5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その6
途端、画面が白くフラッシュし、壮大な音楽が流れ出す。いかにもボス戦といった空気。
フラッシュが解除されると、初見スキップ不可能なムービーが挟まる。
白い肌の筋肉質な怪物が、スクリーンを占めるように映された。
ボディビルダーも裸足で逃げ出すぐらい、筋肉の量が凄まじい。
画面端には大入道と表示されていた。日本で語り継がれている、巨人みたいな妖怪のことだ。ただ史実では筋肉質だとは書かれていない。
――い、イベントだからって、……かかか、開発陣の人達、はっちゃけたんでござろうな。
強大さを誇示するはずのムービーで逆に宇折井は冷静になってしまった。
ただ最後のカメラの引きで主人公達との大きさの対比が映された時には、さすがにビビリそうになった。アングルのせいもあるのだろうが、まるで米粒と人みたいだった。
ステージもかなり特殊だった。
大入道を囲うようにいくつもの小型船があり、そこには例の小鬼とタコのコンビが一隻につき四人程度乗っている。
主人公もその内の一隻に乗船していた。
実際の戦闘画面になるとやはり大入道はムービーほど大きくはなかったが、それでも主人公を指でつまんできそうなぐらい巨大だった。
『お気を付けてください、宇折井さま。水辺に落ちている間は移動速度が大幅に低下してタコの墨汁弾の的になってしまいますわ』
「なるほどでござる。それで、あのボスの攻略方法は?」
いたって冷静な口調の宇折井にちょっと驚かされつつも、小夏は答える。
『大入道の弱点は背中の傷ですわ。ただし回り込むのはかなり大変ですの』
「……なるほどな」
海翔が顎を撫でつつ言った。
「船の間を移動するには、ジャンプが必要だ。だけど着地後硬直があるから、その隙に墨汁弾を撃ち込まれる危険がある。空を行くのはもっと危険で、墨汁弾に蜂の巣にされる恐れがある。となるとタコの心臓部的な小鬼をせっせと倒していかなきゃならんわけか」
スピーカー通話で繋いでいたスマホから、小夏の返答が来る。
『船の数は三十二隻、一隻につき四匹。半周するためには四×十六=六十四匹を倒さなくてはなりませんの』
「小鬼自体は弱いし倒せるっちゃ倒せるが、時間がかかるのがイヤだな」
『ええ。おまけに大入道は津波を起こしてきますので、常に移動を強いられます。小鬼の退治だけに気を取られていると、その隙を突かれて大ダメージを食らってしまいますわ』
海翔はちらりと壁掛け時計を見やった。
現在時刻は午前三時五十四分。
「なあ、RTAでは大入道を何分で倒してた?」
『たしか……七分ぐらいですわ』
「圧倒的絶望だ。一分オーバーだぜ」
『……そうですわね』
初見プレイで、RTA越え。
しかもこのイベントは興が最終日であり、散々やり込まれた末の最速記録である。
ぶっちゃけそれを越えるのは、もはや人間業ではない――成せたら神の御業と称えられるべき偉業である。
「諦めろ、小夏。タイムリミットだ」
『……………そう……ですわね』
ギリッと歯ぎしりをする音さえ聞こえてきた。
「それ、放送中には絶対にやるなよ。ただでさえ当初はお淑やかキャラで通すはずが今じゃゆるふわ系毒舌嗜虐少女なんていうよくわからん称号をつけられてるんだからな」
『チミに言われずともわかってますわよ』
二人して、ついさっきまでは僅かに希望を抱いていた。
もしかしたらこのミッションをクリアすることができるんじゃないかと。
それぐらい順調にダンジョンをクリアできていたのだ。
その快調な時には、いつも聞こえていた。
「ふひっ、ふひひひ……」
そう、この不気味な笑い声が……。
『……え?』
今しがた、確かに聞こえた。
自身の相棒が、宇折井が放つ笑声。
「なるほど、そういうことでござったか」
その一声には微塵も諦めの色は混じっていない。
