5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その2
宇折井がスマホの時計を見やると、午前2時を回っていた。
彼女は「うっ、うへっ!」と奇声を上げて立ち上がった。
「は、は、早く帰らんとでござる!」
「夜中に外を歩くのは危険だろ。もう今日はうちに泊まっていったらどうだ?」
「そっ、そういうわけにはいかんでござるよ」
「遠慮しなくていいぞ」
「いっ、今、家には母が来ているでござる。あああ、朝起きて拙者がいなかったら、心配するでござるっ」
うろたえた宇折井の訴えに、海翔は「うし、わかった」と立ち上がった。
「ワレが送っていってやる」
「そ、そんな。赤司殿に手間暇かけさせるわけには……」
「心配はいらん。ワレは夜道を散歩するのは好きだからな。それに……」
宇折井の前に腰を下ろし、泳ぐ彼女の瞳を意志の強さを表すかのような眼力で捕まえて、海翔は言った。
「おどれみたいな可愛い女子を、夜の街に一人で放り出せるわけねえだろう」
さらっと告げられた言葉は、宇折井の胸を矢のごとく射抜いた。
サングラス越しの瞳から、目が離せない。
まるで自分がおしぼりにでもなったみたいに、肌が湿って熱を発し始める。全身が強張っているにもかかわらず、骨が溶けてしまいそうだった。
火照った体は意識を朦朧としたものに変えていく。
何も考えられなくなり、意識を目の前の海翔に全て持っていかれてしまう。
さっきまで抱いていたはずの恐怖が、今はどこかへとなくなっていた。むしろもっと彼のことを見ていたいし、近くにいてほしい。自分に触れてほしいという欲求さえ湧いていた。
「あ、あの、赤司殿……」
「ん、なんだ?」
何も考えずに海翔の名を呼んでいた。いや、何か考えていたのかもしれないが、訊き返された時にはすでにそれは砂上の楼閣のごとく消えていた。
パニック状態に陥った宇折井は、くるくると空回りする思考を制御しよとするも上手くいかず、またも考えなしに言葉を発していた。
「あっ、赤司殿はそのっ、シュガー以外にすすす、好きなものってあるでござるか!?」
――ぬぉおおっ、ななな、何を聞いているでござるか拙者は!?
混乱が混乱を呼び、宇折井の冷静さをことごとく奪っていく。
ただ海翔は彼女の心情に気付くこともなく、「うーん……」と考え込んでから答えた。
「そうだな、酒と漫画と……あとはゲームだな」
「げ、ゲーム、でござるか」
思わず反応してしまい、『いっ、今のは過度でござったかも!?』と身悶えだす。
まったく動じぬ海翔は弾んだ声で会話を続ける。
「おう。ゲームってのはいいよな、スッゲー楽しくてついつい時間を忘れてやりこんじまうんだ。おどれもゲームは好きか?」
「す、すすっ、……好き、でござる」
たった二文字を口にするのに、尋常じゃない勇気を振り絞る必要があった。
言葉を発してすぐ、宇折井の顔は一瞬の内に熱を帯びた。
――拙者、変でござる。赤司殿と会話をしていると……胸が疼いて、体温がものすごく上がってきて……。頭の中がバグったみたいに、わけわかんなくなって……。
オーバーヒートした脳は彼女の思考回路を暴走させ、無茶苦茶な論理を構築させる。
――まさか、寝ている間に毒をっ……!? いや、毒じゃなくて……薬や催眠アプリを使われたでござるかッ!?
薄い大人の本的な知識に心中がジャックされた宇折井。
彼女の両眼には今、海翔が狼のように見えている。
それでも一度抱いた熱は冷めず、二つの感情に彼女は板挟みにされる。
「うっ、ぐぅうう……。しょ、正気に戻らねばでござる! ひっ、人の心を弄ぶような最低な者に心身を許すなど、あってはならぬでござるっ!!」
「……急にどうしたんだおどれ。もしかして失恋でもしたか?」
「ふっ、お、愚かなり。拙者が恋をした者は、み、皆、画面の向こうにいたでござる!」
「ほう。宇折井は乙女ゲームが好きなのか」
その単語を聞いた瞬間、宇折井の目がきらりと光った。
「好きもなにも、乙女ゲームは拙者のバイブル!! 宇折井芽育の五十パーセント以上を作り上げたと言っても過言ではないでござるッ!!」
「お、おう、そうか」
ちょっと引き気味になった海翔に構わず、宇折井はまくし立てる。
「始めてやった『Call・Magic・lawyer』は弁護士になって素敵な男性同僚とイチャコラしながらも謎の『α』から届いたメッセージを解き明かすサスペンスストーリー! 序盤から次々起こるハプニングだらけのメインストーリーはハラハラドキドキのつり橋効果をもたらしてくれて、それで宍塚殿達とお近づきになっていくのが堪らなくドキドキするのでござる!! TIPSやおまけの日常シーンは普段のキリッとした姿とは違う少し肩の力が抜けた姿が見れて、そのギャップも堪らんでござるッ!! それに主人公の汐井嬢も心に芯の通った強い子で、思わず萌えてしまうような姿をたくさん見せてくれるのでござるよッ!! あと、『黒王記』は……」
興奮のままに語り続けていた宇折井は、ふと目の前に海翔がいるのだということを思い出してはたと我に返り、口を押えた。
「も、申し訳ないでござる! え、えっと、その、つい我を忘れて……」
「……宇折井」
名前を呼ばれた彼女はビクッと体を震わせて俯く。
ふいに、頭上にぽんと大きくて硬く、でも温かいものが被せられた。
なんぞやと触れてみると、それはどうやら海翔の手らしいと宇折井は気付いた。
彼は相好を崩して彼女のことを見下ろしていた。
「そんだけ圧倒的に熱く語れるもんがあるってのは、いいことだぜ」
「で、でも、乙女ゲームの話なんて、男の人にはつまらないのでは……?」
「何言ってんだ。好きなものの話を聞いてんのは、すっげえ楽しいんだぜ」
また、宇折井は胸の苦しみを覚える。
でもなぜかその感覚は、全然イヤじゃなかった。
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この物語はフィクションです。
あなたの有する知識のいくつかはこの世界では禁忌に触れるアイテムとなります。
また、ここで得た知識は半分以上がガラクタです。
現実で使用する際はあらかじめ性能をお確かめのうえ、ご使用ください。
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真古都「『ようやく全話分の次回予告書き終わったー! ワーイ!!(by作者)』やって」
夢咲「ひとまず『お疲れサマ』とねぎらっておきマショウカ」
真古都「ゲームに夢中になっとらんで、とっとと書いておけばもう1日か2日早く終わってたはずなんやけどな」
夢咲「……親と監督は選ばせてほしいデスネ」
真古都「そないなこと言うたらあかんて。まあ、はよ日の目は見せてほしいけどなあ」
夢咲「そのための課題は色々ありマスケドネ」
真古都「あとなんかスレスレな部分もなあ……」
夢咲「でも一番問題なのは、本編が進んでないことだと思うんデスガ? そこのところはどう思いマス!?」
真古都「まあ、まあ。一応、このSide Storyも正史には含まれるんやし」
夢咲「……はあ。とりあえずは、一つ一つできることを頑張っていきマショウカ」
真古都「次回、『5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その3』 や」
真古都「次回予告は14日中には全話更新予定、次回予告集のTIPSはいずれ投稿予定するから気長に待っていてほしいそうや」
夢咲「8月中にはうpしてほしいデスネ」




