5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ Epilogue
宇折井と海翔は明け方の街を歩いていた。
暗かった空には光が投げかけられ、雲が今しがた磨かれたばかりのように輝いている。
今日も一日熱くなるだろうと、できかけの入道雲を見ていた宇折井は思った。
ふと海翔が言った。
「長いこと引き止めて悪かったな」
「いっ、いやっ、そんな。拙者も楽しんだでござるし……」
「ワレもおどれのプレイを見てて圧倒的に楽しかったぜ」
宇折井は少し気恥しそうに髪をいじる。ほんのりと頬が赤らみ、微かに潤んだ瞳でちらちらと海翔を見やっている。しかし彼は気付いた様子もなく、さっきの宇折井のように空を仰いでいた。
「なあ、宇折井」
急に名前を呼ばれた宇折井はビクッと臆病な小動物のように体を跳ねさせた。
「なっ、なっ、なんでござろう!?」
「……また、あげねえのか? 動画」
海翔の声が宙に消えてから、しばらく無言の間が続いた。
宇折井はぽけっとした顔で海翔の顔を眺め、彼は徐々に青くなっていく空を見上げている。
やがて宇折井は苦笑して言った。
「……だ、誰も見ない動画を上げたところで、し、仕方ないでござるよ」
「だけど少なくとも、ワレは見てたぞ。小夏もな」
海翔は空から宇折井の方を向く。真剣な眼差しが彼女を捉えた。
「おどれの動画を作り上げるのがどれだけ大変かは、ゲーマーなら誰だってわかる。さっきのプレイングだって、相当長いことゲームに取り組まなけりゃできねえもんだ。その努力の結晶が、この社会っていう砂漠に埋もれていっちまうのは……、ワレはすごく惜しいことだと思うぞ」
彼の目線を真っ向から受けていた宇折井は、やがてゆっくりとかぶりを振った。
「せ、拙者のプレイングなんて、たたた、たかが知れてるでござる。よっ、世の中にはもっと上手い、そそそ、それこそプロゲーマーと呼ばれる者達がひしめいているでござる」
「ワレはおどれなら、プロゲーマーになれると思うがな」
「――無理でござるよ」
宇折井らしかぬ、きっぱりとした口調だった。
「拙者は本当のプロゲーマーを知っているでござるから」
海翔は宇折井の屹然たる雰囲気漂う様をしばし眺めた後、ふっと笑みを浮かべて言った。
「奇遇だな。ワレもだぜ」
「……ま、誠でござるか?」
海翔はさも当然のようにうなずく。
「ああ。ソイツはプロになってから、一勝すらできてないんだ」
聞くやいなや、宇折井の頭の中にある人物が浮かぶ。
「……そ、その人……多分、拙者も知ってるでござる」
海翔は足元から鳥が立ったかのように身を跳ねさせた。
「ま、マジか!?」
「ま、マジでござる。そ、そういえばあの者もプロゲーマーでござったな」
宇折井は寝不足気味の頭を少し揺らしてぼうっと空を仰いだ。
その様子を見ていた海翔は、軽く肩を竦めて言った。
「まあ、なんだ。おどれの動画を待っているヤツもいるってこと、頭の片隅にでも置いといちゃくれねえか?」
「……はぁ」
返ってきた返事は要領を得ないものだったが、それ以上海翔は何も言わなかった。
二人はとあるマンションの前に辿り着く。
かなり年季の入っっていそうな、煤けた白いマンション。特徴らしき特徴もなく、デカい割には目立たない。目にはついても気に留まらない――そんな建物だ。
「ここがおどれの住んでるところか?」
「さ、さようでござる」
「そうか。んじゃあ、ワレはこれでな」
踵を返し、立ち去ろうとする海翔。
宇折井は急な痛みに胸を押さえ、離れていく背中を眺めていた。
しかし耐え切れず、ついには「あっ、あのっ」と呼び止めた。
振り返った海翔のグラサンが、きらりと日の光を反射する。
その光に目がやられたかのように顔を俯けた宇折井は、何度か深い呼吸を繰り返した後、再度口を開いた。
「まっ……また、あ――」
言いかけた言葉が止まる。朝日の中、宇折井の顔が鮮やかな赤色に染まっていく。
やがて彼女は両拳を握りしめ、声を張り上げて言った。
「――赤司殿の家に行ってもいいでござるか!?」
海翔はしばし黙して佇んでいたが、やがて口元を緩め、親指をぐっと立てて言った。
「ああ、もちろんだぜ。宇折井」
宇折井は一瞬呆けた表情をした後、安堵と喜びの混じった笑みを浮かべた。
東京の街では今日も冴えない一日が始まる。
街並みは世界から見れば平凡で、代わりに地獄のような猛暑に包まれる。1000万人近くの住民――都外から日頃来ている者も合わせれば、さらに増加することだろう――にとっては慣れ親しんだルーチン・ワークである。
けれども人と人の出会いが、他に類を見ない様々な物語を生みだす。
宇折井が海翔と別れてから数時間後。
夢咲の家に、セリカとなった生流が帰ってきたように――
●
とある病院の一室。
そこに骸骨のようにやせ細った女性がいた。
彼女の名は源 至里。『人間の思考法則』や『AIと人間の思想パターン』などを研究している精神医学者である。一風変わった論文を書く人物として医学界では名が通っている。
至里はスチールの机の前に座り、鉛筆を手に何やらレポート紙に書きこんでいた。綴られているのは全てドイツ語であり、文字はどれも角ばっている。
ふと部屋に独特な、苦味を連想させるよい香りが漂ってきた。
彼女が顔を上げると、目の前にお盆を持った小柄な女性――ロマンが立っていた。
