5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その5
宇折井と小夏はファストトラベル――ゲームの要素の一つで、以前来たことがある場所に一瞬でワープできるというもの――を利用し、イベント専用ダンジョンの近くまでショートカットした。
「お、オンラインゲームでオープンワールドとは、なかなか意欲的な作品でござるな」
『ええ。この手のゲームは海外の方が強い傾向にありますけど、龍姫は日本の会社だけで制作されたんですのよ』
『だから和風テイストなんでござるな』
すでにRTAの催促の時間すら切っているため、彼女達は会話しながらもキャラをダンジョンに入らせていた。
中は薄暗く、ぼうっとした人魂が光源の、いかにも怪奇じみた空気の漂っていそうな場所だった。
「ぐ、グラフィックも凝ってるし、かかか、かなりの神ゲーでござる」
『今年の良ゲートップスリー入りは間違いありませんわ。ゆったりプレイしても、やり込んでも楽しめる、本当にいいゲームなんですの。たまに鬼畜ミッションを追加してくること以外は……』
ダンジョンを進む二人の前に、突如として無数の影。
二人はキャラに武器を構えさせる。
「て、敵でござるか!?」
『ええ。アイツ等は……』
現れたのは、小鬼と彼等がつかんでいる糸の先に風船のごとく浮かんでいるタコだった。
小鬼はかなり可愛らしいデザインで、タコはそれなりにサイズがあり、おっかない顔をしている。まるで後者が前者を引っ張っているようだった。
「ぬぬぬっ? な、なんでござる……アイツ等?」
『タコあげ小鬼ですわ。空中に浮かんでいるタコが墨を吐いて遠距離攻撃を仕掛けてくるんですの』
「タコじゃなくて、小鬼の方を遠距離攻撃するのが定石だな」
宇折井の背後でゲームの様子を眺めていた海翔が付け加えた。
「……なるほどでござる。タコの攻撃に気を付けて、遠距離でチクチク小鬼を攻撃して突破するわけでござるな」
『ええ、そうですわ。海翔さまがおっしゃってました?』
「う、うむ。だけど今はそれじゃあ、間に合わんでござる」
言いつつ宇折井はコントローラーを表裏ひっくり返して持ち――自キャラを小鬼へ接近させていった。
『「なっ……!?」』
海翔と小夏は同時に驚愕に言葉を詰まらせる。
つい今しがた攻略方法を言ったのに、それを破った行動をとったのだから当然である。
止める間もなく宇折井のキャラ、坂本 龍真――ポニーテールの女の子である――は小鬼との距離を詰めていく。
しかし龍真の存在が間合いに入ってきたことにより、上空のタコ共が彼女の存在を察知。一斉にタコ墨を彼女へ射出してくる。
幾発、幾十発の黒き砲弾はさながら磁石に吸い寄せられる砂鉄のごとく、龍真へと集まっていく。
しかしそれは本来なら、あり得ないことである。
龍真は高速で直進移動をしていた。つまり刻一刻と、立ち位置は変わっているわけだ。
ゆえにこうして全ての弾が龍真に寸分たがわずヒットしそうになっている現状は、いくらNPCと言えどもあり得ないわけだが――。
それに説明をつけるとしたら。
「お、おい、宇折井、そりゃ、マズイぞ!」
『『龍姫オンライン』に出てくる敵キャラは、プレイヤーのこれからの動きを予測して――』
慌てる二人に、宇折井はいたって落ち着いた様子で答える。
「わかっているでござる。あのタコ共は、偏差撃ちができるのでござろう?」
海翔と小夏は今度こそ完全に言葉を失った。
偏差撃ちとは主にTPS・FPSで使われる用語である。
元は航空軍事用語で、敵そのものではなく予測移動地点に向かって弾を撃つことをいう。
かなり高度な技術が必要であり、人間ならばともかく一般的な作品のNPCは偏差撃ちなどしてこない。そもそもそんなスキルを敵キャラが持っていたら、クリア不可能なゲームになってしまう。
しかし『龍姫オンライン』は平気でそのようなAI設計をしている。無論、攻略方法は用意されているものの初見殺しのキャラが多いとプレイヤー間で言われるほど、その動きは一般作品のモンスターより知能レベルが高いものになっている。
ゆえに正攻法以外の突破はほぼ不可――
「偏差撃ちっていうのは、敵の動きを完全に読み切らないと当たらないものでござるよ!」
龍真は突然へと側転した。このゲームにおけるドッジ――回避行動――である。
瞬時にキャラは入力方向へ移動する。一瞬後、龍真のいた場所が無数の黒き弾丸によって抉られる。
龍真はタコが次弾を発射する前に小鬼へと突進、素早き一刀で斬り伏せる。
「ソロプレイならこのまま放置して突破するところでござるが――、今回は協力プレイでござるからな。すまぬがその命、散らしてもらうでござる」
さらに地上用近接範囲攻撃の『曙光の一閃』を発動し、敵キャラを一掃。
小鬼達は残らずドロップアイテムと化し、地への支えを失ったタコは空へとぷかぷか舞い上がっていった。
ほぼ一瞬の出来事だった。
たった一度回避して、攻撃しただけか?――否。
宇折井は初見プレイである。にもかかわらず、まるでそのゲームを熟知したかのような動きを見せたのだ。
『……宇折井さま。その、本当に『龍姫オンライン』は初プレイですの?』
「そうでござるが」
『でもその割には、今の動き……完全に敵の動きを読み切っていたような――』
「ああ、それなら」
宇折井はさも当然のような口調で言う。
「街で町民のNPCキャラの動きを見ていたら、プレイヤーキャラが近づいてくるとぶつからないように避けていく輩がいるのに気付いたんでござる。そこからこのゲームのAIがどのレベルか予測してたから、偏差撃ちぐらいしてくるだろうと思ったんでござる」
『攻撃さえしてこない街のキャラから、敵キャラのAIレベルを予測……?』
小夏は口にした自分の声が、まるで別人のもののように聞こえてきた。
そんなことが可能なのか?
