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6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その12

「ふわぁ……、おはようございマス」

 東北の地――宮城へ行こうという朝。

 出発三十分前に夢咲は呑気に欠伸あくびをしながら起きてきた。

「なあ、ちょっと起きてくるの遅すぎないか?」

「出かけている間に予約投稿する分のストックを編集してて、寝るのがいつもより遅くなってしまったんデスヨ」

 彼女は目をごしごし擦り、手櫛で髪を整えた。寝癖はそこまでない。髪質がいいか、寝相が悪くないかのどちらかだろう。


「いつも規則正しい生活を口酸っぱく言ってるお前が、夜更よふかしなんてするなよ」

「仕方ないじゃないデスカ。毎日投稿に穴をけたくないんデスヨ」

「お前ってさ、それなりに人気なんだろ?」

 夢咲はキッチンに向かいつつ「さあ、どうデショウ」と気のない返事をよこしてくる。

「だったらちょっと休んだぐらいじゃ、ファンから忘れられたりしないんじゃないか?」

「まあ、そうかもしれないデスケド……。でも不安なんデスヨ。ゲーム実況者って人気がなくなったら実質廃業デスカラ」


 言いつつキッチンでカチャカチャと金属っぽい音を立て始める夢咲。

「お前の分のトーストはもう用意してあるぞ?」

「いえ、ちょっとベトナムコーヒーでも飲もうかと……」

「あのなぁ……、もう時間ないんだぞ? あと三十分したら出なきゃいけないんだから」

「でも眠くて……。カフェインでも摂取しないと、頭の中に巣くってる眠気はどうにもならないかと」


「ああもう、わかったよ。俺が作っておいてやるから、顔洗って着替えてこいよ」

「ありがとうございマス。……ところで、生流サンも着替えなくていいんデスカ?」

「本当に寝ぼけてんだな。もう俺は着替えてるって」

「……そうデスカ。まあ、生流サンがいいならいいんデスケド」

 謎の言葉を残して夢咲はリビングを出て行った。

 俺は首を傾げながら、夢咲とついでに俺の分のアラビカ種のベトナムコーヒーを用意した。




 夢咲にはえらそうに言っていたが。実は俺も動画のストックのために徹夜していて、あまり頭が働いていなかった。

 だからだろう。

 自分が習慣的なくせで女装――セリカの格好をしていたことに。

 スカイブルーのマキシワンピースはどう見たって女性の服装だし、化粧をして作った顔は思いっきりフェミニンに仕上がっていた。花も恥じらう可愛い女の子になれたと姿見の前で悦に入っていた過去の自分を叱責しっせきしてやりたい。


 しかもそれに気づいたのは、出発間際のことだった。

「ちょっと着替えてくるっ!」

「もうタイムリミットデスヨ。観念してクダサイ」

「で、でも、色々問題だろ? だって旅館についた時に女装してたヤツが男風呂に入りに行くんだぞ!?」

「安心したクダサイ。今回泊まる旅館には個室がついてマス」

「あ、あと、今日女性服を着てたヤツが明日から男性用の服でいたらおかしくないか!?」

「じゃあ、芽育さんに女性服を速達で旅館に送ってもらいマショウカ」

 着実に退路を防がれていく。まるで歴戦のプレイヤーと対戦していて追いつめられている時のような絶望感に襲われる。


「ええと、あの……そうだ。女子の格好でいたら、本当に・・・セリカになっちゃうかもしれないし」

「心配ご無用デス」

 夢咲は得意気とくいげに言って、スマホの画面を見せてきた。

 そこには文字通りどす黒い、いかにも負のオーラに満ちた弁当の写真が表示されていた。

「そんなこともあろうかと、今日もまな子サンがお弁当を作ってくれマシタノデ! これを食べればきっと、いざセリカサンになってもすぐに戻れマスヨ!」


「……メッセージには『そなたへ我が魔力を込めた空漠の時の糧をくれてやろう!』って書いてあるぞ。明らかに俺だけじゃないだろ。というかそれ以前にアイツ、俺のいざという時の緊急措置じゃなくて単純に昼食として作ってきてるんじゃないか?」

「まさか」

 わざとらしく声を上げて笑う夢咲。しかし明後日あさっての方向へ向けられた目が全てを物語っていた。


「……お前がすべきだったのは動画のストックを用意することと並行して、この脅威を事前に阻止することだったんじゃないか?」

「生流サンだってSNSのフレンド登録してるんだから、同罪デスヨ」

「うぐぅ。……っていうか、時間ヤバいぞ!?」

 夢咲はスマホの画面を見やり「あっ!」と瞠目した。

「た、大変デス! 急ぎマショウ!!」

 片手にキャリーバッグ、もう片方の手で俺の手を取り夢咲は走りだす。引きずられるように俺はついていく。

「って、俺の服は!?」

「どうしても着替えたいなら新幹線のトイレでしてクダサイ!」




 駅前に着いたのは発車二分前。かなりギリギリだった。

 全力疾走したせいで汗だくで、女装してなくても着替えたくなるぐらい汗で服が肌に張り着いていた。

「な、なんとか間に合いマシタネ……」

「はあ、はあ……まったく」


 汗をぬぐいながら指定席に行くと、すでにまな子とコイズミがいた。

「お、和花女史にせい……」

「おはようございますなのです、ゆめちゃんに……あれ?」

 彼女達の目が点になり、頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。


 やけっぱちになって俺は愛想笑いを浮かべ、セリカ風に言った。

「おはようございます、お二人共。きょうはよろしくお願いしますね」


 二人はそろって説明を求めるように夢咲を見やる。

 彼女は困ったように苦笑を浮かべ、ちらと俺を見やり言った。

「……あ、あの。今は生流サンなんデスケド、わけあってセリカサンの格好をしてマス。でもちゃんと生流サンなので、安心してクダサイ」

 まな子は「う、うむ、そうか」と戸惑いつつも納得の意でうなずき、コイズミはぽかんとした顔で首をかしげていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告】

生流「ね、ねむ……ふぁああ」

乙乙乙「……眠いなら寝ればいい」

生流「こういうときの乙乙乙ボイスはマジで催眠音波だな……」

乙乙乙「……せーりゅうはだんだん眠くなーる、眠くなーる……」

生流「ま、まけ……るか」

乙乙乙「……ねんねよころりよ、……ねんねしなー」

生流「おれ、……は、まけ……ぐう」

乙乙乙「……可愛い寝顔」


乙乙乙「……次回、『6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その13』」

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