豚の蚊取り線香が書かれた着物を着ている。腰には少し太めの紐で刀のようなものが収められた鞘が吊り下げられていた。
「茶を淹れてきてやったぞ。そろそろ休憩してはどうかの?」
至里はちらりと壁掛け時計を見やった後、「そうだな」と呟いた。
「人間の集中力は諸説あるが、大体15分で第一段階、40分頃から第二段階の下降が始まるという。60分経過した今、休息を取るという行為は適切だと言えるだろう」
「難しいことはよくわからんが、妾が淹れた緑茶は美味じゃ。疲れはたちまち癒えていくことじゃろう」
ロマンは至里の前に湯飲みとゴマ煎餅の入った器を置いてやる。
それを漫然と眺めていた至里は、セッティングが終わると同時に湯飲みを機械的な動作で持ち、口につけてごくごくと飲んだ。ハイオク満タンで、という一言が思い浮かぶような光景である。
ロマンは軽くため息を吐いて言った。
「もう少し味わって飲んでくれると嬉しいんじゃが」
湯呑みから口を離した至里は、固い声音で言った。
「味わっている。ロマンの淹れる茶は美味い。これは疑うべくもない真なる事実だ」
「……汝は勉学だけでなく、もう少し“こみゅにけいしょん”能力を鍛えるべきだったのう」
「私は最低限のコミュニケーションは取ることができる。問題ない」
再度ロマンはため息を吐いたが、それ以上同じ話を続けようとはしなかった。
代わりに話題を転じて訊く。
「学会の準備は進んでおるのか?」
「ああ。予定通りに進んでいる。アメリカに送る資料も先程完成した。今のところ滞っているものはない」
「そうか。なら安心じゃな」
「……まあ、そうではあるが」
ふと至里の眉が僅かに寄った。
些細な変化だが、ロマンはそれを見逃さない。
「どかしたかの?」
「大したことではないのだが。現段階では憶測どころか妄想の域を出ていない気がする」
「散々、実験とかしたんじゃろう?」
「もちろんだ。しかし、所詮は箱庭の中の戯れに過ぎない」
「……つまりどういうことじゃ?」
至里はゴマ煎餅をひっくり返すように手の中で弄びながら言った。
「サンプルではない、生の例を見ておきたい」
「ふむ? 生……というと?」
「顕微鏡やレントゲンなどではない、肉眼で確認出来る例だ。しかも研究所側で用意されたものではなく、偶然の巡り合わせが望ましい」
「……じゃが、今回は前代未聞のアレじゃろう?」
「ああ。言ってしまえば全人類がサンプルだ。だが私が出会いたいのは仮説を裏付けしてくれる者である」
「そんな都合のいいモンがそうそうおるわけ……」
とロマンが言った直後、突然机の上に置かれたスマホがブゥッと音を立てた。
「何奴!?」
瞬間的にロマンが腰の鞘から何やら抜き放った。
それはなんのへんてつもない木刀。しかしその切っ先が通過した机の縁には鋭い斬り跡が残っていた。
至里はいたって冷静な様子でロマンの手に手を重ねて言った。
「落ち着け。電話だ」
「むっ、これは失礼……」
ロマンはきまり悪そうな顔で頭を下げ、木刀を収めた。
画面を見やった至里は、「……ほう」と関心を滲ませた声を漏らした。
「誰からじゃ?」
「旧友だ」
そう言って通話を繋ぎ、至里は電話先の者と会話を始める。
最初は淡白だった至里の声が、少しずつ熱を帯びていくのをロマンは感じ取った。
やがて電話を切った至里が、珍しくわかりやすい笑みを浮かべていた。
「……まさか、おったのか?」
至里は電話を見やったまま、固さを感じるうなずきをして言った。
「偶然が必然の引き金に手をかけたようだ」
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【次回予告?】
夢咲「アワセ|(作者名)サン、TIPSをどうにか原型を残したまま本編に組み込みたいと思ってるみたいデスネ」
生流「組み込むって?」
夢咲「主人公の生流サン視点で再構築する、ということデスネ」
生流「いいんじゃないか? 三人称視点より、そっちの方が読みやすいだろ」
夢咲「候補は今のところ、次の三つみたいデス」
・TIPS There are two souls in the human body. ~Side : Kiyoshi~
・TIPS やがて彼と彼女は邂逅する
・5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ Epilogue
生流「まあ、一番上は妥当だよな。あまりゲーム実況要素がない割には長いし」
夢咲「ただ、再構築が一番難しいって頭を抱えてるみたいデスヨ」
生流「……だったら最初から書くなよ」
夢咲「一番下はおそらく女性の芽育サン視点だから読みづらいんじゃないか、というのが候補に挙がった理由だそうデス」
生流「なるほどな。せめて海翔目線で書いておけばよかったのにな」
夢咲「まあ、これを全部上手く本編に組み込めれば、5章の後のだれた感じをある程度は払拭できるんじゃないかと、アワセサンは言ってマシタヨ」
生流「頑張ってほしいな……、割とマジで」
夢咲「次回予告集を7本今日中に投稿して、明日からはいよいよ六章に突入|(予定)デス」
生流「……予定かあ」
夢咲「予定デス」
※次回予告集は別の小説という形で再投稿させていただきました
なろう : https://ncode.syosetu.com/n3183gl/
カクヨム : https://kakuyomu.jp/works/1177354054918906206




