さ~て。そろそろ刻限が近い。急いだほうがいいよ、御子」


 懐からアンティーク調の時刻計を取り出して見る。

 そろそろ、あちらの準備が整う頃だ。それまでに事を起こして欲しいな、と本気で願った。そうしたらきっと……。


ホレスト郷「早く。早く、ボク好みの小鳥ちゃんになっておくれ」


 最後に響いたその言葉は、酷く恐ろしい音を孕んでいた。

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