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TIPS やがて彼と彼女は邂逅する 後編 その2

 不良達は眼前の光景に唖然とした。

 落ち物パズルで――いや、大半のジャンルのゲームにおいてよそ見をしながらプレイするなど、言語道断。それは大きな隙を生み、自ら勝利を手放すに等しい。『天変チー』も例外に漏れず、フィールドから目を離したその一瞬の間に逆転されるようなゲームデザインだ。


 だが今、まさに彼等の目の前で、小夏という少女がそれを平然とやってのけていた。

「あっ……、申し訳ありません。13分と49秒の間、お休みしてしまってます。もうすぐ用事は片付きますので……はい、すぐ再開しますから。……ええ、では失礼しますわ」


 よそ見をしている間も常時と変わらぬ手さばきでプレイを続け、ついには。


「お、おいおい。マジかよぉおおおおお……」

「て、てくちゃんが……負けたってのかよぉおおおおお」

「ゆ、夢だぁー……。こんなの夢に決まってるぅー……」


 電話を切った小夏は、愕然がくぜんとしている手久井の方を見やり微笑を浮かべて。

「これでわたくしの勝ちですわね」

 と告げた。

 間もなくリザルトが画面に表示される。

 小夏の勝利を筐体がエフェクトやボイス、BGMなどあらゆる手を尽くしてたたえている。


 手久井はがっくりと肩を落として言った。

「オレ様の、完敗だ……」

「いえ。あなたさまもなかなかお強かったですわ。ただ、まだまだ伸びしろはありますわね」


 深々とため息を吐く手久井。

「……ったくよぉ。こんなんじゃ、プロゲーマーなんて夢のまた夢だなぁ……」

「あら、プロゲーマーを目指してらっしゃるんですの?」

「ああ。『天変チー』のな」

 彼は薄汚れた天井の、白い照明を見上げて語った。

「オレ様はこう見えて、取りってもんがねぇんだ」

 ――自己評価が高いのか低いのかよくわかりませんわね。

 そう小夏は思ったが、口を挟まず傾聴することにした。


「だけど昔から、『天変チー』だけは誰にも負けなかったんだ。だからこれを極めて、プロの世界に殴り込んでやろうって思ったんだよ」

「……なるほど」

 一度小さく頷いてから、小夏は言った。

「わたくしの知人に、『天変チー』のプロゲーマーがいらっしゃいますわ」

「えっ、オメェがプロゲーマーじゃねぇのか!?」

 驚く手久井に、彼女は小首を傾げて言った。

「わたくしはごく普通のゲーマーですわ」

 ――あんな実力で『ごく普通』はねぇだろ。

 手久井の背筋を冷たい汗が流れた。


「そのプロってさ、誰なんだよぉ?」

「聞いて驚かないでください」

 意味ありげな笑みを浮かべて、溜めを作る小夏。

 手久井はじりじりと落ち着かない思いで次の言葉を待った。


 秒針が四分の一ほど弧を描いた後、彼女は言った。

「その方は、プロになってから公式戦で一勝もされてないんですよ」

「……あぁ、あの人・・・かぁ」

「ええ、あの方・・・ですわ」

 周囲の人間が困惑してる中、手久井と黒縁眼鏡だけは合点がいったようにうなずいていた。


「その方がおっしゃっていたんですの。『ゲーマーにおいてプロとアマチュアの違いは、己が心中で黒き魔力を練れるかいなかだ』と」

「……めっちゃあの人が言いそうなことだけど、結局それってどぉいう意味なんだよ?」

「さあ」

 小夏はからっとした笑みを浮かべて小首を傾げた。

「さあって……オメェな」

 げそっとした手久井に悪びれもない答えが返ってくる。

「いえ、本当にわからないので」

「そんじゃあ、なんでわざわざ言ったんだよ?」


 小夏は椅子から立ち上がり、フロアを気ままに歩き回りながら言った。

「プロとアマチュアの違いなんて、人それぞれ。少なくともまだ発展途上の『天変チー』の世界においては、強い弱いなんて二の次ですの。けれどもたった一つ、全てのプロゲーマーが守らなければならないことがありますわ」

「……なんだよその、守らなければならないことってのは?」

 小夏はくるっと手久井の方を振り向いて言った。

「大勢の観客の前でパフォーマンスを見せる者として、恥ずかしくない振る舞いを心掛けること――ですわ」


 雷に打たれたようなショックを手久井は受けた。


 小夏が言ったことは、ゲーマーに限らず人として基本中の基本。

 しかしそれを実際に守っている者などそうそういない。

 影でこっそりやれば、とがめる者などいないからだ。

 しかし――


「プロたる者は、多くの人に関心を持たれますの。お天道様が見ているという説教は耳にしたことがあるでしょうけれど、その文句がほぼ実現化されます。もしもそんな状態で道理にそむくことをしようものなら、プロの資格を剥奪はくだつされるどころか社会的に抹殺されますわよ?」


 小夏の声は冷たい響きを纏っていた。

 手久井は彼女の話を聞いている内に、今までの行いが走馬灯そうまとうのように頭の中で蘇ってきた。

 果たして自分は、胸を張って人前に立てるおこないをしてきただろうか?

