第127話 急変する状況
残る問題は代表チャンドラッヘの居場所だけだ。こちらも数日が経ち情報が古い。以前の場所には当然いないだろう。
けれど、依然向かった神殿跡を拠点にしている可能性もある。そこでニクスに質問を投じる事にした。
リーヴェ「アートルム神殿跡に前線基地がある可能性は?」
ニクス「それはない。あそこは別の作戦に使うと聞いている」
ラソン「別の作戦? どんな作戦なんだ」
ニクス「重要な作戦だという事以外、聞き出せていないんだ。すまん」
仕方がない。彼は大分疑われていたようだし、疑わしい人物に詳細を悟られないようにするのは当然だ。万が一にも邪魔をされてはいけないのだから。
塔へ移動後にニクスが聞いた情報と、クルイークらが仕入れた話から代表が首都に戻ったのを確認する。今の所は首都から動く気配がないらしい。
リーヴェ「今の所動く気配がないなら狙い処だな」
セレーネ「うん。ちゃっちゃと終わらせちゃお」
ラソン「簡単に言うな。こっから首都まで行くには、山越えしないといけないんだぞ」
クローデリア「どこかに近道はないのですか~」
クルイーク「それなら、俺達が通った道があるぞ。アラビアンサハルに通じてる」
適切なタイミングで有用な情報を提示してくれる。例の道は彼らが避難に利用した道だ。避難地から東に少しばかり行った所にトンネルがあるという。
地図を取り出し、道のある場所に印をつけて貰う。大体の場所はわかった。さて、これからの行動が決まったぞ。
リーヴェ「各自準備を済ませてから首都へ向かおう。代表に会うんだ」
全員「ああ!」
力強い声がテント内に響く。状況の整理を済ませた一行は各々に行動を開始した。散会して準備に取り掛かる。
テントに残り細かい部分を詰めるリーヴェとニクス、そしてクルイークら。リジェネはカナフシルトの様子を見に行き、ラソンはクライスの回復と物資の確認を行う。セレーネは食料の調達、クロ―デリアはドワッフ商会に用があるようだ。
時間はあっという間に過ぎ、出発の時が訪れる。時刻は昼を過ぎた頃。
クルイークを始めとする牙の面々に見送られながら出立する。予定よりも少しだけ遅れての出立だ。理由は――。
セレーネ「皆、ごめん。おばさんが……」
リーヴェ「気にしてない。当然の反応だったと思うよ」
リジェネ「凄い騒ぎでしたよね」
セレーネ「う、うん」
食料の調達に出かけたセレーネはおばさんとばったり会ったのだ。どこから仕入れたのか、彼女はセレーネが首都に行く事を知っていた。
当然「危険だからダメだ」と騒ぎになり、彼女を説得するのに苦労したのである。騒ぎを聞きつけた一行が来た頃には行く行かせないの大騒ぎ。そして心配の対象はセレーネだけでは留まらなくて……。
ラソン「おばさん、オレ達の事も心配してたな」
リーヴェ「ああ。凄い剣幕だった」
リジェネ「……本当に怖かったです」
丁寧に説得を繰り返してやっと受け入れてた。受け入れた、というよりは折れた感じだったが。おかげでこんな時間になってしまったのだ。けれど嫌な気はしていない。
リーヴェ(確かに怖かったが、心配してくれる人がいるのはいいものだな)
リーヴェ「彼女のためにも無事に成功させよう」
セレーネ「うん。こんな所で死んでられないんだから!」
ラソン「もちろんだぜ」
皆の気合いを受け取りまっすぐ歩いていく。その足取りは力強く勇ましかった。
不要な消耗を避けるため、最低限の戦闘で済ませて進み数時間。それ程遠くない場所に目的の通路入り口を発見。山の麓にぽっかりと口を開けた場所を見つける。
外観だけ見れば洞穴というほうが相応しい。あまりきちんと整備されていない様子だ。暗い所為で奥まで見通す事ができず不安を覚える。果たして、聞いた通り向こう側に通じているのだろうか。
リーヴェ(何を今更……よし)
リーヴェ「行くぞ」
カナフシルトとはここで一度お別れだ。
さすがに龍が通れる保証はないので彼は空から山越えをする。リジェネに行くよう促され、飛び去って行く姿を見送った。
一行は意を決して中へ踏み込む。持っていた灯りで辺りを照らしつつ、慎重に歩みを進めて行った。魔物の気配もなく足場は以外にも安定している。奥に進むにつれ反響する足音。
しばらく進んでいくと地面が緩やかな傾斜になる。クルイークの話では、一度地下へ降りて進む通路だったか。聞いていた通りで安堵した。
リジェネ「意外と広いんですね」
そうは言うが、やはり龍が通れる程の広さはない。別行動にして正解だったと言える。
声すらもよく響くので声量に注意しながら会話した。
ニクス「……水の音がする」
ラソン「え、本当か」
大分歩いた所でニクスが呟く。他の皆も耳を澄ませるが水の音は聞き取れない。距離がある所為かも、と判断して音がするという方向に進んでみる。
すると今度は、クロ―デリアが前方を示して「水場がある」と報告した。暗くてよく見えないが、近づき灯りで照らしてみると光を反射してくるものがある。間違いなくそれは水だった。
