5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その4
※本編5000字程度
~お知らせ~
・明日は所用の関係で、午後六時に自動投稿させていただきます。
コメントは返信はお約束できませんが、後で全て読ませていただきます。
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「ところで、『龍姫オンライン』ってどんなゲームなんでござるか?」
「まさか本当に何も知らねえのか?」
「タイトルを聞いた感じ、オンラインゲームだって悟ったぐらいでござる」
「……おどれなあ」
呆れ顔になりつつも、海翔は少し声のトーンを上げて説明を始めた。
「『龍姫オンライン』ってのは、3DのアクションMMORPGだ。ストーリーを勧めたり、ミッションをクリアしたりっていうオーソドックスなゲームシステムだな。最近圧倒的に人気になりつつあるんだが、オンラインゲームが好きなのに知らないのか?」
「ちょっと仕事と用事が立て込んでて、ゆっくりゲームをする暇がなかったんでござる」
「そうか……、悪かったな」
「謝る必要はないでござるよ」
操作方法を確認していた宇折井は「ほほう」と感嘆の声を漏らした。
「このゲーム、MMORPGには珍しい和風テイストでござるな」
スクリーンに映っている人間のキャラはほとんどが着物や日本式の甲冑を着ており、装備品も刀や和弓といったものが多い。
「建物の感じから察するに、想定された時代は江戸末期といったところでござるか?」
「おお、よくわかったな。しゃべり方から察するに、おどれは歴史オタクか?」
「違うでござる」
「じゃあなんだ?」
「ただのしがない、ゲームマニアと萌え豚でござるよ」
宇折井はキャラの操作方法を確認しつつも、周囲の光景を眺めやっていた。
「龍姫というだけあって、角や翼が生えたり尻尾のついた女の子が多いでござるなあ」
「空を飛んだり、焔を吐いたりもできるんだぜ。ワレのキャラは近接型で、飛行スピードが速いんだ」
「それは僥倖でござる。RTA向けなキャラでござるな」
RTAとは、クリアまでかかった時間がいかに短いかを競うプレイスタイルである。
有名なゲームで優秀な成績を残した動画は再生回数が百万を越えるものもあり、多くの人に評価されている。繰り広げられるスーパープレイは常人には到底まねできないものもありいかに投稿主がそのゲームをやり込んでいるかが窺える。
「初見でそれは欲張りすぎだろ……。ワレもまだ確認しちゃいねえが、一時間以内にクリアできれば恩の字じゃねえか?」
「そうでござるな」
『……あの、もしもし? もしもしですの』
「うぉっ、わっ、なぁっ!?」
ふいに宇折井のつけているマイク付きヘッドセットから若い……というか幼ささえ感じる女の声がした。
海翔は目をすがめ、思いっきり舌打ちした。
「フレ専の音声チャットを切るの忘れてたぜ……」
「どどどっ、どうするでござる?」
『ちょっ、チミっ、誰ですの!?』
わたわたする宇折井に通話先の某。
海翔は頭を掻いて嘆きのため息を吐き、宇折井に言った。
「悪いが宇折井、一旦ヘッドセット外すぜ」
「わっ、わかったでござる」
宇折井の頭から外したヘッドセットを装着した海翔は、『ねえ、聞いてますのっ、ねえっ!』とヒートアップしている女性へ定型的な問いかけから入った。
「あー、小夏か?」
『ちょっと、海翔さま!? つい今しがた女性の声が聞こえたのですけれど!?』
普段の小夏からは考えられない早口の発問。
ただし怒っているというよりは、純粋な驚きによる動揺を感じる声だった。
海翔は少しばかり黙考した後、質問に答える。
「ほら、『ラブ声』とかいう声が女になるフリーソフトあるだろ? 前に実況で使ったヤツ。あれが起動したままで……」
『さすがにそれは無理がありますわ。動揺の仕方がまったく海翔さまらしくありませんでしたもの』
海翔は苦悶の面持ちで「ぬぬぬ」と唸り、頭を掻きむしった。傍では宇折井がどうしたものかとおろおろしている。
『別に隠すことないじゃありませんか。想い人ができたなら教えてくださればよろしいのに、水臭いですわ』
「ちっがうわ! そう短絡的なのは小夏の悪いところだぞッ!!」
強く否定する海翔を見て、宇折井はずきんと胸が痛み、目の辺りにじんわりと潤みを覚えた。
海翔は当然のことを言っているだけだと彼女は解したはずだったが、それでもなぜか胸にイヤな痛みを感じ、体を満たしていた熱が辛いものに思えてきてしまうのだった。
小夏は少しばかり間を開けて、海翔に言った。
『ねえ、海翔さま。その方は大体おいくつぐらい――ああ、乙女に直接年齢を訊いてはダメですわよ。見た感じの印象を教えてくださる?』
