5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~夢咲和花 & 明智まな子~ その1
生流が愛衣の家でひたすら空回りしている頃。
夢咲とまな子は『ザ・ランセ』のプロモーションイベントで課せられた役割を無事に果たし、退場していた。
「では我が眷属共よ、また宴で会おう」
「グッバイデース!」
二人は舞台袖に下がり、並んで関係者用通路へ出て、控え室に戻る。
会場から十分離れたところで、夢咲はほっと胸を撫で下ろした。
「無事に終わってよかったデスネ」
「ククク、我と和花女史にかかれば、あの程度のサバトなど造作もなかろう」
「そりゃ、魔光サンにとっては――」
「まな子と呼べ」
まな子は夢咲の前でくるりと踵を軸に回るように振り向いて言った。
「もう宴は終わったのだからな」
「……そうデシタネ」
くすりと笑って、夢咲は言い直す。
「ドームを経験したまな子サンには余裕だったかもしれマセンケド、ミーにとってはビッグなイベントデシタから……」
「フッ、過酷な戦場だったというわけだな。なれば素晴らしき試練を用意してくれた母上に、感謝の意を言の葉に込めて贈るべきではないか?」
夢咲はむっつりとした顔で黙り込む。
まな子は気にした様子もなく、前を向いたまま歩き続ける。
控え室前のドアで、夢咲はドアを開き、まな子が入ってから自分も後に続く。
後ろ手でドアを閉め、ガチャリと音がしてから言った。
「……単なる嫌がらせデスヨ」
「嫌がらせとな?」
「ええ。あんなeスポーツ化するゲームのイベントに、ユーと出演させる……。明らかなマザーからの嫌がらせとしか、ミーには思えマセン」
「ふむ……そうであろうか」
「ええ。だってまな子サンは……」
途中で言葉を濁した夢咲は唇をぎゅっと噛み、俯く。
まな子は軽く肩を竦め、机の上にあったペットボトルを手に取り。
「ほれ」
と言って、夢咲に放った。彼女は顔を上げるなり迫ってくるペットボトルを目にする。慌てふためき手を落ち着きなく振り回しながらも、どうにかキャッチした。
まな子は「クククククッ」と笑いながらも、夢咲に言う。
「エリクサーでも飲んで、気力体力状態異常を整えるがよい。万全の状態のそなたでなければ倒す意味がないからなっ!」
ビシッと指を突きつけ、まな子は自身の演技に酔いしれる。その表情にはドヤを通り越して別世界にイッちゃってるような危うさがあった。
夢咲はやや呆れ気味の顔で、目線をまな子から自分が受け取ったスポーツドリンクに移して、渇いた声で言った。
「あのまな子サン」
「なんだ?」
「これ、ミーのじゃなくて、まな子サンのデスヨ」
「えっ?」
まな子は机の上に残ったドリンクと、夢咲の手にあるものを見比べる。
後者にはワイバーンを模ったボトルキャップが装着されていた。
「むむっ!? 一瞬で取り換えるとは……そなたは時空を操る能力者であったかッ!!」
「そんなチート能力を持ってたら今頃、生まれる前に時間を戻して親の厳選からやりなおしてマスカラ」
夢咲はまな子のスポーツドリンクを投げ返す。
危なげなく受け取り、まな子は代わりに夢咲のペットボトルを放りながら訊く。
「そなた、今の親が不服か?」
今度もどうにか地面に落とさず両手で捕らえることに成功し、額の汗を吹きながら夢咲は答える。
「……まな子サン。親にとって必須の素質って、なんだと思いマスカ?」
まな子は眉根を寄せて顎に親指をやり、首を傾いだ。
「それは父親のことか、それとも母親のことか?」
「どちらでも」
二人の間に沈黙が流れる。
川に例えるならば、夢咲が川上で下流がまな子になるだろう。夢咲が無言で発するのは催促、それに相反する黙殺を望む懇願だった。彼女の思いが伝わっているかどうかは、まな子の胸中を察するのはその無表情からでは難しいだろう。
壁に掛けられた時計の長針が三回転ぐらいした頃。
まな子はぼそりと言った。
「……わからんな」
「なんでもいいんデスヨ。まな子サンが望むことでも、そうでないことでも」
「我は父上と母上に、何不自由なく育てられた。ゆえにそれ以上何かを望むべくもなくてな」
「では、そのファザーとマザーの好きなところは?」
「鳥籠に閉じ込めず、自由に羽ばたかせてくれたことだな。そうでなければ我は冥王になれず、宴に出ることも叶わなかっただろうからな」
「……そういう意味では、ミー……わたしもマザーに感謝すべきなのでしょうね」
暗い面持ちで俯く夢咲。
まな子は首を傾けて軽く頭を掻いた。
「別に自分に嘘をついてまで、無理に感謝する必要はないと思うがな」
「申し訳ありません、気を遣わせてしまって」
恐縮した夢咲は、深く頭を下げた。
そんな彼女の肩をバンバンと叩いてまな子は笑った。
「気にするでない。我が盟友がそのように縮こまっていては、世界を征服する日は遠のくばかりであるぞ」
「別に世界なんて征服する気はないデスガ……」
苦笑する夢咲の顔からは、先ほどまでの鬱屈した雰囲気はいずこかへ消え去っていた。
