第65話 人々が消える都
コロを散策中のリーヴェ達は、時計塔の壁画を眺めている最中に不吉な話を耳にした。
女性「ねぇ貴方、本当に行くの」
男性「これも仕事なんだから仕方ないだろう」
女性「でも、警察でも犯人が掴めてないって言うし……」
男性「十分に気を付けるから。お前こそ用心を怠るなよ?」
女性「ええ……わかったわ」
これから仕事に行く夫を心配する婦人。はっきりと内容が掴めないが、凶悪犯でもうろついている様子の会話だった。何だろうと辺りに意識を向けると、通りすがる人々が怯えているのがわかる。似たような話をしている住人もいた。
道端で世間話に勤しむおばさん達の表情も暗い。
おばさんA「まさか隣の奥さんがねぇ……」
おばさんB「東街に住んでた知り合いも姿を消したのよ」
おばさんC「怖いわ~、連続失踪事件だなんて。警察は何をしてるのかしら」
リーヴェ「人々が失踪?」
物騒な単語がここでも飛び交っている。この町でいったい何が来ているのだろう。
リジェネ「ここでも恐ろしい事が起きてますね」
セレーネ「いろいろあり過ぎて、もう驚く気にもなれないわ。悲しいけど」
クロ―デリア「騒動に慣れる、というのは複雑ですわ~」
意識せずとも聞こえてくる人々の言葉に不安を覚える一行。
しばらく町の中を散策している時だった。
――御子……。
リーヴェ(っ、今のは……)
久しぶりに聞こえた声にリーヴェは耳を傾ける。しかし、それきり何も聞こえなかった。気の所為だったのだろうか。
リーヴェが思案していると、不思議に思った仲間達に呼びかけられた。ハッと我に返る。
リジェネ「姉さん、具合が悪いなら休んでも」
リーヴェ「考え事をしていただけだ……ん? ラソンはどうしたんだ?」
全員「え!?」
ラソンの姿がない。周囲を皆で探すが、目の届く範囲には見受けられなかった。
クロ―デリア「いったい何時から逸れたのでしょうかぁ」
セレーネ「ついさっきまでいた、よね?」
リジェネ「でも具体的にいつまでかは覚えてません」
リーヴェ「不味いな」
いつも頼もしいから忘れがちだが、一応彼はリーヴェ達の護衛対象だ。親書も彼が持っている。よりにもよって、怪しい事件が起きている町中で逸れるなんて……。
彼が一言も言わずに別行動をとる事なんてあるのか。偶然立ち寄った町に用があるとは考え難いし、物騒な話がそこかしこから聞こえるというのに?
最悪の想像が一行の脳裏をよぎる。
リジェネ「ま、まさか、このまま行方不明になんて事……」
セレーネ「ちょっと、恐ろしい事を言わないでよっ」
リーヴェ「そうだ、そんな筈があるか! とにかく探すんだ!!」
不安を強引に引っ込め、リーヴェ達は消えたラソンを探して行動を開始した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
デリス郷「あーもう、あの小娘ったら!」
デリス郷(せっかく様子を見に来てあげたのにあの態度っ)
ああ、むかつく。イラついて仕方がない。
コロに香水を探しに来たデリス郷は、ホテルの一室で酷く憤慨していた。部屋中を引っ掻きまわして、端から端を行ったり来たりする。上等な枕に八つ当たりをしたかと思えば、椅子に座って机を突きながら踵を鳴らす。
親衛隊らはと言うと、部屋の外で聞き耳を立ててため息をついていた。
親衛隊A「あの麗しい彼女がお怒りだ」
親衛隊B「よくある事とはいえ、今回は随分と激しいな」