海翔は表情を渋いものにしつつも横目で宇折井を見やった後、小声で答えた。
「……大体、二十代ぐらいだな」
『そう。じゃあ、馴れ初めを聞かせてくださる?』
「その言い方は圧倒的に主観的な見解が含まれてねえか?」
『いいから、いいから』
「っていうか、本人がすぐ近くにいるんだが?」
『大丈夫ですわ。わたくしの勘が間違っていなければ、今頃その方はわたくし達の会話なんて耳に入っていませんから』
「おどれの人読みは、初対面の通話先の相手にも通用するもんなのか?」
『ふふふ。さあ、どうでしょう?』
「……けったいなヤツだぜ」
海翔は小夏や宇折井に気付かれぬよう、こっそりとため息を漏らした。
海翔の話を聞き終えた小夏は『うーん』と軽い唸り声を彼に聞かせた後に言った。
『本当に海翔さまはお人よしですわね。でも人が倒れたら、まず救急車呼びませんこと?』
「気が動転してたんだよ」
『ヤのつく人によく似たお姿をしてらっしゃるのに?』
「ほっとけ」
くすくすと笑う小夏に海翔は訊いた。
「んで、どうなんだ? 何かわかったのか?」
『んー……、少し宇折井さまと二人でお話させてくださいませんか?』
「ちょっと待っててくれ」
そう断りを入れてから、海翔は宇折井に訊いた。
「小夏……、さっきのヤツが二人きりで話をしたいんだとよ。どうする?」
「えっ、せ、拙者とでござるか?」
「ああ。イヤだったら断ってもいいんだぞ」
宇折井は挙動不審になりながらも、壊れた機械を思わせるような素振りでかぶりを振った。
「い、いや、話すでござる。これからいっ、一緒にゲームをする人なんでござるから……」
「わかった。うっぜえなと思ったらすぐに切っていいからな」
『ちょっ、きっ、聞こえてますのよ!? そう言うのは思ってても口に出しては……というかいつもわたくしのことをそんな風に――』
海翔は小夏の文句を無視してヘッドセットを取り、宇折井に渡した。
「んじゃ、ワレは外に出てるから。話とやらが終わったら呼んでくれ」
「りょ、了解したでござる」
宇折井は海翔が出て行ったのを確認し、ヘッドセットをつけた。
『大体っ、海翔さまは――』
途端、憤懣いっぱいの声が飛んできた。
「あ、あのー……」
『……あら、ごめんなさい』
怒声を見当違いの人物にぶつけていたことに気付いた小夏は、軽く謝罪した。
『はしたないところをお見せ……お聞かせ? してしまったわね』
「だ、大丈夫でござる」
小夏は「そう、よかった」と言って、改まった様子で自己紹介をした。
『初めまして。わたくしは白虎 小夏と申しますの』
「うぉっ、宇折井芽育でござる」
『くすくす、そんなに硬くならないでも大丈夫ですわよ』
「いっ、いやっ、これがデフォなんで。気にしないでいただけると助かるでござる」
『ええ、わかりましたわ』
意外なぐらいあっさりと了承してくれた小夏に、宇折井はいささか驚きを覚えた。
彼女はいかにもくつろいだ様子で話を続ける。
『チミと海翔さまのなれそめ、聞かせてもらいましたわ』
「ななな、なれそめッ!?」
『なかなか愉快なファースト・コンタクトだったようですわね』
宇折井は自分の顔が真夏の太陽のように熱くなっていくのを感じた。
『……ところで。宇折井さまは、普段はどのようなことをされていらっしゃるのかしら?』
「えっ、えっ、えっと……?」
『お仕事とか、趣味とか。教えていただけると嬉しいですわ。もちろん、差し支えなければ』
宇折井はぐるぐると頭を回転させて現状の分析に努めた。
その結果、どういうプロセスを辿ったかは彼女自身も定かではなかったが、一つのケース――つまり仮説――を頭の中にこしらえた。
小夏は海翔のことが好きで、夜中に二人きりでいる自身のことを妬んでいるのではないかと。
「あっ、あのっ!」
『はい、なんでしょうか?』
「拙者はそのっ、本当に恋人とか、そういうんじゃなくて……」
どんどん言葉が尻すぼみになっていく。
なぜか宇折井は、自分の発する言葉に心がチクチク痛むのを感じた。
小夏は『ああ、やっぱりそうなんですの』と呟いて、小さく笑声を零し。
ふと思いついたように『そうそう』と前置きして言った。
『よろしければ今度、一緒にお茶などいかがでしょうか?』
「はぅっ、うぇっ、ええぇえええええッ!?」
『きっと宇折井さまとなら、美味しいお茶が飲めると思うんですの』
「ぬっ、ぬぁっ、ぬぁっぬぁっぬぁっぬぁっぬぁっ!?」
人語を忘れた宇折井に代わって彼女の心中を代弁するなら『なぜにいきなりそんな話が跳躍してるんでござるか!?』である。
それを察してか、小夏は弾んだ声で言った。
『お茶会の席でなら、海翔さまのことを色々とお話しできると思うんですの』
