第124話 ニクスがもたらした情報
クルイークらの馬車に乗り、南側に伸びる山脈を越えた先に設けた避難所までやってきた。
山脈が壁代わりになっているここら一帯は、現在においても戦火に呑まれていない。戦争の目的が他国の領土にあるからでもあるだろう。
しかし逆を言えば、他国に逃れられる可能性が低いという事でもある。攻められている2国は国境付近が戦場のため無理。帝国も門扉が閉ざされているから入国は不可能だ。
それでなくても避難誘導を開始した時には臨戦態勢だった。
できるだけ情報を集めるようにしていたが、最近の連中は何を考えてるかわからない。今でこそ言えるが軍も一枚岩ではないようだ。
避難当初はアラビアンサハルに本拠地を構えていた。
しかし、後々の事を考えてとあるルートから現在地へ移動したのである。物資もアラビアンサハルから持ち出した物が殆ど。元々熱砂の牙が拠点として使っていた場所だけに、物資面は意外と充実していた。
避難地は大勢の人で溢れかえっている。拠点防衛の面々が帰還した馬車から降りた一行を出迎えた。
熱砂の牙「お帰りなさせい、ボス」
クルイーク「おう。そっちは何事もなかったか?」
熱砂の牙「はい。静かなもんでさ」
特徴的な口調で話す男が近寄って報告する。
リジェネ「凄い。ここにいる全員を皆さんで避難させたんですか」
セレーネ「…………」
素直に感心するリジェネと、周囲を忙しなく見回すセレーネ。
反応はそれぞれに違っていた。リーヴェも人々の様子を気に掛ける。怪我人はいないだろうか、とそればかりが頭を占めていた。自分が疲れている事も忘れて考えている。
一行の反応に、クルイークは「相変わらずだなぁ」と漏らす。
青年兵A「あっ、師匠ー!!」
ニクス「っ!?」
こちらに見慣れた兵士が駆け寄ってくるのが見えた。彼の視線はまっすぐニクスを捕らえている。彼の様子と言葉から直感した。なるほど、道理で見覚えのある技を使っていた訳だ。
一方でニクスのほうは何とも言い難い空気を放っていた。
青年兵A「師匠もいらしたんですね。またお会いできて嬉しいです!」
ニクス「あ、ああ。だが、その呼び方は止めろと言っただろう」
女性「ね、ねぇ。アレ……」
男性「あ、ああ」
リーヴェ「ん?」
周囲が少し騒めいている。ちらちらと視線が重なり、小声で何か言っていた。あまりいい感じのしない雰囲気だ。視線の先は……ニクスのようだな。
彼も感じているのか居心地が悪そうにしている。帽子や衣服を整えたりして落ち着かない。それを察してか、クルイークが奥のテントに皆を促した。一足早くニクスが歩き去っていく。
ただ1人、セレーネだけは未だに周囲を見回して動こうとしなかった。
リーヴェ「セレーネ!」
セレーネ「う、うん。今行く」
気持ちはわからないでもない。彼女が探しているモノに検討がついているからこそ、言葉をかけ辛くて仕方がなかった。
それ以上は何も言えず静かに移動していく。移動の最中も彼女の視線は忙しかった。
最も奥にあるテント。ここは会議や牙のメンバーが主に使用している場所だ。一般の者が出入りする事はまずない。
ニクスは人々の視線から離れ、ようやく落ち着きを取り戻す。そこまで派手に行動に出ていなかったが、何となくそう感じた。内心はかなり揺れていたのではなかろうか。
クルイーク「黒い兄ちゃんは目立つからなぁ。別の意味で」
白龍を連れているリジェネも相当目立つが、ニクスはまた違った方向で目立つ。そこに関してちょっと疑問が沸いた。
リーヴェ「ニクスは他の暗黒人のように変身とかしないのか?」
ラソン「言われてみればそうだな。サリナとかルーシルとかは人間っぽくしてたし」
クルイーク「へぇ~、便利なんだな」
ニクス「そうでもない。俺はそっち系は苦手なんだ」
半ば人に近い姿をしている所為か、変身や幻影系は苦手である。悪魔種のような例外も中にはいるが、基本的に変身などが得意なのは獣寄りの種族だ。あの翼魔人種でさえ獣系の分類なのである。
同じように鬼人種のアルフレド郷も変身の類は苦手だと聞く。角くらいなら隠せばどうにでもなるし、彼のは目立つ程長くもないから困らない。色も基本肌と同じだしな。
