6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その3
「俺はゲームと共に生きていきたい」
二人の顔がぽかんと、間の抜けたものに変わる。
しかし俺は気にせず先を続ける。
「だけど俺は、絵を描いたりプログラムを組んだりなんていうことにはまったく興味が持てない。昔、ゲーム会社を受けたこともあったけど全滅だったしな」
自嘲的な笑いが漏れてしまう。ほろ苦い記憶は胸中に古傷のように残っており、今でも時折思い出しては暗澹たる気持ちになることがある。
「ただ純粋にゲームをプレイしたいっていう欲求しか持てないんだ。だからプロゲーマーになった。でもそれは他でもない、俺自身が水の泡にしてしまった」
ほろ苦いなんてもんじゃない、それこそ魔光の料理に似た殺人的な味が口の中いっぱいに広がる。それは吐き気さえ催し、死んでしまうような苦痛を――しかしそれを望んでしまうような思いに駆られるほどの悔恨の情を――俺にもたらすのだった。
「もう残された道は、ゲーム実況者しかないんだ。それにしがみついて生きていくしか道はない。そのためならなんだってするし、どんなリスクだって背負うさ」
「……わかりマシタ。では、診察や治療や精神医学者の方にお任せしマショウ。まな子サンもそれで構いマセンネ?」
「我は元々部外者ゆえ、そなた達の決定には口を挟んだりはせん。ただ一つだけ忠告をさせてもらうぞ」
魔光は形相を一層険しくし、指頭で俺を刺すように突きつけて告げてきた。
「もしも精神異常者だと視聴者に知れたら、その時点で実況者人生は波乱の時を迎えるであろう。否――それ以前にそなた、自身が“女装した男”であることも、視聴者に黙っておるな?」
俺は逸らしそうになった目をどうにか魔光に固定し、投げかけられた問いに答えた。
「……ああ、そうだな。俺は自分が男であることを視聴者に黙って、女性実況者として活動してる」
「それは『こやつはきれいな女子の実況者だ』と思って視聴している者達への裏切りに他ならない。それは承知してるな?」
鋭き声音にひるむことなく、「もちろんだ」と即答する。
しばらく俺に睨むような視線を向けてきていた魔光は、やがてふっと肩の力を抜いた。
「……そなたはなんというか、阿呆な夢咲にぴったりな弟子だな」
「だ、誰が阿呆デスカ!?
「阿呆であろう。今時あんな動画を主力にしてる者などそうはおらんぞ」
魔光がそう言った途端、夢咲はさっと顔を青ざめさせた。
「あ、あの、その話は……」
「ん?」
「こ、この場ではしないでいただけマスカ?」
魔光はまじまじと夢咲を見やった後、俺へと視線を向け、「ふむ、そういうことか」と何事かを納得したように二度ほどゆっくりうなずいた。
「わかった。すまなかったな、盟友よ」
「い、いえ。ご理解いただけたようで何よりデス」
ほっと胸を撫で下ろす夢咲。
蚊帳の外に置かれた俺は、好奇心に駆られて夢咲に尋ねた。
「お、おい、なんの話をしてるんだよ?」
「いえ、なんでもありマセンヨ」
「うむ。これはそなたにはまだ関係ないことだ。……そうだな、和花女史?」
夢咲はちょっと顔を強張らせて、「え、ええ」と歯に何か挟まったような答えをよこした。
「……まあ、いいけど」
本人が言いたくないことを無理に聞き出すこともないだろう。めっちゃ気にはなるけど。
魔光は軽く鼻を鳴らしてこちらを見やった。
「さて。見知らぬ者同士が……まあ、一度顔を合わせたことがあるような気もするが」
俺は昨日だか一昨日だかに、学校の前で起こった珍事を思い出した。
「……ああ、そういや会ったな。中二病女」
「誰が中二病女か」
「いや、間違ったことを言ったつもりはないがな。あんなクソ熱い中、全身黒ずくめでフードまで被って外を歩くバカは中二病以外いないぞ?」
「バカ言うな!」
「じゃあ、どっちか選べよ。バカか中二」
「どっちもイヤに決まっておろう! 我は冥王という称号があるのだからな!」
「……ミーはどれもこめんデスケドネ。というかそこは、ゲーム実況者を名乗っておくべきところデショウ」
「クックック。ゲーム実況者とは仮初の姿……」
「仮初なんかい」
「本職デショウガ」
二段構えの突っ込みは、自嘲的な笑いに酔った魔光には意味を成さなかった。
「というか流れ的に自己紹介をするつもりだったんじゃないんデスカ?」
「おお、そうだったな。敵の幻惑により忘却するところだった」
「俺はエネミーにカテゴライズされてしまったのか……」
俺の嘆きを無視して魔光は立ち上がり、片手で顔をさえもう片手を伸ばすという、典型的な中二病ポーズを取り、高らかな声で名乗った。
「我は魔光。冥界を支配せし王であり、黒魔道の探究者でもある。そなたも望むなら我が眷属にしてやってもいいぞ」
「……明智まな子サン。ゲーム実況者でミーの先輩デス。友達が少ないので仲良くしてあげてクダサイ」
「め、盟友よっ! その補足は龍なるものぞ!」
「龍には足もありそうデスケドネ」
二人でなんか仲良さそうに言い争いを始めた。
その論争は俺が自分用のコーヒーを作り始めて、淹れ終わるまで続いていた。
コーヒーの香りは嗅ぐだけでコクがあるとわかる、キリマンジャロだった。
カップを傾けて一口飲むと、苦味と酸味のバランスがよく取れ、独特な香りが口中に広がり鼻孔をくすぐってきた。
優雅な気分に浸りながらくつろいでいると、ふといつの間にか二人が『ランブル』を始めているのに気が付いた。
格闘ゲームというのは――というかどの分野でもそうだと思うが――双方の実力差次第で試合の様相が大きく変わる。実力がある者同士だと芸術のごとき光景を描き出すし、差がありすぎると一方的な虐殺じみた様となる。そして実力が拮抗し、かつ両者ともあまり褒められたレベルでないと試合は泥沼化し、真昼のキャット・ファイトでも見ているような気分になる。
なんかまだどことなく剣呑な空気が流れている気もするが、おおむね室内は平穏であった。
何かしなければいけない気がするが、どうもそれを思いつくことができない。1900年代後半の当時もきっとこんな気分を抱いていたのだろう。大それた肩書きもなく、夢も希望も持たず鳥のごとく世界を俯瞰していた人々が。
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『次回予告・寄せ集め!』は移動しました↓
なろう : https://ncode.syosetu.com/n3183gl/
カクヨム : https://kakuyomu.jp/works/1177354054918906206
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【次回予告!】
真古都「生流はん達、好きな県が何かって話をしてたみたいやで|(2話前の次回予告参照)。うちらもせえへん?」
魔光「我が血の香る戦場にて振るいし剣は、勇者・アーサーが手にしたエクスカリバーと対を成す――」
真古都「そういうんやなくて、都道府県や」
魔光「なるほど。日ノ本の国の話か」
真古都「せやせや。うちはやっぱり、生まれた地の京都に愛着があるわ」
魔光「我は彼の伊達政宗卿が生まれた地である山形や、名を知らしめた宮城だな」
真古都「やっぱり独眼竜の二つ名は“ちゅうに”の心をくすぐるものがあるんやな」
真古都「次回、『6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その4』や」
魔光「クックック、我も政宗卿のようにいつか世界に名を轟かせたいものよ」
真古都「うちは千利休はんのように、みやびに後世に名を残したいなあ」
ハルネ「ふたりとも、やしんか? だねー」