「でででっ、でもっ、小夏嬢と赤司殿はっ……!?」
『うふふ、その話はまた今度にしましょう。さあ、そろそろミッションに取り掛からないとなりませんわね。海翔さまを呼んできてくださる?』
「どうだった、ガールズトークは?」
『うふふ、とても楽しめましたわ。やはりいいものですわね、瑞々(みずみず)しい想いというのは』
「イヤに上機嫌だな。……おい、宇折井。小夏に何か変なこと言われなかったか?」
「ふぇっ!? あっ、そっ、そのっ、なんでもないでござるッ! 決してなんでもッ!!」
宇折井の取り乱しようようを目にした海翔は「チッ」と舌打ちし、遠回しに小夏を戒めた。
「初対面の人間に対してぐらい、最低限の礼儀と遠慮を持ってくれねえか?」
『あらまあ。わたくしは誰に対してもいつも礼儀正しく、節度を持って接しているつもりですのに』
「慇懃無礼な言葉遣いと発現の内容が乖離してるんだって」
やや被せ気味に小夏は言った。
『無駄話はこれぐらいにいたしましょうよ』
自身の忠言を三字でまとめられた海翔は額に青筋を浮かべたが、どうにか怒りを殺して彼女に訊いた。
「無駄話だって?」
『ええ。もうそろそろミッションを始めないと、タイムリミットを迎えてしまうんです』
ぶっちゃけ海翔はゲームのミッションなどクリアできようができまいが関係なかったが、一応宇折井も楽しみにしていたようなので話を進めることにする。
「……んじゃあ、そろそろヘッドセットを宇折井に返すぞ」
『えっ? 海翔さまがプレイなさるのではないんですの?』
「いや。今回おどれと協力プレイするのは宇折井だ」
少しばかり受話口が沈黙し。
「っ、ええぇええええええええええッ!?」
ワンテンポ遅れて小夏の絶叫が上がった。
急ぎ彼女は問いを重ねてくる。
『どっ、どういうことですの!?』
「だから言っただろ。ワレじゃなくて宇折井がやるって」
『……宇折井さまの龍姫歴は?』
「今回が初見プレイらしい」
受話口の向こうから沈黙の空気が漂ってくる。
『おっ、終わったですの……』
「んな始める前から景気悪いこと言うなよ」
『今回のミッションの残り時間知ってますか!? 一時間七分ですのよッ!! RTAの最短記録は70分! もう3分も切れてますのにっ……!!』
「今回はずいぶん鬼畜そうだな。敵が強いのか、それともお使いか?」
『前者です、前者! だから海翔さまをお誘いしたんですのよっ!! お使いはつまらなくてイライラしますけれど、クリアできる分まだマシですわ』
「ふうん。まあ、じゃあとっとと始めた方がいいな。プレイするのは宇折井で構わねえよな?」
『……はあ。今回の報酬が……』
ぶつくさ何かを言っていたが抗議はしてこないので、海翔はヘッドセットを宇折井に軽く投げて渡した。
受け取った宇折井はそれを装着し、ぽきっと指を鳴らして。
「……ふひ、ふひひひ……」
怪しげな笑い声を零し、口角をにゅっと持ち上げた。
実際に目の当たりにしている海翔はもとより、音声だけ拾っている小夏も途端に明確な恐怖を感じた。
普通の者ならその薄気味悪さを恐れるだけだろう。しかし二人はゲーマーだけが持つ魂の訴えを聞いていた。
――コイツはヤバい。自分達とは違う次元に住んでいるヤツだ、と。
その畏怖は霜柱のごときものとなり、彼等の肌を覆っていくのだった……。
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【次回予告!】
真古都「この章は5⇒6⇒Epilogueで終了することが確定したみたいや」
生流「つまり書き終わったってわけか」
真古都「……ただ、想定外のことが起きたみたいや」
生流「なんだ?」
真古都「この章な、6章にしてもいいぐらい重要な要素を含んでもうたかもしれんって」
生流「……はい?」
真古都「そもそも5章EXの後からかなり長く続いた外伝的な話は、思い付きで始まったはずやったんやけど。最終話から逆算すると、今となってはなくてはならんキーがぎょうさん詰まっとるっちゅう……」
生流「……そういうのを上手く本編に組み込むのが作者の技量なんじゃないか?」
真古都「組み込んでいくつもりらしいで。少なくともTIPSは読まんでも理解できるように構成するらしいからな」
生流「まあ、やっと魔光の料理から目覚められそうでほっとしたよ」
真古都「目が覚めたらまず何したいんや?」
生流「うーん、汗かいてるだろうし風呂に入って……、その後化粧水をつけて美容液を……」
真古都「……今時の男の人は、なんやすごいな」
生流「……あ、次回、『5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その5』」




