5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~鳳来院真古都 & 草土ハルネ~
部屋には着物の女性が一人、ゲーミングチェアに沈み込んでいた。
女性の名は鳳来院真古都だ。『エデン』というプロゲーマー集団の監督兼コーチをしている。
「やっぱ会って間もない人との会話は肩こるわぁ。年下の子言うても、うちコミュ障やしなあ」
「えー、そうかな? 色んな人とお話するの、楽しいと思うけどなあ」
答えたのは草土ハルネ。『エデン』のリーダーであり、チームのエース。
ちっこいハルネと女性にしては背の高い鳳来院。二人の間にはまるで年の離れた姉妹といった雰囲気が流れている。
鳳来院は「はあ」とため息を吐いて言った。
「羨ましいわあ。うちはダメや。人と話すと緊張するし、顔もロクに覚えられんし」
「でも、お話してる時は平気そうだよ?」
「そりゃ相手に悟られんようにして、波風立てずにやり過ごすんが大人やからなあ」
「波と、風……?」
「あー、わからんか。えーっとな……ケンカせえへんように、みんなと仲良うするんが大人っちゅう生きもんなんや」
「でもハルネ、大人の人同士でケンカしてるの、たまに見るよ?」
「あー……。ハルネはんは、そういう大人になったらあかんえ」
「うんっ。みんななかよしがいいもんね」
鳳来院は曖昧な笑顔でうなずいた。
「さて、仕事も終わったことやし。ゲームでもやろか?」
「うーん。追い込みまではちょっとクールダウンしたいかな」
「ほんなら、動画でも一緒に視よか」
「わあ、楽しそう! そうする、そうするー」
ハルネは脇に合った別の机からゲーミングチェアを引っ張ってきて、鳳来院の隣に座った。
犬のような座り方だ。小さい彼女にはまだ、ゲーミングチェアは少し大きすぎるのだろう。しかし彼女は今までそのタイプの椅子に座りながらゲームをし続け、数々の大会で戦ってきた。身の丈など、ささいなことなのだろう。
鳳来院はふっと表情を緩め、動画サイト――ニマニマ動画を開いた。
「あれ? これ、ムートゥーブじゃないよ?」
「……ああ、そうか。今時の若い子は、ニマニマ知らんのか」
ページを閉じようとした鳳来院に、ハルネは「待って」と声をかけた。
「ハルネ、ニマニマ? で、いいよ」
「せやけど、こっちは少し画質が悪いで?」
「そうなんだー。でもハルネね、普段真古都おねぇたまがどんなのが好きか、知りたいんだー」
「そか。じゃあうちがどんなんが好きか、教えたるわ」
「わーい、ありがとう!」
ぎゅっと抱き着いてくるハルネの頭を鳳来院は髪を梳くように撫でた。
「で、なに視よか?」
「うーんとね。……ど・れ・に・し・ま・しょ・う・か・な」
今時の子も、まだそれは知っとるんやなあと鳳来院は感慨深さを覚えた。
20代後半の彼女がそう思うには早すぎるか遅すぎるが……、それは大きく意見の分かれるところだろう。
そんな鳳来院の気持ちも知らず、ハルネは神託の儀式を続ける。
「天・の・神様・の・言・う・と・お・り!」
最後に彼女が指差したのは今生放送をしているライブ動画だった。
開始時刻はつい数十秒前。
ページを開いてみると、まだ配信者待ちとのことだった。
今更ながら、鳳来院は動画タイトルを見やる。
「『ザ・ランセ』プロモーションイベントお疲れ様会、か。奇遇やねえ……ん?」
詳細情報のある部分を読んだ鳳来院がぴくっと眉根を寄せた。
「どうしたの?」
「ハルネはん……これ、見てみい」
鳳来院の指す先を見たハルネも、難しい表情になる。
「……すごい偶然だね」
「せやなあ。どうも狐に化かされた気分やわ」
二人が顔を見合わせている間に、生放送が始まる。
『ククク、よくぞ参ったぞ我が配下共』
『ハーメロン、メロンミルクチャンネルのミルクデース』
『こっ、コラ、我より先に名乗るでない!』
『すみマセン、配下先輩』
『それは名ではない! 我は魔光、冥界を滑る王、魔光である!』
『あ、ちなみにハーメロンっていうのはハーメルンと似てマスネ、ってことでさっき思いついた挨拶で……』
『勝手に己の話を始める出ない! 盟友とはいえ、そろそろ停戦条約を無に帰して血の霧の中で相まみえることになるぞ!?』
魔光とミルク――もとい夢咲達ののんびりとしたやり取りとは対照的に、ハルネ達の顔は険しい。明確な敵意と疑念が入り混じり、しかし底には宿命的に溶け切らず安物の粉末スープみたいにどろっとしたペースト状で残ってしまったかのような表情だった。
「……どういうつもりやと思う?」
硬い表情の鳳来院の問いに、ハルネは首を横に振った。
「ちょっとハルネにはわからないかな。でもなんだか、ゲームのキャラみたいに上手く操作されてるような気がするよ」
