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TIPS ゲーム実況者として応えるということ

 セリカとして初めて動画を投稿した翌日のことだ。


 清々しい青空。そこ浮かぶ入道雲は宇宙に達するんじゃないかというぐらい膨らみ、空を仰ぐと『ああ、夏の一日が始まったんだな』と実感する。

 最近は冷夏やら梅雨続きやら異常な猛暑やらで、夏らしい夏というのはすっかりご無沙汰だったが、今年は久方ぶりに『日本の夏』がやってきたようだ。まあ、それでも湿気がすごく汗で肌がべとべとするこの国の夏が過ごしやすいかどうかは、微妙だが。

 ただこのままの気候が続けば、花火大会や祭りが中止になることはなく、その手のイベントを楽しみにしてる人にとってはひと夏の思い出を量産できるじゃなかろうか。まあ、俺には関係のない話だ。十中八九。


 俺は金ノブに手をかけて居間に入る。

「……おはよう」

「――ッ!?!?!? どっ、どうしたんデスカその顔!?」

 立ち上がり驚愕の表情で叫ぶ夢咲。その前にコンソメスープを吹き出したのは見なかったことにしてやろう。


「ん、何が?」

「『何が?』じゃなくて、その目の下のデッカイクマ!」

「いや、わざわざコンパクトを見せてこなくても、さっき洗面台で自分の顔見たって」

 と言いつつも、差し出されたら反射的に見てしまうのが人間のさがというヤツか。

 確かに俺の目の下には黒いクマができていた。化粧でもどうにもならないレベルの。


「セリカサンのフェイスが徹夜明けのゲーマーみたいになってマスヨッ!! こんなの視聴者にお見せできマセンッ!!!!!!」

「落ち着けよ、どうどう」

「これが落ち着いていられマスカッ! ミーのセリカサンを返してクダサイッ!!」

「……俺はお前のものじゃないぞ。いや、この場合俺になるのか?」


「そんなのどうでもいいデスヨ! 生流サンっ、昨日何時に寝ましたか!?」

「さっき、お前が言ってたじゃないか」

 黙考する夢咲。

 嵐の前の静けさ、という言葉がなぜか頭に浮かぶ。夏だからだろうか?

