TIPS There are two souls in the human body. ~Side : Kiyoshi~ その2 ※名前が変更されています。至里 真実 ⇒ 源 至里(みなもと いたり)
「かんぱーいっ!」
「……乾杯」
とある居酒屋。
そこで清心と球磨川は向かい合って泡立つ麦茶がいっぱいに入っていたジョッキを打ち鳴らしていた。
「どうした、元気ないじゃないか」
豪快に発砲麦茶を呷る球磨川に、清心はため息混じりに言った。
「そりゃそうですよ。あんな話を聞かされた後じゃ……」
「ぷはぁ。魂だの人格が二つあるって話か?
「ええ。先輩はどう思います、あの話?」
「そうさなあ。あり得ると思えばそういう気もするし、あり得ないと思えばバカらしい話だなって気になる」
「……つまり半信半疑、ってことですか?」
「いやまあ、ぶっちゃけると今のところ、どっちだって構わないって感じだな」
沈黙が二人の間を隔て、そこを野球中継の威勢のいい声が流れる。
やがて清心はRPGの最難関ダンジョンより深いため息を吐いた。
「気楽っすね」
「清心はなんかブルーな感じだな」
「そりゃそうですよ。なんせ、もしも源先生のあの話が事実だとしたら、今までの常識が根こそぎひっくり返りますよ」
そう言いつつ清心は、学会での話を思い返していた。
●
――人間の中には人格がいくつかある。それは事実だった。
その一言を多くの者が、至里の開口一番の発言『人間の中には、二つの魂が存在する』と結び付けた。いくら呆気に取られていても論理的思考を忘れない。それゆえの学者や医者である。
しかし結び付けたはいいものの、そこから先へ進むことはできなかった。かろうじて二重人格という言葉を思いついた者がいた程度だ。
清心もその一人だった。
おそらく至里は二重人格の話を始める。だがそこから先は一体、どこへ行くのだろうか? まるで未知の領域に踏み入るかのような漠然とした不安が彼を襲った。
至里は死人のような紫色の唇を動かし、話を再開した。
「魂と人格はイコールで結ばれる。我々は心臓なるものがなくてもそこに生命を感じることができ、また逆に心臓があっても人格がなければそれを己と同じ存在であると認めることはできない」
清心はなんだか落ち着かなくなって周囲を見回した。
皆、彫刻のように硬まって話を聞いている。
顔から感情がこそげ落ちて、中にはぽかんと口を開いて至里の話を聞いている。
一心不乱――いや、放心状態だ。
こんな話、他の医者や学者がしたらボロクソに叩かれる。
なのにどうしてみんな、至里の話には素直に耳を傾けているんだ……?
清心の背筋を冷たい汗が伝った。
「わかりやすい例を出そう。理解できていない者がいるようだからな」
ドキッとして清心は至里の方を見やった。彼女はじっと彼のことを見つめている。
その目には怒り、悲しみ、軽蔑と想像していた感情のどれも浮かんでいない。ただ虚無的な光さえない、ガラス玉以下の、黒の円と白い楕円しかなかった。もしかしてあの黒目はただの穴で、白目は骸骨の表面なんじゃないかと清心は本気で考えかけた。
「君、趣味は?」
「しゅ、趣味……?」
およそ至里に似つかわしくない単語に清心は虚を突かれて、思わず聞き返してしまった。
「そうだ。仕事以外のプライベートな時間は何をしている? 四六時中、勉強しているわけでもないだろう?」
あなたはそんな生活を送っているように見えますけどね――と口から出かけた言葉を清心は慌てて飲みこんで、代わりに質問に答えた。
「ええと。ゲームをしたり、動画を視たりしてます」
「なるほど。今回の話には都合がいい」
独り言ちる時でさえ、声のトーンは変わらなかった。
本当に変わった人だなと眺めていると、至里はさっきまで会場内を見回していた視線を清心に留めて話し出した。
「君はゲームやアニメのキャラクターに恋したことは?」
「えっ、あっ、そのっ!」
「恥ずかしがる必要はない。正直に至里を発言するんだ」
清心はしばしごにょりながらも、やがて小声で答えた。
「あ、あります」
「そうか」
「でっ、でも今は一筋なんですっ! ゲーム実況者の――」
何をとち狂ったか、さらに訊かれていないことも暴露しそうになる清心。
それを至里は手で制しつつ言った。
「私に言ったところで、なんら意味もない。そういったことは本人に告げろ」
「あ、は、はい……」
顔を真っ赤にしながら俯いた。
「……なかなか愉快な人間だ」
それは初めて、至里が少しばかり感情を覗かせた瞬間だった。
清心は恐る恐る顔を上げると、まだ至里は彼のことを見ていた。
さっきまでがらんどう同然だった目は、今は僅かばかり好奇の光を宿している。
「君、名前は?」
「えっ……じ、自分のですか?」
「そうだ。答える意思がないのなら、言わなくても構わないが」
空気にすぐ溶けていってしまう細い声。
それを追いかけるように、慌てて清心は名乗った。
「清心です。佐々江清心」
「そうか」
至里はそれきり興味を失ったように視線を聴衆へと戻した。
……なんだったんだろう、今の。
彼女の気まぐれだろうか?
