5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~『エデン』の少女達~
「うー……いない」
「マジでいないしー。まさかもう引退しちゃった系?」
パソコンの前で唸りを上げる二人は、乙乙乙と佳代。
ここは『エデン』のゲーミングハウスのプレイルーム。つまりメンバーが日夜プレイング技術を研鑽している場所である。武道家にとっての道場、格闘家にとってのジム、サッカー選手にとってのグラウンドと同じようなものだ。
乙乙乙と佳代は今まさにゲーム――彼女達にとっての本業とも言える『PONN』をプレイしていた。
そこへハルネが「おはようございまーす」と部屋に入ってくる。
乙乙乙達を見るなり、彼女の目が丸くなる。
「あれれ、二人共どうしたの? なんかすごい一生懸命みたいだけど、集中できてないっぽいよ?」
とハルネが言うなり、乙乙乙と佳代のキャラが撃たれてゲームオーバーになり、順位が表示された。百人参加のバトロワで、五十位以下の順位。プロゲーマーとして褒められた結果ではない。
二人共悔しがっているが、それはゲームの結果に対してではなかった。
「あーもうっ、全然マッチングしないじゃん」
「……白昼夢、だったのかも」
「んん? 誰かをスナイプしてたの?」
スナイプ――マッチング形式を採用しているオンラインゲームにおいて、特定の誰かと同じルームに入れるようにタイミングを合わせてマッチングを行うことである。
ゲームによってはマッチング行為を禁じていることもあるので、やる時は注意が必要だ。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「……ちょっと、人探し」
「へえ。なんていう人?」
「Serikaっていう名前の子なんだケド」
「セリカたま?」
「……全部、アルファベット。でも、……ふぁああ、かーよが日本語でチャットしたって」
「そうそう。だから日本人のはずなワケ」
「だったら今はマッチングしにくいんじゃないかな? 大人の人は会社に行ってるだろうし、夏休みを満喫してる学生も、お出かけしてる時間だもん」
「まあ、確かにそうだケド……」
「時間を変えても、みつからない……」
二人して大きくため息を吐く。
そういえば最近の二人は前にも増してゲームにのめり込んでた気がするなとハルネは思い至った。
「『PONN』はプレイしてる人も多いし、フレンドじゃないと見つけるのは難しいと思うよ? あ、プレイヤーネームがわかってるならフレンド申請してみたらどうかな?」
「申請はしたケド、空振り」
「……イーランクで、他と比べて人口が少ないから……、いい加減一回ぐらい当たってもいいと……思う」
『PONN』では同じ実力の人と戦えるランク戦のモードがある。
イーランクとは『PONN』のランク戦における最上位のランクだ。
上から順にイーランク、リャンランク、サンランク、スーランク……一番下がチューランクである。勝利することで得られるポイントを一定以上集めると、上のランクに昇格することができる。
ランクシステムは、カジュアル組とガチ勢の間に敷居を設ける役割を担っている。基本的に同じランクの人としかマッチングしないため、極端に実力が違う人と戦わずに済むのだ。自分の適性に応じた対戦相手と当たるため、過度なストレスを抱えずにゲームをプレイできるということである。
ランクごとの人口は『PONN』の場合総プレイヤー数が多いため、グラフ化するときれいなピラミッド型になる。
趣味程度でプレイする人は下層でまったりと遊び、プライベートの時間の大半を注ぎ込んででもやり込みたい人々は高ランクを目指す。プロゲーマーともなると、最高ランクへの到達はほぼ義務である。
高ランク帯になると時間を費やすだけでは上に行けず、一定以上のプレイング技術が必要になる。
特にTPSともなると努力以外にもセンスが問われ、人によってはいくら時間を費やしても頂に手が届かず、限界の壁にぶち当たることもある。
最高ランクは実力とプレイ時間と運の三つが必要であり、ゆえに到達できる者は少ない。だからランクごとの人口分布をグラフ化すると下層が真横に伸び、上に行くほどに細くなっていくピラミッド型になるのだ。
「イーランクって、人口が少ないわけじゃん? だからさ、百回近くもやってりゃ一回ぐらいは再戦できてもいいと思うワケよ」
「んー、確かにそうだね。じゃあきっと、そのセリカたまっていう人が引退しちゃったんじゃないかな?」
「……そう簡単に、『PONN』をやめるとは……思えない」
「うーん。ハルネ達はプロゲーマーだから、普通の人とは少し感覚が違うんじゃないかな? ゲームは色々あるし、『PONN』だけを遊ばなきゃいけないって縛りはないんだからさ」
「でも最高ランクに来るぐらい、やり込んでるワケだし。引退の線は薄いんじゃね?」
「なんかすっごくセリカたまにこだわるね。もしかして、負けちゃったの?」
ハルネの何気ない問いに、乙乙乙と佳代はギクッと身を跳ねさせて固くした。
「まっ、まままっ、まさかぁ」
「……ZZZ。寝てる、すごく寝てる」
その動揺っぷりは、如実に真実を物語っていた。
「ほええ。二人が負けちゃうなんて、珍しいね。デュオ?」
「いや、ソロだった。乙乙乙っちもウチも一対一の条件で撃ち負けたってワケ」
「……冷静な判断力と、正確な射撃。ただ者じゃ、ない……」
「あと、あの土壇場での発想力は、マジ似てたって思わね?」
「……言われてみれば、そうだった……かも」
二人してうなずき合っているのを、ハルネはきょとんとした顔で見ていた。
「似てるって、誰に?」
「……似てた、プレイスタイルが……せーりゅーに」
乙乙乙の一言に、ハルネは一瞬言葉を失って瞠目した。
「……それ、本当?」
「戦った感じの印象はってことだケド。慎重なプレイヤーだって思わせておいて、土壇場で牙を剥くってプレイスタイルはマジ生流っちそっくりだった」
「……せーりゅーはネカマとか好きだったし、意外と本人……かも」
「あー、そうだった。オンラインゲームにハマってた時、一週間で十五人旦那作ってたし」
「……百合プレイで嫁も作ってた」
「案外、生流っちってヒモとかそういうのも向いてたんじゃね?」
「……さすがにそれは、せーりゅーに対して……失礼」
ハルネは途中から二人の会話を聞いていなかった。
「生流おにぃたまが、『PONN』を……」
呟くと同時に、目に真剣のごとき光が宿る。
ふらふらとした足取りで自分の席に行き、椅子に腰を下ろしたハルネは。
猛然とした速度でパソコンを操作し『PONN』を起動させ、ソロのランク戦を始めた。
「ちょい、リーダー。今日の練習メニューは?」
「自主練だよ。各自ランク戦に潜り込んで、立ち回りとエイムを確認して」
「……わかった」
「誰がいち早くセリカをみつけられるか、競争じゃん。マジ燃えてきたーっ!」
かくして『エデン』のメンバーは、『PONN』の世界でセリカの捜索に乗り出した。
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【次回予告!】
宇折井「あ、あの……」
ロマン「なにかの」
宇折井「そ、その腰に下げているのはまさか……剣、でござるか?」
ロマン「さて、どうかの。……ふふ、汝からも似た臭いを感じるが」
宇折井「めめめ、滅相もないでござる! 拙者はただの一般人で……」
ロマン「隠すことはない。どうじゃ、妾と一度、剣を交えてみるのは……」
宇折井「結構でござる~っ!」
至里「次回、『5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~宇折井 芽育~』 だそうだ」




