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TIPS There are two souls in the human body. ~Side : Kiyoshi~ その4

「今のところ、身体の構造が大きく変わるという実験結果は出ていない」

 至里の言葉に、会場の張り詰めていた空気は弛緩した。


 だが清心の横で、球磨川が何かを呟いていた。

「身体には……か」

「……ん? 先輩、今何かおっしゃいましたか?」

「いいや。気のせいだろう」

 清心はちょっと引っ掛かりを覚えたが、至里に問われて球磨川の様子のことは頭の外に抜けていった。


「質問は以上かね?」

「あ、えっと。もう少し訊きたいことがありまして」

「勉強熱心な生徒のようだ」

「へへへ。でもすぐ忘れちゃうから、覚えておきたいことはこうして逐一ちくいちスマホにメモを取ってるんですけどね」

 頭を掻いて、清心はメモに書いてあることに目を通しながら質問した。


「話を総合しますと、源先生は男性ホルモンと女性ホルモンに人格があるとお考えのようですけど」

「おおむね間違っていない」

「おおむね……、と言いますと?」

「ホルモン事態に人格が宿っているか、それはわかっていない。しかし少なくともその予想通りか、あるいはホルモンに付随する二つの人格があると私は確信している」

 口調も相まって、聴衆は疑問を挟みこむ余地を見つけられずにいた。

 論理的ではなく、精神的な面において。

 そもそも多くの者は思考というものを放棄しかけている。

 ゆえに精神面まで封じられては、彼等が至里に意見するのは無理な話だ。


 しかし清心は冷や汗をぬぐいながらも質問を続ける。

「その二つの人格があるとする根拠は?」

「いくつか理由がある。今回はその内の二つほどを話そう」


 至里が係官に目線を送ると、瞬時に次のペーパーに取り換えた。

 もともと次の話のテーマだったのか。あるいは彼等の間で、情報の共有ができているのか。それは清心にはわからなかった。


 スクリーンには様々な濃淡の鉛筆で、直線を組み合わせた電脳的なモチーフと脳の絵が描かれていた。AIと隅に書かれているのだから、人工知能をイメージしたイラストなのだろうと清心は予想した。


「人工知能は言語をはじめとした文化、遊戯、そして芸術さえも学習するもっとも我々に近い脳を持っている。囲碁や将棋では人間に勝り、麻雀という運の絡むゲームにおいてもとある大手オンラインゲームの世界ランキングで8位まで上り詰めた。また2018年、ニューヨークのオークションでAIの描いた肖像画が43万2500ドル、およそ4900万円で落札された」


 息を飲む音が聞こえた。

 4900万――洒落しゃれで払うにしてはあまりにも桁違いな額だ。


「人工知能がいずれあらゆる分野で人間と比肩するのは、もはや確定した事実と言ってもいいだろう。私達研究者や、君達精神科医もいずれお役御免になる日が来るかもしれない」

 笑う者はいなかった。

 今度ばかりは至里の纏う空気ではなく、事実に打ちのめされたせいで。


「さて。なぜ私達人間が、AIに知能的な面で劣る・・存在なのか?」

 スクリーンの紙が微かな音と共に変わる。

 新たな紙にはコンピューターと人間の絵が左右に書かれ、それぞれフキダシがついていた。コンピューターの方には脳が一つ、人間の方には脳が二つだ。


「脳の性能の差もあるかもしれない。だが私はもう一つ、仮説を立てようと思う」


 小枝のような指を一本立て、至里はサーチライトのように視線を巡らせて言った。

「思考するプログラムの数、だ」

「ええと……?」

「単一のプログラムが人工知能であり、二つのプログラムが常に協議しているのが、私達人間だということだ」

「二つプログラムがあるなら、そっちの方がいいじゃないですか?」

「そうはいかない」


 強風に吹かれた枝のようにかぶりを振ってから、至里はワケを述べた。

「プログラムには明確なルールがある。少しでもプログラムをかじったことがある者ならばわかるだろうが」


 清心は学生時代、ゲームサークルでプログラマー志望の友人に少しだけ触りを教わった時のことを思い出した。




『いいか、清心。プログラムっていうのはな、明確なルールブック。六法全書なんだ。んで、マシンは善良な国民。マシンはプログラムに書かれていることに忠実に従う。それに書かれていることは壊れない限り絶対に従ってくれるし、書かれていないことはしない』


 そこで一度言葉を切り、友人はスクリーンに映っている自作のゲーム――確かドット絵の懐かしのRPGだった――を操作しながら言った。


『こうしてキャラが動くのは、プログラムに書かれているからなんだ。ボタンから手を離すと立ち止まるのもな。そういうルールを漏らすことなくきちんと書く。水たまりを走ったら水音を鳴らし、海や川は特定のアイテムがなければ入れず、滝の下に行ったら修行僧のように手を合わせてこちらを向く。そういう全ての事象が書かれているものをコードと呼ぶ』


 友人は清心がうなずくのを確認してから、主人公キャラをモンスターに突っ込ませた。

『ただし、まだプログラムに書かれていない――あるいは不完全なコードのままだと』

 キャラがモンスターにぶつかった瞬間、画面が固まってしまう。

『こうなる。法則に基づいた世界は停止し、正常なる時の流れは断絶される。ありていに言えばバグだ』


 友人はゲームのファイルを開いて『Source codeα』を『Source codeβ』に置き換えた。

 それからリセットボタンを押して、再び元の画面を表示させた。

 主人公キャラ――正確には世界の法則であるプログラム――が操作を受け付け、何事もなかったように動き出す。

 再びモンスターと接触すると、バトル画面になった。

『プログラマーの仕事はな。完璧なルールを作ってマシンが戸惑うことなく正常に仕事ができるようにしてやることなんだ』

『……そんじゃあ、もし』


 清心は二つの『Source code』のファイルを指差して、やや独特なイントネーションのついた調子で訊いた。

『マシンにこの二つの法律書を渡したら、どうなんべえ?』

 友人は答えようとして口を開きかけ――なぜか一瞬黙って視線を巡らした後、悪戯っぽい顔で言った。

『そしたら、二つの法律を同時に守ろうとして、マシンの人格が分裂するかもしれないな』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


この物語はフィクションです。

実際の医学・科学的な根拠に基づいて書かれているわけではないことをご承知ください。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


佳代「うちさ、他の子に比べてなんかキャラ弱くない?」

鳳来院「そんなんあらへんと思うけどなぁ」

佳代「いや、マジで弱いって。もっとこう、バシーッ! って一発で印象付けるインパクトが必要なわけよ、マジで」

鳳来院「せやったら、男装の麗人でギャルっちゅう合わせ技なんてどうや?」

佳代「えーっ。うち可愛いの好きだから、男装とかマジ勘弁」


鳳来院「次回、TIPS There are two souls in the human body. ~Side : Kiyoshi~ その5」


佳代「うーん、ギャル以外の……肩書き? ってのがいる系な気がすんだよねー」

鳳来院「あんさん、もうプロゲーマーやないの」

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― 新着の感想 ―
[一言] いよいよ盛り上がってきましたね。
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