そこそこ広い空間に小さな泉がある。岩肌からちょろちょろと水が滴り、水底からも湧き出しているようだ。この辺りを流れる地下水の一部が泉に流れ出しているらしかった。水も非常に綺麗だ。
規模はかなり小さなものだったが、疲れてきた一行には恵みの水である。先を考えて小休憩を挟む事した。各々に身体を休め、手にした水を頂く。
リジェネ「あ、これ美味しいですよ」
クローデリア「本当。生き返ります~」
セレーネ「確かにここの水はそのままでも大丈夫そうね」
慎重にひと口を含んで確かめる。
変な味や匂いはしない。口の中で引っかかる感触もなかった。飲んでも大丈夫そうだ。
万が一飲めそうにない場合も問題ない。水のマナ結晶を用いれば多少は濾過できる。最もこの国では水のマナ結晶自体が貴重なのだが……。
もちろん、マナ結晶がなくても気力と時間さえあれば濾過はできる。大変だけどね。
しばらく休憩して十分に英気を養った一行。荷物を確認して再び歩き始める。
感覚的にそろそろ中間を越えた辺り。もう少し歩けば出口が見えてくる筈だ。後少し、そう思った矢先に地震が発生した。
セレーネ「きゃっ、地震!?」
リーヴェ「落ち着け。規模も小さいしすぐ収まる」
ニクス「なぜわかる」
リーヴェ「それは……」
勘だとしか言えない。マナから感じるあれこれを説明するのは難しかった。
リーヴェの言う通り、揺れは小さくてすぐに収まる。身を低くしてやり過ごした面々が互いの無事を確認。全員無傷だったのにほっと安堵し、周辺の確認を行う。
今の揺れで崩れた所がありはしないかが不安だった。
本当に小さな揺れだったがここは地下だ。空洞になっている通路はどこが脆くなっていても不思議はない。通路が使い物にならなくなるのは命に関わる。
ラソン「こっちは大丈夫だ。そっちは」
ニクス「問題ない。退路を断たれずに済んだようだ」
前も後ろも問題なかった。大きな地盤崩れがないのを確認して進行を再開する。
若干石片が転がっている足場を進み、長い一本道を歩き続けてようやく前方に小さな光を発見。間近まで行くと光が上からのものだと知る。
光のすぐ下には縄梯子がかかっていた。縄梯子の状態を確認して足をかけ登って行く。
――ガコンッ。と少し重い音を響かせて扉を開いた。反動で近くの砂や埃が舞う。
ケホッケホッ、と咳き込みながら全員が登りきる。急に明るくなった視界。篝火で照らされたアラビアンサハル内は地下よりもずっと明るかった。
詳細な場所は、山から少し離れた位置に建つ2件の建物の間。塀で囲まれた通路の行き当たり付近だった。道の隅に木箱や樽がちらほら見える。
セレーネ「相変わらずごちゃごちゃしてるわね」
リジェネ「ここに来るのも久しぶりです」
リーヴェ「時間がない。急ぐぞ」
戦争はまだ続いている。
目的の人物とてずっと主都にいるとは限らない。急がなければ。
一行は路地を進み、大きな広場に出る。この辺りは見覚えがあった。人の姿もある。
現在のアラビアンサハルは、動かせない人々を中心とした療養施設となっていた。重傷者や病人が屋内や広場に集中している。
荒廃しているとはいえ、雨風を防げるのは弱っている彼らには十分すぎる環境だ。熱砂の牙の拠点だった事もあり物資も充実しているし、落ち着いて治療もできる。
もちろん、健康な人間も大勢留まっていた。その殆どは護衛や看護が目的だ。医者の姿もあり、忙しそうに走り回っている。
辺り一帯にひしめく人々の声。痛みに呻く声や咳。様々な物音。
熱砂の牙「皆さん!」
こちらに気づいた1人が走り寄ってきた。随分と血相を変えている様子だ。急ぎ過ぎて上がった息を整える間もなく言葉を紡ぐ。
熱砂の牙「た、大変です」
リーヴェ「どうしたんだ?」
熱砂の牙「たった今、戦火が首都近くにまで及びました! 代表もどこかへ避難する模様です」
全員「なんだって!?」
皆から目を見開いた。
元から戦火に近い場所だったが、まさかここまで展開が早いとは。後退した軍がとうとう首都近くまで来てしまったのである。こうなってしまえば、主都が火の海になるのも時間の問題。
このような状態になっても代表はまだ戦う心積もりなのか。では、なぜ逃げる。まだ自軍の兵は戦っているのに。いったい何を考えているのだろう。
リーヴェ「ますます急がなければならなくなったな」
ラソン「代表はどこに向かうつもりだ?」
熱砂の牙「はい。情報収集に出た仲間の話では神殿側へ向かうようです」
代表は裏手から緑地帯を通過し、神殿の近くを通って渓谷に避難する心積もりではないかと推測。ひょっとしたら王国側まで可能性もゼロではない。地図に寄れば、ゼーレの塔近くに橋がかかっている。
千載一遇のチャンスだ。つい先程首都の議事堂を出たという話だから、急げば間に合うかもしれない。
セレーネ「ここからなら途中で接触できるかも」
リーヴェ「ああ。皆行くぞ!」
全員「おおっ」
今度こそチャンドラッヘに接触するんだ。一行は決意を固めて走り出した。




