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6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その2

 風呂から上がった俺は男用パジャマに袖を通し、化粧水や美容液などで肌の手入れをした。これはもはや日課であり、手慣れたものだった。いつの間にか女装することが日常化していたのだと改めて感じる。

 しかし……。

 夢咲達から聞いたことが頭をよぎり、手が止まる。

 俺は見た目だけでなく、心まで完全にセリカになってしまっていたのだ。こんなことをしてまた、意識が乗っ取られてしまったら……。


 生じた不安を頭を振って追い出す。

 悩んだって仕方ない。なってしまったら、その時はその時だ。

 俺は女装ゲーム実況者のセリカとして生きていく以外に、道はないのだから……。


 本当に?

 疑問がじわりと脳の片隅から滲み出てくる。

そんなものになるより、またプロゲーマーを目指した方がいいんじゃないか?

愛衣だってそれを望んでいるのだから……。


 鏡の中の俺は、誰にも見せられないような弱気な表情になっていた。

 意図せずため息が漏れ出る。

 どうすればいいかわからない。

 まるで暗中に放り込まれたようだ。


 一人でいるのがイヤになってきた。

 俺はウィッグを手に取りそれを自室に放り込んでから、居間に向かった。


 芽育はすでに帰っていたが、魔光はソファに寝転んでスマホをいじっていた。


 夢咲はというと、ワイヤレスイヤホンをつけて誰かと会話をしていた。

「……はい、お願いできないデショウカ? ……よかった、ちょうど日本にいらっしゃるんデスカ」

 エセ外国語を使ってはいるものの、いつもより丁重な話し方だ。またイベントの運営やコラボ相手と会話しているのだろうか。

 耳を澄ませて話を聞くことにする。

「あ、ちょっと遠くに滞在されてるんデスネ。…………大丈夫デス。当分は予定がないはずデスカラ。……ええ。まあ、撮り貯めてから行けば、二、三日はどうにか……。もっとかかるかもしれないデスカ? ううん……、まあ、なんとかシマス。……よろしくお願いしマス」


 夢咲は「失礼シマス」と言って相手に見えないにもかかわらずわざわざ頭を下げて、イヤホンを操作して通話を切った。

 ほっと一息ついている彼女に俺は尋ねた。

「誰と電話してたんだ?」

「あ、生流サン。……うわ、男の姿だとすごい違和感デスネ」

「……そうか?」

 俺の返事を聞いた途端、軽く笑っていた夢咲の顔気遣わし気なものに変わった。

「あ、す、すみマセン。その、配慮のないことを言ってしまいマシタネ」

「気にしないでくれ。夢咲にとっての俺は、セリカでいることがもう当たり前だもんな」

「は、はい……」

 すっかり落ち込んでしまっている。

 もしかしたら俺がセリカに意識を乗っ取られたのは自分の責任だと思って、罪悪感にられているのかもしれない。


 俺はつとめて明るい口調で再度尋ねた。

「それで、誰に電話をかけてたんだよ?」

「あ、えっと。ちょっと知り合いの精神医学者の方に……」

「せ、セイシン……イガク?」

「イエス」

「へえ。なんかすごい人と面識があるんだな」

「元々は母の知り合いだったんデスケド、以前にミーもお世話になることがあって。その時に連絡先を交換してたんデスヨ」

「いいなあ。俺も弁護士とか政治家が知り合いにいたら自慢できるんだけど」

「……虎の威を借りた狐より滑稽じゃないデスカ?」

「言われてみれば、確かにそうだな。で、精神医学者になんの用事だったんだ? もしかして俺の件か?」

「イエスデス」

 冗談のつもりで訊いたので、あっさり肯定されてちょっと驚いた。


「……そ、そりゃちょっと、やりすぎじゃないか?」

「我はむしろ、甘く感じるがな」

 魔光がスマホから顔を上げ、胡坐あぐらをかくように座って口を挟んできた。

「精神医学者などに頼るなど回りくどいことをせず、専門の医者にせるべきではないのか?」

 魔光の言ってることは至極もっともだ。

 意識が別の何かに乗っ取られるなど、常識的に考えれば完全に異常者である。

 他でもない俺が人にりつく幽霊など不確かな存在を信じられず、イタコなどほぼ嘘っぱちだと思っていた。

 いざ自分がその立場に置かれるとそういう存在はいるのだと思い込みたくなるが、やはり客観的な立場から見れば俺の気が狂ったと考えるのが道理だ。


「……ミーは、生流サンには精神科医に行ってほしくないんデス」

 夢咲は握りしめた拳に目を落として言った。

「もしも精神科医や心療内科に行って生流サンの症状を説明すれば、まず間違いなく精神病院での入院を勧められることデショウ。そうなればゲーム実況はできなくなりマス。セリカサンという存在は、すぐに忘れられてネットの海に沈んで消えてしまいマス」

