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5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その1

 宇折井の振り向いた先。

 そこにはガタイがよく人相の悪い、ヤのつく雰囲気のお兄さん(なおセットでサングラス)が見下ろしてきていた。彼の放つプレッシャーはかわずを睨む蛇どころか、虎と相対する龍がごとし。

 たちまち宇折井の顔から血の気が引いていく。


「答えろよ。んなところで何してんだ?」

「あっ、あっ、あ――」

 急に宇折井の体が風に吹かれたようにふらっと傾き。

 そのまま受け身も取らず、地面にどさっと倒れ込んだ。

「おっ、おいっ、アンタ、大丈夫か? おいッ!」

 男が慌てて駆け寄る中、柴犬は柵の中からペロペロと宇折井の手を舐めていた。


   ●


 まどろみからゆっくりと意識が浮上する中、宇折井は息苦しさを感じた。

 同時に鼻先に生温かい感覚。ハッ、ハッ、ハッと威勢のいい荒い息。聞いてるとなんだか少し元気がもらえるでござるな、と彼女はぼんやり思う。

 おぼろげながらも記憶が戻ってくる。

 深夜にくたびれきった状態で帰路についていたこと、ある家の前で鳴き声を聞いたこと、それが柴犬だったこと。

 柴犬の可愛さが脳裏に蘇り、我知らず「ふへへ」と思い出し笑いをしてしまう。


「……お、起きたか」

 その低い男性の声に、ギョッと驚き宇折井は目を覚まし、声とは反対の方へと反射的に飛び退いた。彼女の上に乗っていた柴犬は跳ね飛ばされる寸ででひょいとどいた。


 宇折井は自身の寝ていたらしいソファの上に、ひらりと毛布が舞い落ちたのを見た。

 声の主、男はソファの前に立っていた。

「意外と元気じゃねえか。死にかけてんのかと思ってたが、どうやら取り越し苦労だったらしいな」

「そっ、そっ、そなたは!?」

「ああ、そうだな。急におどれが倒れたせいで、まだ名乗ってなかったか」

男はいかめしいつらを緩ませて微笑を作り、落ち着いた声で言った。

「ワレは赤司あかじ 海翔かいと。この家の主だ」


「……え、あ、ああ」

 宇折井はいくばくかの時間を要して理解した。

「も、もしかして、拙者が門の前でしゃがんでたから……」

「ああ、さっきは悪かったな。てっきり盗賊でも来やがったかと思ったが、どうやらワレの勘違いだったらしい」

 海翔は柴犬の頭をぽんぽんと撫でてやりながら人懐っこく笑った。

「コイツ――シュガーが懐くヤツが悪人のワケがねえからな」

 シュガーは「ワゥン!」と一声吠えた。

「おどれが倒れてから、大変だったんだぜ。シュガーのヤツおどれから全然離れようとしねえから――と、そういやアンタの名前を聞いてなかったな」


 宇折井は居住まいを正してきびきびした口調で名乗った。

「せっ、拙者は宇折井芽育うおりいめいくという者でご、ござる!」

「なるほど。いい名前だ」

「おっ、お褒めに預かり恐縮にご、ござーる!」

 仰々しい物言いに、海翔はひらひらと手を振って言った。

「別にそんなかしこまる必要はねえぜ。楽にしてくんな」

「は、ははっ!」

 言葉の意味は理解していても、身体は言うことを聞かずに固くなってしまう。

 海翔はちょっと苦笑いし、シュガーの背を撫でて言った。

「シュガー、あの姉御に遊んでもらってこい」


 主人の命令を受け、シュガーは「ワン!」と鳴き――

「今は夜中だから、静かにな」

 追加のオーダーにシュガーは「……ワォン」と鳴き直し。

やにわに宇折井に飛びかかった。


「なっ、お、おおぅ!?」

 奇襲に目を白黒させ、宇折井はシュガーの突進、からののしかかりに倒れ込む。

 宇折井を押し倒したシュガーは、舌をペロッと出して、彼女の顔をキャンディーのごとくペロペロと舐め回した。

「ちょっ、くすぐっ、あはっ、あははっ、あははははは!」

 宇折井らしくない、屈託のない笑い声が口から漏れ出る。

 シュガーを押し返そうとするもその手には力が入らず、されるがままになっている。


 しかし彼女の顔はまんざらでもない様子で、いつしかシュガーの首に手を回して抱きしめていた。

 力がちょっと強すぎるのだろう。シュガーが苦し気に「クゥ……ウウン」と鳴いても宇折井は容赦せずにさらにぎゅっと抱き寄せる。

「ああもう、そなたは可愛すぎるでござるっ! このもふもふめー!!」

「ワ、ワウゥウウ、クーン!」

 飼い犬からSOSの視線を受けた海翔はため込んでいた息を吐き出すような笑い声を立てて宇折井に言った。

「それぐらいで勘弁してやってくれねえか? そのままだと、シュガーのヤツが天使さんとランデブーしちまう」

「むっ、す、すまなかったでござる」


 解放されたシュガーは「ハゥ、ハゥ、ハゥ」と深呼吸をしながらも、『気にするなよ』とでも言うようにかぶりを振った。

 海翔はサングラスを持ち上げ、笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭き、言った。

「やっぱりな」

「え、と、その、やっぱりとは……?」

 首を傾ぐ宇折井を海翔はサングラスを上げたまま、裸の黒い瞳で見据えて微笑みかけた。

「おどれにゃカッチカチな表情よりも、笑顔が似合ってらあ」

「えっ、あ……」

 宇折井は心臓の鼓動を、耳の間近で聞いた気がした。


「ん……、どうした。顔が紅いぞ?」

 心配そうな顔で立ち上がろうとした海翔に、宇折井は両手を振って言った。

「なっ、なんでもっ! なんでもご、ごじゃ、ごじゃらん!!」

「……そうか?」

 宇折井は必至な思いでなんべんもうなずいた。

「……ならいいんだが。もしも具合が悪くなったら、遠慮なくワレに言ってくれ」

「お、お心遣い痛み入るでござる……」

 彼女は自身の胸をぎゅっと押さえ、赤面を隠すようにうつむいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


夢咲「次回予告って微妙に本編に影響を与えそうなんデスヨネ」

生流「ただのコントじゃなかったのか……。たとえば?」

夢咲「ハルネサンが常軌を逸した甘党になりそうだったりとか」

生流「……ちょっと一緒に外食に行きたくなくなったんだが」

夢咲「芽育サンがファッションコミュ障と見せかけて本当にコミュ障だったり」

生流「複雑だな……」

夢咲「生流サンが意外と物知りだったり」

生流「意外とってなんだよ、意外とって」

夢咲「でもこれでキャラが固まるってことは、今まで設定書とかロクに作ってなかったのがモロバレデスネ」

生流「いや、ただ単に旧設定書があって、それを無視して書いてただけかもしれないぞ」

夢咲「あり得ないって言いきれないのが怖いところデス……」


生流「次回、『5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & 赤司 海翔~ その2』

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