リジェネ「ええっ!? という事はサリナさんも?」
ニクス「海蛇人種は魔法適性の高い種族だ。しかも、あいつは魔法でも割と器用なほうだしな」
リジェネ「そうだったんだ」
彼のおかげで、今まで知らなった暗黒人についてもわかってきそうだ。正式に仲間に加わった事もあり、以前よりも情報を開示してくれるようになっている。
そこまで話して、リーヴェは改めて彼から詳しい事情を聞く事にした。今ならいろいろと教えてくれるだろう。
皆の注目を浴びながら彼は順を追って説明した。
今まで協力しながらも別行動が多かった理由、シャンヌの事、ゼーレの塔で起きたやり取りを。
サリナ(声)「ニクス、シャンヌを無事に助け出したわ。今は安全な所に身を潜めてる」
通信機越しに聞いた言葉を思い出す。
その後、彼女は何かを言いかけていた。しかし言い辛そうに口ごもり、「やっぱり何でもない」とだけ伝えて切れたのだ。結局あれは何だったのか。
あの時は時間がなくて聞いている余裕もなかった。今更聞くのもちょっと気まずい。
その後の事は簡単だ。まずカナフシルトを解放して持ち出した武器を持たせる。賢い龍だ。上で騒ぎが起きれば必ず駆けつけるだろうと思っていた。
別行動をとっていた理由も簡単。純粋に国を裏切れなかったからだ。行動だけ見れば裏切っていると言われてもおかしくない。けれど本気で戦うなんてできなかった。
陰でコソコソ動き回っているのがやっとだったのである。シャンヌも協力してくれた。
セレーネ「そんな事があったのね」
ラソン「とにかく、その幼馴染が無事でよかったな」
ニクス「ああ」
素直に頷くニクス。そんな彼にクロ―デリアが声をかける。
クローデリア「シャンヌさんという方は、もしかしてウサギの獣亜人種ですか?」
ニクス「そうだ。知ってるのか」
クローデリア「はい。以前わたくしの曲を褒めて下さいました」
ニクス「珍しいな。あいつが初対面の相手に話しかけるなんて」
クローデリア「そうなんですか?」
クローデリアは怪訝そうに眉を顰めた。確かに内気そうではあったが……。
彼女の質問に関してはあまり詳しくは答えなかった。ただ一言、こう言う。
ニクス「あいつも、いろいろと複雑な事情を抱えていてな……」
リーヴェ(あいつ、も?)
何だか他人事を言っているようには聞こえない。彼らの間には、何か変わった繋がりがありそうだ。
プライベートな内容は置いておいて、他にも必要な情報をやり取りする。
リーヴェ「改めて聞いておきたいんだが、暗黒人の目的はなんだ? 戦争に加担して何がしたい」
ベリーニ郷らから多少は聞いているから、聞く余地もないかもしれない。だが必ずしも正確な情報とは限らなかった。一応聞いておく必要がある。
もちろん以前に会った彼らとの内容も簡単に伝えておく。
ニクスはしばし沈黙し、自身の中で整理をつけてから口を開いた。
ニクス「俺自身、詳しい事は知らされていない。正直疑われていたからな」
ただわかっている事は、と話を続ける。
ニクス「それまで侵攻などと、過激な思想のなかった者達が次々と変貌した。暗黒界では今、道の毒素が地下から噴き出している」
他にも陛下、魔王の乱心やホレスト郷の重用などが上がった。
セレーネ「最初の2つは何となくわかるけど……最後のは何かおかしいの?」
ラソン「重用がどうのって言われてもな。オレ達は向こうの事情を知らねーし」
ニクス「最もだ。俺を含め、王族と謁見を許されている貴族がいる。その中でもある程度差があってな」
それぞれの得意分野による役割の他、王族からの信頼に応じた位というモノが存在する。
最も傍近くに使える臣下は2人いて、ひとつは軍事的な側面から王の護衛まで務める「近衛」。もうひとつは政治的な面を補佐する「宰相」である。分類的には近衛が武官で、宰相が文官だ。
乱心前の配属は、近衛にアルフレド郷、宰相にコボル郷が位置する。アルフレド郷は現王と同期で即位時に就任したが、コボル郷のほうは先代からの継続だ。
リーヴェ「つまり、今はそのどちらもホレスト郷がやっている?」
ニクス「ああ。急なすげ替えだった」
ラソン「よく通ったな」
ニクス「陛下に逆らえる者などいない。あの方を敵にする恐ろしさは皆が知っている」
