第66話 思いがけない助言者
ルーシルが懐から大事そうに小さな箱を取り出した。
ルーシル「戻ってきたら、まず君に会ってコレを贈ろうと思っていたんだ」
アレイシア「これは……」
差し出された小箱を受け取り交互に彼と箱を見るめる。開けてみて、と彼に促され開けると。
アレイシア「ブローチ? この宝石はっ」
ルーシル「アレイシア。この宝石に誓って、僕が君を守る」
箱を持つ彼女の手を自身の両手で包み、頬と髪が絶妙に重なる位置にキスをした。
デリス郷「はぁ……」
デリス郷(あの時の言葉、今でも覚えているのかしら?)
片膝を立てて頬杖をつき、空を見上げながら呟く。結局あの時はただ戸惑うばかりで返事ができなかった。自分の気持ちもよくわからなかったから。彼もはっきり好きだと言った訳ではない。
薔薇貴晶は別に恋人だけが持つものではないのだ。家族や特別な友人に渡すことだってある。親愛の印として。
ルーシルは女に興味がないのだと噂する者もいる。結局、彼の気持ちはどうなんだろうか。守るとは言ってくれたが、それはどういう意味で。
誰かが勝手に言い出した噂が、2人の仲を更に遠ざけてしまっていた。
デリス郷(分からない)
わからない、わからない。あれきり、彼がはっきりと何かを伝えてきた事はない。彼の本当の気持ちがわからない。だけど……。
デリス郷「どうして聞けないのかしら」
自分の周りに沢山の男がいても動じている風には見えない。嫉妬してはくれてないのかしら?
だったら、彼のアレは恋愛感情ではないのか。自分から告白するべきかしら。でも怖い……願望としては告白されたい。告白するにしても、未だに勇気が湧かなかった。
デリス郷「ああダメ。こうなったら買い物よ」
気晴らしにでも行こう、と感じて力強く起立し、歩いて扉を開く。音がする程激しく扉を開け放ち、聞き耳を立てていた男達を大いに驚かせ、スタスタと通路を歩き出した。
背後で引き留める声に、構わないでと強く言い放つ。1人で大丈夫だともうひと言付け足して、デリス郷は1人で出かけて行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リーヴェ「ラソンー、何処だっ」
リジェネ「ラソンさ~ん」
セレーネ「もう、何処行っちゃったのよ!」
いつの間にか姿を消したラソンを探す一行。最初に訪れた南エリアを歩き回る。
隠れられそうな場所も一応目を通し、人々に聞き込んで目撃情報を探した。姿を見た人物は何人かいたが、誰1人ラソンが何処へ向かったのかを覚えている者はいない。
リーヴェ「このままでは拉致が明かないな」
クロ―デリア「手分けをしますか?」
セレーネ「危険よ。失踪事件の犯人が潜んでるかもしれないのに」
リジェネ「だったら一刻を争うのではないですか」
リーヴェ「……二手に分かれよう」
不安を漏らして反論を返すセレーネ。彼女の言っている事は最もだが、リジェネが言った事も間違ってはいない。戦力が分散する事にもなるし、1人で行動するのは危険だ。かといって、このまま全員で行動していては時間がかかり過ぎてしまう。
ならばリーヴェ達がギリギリ取れる行動としては2人1組。これが限界である。リーヴェは何とかセレーネを納得させて組み分けをした。
組み合わせはリーヴェとリジェネ、セレーネとクロ―デリアだ。
セレーネ「じゃあ、あたし達は東側を探すわ」
リーヴェ「頼む。私達は西側だ」
リジェネ「はい」
クロ―デリア「では、お互い気を付けて~」
皆で頷きあい、移動を開始した。
西エリアを捜索するリーヴェとリジェネ。まず行方不明者の噂を辿って、被害者が住んでいたと思われる近辺を探っていた。この辺りは一般層の住宅や食料店などが集中している。
色とりどりの花壇や、広々とした自然公園もあって快適そうな空間が広がっていた。
2人が何人目かの被害者の住宅前まで来た時。
警察官「ちょっとキミ達、この家の人と知り合いかね?」
リーヴェ「いいえ、違います」
警察官「なら、子供が来る場所じゃない。立ち去りなさい」
リーヴェ「すみません……あの、犯人は見つかりそうですか?」
警察官「それは我々の仕事だ。部外者には話せない」
いいから立ち去りなさい、と強く止められてしまいこの場所での探索を断念する。
東エリアへやって来たセレーネとクロ―デリア。
東側は一般住宅もちらほらとあるが、大浴場や屋内プールなどの水にまつわる施設が多く点在していた。噴水のある公園や広場も多く、人工的に作られた池には綺麗な色彩の魚が泳いでいる。
のんびりゆったりとできる空間造りがなされた空間。不安に駆られながらも、人々の動きにも落ち着きが見られる。
水の多い風景にクロ―デリアは大はしゃぎだ。こんな時でなければ、存分に満喫させてやりたいが――。
セレーネ「今は聞き込みよ。可能な限り情報を集めよ」
クロ―デリア「すみません。頑張りますわ~」
さっそく手近な人から声をかけ始める。建物の中も可能な限り調べ、人が潜んでいそうな場所もしっかりと確認。互いに距離が離れすぎないよう注意を払った。