「であろうな。しかしそれが彼奴きゃつのためになるのではないか?」

「だとしてもデス」

 魔光の言葉を受けてもなお、夢咲は己が瞳に宿した意志の光を揺らがさない。

「生流サンは、自分の人生を他ならないミーに託してくれたんデス。だったらたとえ危険なギャンブルになろうとも、最後までジャックポットの可能性を潰したくないデス」

「ゲーム実況は、命を懸けてまでやることではなかろう」

「高熱でぶっ倒れても、炎上してもなお、マイクにかじりついたユーが言うことデスカ?」

 問われた魔光はきまり悪そうにぷいと目を逸らした。


 夢咲は俺の方を見やり、呟くように続けた。

「もちろん、ミーの一存では決められマセン。最終的な判断は生流サンにお任せしマス」

「……狂人の疑いがある者に、判断を任せるのか?」

「少なくとも今は、本当の生流サンとお話しできマス。そうデスヨネ?」

 俺は二人の視線を真っ向から受けてうなずいた。

「ああ。今の俺には、ちゃんと生流としての意識がある」

「では問うが、そなたは精神的に呪いを受けている可能性がある」

「……そこは普通に精神疾患とか一般的な単語を使いマショウヨ」

「ええい、混ぜ返すな。ともかくだ。そんな状態では、いつ何が起こるかわからん。実況どころか日常生活に差しつかえる何かが起きるやもしれん」

「でも、もし病院に行けば、きっとしばらくゲーム実況はできなくなりマス。今まで積み上げてきたものも、全てはバブルとなるデショウ」

「……危険を取るか、安全を取るか。判断はそなたに任せよう」


 二人はそれきり黙し、俺の答えをじっと待っていた。

 エア・コンディショナーのかすかな起動音が、静寂に満ちた空気をいたずらに掻き回していた。

 俺は唇をかみ、膝の上に重ねられた手を見下ろした。

 整えられた爪に、白く抜けるような肌。伸びた細く小さな毛も今は剃られている。

以前までの自分なら考えられない、整えられた両手。

 自分じゃない自分……セリカ。

 そんなものになったらきっと、今の俺は消えてしまうだろう。

 自身の体を誰かに乗っ取られるなんて、ゾッとする話だ。対策なんてものはない。

 ぶっちゃけ、何が正解かはわからない。

 でも――、どうしたいか・・・・・・はわかっていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【ご報告】


夢咲「誤字報告ありがとうございマスッ!!」

生流「どうした、いきなり」

夢咲「誤字報告デスヨ、『なろう』の」

生流「あー、そういうのあるらしいな」

夢咲「この作品にもいっぱい届いてたんデスヨ、誤字報告っ!」

生流「それはありがたいやら、恥ずかしいやらだな」

夢咲「『無視してたわけじゃなくて、届いてたのを知らなかっただけなんです』というのが、作者の弁明だそうデスヨ」

生流「……なんというか、バカ丸出しだな」

夢咲「いただいた分の誤字報告部分は8/20までには直しておくそうデス」

ハルネ「カクヨムみたいにベルマークとか出してくれたらわかりやすいのにねー」

真古都「今後も誤字報告に、あとその他諸々(もろもろ)もお待ちしてるそうや」

生流「さすが関西人、ここぞとばかりに商売っ出してくるな……」


ハルネ「次回、『6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その3』だよ!」

真古都「8/20の18時~20時の間に投稿予定や。お楽しみにな」


夢咲「な、なんか急に出てきた二人に仕事持ってかれたんデスケド!?」

生流「まあまあ。差し入れでもらったずんだ餅でも食べて落ち着こう」


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