「人間はアニメやゲームといったキャラクターに、命ある同族として愛を持つことができる。それは彼等、彼女等に対して人格を認めることができるからこそ、だ」
至里の声はその一瞬だけ明確な感情の色を帯びた。
やや早口の、熱の通った口調。
その変化に気付いた者はいるかと見回し、ようやく清心は気付いた。
聴衆の目が、自分にも向いているということに。
ギョッと驚いた清心だったが、すぐに立ち直って現状に至った理由を推測した。
――おそらく、自分がさっき至里と会話をしたからだ。なぜだか知らないが、彼女の話は厳粛に訊くようなムードが漂っている。ゆえに僅かでも会話を成立させた自分が奇異の目で見られているのだろう。
清心を見やっていた聴衆は、徐々に至里へと視線を戻していく。彼はそれを確認していつの間にやら感じていた緊張から解放され、肩の力が抜けた。
「さて。人格と魂の関連を明らかにしたところで、本題に戻ろう。人間の魂はどこにあるかということだ」
そこで至里は置いてあった水差しのストローに口をつけた。
彼女が飲食物に口をつけている姿は違和感があり、かなり異様な光景だと清心は思った。だが遅れて無礼なことを考えていると気付き、慌ててかぶりを振って頭を空っぽにした。
「人格は魂であり、魂は人格である。思考あるところに魂あり、逆もまたしかり。となれば多くの者は脳こそが魂だと思うだろう」
清心は内心でうなずく。
それを待っていたかのように、至里は左右に頭を動かした。
「そうではない。脳はただの仲介者だ。心の動きを体が理解できるようにするための存在に過ぎない」
途端に清心は、途方に暮れた思いに襲われた。
自分は今まで脳で思考し、感情的なものはそこで生成されていると思っていた。しかしそれが間違いだとしたら、一体自分という存在はどこにあるのだろう?
「では、人格は――心はどこにあるという話に移ろう」
至里は投影機の前の係官に合図を送り、次の紙に変えさせた。
そこには妙に写実的な男と女の姿が描かれていた。皮を剥いだら赤い血が出てきそうなぐらい、リアリティがある。その生々しさに清心は自身の毛が一斉に逆立つのを感じた。
「人間には男と女という性別がある。そう簡単に二つに区分することは人権に反するかもしれないが、この場においては便宜的に男女の二つのみを取り上げることとする」
至里は肩越しにちらりとスクリーンの方を見やった後、話を再開した。
「男と女の客観的な分類方法としては、身体の構造と男性ホルモンと女性ホルモンの分泌量が挙げられる。ここに異論のある者は?」
誰も声を上げない。仮にも精神科医の集まりだ。そういう方面から異を唱える者がいてもおかしくないんじゃないかと清心は思ったが、そういう自分だって何も思いついていない。
男と女――、その境目を精神医学的な見地から分けるのは、非常に難しいことなのだ。
至里はおもむろに演台を離れ、ステージ上をコツコツと軽くハイヒールを鳴らして歩き始めた。
「私は常々思っていた。なぜ人は、非合理的な行動をとるのか? どうして最良の選択をすることができないのか? 明らかに間違っている行為を、感情などというものに左右されて実行してしまうのか?」
聴者に思考を促すような口調だったが、その口ぶりは実際は答えを望んでいるようなものではないなというのが、清心の感じた印象だった。
至里は自分の辿ってきた道筋を述べているに過ぎない。
カチ、カチ、カチ。
ハイヒールの音が時を刻む計りの針を連想させる。時間の経過が形あるものとして脳の中に刻まれていく。
「全ての答えは魂にある」
細い声が鋭さを以て心の中に突き刺さる。
全ての答えは魂にある。
「人間の非合理性。それは二つの人格――男性ホルモンと女性ホルモンと呼ばれるものが一つの体を共有しているがゆえに起きる、歪みが原因だったのだ」
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この物語はフィクションです。
実際の医学・科学的な根拠に基づいて書かれているわけではないことをご承知ください。
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夢咲「この前生配信をビューイングしてたら、セリカっていうネームの人が配信主の方と対戦してたんデスヨ」
生流「へえ。まあ、セリカって言葉は意味もカッコイイし、音の響きもきれいだもんな」
夢咲「もしかして、この小説を読んで……」
生流「……いや、それはないだろ」
夢咲「デスヨネー」
生流「次回、TIPS There are two souls in the human body. ~Side : Kiyoshi~ その3」
夢咲「あ、次回予告だったんデスカ」
生流「サブタイしか言ってないけどな」




