5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その3
「んじゃ、そろそろ行くか」
「お、おうでござる」
もう反論する気も起きず――むしろ一分一秒でも長く海翔といたくて、宇折井は反射的に承諾していた。
彼女が立ち上がりかけていた、その時だった。
急にロックな音楽が間近から発せられた。
「……おっと、すまん。電話みてえだ」
そう言って海翔はワイヤレスイヤホンを取り出し、耳に装着して電話に出た。
「もしもし? ……小夏か。どうした? ……はぁ? 『龍姫オンライン』のミッションがクリアできない? 悪いが、今はゲームに付き合ってる暇ねえよ。……今日の午後四時がリミットって、おどれが一人でクリアすればいいだろうが。……悪いが、無理だ。じゃあ――」
「ちょっと待つでござる」
イヤホンの電源ボタンに手をかけた海翔を、寸でで宇折井が止めた。
「どうした、うおり――!?」
名を呼びかけた海翔の顔が、驚愕の色に染まった。
宇折井の様子が、豹変していたのだ。
ついさっきまでのおどおどしていた彼女はもうそこにはおらず。
眼前にいるのは、虚無的な表情を浮かべ、ゆらりと揺れる静かな闘気を纏った別人のような女性だった。
「今、『龍姫オンライン』といったでござるか?」
宇折井に問われた海翔ははっと我に返りうなずいた。
「あ、ああ。小夏ってヤツが勝てねえから手伝えって……」
「その話、承った」
間髪入れず発した宇折井の言葉を、海翔は驚きのあまり解することができなかった。
「……承ったって、何が?」
「拙者がそのゲーム、クリアして進ぜようと申しているのでござる」
海翔は豆をガトリング法で食らっているような気分になってきた。
「な、なあ、宇折井。……ええと、家に帰らなきゃいけねえんじゃなかったのか?」
「オンラインゲームは拙者の存在と人生の中枢を成す、いわば拙者その者。逃げるわけにはまいらぬでござる」
「いや、そうは言っても結局は小夏のワガママだし……」
「誰かの救いの声を聞いたにもかかわらず、それを無下にしてしまうような心なき者に拙者はなりたくないでござる」
謎の力強い口調からもう何を言っても無駄だろう海翔は悟り、電話先に言った。
「あー、わかったよ。ただし一時間以内な。一時間で終わらなかったら、その時点で終了にするからな……えっ、誰かいるのかって? ……友達だよ、友達。ただの友達だ。わかったらさっさと準備を始めろ。じゃあ、一旦切るぞ」
通話を切った海翔はため息を吐いて宇折井に訊いた。
「どうして小夏のワガママに付き合う気になったんだ?」
「さっきも申したでござる。どんな作品であってそれが育成アクションオンラインゲームである限り、拙者は戦場へ赴かねばならぬのでござる」
自身の姿を映す髪に隠れがちな瞳から、海翔は宇折井がジョークやふざけで言っているのではないと見て取った。
「もう小夏に承諾したんだ、好きにやれよ」
「かたじけのうでござる」
「ところで宇折井はどれだけ『龍姫オンライン』をプレイしたことあるんだ?」
「そのタイトルは初めてでござる」
「ってことはおどれ、初心者だってぇのかッ!?」
宇折井はあっさりとうなずく。
海翔はちょっと白めになって彼女を見やった。
「……なあ、一応やり込んでる小夏がクリアできねえつってんだぞ? 圧倒的に難易度が高いもんだとおもうんだが……」
「問題ないでござる。開始五分ぐらいは操作確認させてもらうでござるが、ミッションのクリアは残り五十五分もあれば、時間経過系じゃない限り攻略可能でござる」
「自信だけはあるようだが……、っとこうしてる間にもタイムリミットが迫ってきてるな。パソコンは二階にある、来てくれ」
海翔は歩き出してからすぐ、宇折井の方を振り向いた。
やはり立ち居振る舞いも同等としたものに変じている。その様はまさに鍛錬を積んできた熟練の剣士のようであった。
しかしこの時の海翔はまだ、『ごっこ遊びが好きなヤツだな』としか思っていなかった。
海翔に案内されて宇折井が入った部屋は彼の私室だった。
窓や調度品は一般家庭のものと一緒だが、その中に一つ奇妙な者があった。
それはまるで、衣服点にある試着室を少し小さくしたようなものだった。
海翔に促されて中に入った宇折井は、そこに二脚の椅子と机、一台のゲーミングパソコンがあるのを目にした。
「……このパソコンの性能と、通信速度は?」
「さあな。だが普通にプレイしてる分には結構重めのゲームもそうそうラグらないし、グラボも友人に誘われていいのを取りつけている。『龍姫オンライン』をプレイするぐらいなら問題ねえ」
「なるほど。情報提供、感謝するでござる」
宇折井は椅子に腰かけて自分の体に合った高さに調整し、パソコンの操作性を手早く確認している。
海翔は一目で宇折井が手慣れていると察した。
彼は少しばかり宇折井に対する認識を改める。
しかしだからといって、初見のゲームに対応できる柔軟性があるかはわからないが――
いつしか海翔の胸中には、『宇折井がどんなプレイを見せてくれるのだろう?』と僅かに期待が芽生えてきていた。
チェックを終えた宇折井は指先をほぐし猫背気味だった視線をすっと伸ばした。
それだけで海翔には彼女の姿がさっきよりも一回り大きく見えた。
元々高身長だったのだろうが、それでも海翔は驚かずにはいられなかった。
「では、参ろう――」
いつしかスクリーンには『龍姫オンライン』のタイトルが映し出されていた。
「いざ、戦場へ!」
宣言した後宇折井は、意気揚々とメニューのスタートをクリックした。
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【次回予告!】
生流「……いや、『次回予告!』って勢い込んで書いてあるけど、まともにしたことほとんどないだろ?」
夢咲「芽育サン達が実際にゲーム攻略をやり始めるのが3話先、章が終了するのが大体4~5話先の予定デス」
生流「……まさか、3話先までは書き上がってるのか?」
夢咲「みたいデスネ。ストックらしいデス」
生流「いや、うpしろよ。ため込んでないで」
夢咲「ミーに言われても困りマスガ……」
真古都「作者はん小心者やし、何があっても毎日投稿を絶やさないように備えておきたいんやろ」
生流「あーもう、早く俺の出番くれよ……」
夢咲「次回、『5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その4』 デス」