否、疑うべくもない。実際に今、目の前で行われたことである。
肌が泡立つかのような感覚を、小夏と海翔は覚えた。
●
「当たらん、当たらん、当たらんでござる!」
豪雨や流星群の真っただ中にいるような中を、宇折井が操作する龍真はかいくぐっていく。ただの一発もヒットせず、掠る程度である。
だが攻撃が掠ってもHPは減らず、逆に別のゲージが増加していく。
そのゲージの横には円に囲われた『必』の一文字があった。
群がるエネミーは龍真とすれ違う度に爆ぜていく。ただの一匹も例外はなく、塵と化す。
あっという間に残りは一体になった。
ひときわ大きな、龍真の三倍はあろいうという白い布の妖怪、一反木綿である。
「フヒヒヒヒヒ、これで最後でござる! 必殺――」
龍真は片手で刀を持ち、もう片手に白く光る刀を出現させる。
「双手・神速滅殺斬ッ!!」
ヒュゥンと風切り音を残し、龍真の姿は掻き消える。
『キュォアアアアアアアアアアアッ!!』
一瞬後、一反木綿は妙に甲高い断末魔とドロップアイテムを残して爆散した。
と同時に、部屋の中にあった門が鈍い音を立てて開き始めた。
「思ったよりも手応えなかったでござるね」
宇折井が言うと同時に翼を畳んだ龍真の手から光の剣が消えた。
真剣の方は格式ばった所作で腰に収める。
小夏に『このゲームでは武器を収めた状態の方が、移動速度が若干早くなりますの』と教えられたためだ。実際に試したところ、宇折井の目視ではフレーム一桁単位ではあるがダッシュ及び飛行スピードの向上が見られたため、移動の際には武器を収めるようにしていた。
ただし『武器を治めた状態だと攻撃はおろか、回避以外の防御すらできなくなりますわ』とも注意を受けていた。
龍真の背後には夥しい数のドロップアイテムがあった。
強制RTA状態なので拾いにはいかないが、まさに宝の山状態。レアアイテムもわんさか詰まっていそうである。宇折井の後ろで様子を眺めている海翔がごくりと唾を飲んだ。
「さて、次のフロアでいよいよボス戦でござるか?」
『ええ。けれども、ボスが一番の難関なのですわ』
シリアスの色が濃く出た小夏の一言に、余裕綽々だった宇折井もさすがに表情を硬くした。
「……どういうことでござる?」
「百聞は一見に如かずですわ。参りましょう」
小夏の操作している土方 凍三についていき、最終フロアに足を踏み入れた。
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【次回予告?】
ハルネ「作者たまのお名前がちゃんと決定したみたいだよ!」
夢咲「今までカクヨムとなろうで別の名前を使ってマシタカラネ。ミー的にはややこしくてイヤだったんデスガ、やっと統一する気になってくれマシタカ」
ハルネ「それじゃあ、発表するよ! 作者たまのお名前は……」
蝶知 アワセ
夢咲「……ちょうじりあわ……」
ハルネ「蝶知 アワセ(ちょうち あわせ)って読むんだってー」
夢咲「なるほど。これからはチョーサンって呼べばいいんデスカ?」
ハルネ「それだと社●たまと被るから、アワセたまって呼んでほしいんだって」
夢咲「だったら最初からこんな名前つけないでクダサイヨ……」
ハルネ「次回、『5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その6』だよ! お楽しみにー」
夢咲「……でもこれ、Twitterのアカウント名とは違うんデスヨネ?」
ハルネ「宣伝したらまたややこしくなっちゃうねー」