「あんま知らん人のこと、とやかく言うもんやあらへん」
「でも、真古都おねぇたまもお目々が怖いことになってるよ?」
「あらややわ。目が疲れてきとるんかもしれん」
わざとらしく目元をマッサージする鳳来院をハルネは笑った。
二人が話している間も、生放送で魔光と夢咲はトークを続けていた。
『今日はデスネ、なんと魔光サンがミーの家に遊びに来てくれたんデスヨー!』
との声に画面上に『またか』『定期w』『愛衣の巣』といったコメントが右から左へと流れていく。それをハルネは興味深そうに眺めていた。
「ね、ね。画面に文字が出てるよ?」
「そういう仕様なんや」
「んん? そしたら、動画が視にくくならない?」
「それがええんや! 文字がどばーって流れたら、盛り上がっとるなあって視聴者同士の一体感を覚えて、ドキドキしてなぁ。逆にまだ誰も見とらん動画に最初に自分がコメントできてそれが画面を流れた時は、新雪に一番に足跡を残したみたいな気分になって気持ちええんよっ!」
饒舌に熱弁する鳳来院の言葉に、ハルネは「そ、そうなんだ」と半笑いでうなずいた。
「でも最近のニマニマは全盛期に比べて、ちょっと元気がのうてな。やっぱり今の時代、ムートゥーブが主流なんやろうか」
「ハルネはムートゥーブ好きだよ。でも真古都おねぇたまがニマニマ好きだから、ちょっと興味が出てきたー」
「おおきにな。気が向いたら、ニマニマの動画も視たってや」
「うん!」
大きくうなずくハルネの方を見ていた鳳来院は笑窪を作って、それからスクリーンへと顔を向けた。
視聴者は10万人を越えている。今のニマニマの生放送では滅多にお目にかかれない数字だ。
「……ま、むうとべだけやのうて、ニマニマも使ってるんやから、単なる狸っちゅうわけじゃないんやろ」
「ほえ、狸たま?」
「なんでもない。こっちの話や」
「みゃーお」
二人の背後で気の抜けた鳴き声がした。
振り返ると小さな黒猫がハルネを見上げている。
「もぉーっ、ポフェ! ここには入ってきちゃダメって言ってるでしょ!!」
「扉はちゃんと閉めとるんに、不思議やなあ。どっから入ってきとるんやろ」
「これはあれ、えーっと、クロスワード・サークルだね!」
「クローズド・サークルな。別に事件は起きとらんけど」
鳳来院の冷静なツッコミは、すでにポフェと会話を始めたハルネには届かない。
「ポフェ、いい子だからお外で遊んでてね」
「フニャー」
ぶんぶんとかぶりを振るポフェ。
……ほんまにこのポフェって子、人の言葉を理解しとるみたいやなあと鳳来院は若干薄気味悪さを覚えた。
「仕方ないなあ。ごめんね、真古都おねぇたま。今日はもうポフェと寝るね」
「ああ、ええよ。ちゃんと歯ぁ磨くんやで」
「はーい」
ポフェの前脚を手で持ちひょいと上げさせて返事したハルネは、スリッパのぱたぱたという音を残して部屋を出て行った。
一人になった鳳来院は着物の袖からスマホを取り出し、しばらく現在時刻の映ったロック画面を見やっていた。
やがてかぶりを振り、スリープ状態にしてデスクの上に置いた。
「あかんわ。信じるって、決めたやないの」
ふうと息を吐き、空になった隣のゲーミングチェアを見やる。
「まったく、あの子達は」
座面に手を伸ばし、指先で触れる。ほんのりと、ハルネの温もりが伝わってきた。
「……何かしら後に残していくんやもんな」
鳳来院の顔には、苦笑が浮かんでいた。
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この物語はフィクションです。
あなたの有する知識のいくつかはこの世界では禁忌に触れるアイテムとなります。
また、ここで得た知識は半分以上がガラクタです。
現実で使用する際はあらかじめ性能をお確かめのうえ、ご使用ください。
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乙乙乙「ZZZ……」
ハルネ「始まったばっかりなのに、もう寝ちゃってる……」
真古都「こないな気持ちよさそぉな寝顔を見とると、なんか落書きしとうなってくるなあ」
ハルネ「だ、ダメだよ。乙乙乙たまが可哀想だよ」
真古都「心配せんでも、油性は使わんて。水性のでちょちょいとお絵描きするだけや」
ハルネ「そういう意味じゃないよ! それに次回予告もあるし……」
真古都「ほんじゃ、ぱぱっと済ませてまおか」
真古都「次回、5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~夢咲和花 & 明智まな子~ その2」
乙乙乙「……ふぁああ。あ、二人共……おはよう」
真古都「なんや起きてもうたんか。まだ眉毛しか書けてへんのに」
ハルネ「わっ、いつの間に!?」