「……もしかして、徹夜明け?」

「ザッツライト」

「――ユー・イディオットォッッッ!!」

 徹夜明けの寝ぼけた頭に、夢咲の叫びが反響しまくる。時に怒鳴り声は凶器にもなりうることを身をもって知った。


「可愛い女の子がオールナイトなんてタブー中のタブーデスッ!! スキンがスクラップになっちゃうデショウガッ!!!!!!」

「……突っ込んだら負けってヤツかそれは?」

「ふざけてんじゃないデスヨ!! 一体どうして夜更かししてたんデスカ!?」


 俺は睡眠不足の時の、気持ち悪い温もりを放つ脳で整理しながら話した。

「ええと、その。昨日さ、動画投稿しただろ?」

「午後六時頃に投稿してマシタネ」

「でさ、なんか知らんけど異常に再生数が伸びてな。嬉しいことに」

「午後八時頃から一気に伸び出しマシタネ」

「……よく知ってるな?」


「そりゃまあ、弟子の成果を見届けるのは師匠として当然の責務デスカラ」

 どこか遠い目になって言う夢咲。

 気にはなったが、欠伸でもわっとした熱気が頭の中に広がり、関心は一瞬の内に薄らいでいった。今はとにかく食事を終えて、仮眠を取りたい。


「その再生数が伸びた後からさ、コメントが一気に増えだしたんだよ」

「新人実況者にしては異様な量デシタネ。顔出し女性実況者っていうのが珍しいというのもあるんデショウケド」

「女性の顔出しって、珍しいのか?」

「まあ、男性に比べて恥ずかしい人とか、防犯の面で不安があるとか、色々事情があるんデスヨ」

「なるほど。男でも個人情報とか色々ありそうなもんだけど」

「そこら辺はもう、自分で注意するしかないデス。


 夢咲はジャムを塗り終えたスプーンでこちらを指して言った。

「だけどその点、セリカサンはある種『実在しない人物』だから安心デスネ」

「……リアル・Vトゥーバー」

「まあ、セリカっていう女の子の皮を被ったようなものデスカラネ。で、コメントが大量に来たのが、何か?」

「いや、だからさ。そのコメントに返信してたんだよ」

「……え、全部に?」

「そう、全部に」


 スプーンをペロペロと舐めて幸甚こうじんに溶けていた夢咲の目が白くなる。

「生流サンって案外、律儀りちぎバカデスヨネ?」

「それは褒めてるのか、けなしてるのか?」

「もしくは偽善者で」

「……後者だったか」

「別にコメントには返信しなくてもいいんデスヨ」

「でも、せっかく送ってくれたのに……」


「というか今は大手に比べれば、そこまでコメント多くないデスヨネ?」

「……いや、いつコメントが来るか、わからないなって思ったら寝れなくて……」

 聞きながらイチゴジャムを塗ったトーストをバリバリかじっていた夢咲は、ため息混じりの呆れ声で言った。


「You're silly.」

「……え、えっと?」

「これは基本中の基本なんデスケド、別にコメントには返信しなくてもいいんデスヨ」

「でも、せっかく送ってくれたのに……」


「今はまだ片手間に返しきれる量デショウケド、この先セリカサンが人気実況者になったら100や1000を越えるコメントが一本の動画に送られるんデスヨ」

「ひゃっ、百……千ッ!?」

「ええ。それに最新の動画だけじゃなくて、別の動画にもコメントがつきマス。投稿本数に比例して増えていくんデス。その全部に律儀に返信してたら、下手したらそれだけで一日が潰れマスヨ」

「……マジか」

 想像したがけで呆然たる思いに襲われた。


「常連サンと交流することで、ハートをキャッチするのは大事デス。でも考えなしで八方美人してたら、いつか限界が来マスヨ」

「じゃあ、どうやって交流するんだよ?」


「手っ取り早いのは生配信でコメントを読み上げたりとかデスカネ。あとはVトゥーバーの方がよくやってる、生配信でスペチャ|(※1)をくれた人の名前を読み上げたりとかデショウカ。他にも質問を募集するマッシュルームとかファンアートの紹介、視聴者参加型企画とかありマスヨ」


 ざっと挙げられた方法を脳内で一通りシミュレーションしてみた結果。

「うーん。一番効果ありそうなのは生配信かなあ」

「実況動画と違って、相互的なコミュニケーションを取ることができマスカラネ」

「へえ。でも、実況しか見てくれない人とは?」

「そもそもコメントは、返信を期待して打ってる人はあまりいないと思いマスヨ。そういう人は最初からSNSで知り合いと話してマス。動画のコメントは、いわゆる実況者のエールみたいなものなんデスカラ」

「言われてみれば、確かに」

「ゲーム実況者は『応援』に単なる『声』ではなく――よりよい動画をってアップすることが『応え』になるんデス」


 そう言って夢咲は俺の目の下――クマをそっと指先で撫でた。細い彼女の指は温かで柔らかく、触れられていると頭を覆うかすみがより濃くなっていく気がした。

「だからコメントの返信で気を病まずに、夜はちゃんと眠ってクダサイ」

「ああ、わかったよ」


 チーンと台所からレンジの音がした。

 夢咲がスリッパを鳴らして駆けていく。

 何かおかずでも温めていたのかと思ったが、彼女が持ってきたのは湯気を立てたマグカップだった。

「夏場デスケド、クーラーに冷えた体には温かいものもいいかと思いマシテ」

 そう言って差し出してきたのは、ホットミルクだった。


「ああ、ありがとう」

 受け取って早速さっそく一口含んでみる。

 蜂蜜が入っているのだろうか。優しい甘みがまろやかなミルクの触感と共に、口の中に広がった。

 徹夜明けの頭の中が、蕩けていく。

 今眠ったらいい夢が見れそうだ。


 朝日に満ちたリビングが、どこか非現実的な色彩を帯びて見えた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


※1:スペチャ

・スペシャルチャットの略。

ムートゥーブにおけるギフティング機能(投げ銭)の一つ。

課金することで、配信中に送った自分のコメントを目立たせることができる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


愛衣「初めて次回予告した話なのだ」

夢咲「思い付きでここから始めたんデシタネ」

愛衣「結局、次回予告って真面目にやってないし大して意味がなかったような……」

夢咲「まあ、ミー達は楽しくトークさせていただいてマスシ、こういう場を設けてもらってよかったじゃないデスカ」

愛衣「それもそうなのだ!」


夢咲「次回、『TIPS There are two souls in the human body. ~Side : Kiyoshi~ その1』 デス」

愛衣「お楽しみになのだ!」

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