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6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その1

 最初に感じたのは頭痛だった。

 頭蓋骨の中でズキズキとした痛みが走っている。

 ぎゅっと目を固くつむる。それでも痛みは引かず、気紛れに場所や程度を変えて俺をさいなんでくる。

「目覚めたか、乙女の皮をかぶりし者よ」

 上から声が振ってきた。妙に芝居ぶった言い方だな、と思った。

 ……なんだろう。どこかで聞いたことがあるような気がする。

 確か、ま、ま、ま……。

「マッコウ……クジラ」

「冥王の名をたがえるとは何事かこの無礼者めっ!!」

 口の中に何かが突っ込まれる。


「ぐぉっ、うぉおおッ……!?」

 なんだこの味は!?

 甘いような辛いような苦いような渋いようなそれでいて仄かに酸味と清涼感溢れる香りが漂いザクザクとしていてドロッとした触感……うぇっ。

 意識が、遠のいていく。浮上しかけたそれはまるで足を引かれたように元の闇の底へ引き戻されて……。

「ちょっ、せっかく目が覚めかけてるのにまた眠らせないでクダサイヨ!?」

 夢咲が絶叫し、駆け足で近づいていくる音がした。

 そのままペシペシと頬を軽く叩かれる。

「ヘイ、ウェイクアップ、ウェイクアップ! 芽育サンはエチケット袋と水を持ってきてクダサイ!! まな子サンはそのゲテモノをとっとと捨ててください」

「ゲテモノ言うでない!」

「お仕置きに使ってる時点で有害物質だと認めているのと同じデスヨ」

「ぬぐぐっ……」

「ふ、袋とみみみ水、持ってきたでござる!」

「サンキューデス!」

 オペでも始まるのかという慌ただしさ。

 ただ意識が戻りかけたせいで途轍もない嘔吐感と前後不覚感と発熱感……等々、考えうる限りの体調不良で頭ん中がぐっちゃぐちゃに掻き回されている俺には口を挟む元気など残されていない。