親衛隊C「ホッヴォ郷といったい何が……」
全員「はぁ~……」
おっかなくて、とてもではないが中に入る気にはならない。今のデリス郷を宥めるのは困難だ。せっかくブローチが見つかって機嫌が良くなったのに。
再びデリス郷の視点に戻る。
彼女はいったん怒りを抑え、窓際に腰かけて外をぼんやりと眺めていた。真っ暗な空に切なげな視線を注ぐ。何度もため息をついて、手持ち無沙汰な手を髪にやったり膝にやったりと忙しい。
デリス郷「ルーシル……」
デリス郷(今頃、どうしてるかしら)
大事に箱に収めてあるブローチへそっと手を添えた。
ルーシル『アレイシア。この宝石に誓って、君は僕が守る』
脳裏に蘇った言葉。同時に思い出される記憶。
少年A「やーい桃色髪。オマエ悪魔種のクセに魔法使えないんだって?」
少年B「魔法だけじゃなく、その年になっても飛べないんだろ」
少女「力も弱くて、ホントどうするのよ」
アレイシア「え、そ……それはっ」
アレイシアは咄嗟に言い返す言葉が思い浮かばなかった。
場所は暗黒界、「軍校の街 ノモル」で当時の彼女は10歳。同年代の子供の中では一番身体の発達が遅く、髪の色も悪魔種の中では珍しい部類だったためによく弄られていた。
特に発達が遅かったのは翼で、10歳にもなって浮く事すらできないのは彼女だけ。他の子が言っている事は別に間違っていない。
本当に、言い返す言葉がないのだ。
青年「君達、成長の遅さを本人の所為にしてはいけないよ」
アレイシア「あ……」
少年A「な、何だよ。別に良いじゃんかっ」
少年B「……行こうぜ」
少年達がそそくさと走り去っていく。その場にはアレイシアと見知らぬ青年だけが残された。突然の事で思考が追い付かないが、助けられたようだ。
アレイシア「あ、あ……あの、あり、ありがとう」
強引に絞り出した言葉。喉がつっかえて上手く話せない。
青年は中腰になって目線を合わせ優しく微笑んでくれる。
青年「君、大丈夫? あんまり気にしちゃダメだよ」
アレイシア「は、はいっ」
アレイシア(この人、砂漠のほうの人だ)
青年の背にある立派な翼を見て、彼が砂漠の地に住む翼魔人種だと気づく。
優しげな顔、男子にしては華奢な体躯。けれど幼い少女には十分頼もしく見えた。ぎこちないながらも自己紹介をしたアレイシアに、青年も丁寧な所作で自己紹介を返した。青年の名前はルーシル。
そう、これが2人の出会いであった。
時は流れ、アレイシアが14歳となった頃。彼女は士官学校の夏休みを利用して、彼の住む「宗教の都 クフ」を訪れた。
アレイシアが士官学校に入学する頃には、ルーシルは卒業してしまっていたからだ。彼に会うためには翼魔人種の故郷であるクフへ行く他はなかったのである。
彼がベリーニ家の子息である事は、およそ6年にも渡る交流の中で聞いていた。
アレイシア「確か、この辺って言ってたような……」
ラシール「だから何度も言っているじゃないですか!!」
アレイシア「あ……あそこにいるのは」
町の中央区に建つ領主邸付近で、言い争いをする2人の青年を目撃する。むろん、1人はルーシルだ。しかしもう1人は……非常に良く似ているが。
アレイシアが話しかけるタイミングを見いだせずに突っ立っていると。
ルーシル「ラシール、僕は行かなければならないんだよ。頼むからわかってくれ」
ラシール「そんな事言って、逃げるんですかっ」
ルーシル「そうじゃない、前から決めていた事さ」
アレイシア(何? 何の話をしてるの?)