けれど、やっぱり簡単に情報は集まらない。知らないと答える人ばかりだ。意識しなくてもため息ばかりが出てしまう。
青年「ごめんね」
セレーネ「いえ、ありがと」
クロ―デリア「そちらもダメでしたかぁ」
セレーネ「うん、そっちも?」
クロ―デリア「ええ、ラソンさんはこちらへは来ていないのかもしれませんわ~」
本当に何処へ行っちゃったのよ、と文句を吐く。気を取り直して次だ。急いで情報を集めないと。
セレーネ「ねぇ、前みたくラソンの居場所を探知できないの?」
リーヴェが居なくなった時みたいに。言外の意味を察したクロ―デリアは首を振った。
クロ―デリア「ごめんなさい。何だか町に入ってから音が乱されるみたいで……」
セレーネ「音? あたしには何も聞こえないんだけど」
クロ―デリア「わたくしにも音として聞こえる訳ではありませんわ~」
ただ、空気に不自然な振動が含まれているようだ、と彼女は言った。この町で、不可思議な力が働いているのだろうか。自分達にはまったく感じ取れないが。
呪術的なモノならば、クロ―デリアが気づかないのはおかしい気もする。だが――。
セレーネ(彼女はちょっと……いや、かなり天然だしねぇ)
魔法使いの中では鈍そうだ。意外と気づかないかも。
セレーネ「とにかく足で探すしかないわね。って、どうかしたの?」
クロ―デリア「セレーネさん、アレ」
気が付くと空を見上げていた彼女に促され、セレーネも真っ暗な空を見上げる。暗くて見づらいが、何か動くものが見えるような。
クロ―デリアが「コウモリですぅ」と言った。
セレーネ「よく見えるわね」
クロ―デリア「こう見えても夜目は効くほうですのよぉ」
セレーネ「へぇ~、知らなかった」
でも、あのコウモリは気になる。2人は蝙蝠を追って北側へと走り出した。
リジェネ「すみません。大剣を背負った、このくらいの男の子を見掛けませんでしたか?」
男性「ん、知らんな」
リジェネ「そうですか……」
人通りの多い西の商店街を探す。男性と話すリジェネから少し離れた所でリーヴェも聞き込みをしていた。
しかし、ラソンの目撃情報は一向に得られず。
デリス郷「あらぁ、あの子達……」
香水の販売店から出てきたデリス郷が、道端で聞き込みをしている2人を発見する。今の彼女は人の姿を幻覚系の魔法で張り付けている状態だ。
濃い赤毛の髪に、元は紫だった瞳を黒く見せている。暗黒人によく見られる先の尖った短い耳も地上人に近い形だ。綺麗な毛皮の襟巻をつけ、スリットの入った長い裾のワンピースを纏い、手には上品な手提げを持っていた。挑発的なくらい胸元が開いている。
想像がつくかもしれないが、彼女は気分でよく衣装を着替える性格だ。
随分と毛色の違う2人に興味を示す。明らかに地上人は違った雰囲気。いいわ、あの子にしましょう。
デリス郷は距離的に近いリーヴェへ通りすがりを装い近寄っていく。
デリス郷「ちょっと貴方」
リーヴェ「はい、なにか?」
デリス郷「今気になる話をしていらしたわね。あたくし、知っていてよ」
リーヴェ「っ、本当ですか!?」
デリス郷「ええ。貴方のお友達がいるかは知らないけど、北の住宅地に怪しげな場所へ続く道があるの」
怪しげな道? とリーヴェが聞き返すと、デリス郷は頷き言葉を続けた。
デリス郷「あたくしも噂でしか知らないけれど、道の先には使われなくなった地下街があるらしいわ」
リーヴェ「そこに手掛かりが?」
デリス郷「さぁ。ただ、声のような不気味な音が何度か聞こえて来るのよ」
デリス郷は何度か北の住宅地でそれらしい音を聞いたという。近くにいた町の人も、最近噂になっているという事は知っていた。噂だけは本当のようだ。
リーヴェ(確かめてみる価値はあるかもな)
リーヴェ「ありがとう、行ってみます」
リーヴェが丁寧に頭を下げると、デリス郷は何事もなかったかの如く歩いて行った。
デリス郷(ふふ、せいぜい酷い目に合うと良いわ)
すべてはあの小娘が邪険な態度をとったのが悪いのよ。それにあの人も。何、運が良ければ見つからずに済むかもね。デリス郷はそんな大人げない事を考え、リジェネとすれ違ったのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
忘れ去られた歌劇場に、1人の女性が佇んでいる。
円形に開いた天井からは空を望むことができ、石で出た古い広い舞台。長い事放置され、外から運ばれてきた草花が石の隙間から逞しく生えていた。
かつて賑わったであろう客席は物寂しく、ただそこにあるだけで所々崩れてしまっている。今となっては、ここへ来る客は小さな魔物達くらいか。
ホッヴォ郷「どんなに美しく着飾った舞台も、こうなってはお終いね」
???「…………」
寂し気な視線を辺りに向ける彼女の耳に小さな物音が届く。
ホッヴォ郷「誰!?」
身構えて暗闇に目を向ける。敵意は感じられないが、警戒する微かな気配があった。目を細めて正体を見極めようとする。やがて、そこに立つ人物を判別し静かに戦闘態勢を解いた。
ホッヴォ郷「音もなく近づく所は相変わらずね」
さすがだわ、とホッヴォ郷は感嘆する。