対等に話ができるのは、ニクスが知る限りアルフレド郷だけだ。あの2人は学生時代からの長いつき合いだったという話も有名であるしな。
セレーネ「があぁ……もうダメェ」
リジェネ「セレーネさん、し~!!」
難しい話についていけなくなっている面子もいる中、話は続く。
クルイーク「よくわかんねーが。とりあえず、ホレスト郷ってのが怪しいってのはわかった」
クローデリア「ざっくりしてますが、間違ってはいないですね~」
リーヴェ「それで話を変えるが、彼らが負の活力を集めるようになったのはやはり……」
ニクス「一番考えられるのは純粋な生存本能だ」
ラソン「生存本能?」
随分と野生的な単語が出て来たな。
更に話を聞いていくと、未知の毒素から不安や危険を刺激され過激な発想に至ったと知る。元々獣的な特性も持っている人々だ。暗黒界自体も決して安全な場所じゃない。
魔物も総じて強く過酷な土地もある中で、日常的に強さが求められる。それが跡継ぎ問題などにも影響を及ぼしていた。
そんな彼らの身に正体不明の毒素が蔓延。地表はそれほど酷くないと言うが、地下側は特に酷く場所によっては普通に漂っているらしい。
しかも、その毒素を一定量吸った者には奇妙な幻聴が現れるという証言もある。
リーヴェ「幻聴とはどんなだ」
ニクス「俺は経験がないから話に聞いただけだが……。心の底から響く声で誘惑してくるらしい」
ラソン「へぇ、誘惑ね~。どんな事言ってくるんだろうな」
ニクス「一番多かったのは、私に従ったら永遠の命を得られるとかだったな」
セレーネ「うわっ。なんかヤバそう」
怪しすぎる勧誘だ。絶対聞いちゃいけない奴だ、と全員が思った。
長話が続き、とうとうセレーネが痺れを切らす。いい頃合いなので、ここはいったんお開きにして自由行動にした。いろいろ整理するにも時間が必要だろう。
一行は休息も兼ねて別行動をとるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【サブエピソード60 クラフト機能】
ひと時の休息をとる事にした一行。この機会に武器のメンテナンスを行う。もちろん本格的な事は出来ないが、必要最低限は心得ていた。
これは、そんな最中の出来事である。
セレーネ「わぁ、凄い凄い!」
リーヴェ「何やってるんだ?」
妙に騒がしいので気になって見に行く。
そこにはリジェネやラソン、ニクスの姿まであった。座っているニクスを皆で囲んでいる。不思議そうに尋ねたリーヴェに、セレーネは自身の武器を見せて言う。
セレーネ「コレ、エンチャントってのをやって貰ったのよ」
リーヴェ「エンチャントって物に効果を付与する技術だったよな」
セレーネ「そう。ニクスができるって聞いたから」
リーヴェ「ほう」
大方情報源は青年兵達だろう。付与して貰った効果は「スキルでの消費MP軽減」らしい。
まさか彼にそんな技能があったとは驚きだ。地上界の店では武器や防具にエンチャントを施す事は行っていない。
最初からそれ用に作る事は出来ても、後づけは破損の心配も高くて難しいのだ。後づけは効果をつけるようにできていない物に細工する行為だから当然だ。
リジェネ「それだけじゃないです。ほら、薬もこんなにたくさん」
リーヴェ「薬まで作れるのか!? 消耗品だから助かるが……」
本当に器用だな。実に便利である。素材さえあればの話だが。
さすがに食料、武器や防具までは作れないらしいが、消耗品である通常枠のアイテムなら問題なく作れるそうだ。店で売られているのと殆ど遜色のない出来栄えだった。
もう隠す必要はないとばかりに腕を振るっている。手慣れた動きがとても滑らかだ。
ラソン「いい腕してるなぁ。いったい何処で覚えたんだ?」
ニクス「まぁ、一応職人の都出身だからな」
リーヴェ「職人の都……それでか」
無意識な様子で控えめに呟く。彼から初めて素性に関する話を聞いたな。
注文に沿って、黙々と作業を続けるニクス。そんな彼を眺めながら、ただ感嘆するばかりであった。
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