海翔は実際に見た――宇折井の愉悦に満ちた笑みを。
「小夏嬢、それに赤司殿。このバトル、アクションでもRPGでもない――ジャンルエラーでござるよ」
『ど、どういうことですの?』
「つまり――こういうことでござる!」
宇折井はゲーミング・コントローラーを逆手に持ち、親指を除く四指で目にも止まらぬ素早さで操作する。
それを受けて、龍真が取った行動は――
「『なっ――!?』」
海翔と小夏は驚きのあまり同時に声を上げた。
このステージの禁忌ともいえるアクション。
翼を広げた龍真が今まさに、空へと飛び立ったのだ。
『ちょっ、そんなことをしたら――』
「空に浮かぶタコの墨汁弾の的にされる、でござろう?」
『わ、わかってるのにどうして――』
「いいでござるか、小夏嬢」
手を止めることなく、宇折井は続ける。
「どんなに強力な攻撃だって、当たらなければノーダメージでござる」
縦横無尽、高低差により上下からも墨汁弾が龍真へと殺到。さながら弾幕といった光景。鼠一匹逃さんがごとく、弾という弾が密集して迫ってきている。
だが――
「シューティングゲームは昔、指の皮が擦り切れる程やり込んだでござるよ」
一発たりとも、龍真に直撃することはない。掠りはしているが、このゲームにおいては逆効果。
龍真は光のごとき速さで大入道の背後に回り込むことに成功する。
巨体のヤツは動きが遅く設定されているため、振り返るのに時間がかかる。
スクリーンには大入道の背が映っており、デカイ傷跡も見えている。
そこへ龍真は連続で攻撃を叩き込む。
本来なら遠距離攻撃を想定された体力であり、近接のバカ高い攻撃力はガンガンと大入道のHPゲージを削り取っていく。
「対人戦でない、AI頼りのNPCが相手なら――」
やがて龍真の必殺ゲージが満タンになる。
すかさず宇折井は必殺技のコマンドを入力した。
「拙者は負けぬでござるよ」
龍真は真剣と光剣の二刀を構え、超速の――神のみぞ知る世界へと突入。
「――双手・神速滅殺斬」
常人には見えぬそこで、龍真は二本の刀を振るい続ける。閃く刃は傷跡を容赦なく切り裂いていき、やがて。
『ぐっ、グォオオオオオオオオオオッッッ!!』
そこから間欠泉のごとく、血しぶきが上がった。
大入道の巨体は揺らめき、そのまま水の中へ倒れ込んだ。巻き起こった津波は残さず船を飲みこみ転覆させる。
龍真と凍三が岸に立つムービーが流れ、リザルト画面に切り替わる。
そこには『みっしょん・こんぷりぃと!』と達筆な大文字で書かれているほか、各報酬の内容も映されていた。
「ふひっ、ふひひ、やっぱりオンラインゲームは楽しいでござるな」
宇折井の笑い声を受けて、小夏と海翔は我に返った。
『や、やりましたの……?』
「いや、画面見りゃわかるだろ」
からかう調子で海翔は言ったが、自身もいまだに信じられぬ思いが胸中を占めていた。
ふと脳裏をある記憶が霞めた。
海翔は見開いた目を向け、掠れた声で宇折井に問うた。
「……宇折井、おどれはまさか――」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【次回予告?】
ハルネ「……オバケなんて、存在しないよ」
生流「そんなにガクブル震えながら言っても……」
ハルネ「大体、なんで和風のゲームって妖怪が敵なものが多いの!? 酷いよ!!」
生流「まあ、使い勝手がいいんだろうな……。いかにも敵役に適任って感じだし。
ハルネ「……今、ちょっと上手いこと言ったなって思ったでしょ?」
生流「い、いやあ、まっさかー」
ハルネ「……次回、『5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ Epilogue』」
生流「『ポシェットフェアリー』のオバケは平気なのか?」
ハルネ「あの子達はお友達だもん」
生流「謎の格差……」




