5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育~
上空から都内の街並みを見たことがあるだろうか?
昼間はあまりぱっとしない景色である。ぼつぼつとした色合いがただ不規則に並んでいるだけで、美的感性をくすぐる要素は一切ない。まだ白いキャンバスに絵の具の飛沫を飛ばした方がよっぽど芸術的である。
しかし太陽が沈み世界が夜闇に包まれると、街に一斉に明かりが灯り、色鮮やかに輝く美麗な光景に生まれ変わる。
夜空の星星を地上に繋ぎ留めたかのような様を一望できることだろう。百万ドルの価値はないだろうが、まあ初見ならそれなりの感動はあるだろう。
さらに高みから見れば、日本列島を細胞のように這う光の中核が東京であることが窺える。
一気に地上に視点を近づけていこう。
いくら光の街・東京といえども、少し外れたところにあるベッドタウンは薄暗い。深夜ということもあり、生活圏である町の住民は寝静まっている――というわけではなく。東京の明るさに霞んでいるだけだ。
現代社会に生きる人々は、深夜になっても大抵起きている。草木も眠るとはすでに過去の言葉であり、午前1時の今も立ち並ぶ住宅の、私室や寝室があるだろう二階から明かりが漏れている。
「ふひ、ふひひ……」
街灯がぽつぽつと灯る夜道。
そこを不気味な笑い声を響かせてひた、ひたと微かに足音を鳴らして歩く者がいた。
塀の上を歩く野良猫は毛を逆立てて脱兎のごとく逃げ去り、ほろ酔い加減のサラリーマンも一瞬で素面に戻され、這う這うの体で逃げ去っていく。
その正体にフォーカスを合わせていこう。
街灯の下に出てきたのは、一人の女性。
名を宇折井芽育という。
黒いポロシャツにスラックス、背負っているリュックも同色であるため、影が歩いているようにも見える。ただし肌は驚くほど青白い。歩き方も相まってまるで死人みたいだと目撃者は思うだろう。
車もロクに通らない横断歩道前で、歩行者用信号の赤を見た宇折井は立ち止まる。
ぼうっと突っ立っていた彼女は、ふいにブゥウウと音を立てたポケットに手を突っ込み、スマホを引っ張り出す。
スリープ状態を解除し、通知の着ていたSNSを開く。
和花殿というネームがついたアカウント――言うまでもなく夢咲本人のものだ――から、一件のメッセージが届いていた。
『今日もサンキュー・ベリーマッチマシタ! おかげでイベントは大成功デシタ!!』
宇折井の表情がふっと緩む。
彼女は慣れた手つきでテンキーをフリック入力で操作し、『礼には及ばぬでござる。また機会があればご贔屓していただけると幸いにござる』と返した。
それからすぐに笑みを浮かべたゲームキャラクターのスタンプが返ってくる。『ポシェットフェアリー』の代名詞とも呼べるピンカーティアという電気属性の妖精である。
「そういえば最近、ゲームができていないでござるな……」
肩を落としてため息を吐く宇折井。色濃い疲労を感じられるような一息だった。
青信号になり、歩き出した宇折井の足取りはとても重いものだった。
通りがかった家の前、急にワォンッ! と甲高い鳴き声がした。
ビクッと彼女は飛び退き、ガクガクと震えだす。
「なっ、なっ、何事でござるか!?」
「ハッ、ハッ、ハッ、ワォン!」
宇折井の視線の先では、やたら元気な柴犬――赤みがかった茶色の体毛だった――が一匹、柵状の門に鼻をくっつけるぐらい身を乗り出さんとしていた。
「おっ、起こしてしまったでござるか!? そ、それはももも、申し訳ないことをしたでござるがっ、せ、拙者を食べたところで美味しくは……」
「ワゥン、ワンワンッ!」
ふと宇折井は、柴犬の鳴き声がそこまで激しくないことに気付く。
恐る恐る近づいていくと、柴犬はパタパタと大きく尻尾を振りだした。
心なしか頭を下げて、耳を折りたたんでいる。
「……ま、まさか、せ、拙者に頭をな、な、撫でてほしいのでござるか?」
柴犬は絶えず尻尾を振って、時折チラチラと宇折井のことを見上げてきていた。
「わ、わかったでござる……」
宇折井はそっと手を伸ばし、ぽんと柴犬の頭に手を乗せた。
ふわりとした毛の柔らかな手触りに、優しい温もり。
柴犬は「クゥウウン!」と気持ちよさそうな鳴き声を上げた。
その一声に、宇折井は胸の内が僅かに跳ねるのを感じた。
「なっ、なんというあざとかわゆさ……っ。だっ、だがっ、それがいい!」
頭を撫でる手に僅かに力が入り、鼻息荒くわしわしと撫で始める。
興奮ゆえの雑な愛撫に、柴犬は同じ速度で尻尾を振る。まるで宇折井の手と連動しているかのように。
しばらくしてはたと我に返った宇折井は、慌てて柴犬の頭から手を離す。
「す、すまなかったでござる! いいいっ、痛くなかったでござるか!?」
柴犬は伏せていた瞼を開き、つぶらな瞳で宇折井を見上げ。『もう終わりなの?』とでも言うかのように、『クゥン?』と寂しそうに鳴いた。
「え、や、その……」
なんとなしに柴犬の意思を汲み取った宇折井は、惑い気味に視線を彷徨わせる。
「そんな目でみ、見られても……。いっ、いやでも、明日はフリーだし、はぁ、はぁ、も、もう少しだけこのモフモフを堪能しても……!」
と、柴犬に手を伸ばしかけたその時。
「――おい、そこで何をしている?」
威圧的な低い声を、宇折井は背後からかけられた。
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この物語はフィクションです。
あなたの有する知識のいくつかはこの世界では禁忌に触れるアイテムとなります。
また、ここで得た知識は半分以上がガラクタです。
現実で使用する際はあらかじめ性能をお確かめのうえ、ご使用ください。
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清心「この作品って人並み外れてゲームが上手い人が多いから、僕達は肩身が狭いですね」
ロマン「ほんにのう」
清心「対戦ゲームとかだと、よく調子が悪くて勝てなくなる時ってあると思うんですけど」
ロマン「ああ、あるのう」
清心「そういう時って、どうしてます?」
ロマン「妾はとことん落ちるところまで落ちて、気持ちまで落ち込んでしまってな。毎回後悔することになるんじゃ」
清心「あはは、あるあるですね」
ロマン「次回、5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育 & ???~ その1 じゃよ」
ロマン「汝、今度一緒に対戦してみんか?」
清心「いいですね、何やりますか?」
ロマン「将棋はどうじゃ?」
清心「えっ、将棋? ……オラァ打てねえよ」