怪訝に思っていると、ルーシルがアレイシアの姿に気づいた。ラシールに用事があったんだと言ってこちらへ歩いてくる。
困惑しているアレイシアの手をそっと取り……。
ルーシル「お嬢さん、すまないが一緒に逃げてくれるかな?」
アレイシア「え、ええっ」
ルーシルに可愛くお願いをされ、思わず顔を赤らめブンブンと勢いよく首を縦に振る。今思えば、我ながら子供っぽい反応をしていた。余裕をなくしていて恥ずかしい。
彼女の返事に嬉しそうな笑みを浮かべ、ルーシルは少女の手を引いて走り出した。
ラシール「ちょっと兄さん!? 何処へ行くんですかー!!」
町が一望できる高台へとやって来た。地図に載る程のモノではないが、高台の土台となる岩山はまるで波の如き形で砂上から突き出している。位置的には町の北東にある名所だ。
首都ラ・パルタと似たアラビアン風の夜景が美しい。
今までは建物の中ばかりで言っていなかったが、暗黒界は昼でもさほど明るくはない。必然的に精霊界も同様だ。太陽と呼ぶべきモノとの距離が少しばかり遠いからか、光の届き具合が地球よりも弱いのである。オーロラに似た光の波と星々が常に輝く幻想的な空。
ここベリーニ領から見える空の輝きは、赤紫色が強く表れる傾向にあった。
アレイシアの手を放し、向かい合う位置に立つルーシル。
ルーシル「アレイシア、ごめん。恥ずかしい所を見られてしまったね」
アレイシア「あの、兄さんって……弟さんと何が」
揉めているのは確実だが、喧嘩でもしているのだろうか。勢いに任せて逃げてきてしまった。不味い事をしてしまったかもと思う反面で、久しぶりにルーシルと会えた事を喜ぶ自分がいる。
どこか頼りなさげな、されど優しい雰囲気を纏った彼の姿に変わりはない。以前よりも少しだけ男前になっているとは感じる。けど、おそらく同年代の中ではあまり強そうには見えないだろう。
でも、そこがまたいいのだ。いつでも味方でいてくれて、間違えば諫めてくれる。魔法も飛行も、出来るまでちゃんと見守っていてくれた。そんな彼が何となく好きだ。
しかしこの時のアレイシアは、まだ自分が感じている「好き」の意味を自覚していなかった。
ルーシル「家の事情でちょっとね。君が気にする必要はないよ」
アレイシア「でも……」
大した事ではないから、とルーシルは言うが。不安に駆られるアレイシアを、落ち着かせるようと手を尽くすルーシル。なかなか上手くはいかない。
観念した彼が、バツが悪いといった口調で話し始める。
ルーシル「最近父が体調を崩していて、ね。やっと兵役が終わって帰って来たんだ……けど」
アレイシア「けど?」
ルーシル「僕は、どうしても君に会いたかった。少しだけでもっ」
アレイシア「っ!?」
アレイシアは大きく開いた口を両手で隠し驚愕した。言葉がでない。ルーシルは構わず話を続けた。
彼は士官学校を卒業してすぐ兵役で城に滞在。兵役は強制ではない。最近ようやく帰って来て、帰郷後すぐに父には会っている。
ただこの機会にと跡継ぎの話が浮上したため、このままではアレイシアに会いに行く時間は当分作れそうにない。しばらく会えなくなる前にどうしても1度会いたい理由があった。決心が鈍る前に。
しかし弟ラシールは、帰ってきて早々に遠出する気の兄に腹を立てた。用事を済ませたらすぐに戻るとは伝えたが、体調の優れない父や跡継ぎの話を後回しにしていいのかと。
更に言ってしまえば、ルーシルは自分よりも弟のほうが領主の器だと思っている。純粋な能力を見れば、明らかに弟のほうが優れていた。
暗黒界では一般的に世襲制で後を継ぐが、より能力の高い者(強い者)に継がせる傾向が高いのだ。王の一族はまさにそうだし、他の地の貴族にもそういった傾向がよく見られる。
アレイシア「ごめんなさい。大変な時ですのに……」
ルーシル「そんな事ない! 君は悪くないよっ」
アレイシア「だけどっ」
ルーシル「アレイシア、ここで会えたのも何かの縁だ。聞いて欲しい」
ルーシルは真摯な声音と緊張の滲む視線を彼女に向けた。アレイシアは、様子の変わった彼を見上げ息を飲む。