まな子はスポーツドリンクを傾け、美味そうに飲みだす。
夢咲もそれに倣うように自身のボトルに口をつける。
初めて穏やかな静寂が控え室に訪れる。
イベントが終わったのだろう、外からは賑やかなスタッフの足音と声も聞こえてくるようになっていた。
ふいにまな子が思い出したように言った。
「そういえば、和花女史は弟子を取ったようだな」
「ッ――ゲホッゲホッ!?」
激しく咳き込みだす夢咲。
そんな彼女の背を撫でてやりながらまな子は心配げに訊く。
「おい、大丈夫か?」
「いっ、イエス……。というかそれ、どこで訊いたんデスカ!?」
「ククク、我の黒魔術にかかればそなたの秘密など――」
「ごっこ遊びはいいので、真実を教えてクダサイッ!」
ぐぐいっと迫る夢咲。
「ちょっ、まっ、落ち着くのだ……」
たじたじあわわまな子に、怒涛の催促。
「ハリーアップッ!! テル・ミー・ザ・トゥルースッッッ!!」
パニックになりかけながらも、まな子は答える。
「わっ、我はその、ちょっと推理しただけだ!」
予想外の答えに夢咲、頭上に疑問符。
「推理……デスカ?」
まな子は何度もこくこくと頷く。
「そうだ。実況者の中に、セリカというヤツがおるだろう?」
ドンピシャな名前に夢咲は一瞬、言葉に詰まる。
「……い、いマスネ」
「あやつの実写背景は我がそなたの家に行ったときお同じだし、音質や画質から推測するに、録画機材も同じらしい。となれば、和花女史の家で撮っていることはほぼ間違いない。セリカの投稿頻度は今のところ連日投稿で、実写背景も変わらぬまま。つまりそなたの家で長時間撮影をしているということになる。新人にそれほど優遇するのは親しい間柄、もしくは見込みある弟子以外にはあり得ない。あやつの実況――挨拶や間の取り方、編集での手の入れ方はそなたが作る実況動画と類似する箇所が多い」
淀みなく語られる言説に、夢咲は舌を巻く。
そのまま結論を疑問形にして推理は締めくくられる。
「――というわけで、我はセリカが和花女史の弟子だと踏んだわけなのだが?」
「……お見事デス。まな子サンって、探偵の素質もありマスヨ」
賛辞にまな子は顔に手をやり、「クックック」と笑い声を立てる。
「探偵など、地を這う矮小な生物のやること。我は冥界を統べる王たる存在。せせこましく重箱の隅を楊枝でほじくるような真似は似合わぬわ」
「いや、まな子サンってめっちゃそういうの好きデスヨネ? ケーキの生クリームとかも皿についてるのまでペロペロと舐めてマスシ」
かっとまな子の顔に血が巡る。
「えっ、ええい! そのようなはしたない真似を我がするわけなかろう!?」
「あと、よくストローの先を噛んでマスシ……」
「う~っ、そんな子供っぽいことせんわぁッ!」
「しマスヨー」
「せんーっ! せんと言ったらせんのであるー!」
頭から蒸気を上げ頬を膨らませるまな子。
その怒り様に、ふっと夢咲は目を細めた。
「……そういう姿を、もっと視聴者に見せてあげればいいのにです」
「何か言ったか?」
「ノー、ノーデス」
「むう、そうか?」
「イエス、イエス」
夢咲はまな子の後ろに回り、そっとぬいぐるみを抱きしめるように手を回した。
「何をする、和花女史」
「いえ、なんかこう、胸がきゅんってしたら我慢できなくなっちゃって」
「ふん、わが闇の正気に当てられたか」
「どちらかというと、テンプテーション……もちょっと違いマスカ」
「……なあ、和花女史」
まな子はもじもじとした様子で膝を擦り合わせ、夢咲を見上げる。
「なんデスカ、まな子サン」
「あのだな、今夜、我は……生配信するのだが、その」
夢咲は顔を綻ばせ、ぎゅっとまな子を抱きしめた。
「イエス! 一緒にやりましょう!!」
「う、うむ、そうか」
夢咲から表情が見えぬよう、顔を背けるまな子。その赤面は、くすぐったそうな笑みを浮かべていた。
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この物語はフィクションです。
あなたの有する知識のいくつかはこの世界では禁忌に触れるアイテムとなります。
また、ここで得た知識は半分以上がガラクタです。
現実で使用する際はあらかじめ性能をお確かめのうえ、ご使用ください。
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ロマン「せいっ、せいっ!」
生流「お、素振りか。精が出るな」
ロマン「ぬ、汝は誰かのう?」
生流「え、ええと。俺、一応この物語の主人公なんだけど……」
ロマン「その割には、とんと姿を見かんのじゃが」
生流「……一応、前回は出てたし」
ロマン「最後の方にちょろっと出てきとったな。てっきり端役かと思っとったが」
生流「…………」
ロマン「す、すまんかった。落ち込まんでくれ。ほれ、肉まんやるから!」
愛衣「え、ええと。次回、5章Side Story 『ザ・ランセ』イベント後 ~鳳来院真古都 & 草土ハルネ~ なのだ!」