 ただゲームさえ強ければいいと思っていたんじゃないだろうか?

 自分には、プロになる資格がある――いや、残されているのだろうか……。


「大丈夫ですわ」

 不安にさいなまれていた手久井の前で、小夏は優しい声音で言葉を投げかけた。

チミ・・にはまだ、未来があります。今までダメだったとしても、これからいくらでもやり直せますわ」


「でもオレ様、色んなゲーセンに出禁になってるし……」

「失った信用は、取り戻せばいいんですの。それに――」

 小夏は手久井の隣でぐるっと周りを見回して言った。


「手久井さまには、こんなにもたくさんのご友人がいらっしゃるじゃないですか」

 呆けた顔で仲間を見回す手久井に、小夏は語り続ける。

「ご友人――お友達は、かけがえのない財産です。それはお金では決して買えない――築き上げてきた信頼・・があればこそです」


「そーだぜてくちゃん!」


 黒縁眼鏡が真っ先に声を張り上げた。

「オレぁぜってー、何があってもてくちゃんの夢を応援するぜ!」

「うちも応援するん。ファイトなのん」

「そうだぜぇええっ、てくちゃんにはオレ等がついてっからよぉおお!」

「プロになっててくちゃんのかっけぇええええええ姿見せてやれよ!!」

たぎるるわぁー、てくちゃんがプロになるとかめっちゃ興奮するわぁー」


 仲間達の声援を受けて、手久井は。

「おっ、オメェ等……」

 言葉を詰まらせ、腕で目元を隠した。

 彼の両肩が、小刻みに上下する。

 きらりと、腕の下に雫が落ちた。


 仲間達が彼の肩を叩き、抱き、励ましの言葉を雨あられのように投げかけた。


 カウンターの傍に行った小夏は、店主の長栄の方へ歩いていった。

 長栄は小夏に「ありがとうね」と笑いかけた。

「本当にね、助かったよ」

「いえいえ」

「ちょっと待っててね、お礼を用意するから」

「あ、それはいりませんわ」

「でもね、助けてもらったのにお礼をしないのは……」

「いえ、本当にいいんですの。でもその代わり……」


 小夏は手久井達の方をちらと見やって言った。

「あの方達を、出禁にはしないであげてほしんですの」

「……ああ、わかったよ」

 長栄は皺深い顔をさらに笑みを浮かべてしわしわにしてうなずいた。

 小夏は笑みを反して「では、そろそろおいとまいたしますわね」と告げて、軽くお辞儀した。

「はいよ。また来てね」

「ええ。また寄らせていただきますわ」

 もう一度頭を下げてから、小夏は出口へと足を向けた。

歩みを進めていた最中、『ミラータワー』の筐体の前を通り過ぎた小夏は、その鏡張りの表面をそっと撫でた。

「……いつも、ありがとう」

 一言を誰へともなく――あるいは人ではないかもしれないが――告げた後、手の平、指先の順に鏡から手を離した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


この物語はフィクションです。

あなたの有する知識のいくつかはこの世界では禁忌に触れるアイテムとなります。

また、ここで得た知識は半分以上がガラクタです。

現実で使用する際はあらかじめ性能をお確かめのうえ、ご使用ください。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


長栄「ここはどこかねえ?」

手久井「ダチに聞いたんだけどよ、なんか次回予告ってぇのをする場所らしいぜ」

長栄「あれま、そうなの。ところで、次回予告っていうのは?」

手久井「このサブタイ? ってのを読むんだってよ」

長栄「ええと。てぃー・あい・ぴー……」

手久井「違う違う。オレ様がやるから、婆さんは聞いててくれよ」

長栄「本当? じゃあ、お願いしようかね」


手久井「次回、TIPS やがて彼と彼女は邂逅する Epilogue&More だぜぇ!」


長栄「おお、おお。かっこよかったよ、てくの・・・ちゃん」

手久井「……婆さん、そりゃミュージックだぜぇ」

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