「ほら生流サン、今すぐ口の中のもの吐いてクダサイ。背中撫でマスカラ!」




 それから俺は食したものを吐かされ、水で口をゆすいだ。それでも異臭を感じたので歯を磨いてようやく人心地ついた。


「あー……、死ぬかと思った」

「フン、ただ食事しただけで死ぬわけなかろう」

「……まな子サンの料理は『ただ』の二文字で済むようなものじゃないんデスヨ」

「何を言うか。誠心誠意魔力を込めて作ったのだぞ」

「いやそこは真心を込めてクダサイヨ」

「で、でも、生流殿が我をと、取り戻したのだから結果的にはよかったのでござらんか?」

 芽育の言葉に引っ掛かりを覚えて、俺は口直しに食べていたガーリック風味のおにぎりから口を離して訊いた。

「俺が我を取り戻したって、どういうことだよ?」

「……覚えてないんデスカ?」

 不思議そうに――どこか気遣わし気というか、心配するような空気も感じた――問うてくる夢咲。


 俺は少しばかり考えた後、軽く肩をすくめてかぶりを振った。

「ああ。きれいさっぱり、何も覚えてない。まるで一ヶ月近く眠らされていたみたいに」

「……セリカさんでいた時も合わせて、せいぜい二日程度デスヨ?」

「そうか? もっと寝てた気がするんだが……」

「我の料理は魔力を込めたといっても、材料はいたって普通の人間界のものだぞ? そこまでの効力はないはずだが……」

「あの味は“普通”の二文字じゃ説明つかない気もしマスガ、ひとまず置いておきマショウ」

「……なあ、盟友よ。さっきから我への風当たりがいささか強い気がするのだが?」

「気のせいデスヨ」

 ひらひらと手を振る夢咲。魔光は腕を組んで首を傾いでいたが、やがて「そうか」と一度うなずいて納得の意を示した。素直は美徳である。


「生流サンが起きたことデスシ、改めて現状を整理してみマショウ」

「現状って……。そもそも俺は何も覚えてないんだが」

「せ、生流殿は愛衣嬢の家に一旦帰宅したでござるが、帰ってきたら別人格――セリカ嬢になってたでござるよ」

「……何言ってるんだお前?」

 急に告げられたトンデモ話に、俺は思わず眉をひそめた。

「え、……えーっと、えっと……」

 芽育はおろおろとしながら、助けを求めるように夢咲の方を見やった。彼女は鼻から軽く息を漏らしていった。

「芽育サンの言ったことに、嘘はないデス。すべて事実デスヨ」

「……そんなバカな」

「では生流サン。ユーは愛衣サンの家に行った後の記憶がありマスカ?」

 俺は記憶をさかのぼってみたが、ある一点で鋏を入れられたようにきれいに断ち切れていた。

「……愛衣とゲームをしてた最中のところから、ぷっつりと意識が切れたみたいに何も覚えてないな」

「愛衣サンと、ゲームをしていた時から?」

 夢咲の目の色が変わった。それは芽育も同様だった。

 魔光だけが一人、自分の作った料理をもくもくと食べていた。……よくもまあ平気で食えるもんだと感心してしまう。今はさて置くが。


「生流サン、ゲームをしている最中に何か変わったことはありマセンデシタカ!?」

 身を乗り出し、必死な様子で夢咲が尋ねてくる。

「変わったことって?」

「なんでもいいんデス。愛衣サンが変なことを言ってたとか、部屋の様子がいつもと違って少しおかしかったとか」


 ゲームをしている最中のことを想起してみる。

 だが差し当たって思い当たるようなことは……。

「……ああ、そういえば」

「なんデスカ?」

「久しぶりに対戦したら、愛衣が強くなっててビックリしたな」

 夢咲は眉を顰め、芽育と顔を見合わせた。

「どう思いマス?」

「別にゲームの技量自体は関係ないと思うでござるが……」

 二人は難しい顔をして考え込んでいる。


「なあ、愛衣がどうかしたのか?」

「……今のところデータ不足で答えが出ないので、なんとも言えマセンケド――」

 夢咲はぴしっと俺に指を突きつけて言った。

「生流サン。ユーはしばらくの間、帰宅禁止デス」

「……え?」

 俺はきっと、きょとんとした顔になって夢咲のことを見ていたと思う。

 彼女には冗談を言っている雰囲気はなかった。

「いいデスネ?」

「いや、意味分からんのだが。理由を訊かせてくれないか?」

「説明しても、おそらく理解するのは難しいデショウ。ただ、生流サンが家に帰るとユーにとってあまりよくないことになりマス」

「せっ、拙者にとってはご褒美でござるが。うひひ」

「……芽育サン」

「あ、す、すまんでござる」

 怒られた芽育はしゅんと肩をすぼめて小さくなる。

 夢咲は俺の方を見やり、真剣な面持ちで続けた。

「今はまだ、理解する必要はありマセン。ただ、もしも帰宅したらその時点でミーはユーを破門シマス」

「はっ、破門!?」

 夢咲は大きくうなずき、言った。

「もしもイヤなら、帰宅――いえ、今後は無断の外出を控えてクダサイ。いいデスネ?」


 なんだかやけに条件が厳しくなったが……、確かに記憶が抜けている現状はいささかマズイと自分でも思う。もしかしたら知らぬ間に、アルコールでも摂取してしまったのかもしれない。夢咲達が心配するのも当然だろう。


 俺は一つ大きなため息を吐き、「わかったよ」とうなずいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


生流「好きな都道府県ってあるか?」

愛衣「北海道なのだ! でっかいし!!」

生流「そうか、俺は愛知県かな」

愛衣「どうしてなのだ?」

生流「カンガルーみたいで可愛いから」

夢咲「二人共、感性が独特デスネー」


愛衣「次回、『6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その2』なのだ!」

夢咲「8/19日18時頃か、8/20の18時頃に投稿予定デス」


生流「夢咲の好きな都道府県は?」

夢咲「……静岡県デス」

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公復活!!! いやぁ、まさか三十話近く主人公がほとんど出てこなくなるとは予想外でした。
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